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NEISIS ~ネイシス~  作者: 江藤乱世
第一章~始まり~
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解放の時

「ん?」


 先程まで叫んでいたリアナが急に大人しくなったのを妙に思い、フェイルは引っ張っていたリアナを見た。


 リアナは一点を凝視したまま、驚愕の表情をしていた。


 フェイルはその反応をおかしく思い、リアナの目線の先を見た。


「な・・・・に!?」


 その目線の先では、翠が悠然とフェイルの方に歩み寄って来ていた。


 血まみれの体のまま、しかし体を引きずるわけでもなく、ただしっかりとフェイルを見つめ、ゆっくりと一歩一歩フェイルに向かって歩いている。


 しかし、フェイルが驚いたのはその事ではない。翠の右腕の周りに、水が渦巻いていたからだ。


「ネイシス・マスター・・・だと・・・?」


 それはそれ以外のなにものでもなかった。


 フェイルの目に写っている者。それは水を操る、水のネイシスを発現させた者の姿だった。


(だが、何故あいつは今まで使わなかったんだ? 使う暇がなかったわけでもないのに・・・・)


 フェイルは混乱していた。翠が起き上がった事も、ネイシスを発現させた事も、全てが予想外だったのだから。


 フェイルが混乱している間にも、翠はフェイルとリアナの所に歩み続け、そして、対峙した。


「・・・・・・・」


 翠は何も言わずに腕を振るった。それに従い、水の刃がフェイルに向かい、放たれる。


「くっ!」


 フェイルは仕方なくリアナを放し、その刃を避けた。


 開放されたリアナはすぐさま翠の横に立ち、フェイルと対峙した。


「形勢逆転ですね。いくらあなたが腕利きでも、二人のネイシス・マスターを相手には出来ませんよね?」


「・・・・・仕方がない。今日は引き上げる。戦闘をしにきたわけでもないしね。引き上げだ」


 フェイルはさして執着することもなく、撤退していった。さすがに引き際はわきまえていたらしい。


 全ての兵が引き上げるのを見届けたリアナは緊張を解いた。


「翠、無事だったんですね。改めて、助けていただいてありがとうございました」


 リアナは嬉しそうに言った。血まみれを無事と言うかどうかはわからないが、立っている以上、リアナは無事と判断したようだ。


「それにしても、あなたもネイシス・マスターだなんて驚きです。別世界から来たんじゃなかったんですか?」


 しかし、リアナの質問に翠が答える様子がない。いや、正確には口は動くのだが、声が発せられていなかった。


「翠?」


 明らかに様子のおかしな翠にリアナが触れようとした瞬間、翠は糸の切れたマリオネットの様に、その場に倒れ込んだ。


「え・・・!? 翠!?」


 リアナは倒れ込んだ翠の身体に触れて驚いた。明らかに数ヶ所の骨折が見受けられる。


「こんな状態で、どうやって・・・」


 実は翠は動けなかった為、自分をマリオネットの様に水の紐で操っているに過ぎなかった。それならば、意思があれば動くことができる。体が動かなかった翠の相手を騙すための苦肉の策だった。


 リアナがその事に気付くはずもなく、今はそれよりも翠を治療するのが先だった。


 一人ではどうにも出来ないと判断したリアナは、周りの人に呼び掛けた。


「誰か! 誰か助けてください! 翠が死にそうなんです! お願いします!」


 しかし、その場にいた誰も反応を示さなかった。


 それは当たり前の反応だった。翠は村人からすれば得体の知れない人物なのだから。


 リアナは無力な自分が悔しくて唇を噛んだ。せめて応急処置だけでもしたいが、リアナには何の知識もなかったのだ。


(翠・・・死なないで・・・・・)


 リアナはもうそう願うしかなかった。無闇に動かすことさえ、リアナには出来なかったから。


 涙が頬を伝うが、リアナはそれを拭うこともせず、翠の手をそっと握っていた。


「レイちゃん」


 その自分を呼ぶ声にリアナが顔を上げると、そこには騒ぎの始めの原因の証明書を無くした男がいた。


「まずは折れている箇所を固定しよう。それから、医者に頼みにいこう」


「でも・・・」


「大丈夫、皆がいるから」


「え・・・」


 リアナが周りを見渡すと、いつの間にか村人達が忙しなく動いていた。


「レイちゃんには少なからず皆が世話になってる。そんなレイちゃんが泣いているのに、私達が何もしないわけにはいかないだろ? それに、君もこの村の住人なんだから、助け合わなくちゃ―――――ね?」


 その意外な言葉に、リアナは目を丸くした。リアナは自分はずっと疎まれていると思っていたのだから。


 そして次にはまた泣き出していた。今度は悲しい涙ではなく嬉しい涙だった。


「ありがとう・・・ございます・・・・」


 リアナは涙ながらにそう言った。


 その様子を見た男は、優しく頷いた。




 翠が目を覚ましたのは、フェイルとの戦闘から三日後のことだった。


 しかし、目覚めたからといってすぐに動けるわけではない。幸いにも臓器の損傷も骨折も少なく、本人の回復力の高さも加わって普通よりは早く治ったが、動ける様になるまで一週間を要した。それから完治までさらに一週間。医者に言わせればそれでも、通常ならありえない日数なのだが。


 その間、翠もただ世話になるわけにもいかず、目覚めたばかりのネイシスを使い、水不足を少しでも解消しようと水の運搬をしていた。入れ物がいらないだけに、一度に運べる量は他の人が運ぶ量の比ではなく、村人達からは大いに喜ばれたのはいうまでもない。


 心配していた軍の方も、二週間経った現在でも、未だに動きはない。


 そんな翠が村に馴染み始めたある晩の事だった。


「えっ!? 王都シーフォードを目指すんですか!?」


 晩御飯を食べていた時、翠はついに切り出した。


「そのつもりだよ。俺は元の世界に戻る為に『時の島』に行かなくちゃいけない。伝説の真偽は不明だが、今手掛かりはそこしかない。そこに行く為には、王都シーフォードに向かうのが一番だろ?」


「確かにそうですけど、怪我も治ったばかりで王都までの道程は厳しいはずです。もう少し休んでいきませんか?」


 リアナは心配そうに翠に言った。


「確かにそうだけど、いつまでも世話にはなれない。明日の早朝には発つつもりでいる」


「え! そんなに早く!?」


「あぁ。時間が経つと離れにくくなるから」


 翠の真剣な声に、リアナは何も言う事が出来なかった。


「リアナ、多分今しか言えないだろうから言っておく。今まで世話になった。ありがとう」


 翠は深々と頭を下げた。


 そのせいで翠には見えていなかった。リアナが大きな決意をした顔をしていたことに。

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