新たな旅立ちの時
早朝。まだ空が明るく染まり、太陽が顔を覗かせていない頃、翠は村の入口にいた。
まるで名残惜しむように、翠は村を眺めている。
「・・・・・さて、行くか」
翠は踏ん切りをつける為にそう言うと、踵を返した。
しかし、翠は歩き出さなかった。いや、だせなかった。振り返ったそこにはリアナが少しの荷物を抱えて立っていたからだ。
(なんとなくそんな気はしたけど、本当にやるとは思わなかった・・・・)
「・・・・・リアナ、どうしたんだ?」
翠はもうわかり切っていたが、一応リアナに問いかけた。
「私も、ついて行きます」
その思った通りの答えに翠は溜め息をついた。
「リアナ、君には暮らす場所があるんだ。やめておいた方がいい」
「いいえ、私も軍に歯向かった身です。この村にいれば迷惑が掛かるかもしれません。なら、私がこの村から出ていくのは普通でしょう?それに、知らない土地なら道中道案内は必要ですよね?」
リアナは嬉しそうにそう言った。理由は跡付けのようだが、一応理屈は通っている。
(リアナの方も俺が渋るのはわかっていたみたいだな)
そこまでしてついてこようとするリアナの態度に翠はあきれていた。
しかし、道中道案内がいるのも確かで、何より、リアナがあきらめることはないとこの数日の暮らしの中で理解していた。
(こいつ、一度決めたら曲げないんだよな・・・)
「・・・・・・・わかった。ただし、無理にはついて来るな。無理だと思ったらその時は帰れ」
翠は諦め、そう妥協した。
「はい。心しておきます」
リアナは笑顔でそう返したが、守るつもりがないのは明らかだった。
(はぁ・・・・・道中苦労しそうだ)
「それじゃあ、見つからない内に出よう。お礼を言えないのは残念だけど、俺達は逃亡したとした方が都合がいい」
翠はそう言って歩き出した。
「それ、無駄みたいですよ?」
リアナの嬉しそうな宣言に、翠は歩みを止めた。
(気配が・・・・・集まっている?)
それが何をさすかをわからない翠ではない。
翠は今日はうまくいかない日だと諦め、振り返った。そこには村長を始めとする、村人全員がいた。
「いくらなんでも集まり過ぎだろ・・・」
翠はあきれつつも少しリアナが羨ましかった。これはリアナがこれだけ慕われているという事なのだから。
「行くのかい?」
代表としてなのか、歳の頃は七十代過ぎだろう村長が二人に話しかけてきた。少し寂しそうな雰囲気が声から感じ取れる。
「はい。私がいれば迷惑がかかりますから」
リアナは別れの間際だというのに、いつもの明るい口調だ。
「そうか。君が決めたのなら止めはしないよ。君の人生なのだからね」
「ありがとうございます」
「それと、少し少ないが村人全員からの心ばかりの餞別だ」
そう言って村長はリアナの手に袋を乗せた。
「え・・・・・でも・・・」
リアナは困惑したような声を出した。村の現状を考えれば、村にそんな余裕はないはずだった。
「気にする事はない。受け取りなさい。礼は君が帰って来た時に聞かせてもらうから。だから、絶対帰っておいで」
その言葉に、今まで笑顔を絶やさなかったリアナの顔が歪んだ。
それは、翠はおろか、村人でさえも始めてみるリアナの泣き顔だった。
しかし、リアナはすぐに持ち直し、笑顔を作った。
「ありがとう・・・・・・ございます・・・」
涙は止まっていなかったが、その様子に村長は満足そうに頷いた。
「さて、次は翠君、君だ」
そのさっきまでとは違う村長の厳格な態度に、翠は姿勢を正し、顔を引き締めた。
「リアナの安全は俺が命を懸けて守ります」
「うん、よい顔だ。儂が言うまでもないみたいだね。だが、命は大事にせんといかんぞ?」
翠の態度に満足したのか、村長は破顔した。
「それでは、俺達は行きます」
「あぁ、行っておいで」
その言葉を合図にして翠とリアナは歩き出した。しかし、すぐに翠は何かを思い出したように立ち止まり、顔だけで振り返った。
「それと、水の方は蓄えられるだけは蓄えておきました。俺からの細やかなお礼です」
「君の礼も、帰って来た時に聞くよ」
翠はその言葉に一瞬きょとんとした顔になったが、すぐにその言葉の意味が分かったのか、笑顔になった。
(俺がもし帰れなかったら、この村が受け入れてくれるって事か。いい人ばかりだよ、本当に)
翠は村人には事情を詳しく説明せず、放浪者という事にしていた。そんな何者とも知れない者を受け入れようというのだから、お人好しにも程があった。
翠はその事にお礼を言おうとしたが、何か違う気がしてやめた。さようならもおかしい。
ある言葉を思い浮かべた翠は、リアナの方をみた。リアナも似たような事を考えていたらしく、翠と目が合った。お互い確かめる様に頷くと、同時に振り返った。
「行ってきますっ!」
二人は元気良くそう宣言し、村長の満足そうな顔を確認すると、再び歩き出した。
自分の世界に戻る為の、壮大な旅が始まった瞬間だった。
ΦΦΦΦΦΦΦΦ
「お爺ちゃん! 大変です!」
一人の少女が扉を破壊するんじゃないかというスピードで扉を開けた。
「おいおい。ノックぐらいしろよ」
白衣の男性は、少女の行動が常ではあり得ないと気付きつつ、それは表へは出さず、あきれた様な表情をみせた。
「それどころじゃありません! これを見てください!」
少女はそんな事は意に返さず、白衣の男の前に手に持っていた紙を突き付けた。
白衣の男はとりあえず言われた通りにそれをじっと見た。
「・・・・・・・で?」
「『で?』じゃありません! これ、どう見たってあの方じゃないですか! 指名手配ですよ! 賞金首ですよ! 賞金額も半端じゃありませんよ!」
白衣の男の態度が不服だったらしく、少女は言葉をさらに強めた。
「まぁ、とりあえず落ち着け」
「これが落ち着いていられるわけ―――――!」
少女はさらにまくし立てようとしたが、白衣の男に口を塞がれた。
「落ち着け。あいつが俺の知る奴ならここまで絶対に来る。心配するな」
白衣の男は落ち着いた、諭すような声で言った。それで落ち着いたのか、少女は大人しくなって、白衣の男の手から逃れた。
「でも・・・・いくらあの方でも、あちらでは普通の生活を送っていたわけですし・・・・・万が一という事も・・・・」
今度は不安になったのか、段々言葉が弱くなっていく。
「大丈夫だ。あいつが捕まるとしたら軍だ。それならすぐに殺すって事はない。俺を信じろ」
そう言って白衣の男は再び指名手配の写真を見た。
(それにしても、こっちに来ていきなりお尋ね者か。何をやったのやら・・・・・)
白衣の男はあきれつつ、指名手配の―――――翠の写真を眺めた。