出会いの時
どれほどの時が流れただろうか気がつくと、翠は見知らぬ荒野だった。
「ここは・・・・どこだ?」
翠は辺りを見渡してみるが、そこは見渡す限り荒野。植物が所々に確認できるが、それが何なのかは翠にはわからなかった。
ただ普通と違うところと言えば、翠の周りに無数の亡骸が転がっているところだろうか。
「なんだよ・・・・これ・・・」
翠はその光景に、一瞬思考が追いつかなかった。
おびただしい限りの死体の数々――――――
地面を染め上げる赤――――――
鼻をつく異臭――――――
「うっ・・・・・」
その臭いに当てられた翠は我慢できすに吐き戻してしまった。
しばらくし、そこに慣れてきた翠は、今の状況を整理し始めた。
(痕跡から見ると、どうやらここで戦争があったみたいだな・・・・)
異臭に当てられはしたが、まるで特撮映画のような光景に、翠は死体の中に立っているという実感がわかず、ただ無感情に辺りを見渡した。
(どうやら人間はいるみたいだ。これで全部じゃないだろうし、生きている人間を探さないとな・・・)
その現実のなさが幸いし、翠はその異様な光景を見ても、冷静に動くことが出来た。
幸いにも丁度雨が降った後らしく、足跡やタイヤの後が見て取れた。
(きっとこれを追えば人里に着くはず。問題はどのくらいの距離があるか、だな)
見渡す限りが荒野を前に、翠はうんざりしてため息をついた。
しかし、じっとしていても好転しないと思い、すぐ近くに落ちていた自分の鞄を拾い、重たい気持ちを引きずりながら歩き出した。
その後、翠は太陽が高く昇るまで歩いたが、風景に変化は現れなかった。
「はぁ・・・・・人里なし・・・」
いくら歩いても荒野ばかり。そのいつまでも続く光景に、翠は気分が重くなった。
(でも・・・・・歩くしかないよな・・・)
他にいい方法も思いつかないため、翠はやはり歩き出した。
さらに時間は流れ、高く昇っていた日は傾き、太陽は赤く燃え上がっていた。
「くそ・・・・なんで何もないんだよ・・・・・なんでこうも何もないんだ・・・」
既に翠は体力的にも精神的にも追い詰められ、ただ独り言だけが増えていく。
足はしびれ、ずいぶん前から感覚はなく、脱水症状により、手の末端もしびれ始めていた。
(やばい・・・・)
朝から何者まず食わずの空腹からか、はたまた疲労感からか、翠の視界は霞み、意識が遠のき始めた。鞄の中に食べ物はあるが、ぱさぱさのため、水なしに食べられたものではない。
(脱水症状に加え、疲労で体力の限界・・・か・・・・)
翠はそこまで自分を分析し、倒れた。
少しして、ふと翠のそばに影がおりた。
「・・・・・どうやら、生きているようですね」
その人物は翠が生きていると見ると、翠を運び始めた。
(ん?)
不意に、翠は意識を取り戻した。そして翠の目にまず写ったのは、真っ白な天井。
(俺は戻ってきたの・・・・か? それともあれは夢? いや、あんなリアルな夢があるわけない。あのまま気絶しなきゃ、俺はあそこにいられたのか? くそ・・・・やっと念願の別世界に行けたっていうのに・・・)
翠は後悔の念にかられた。
しかし、いつまでもそうしているわけにもいかず、体を起こした。
「あ、目が覚めたんですね」
翠は聞きなれた声を聞いて、さらに戻ってきたんだと実感した。
「あぁ、悪いな、玲。心配かけたみたいだな」
「あれ? 私のこと、知っているんですか?」
「は? 何言ってるんだ? 知ってるも何も―――――!」
翠はそこで言葉を切った。
翠の目に飛び込んできた人物、それは翠の予想を裏切る人物だったからだ。しかし、それと同時に翠の期待は一気に広がった。
そう、まだ終わっていないのだと。
「あの・・・・・どちら様ですか?」
翠は勘違いしてしまったばつの悪さから、少し遠慮がちに聞いた。
「あ、やっぱり勘違いだったんですね。少しびっくりしました」
しかし、相手の女性は全く気にした様子もなく、微笑んだ。
「はじめまして。私はリアナ・レイファートといいます。皆さんにはレイと呼ばれています」
(今の名前は俺のいた国のものじゃない。やっぱりここは別世界だな。いきなり海外に飛ぶわけもないし、言葉はちゃんと通じてる)
「俺は日向翠っていうんだ。よろしく」
翠は頭の中では自分のおかれた状況を分析しながら、リアナと名乗った女性に合わせて名乗った。
「ヒナタさん・・・ですか? 変わった名前ですね。それに、スイって・・・・」
リアナはそう言いながら眉をひそめた。
(しまったな。ちゃんと語順を変えて名乗るべきだった)
「いや、名前は翠だよ」
翠は内心で失敗したことを反省しながら、リアナの間違いを訂正した。
「あれ? 私達と語順が違うんですね。もしかして、魔物ですか?」
「ん? 魔物?」
(なんかいきなりファンタジーな単語が出てきたな。この世界には魔物なんて化け物がいるのか? いや、俺に向かって言ったってことは、少なくとも人型ではあるな)
「―――――って違いますよね。魔物なら私は既に襲われているはずですし」
リアナは翠が何も言わなくても、勝手に自身で結論付けた。
(どうやら魔物ってやつらは相当やばいみたいだな)
「ん~・・・とりあえず魔物が何なのかよく分からないが、ここが何処なのか説明してくれないか?」
「はい。ここはシーフォード国の外れにあるサンド村です。あなたはここから北に5キロほど行ったところに倒れていたんです。すぐ近くの国境で戦争がありましたから、巻き込まれたんですか?」
(国・・・・言うことは複数あるな。戦争とも言ってたし。あまり平和なところじゃないみたいだ)
「えっと・・・・・・なんか色々一辺に聞き過ぎて整理出来ないけど、戦争に巻き込まれた訳じゃない」
「え? そうなんですか? じゃあ、どうしてあんな所に?」
(う~ん・・・・・どうしたものか。別の世界から来たなんて絶対信じてもらえないだろうし、かと言って適当な言い訳さえも浮かばないしな)
翠は散々悩んだ末、正直に話す事にした。
「実はさ、信じられないかもしれないけど、俺はこの世界の人間じゃなくて別の世界から来たんだ」
翠は別に信じてもらおうとは思わなかった。ただ、命の恩人に隠し事するのはどうしてもためらわれたのだ。
「え? それは本当ですか!? その世界は平和ですか? この世界との違いは? ネイシス・マスターはいるんですか?」
リアナは嬉しそうに一気にまくし立てた。まるでそういった人物を待っていたかのように。
「いや・・・・・えっと・・・・・・・え?」
翠は突然の事にどう対応していいか分からなかった。まさか信じるとは思ってなかったのだ。
「信じる・・・のか?」
「え? 本当にあの伝説を知らないんですか?」
「伝説?」
この世界にきたばかりの翠には当然わかるはずも無く、首を捻るばかりだ。
その様子を知らないと見たリアナは、説明を始めた。
「ええっと、別世界から来たのなら、まずはこの星のあり方から説明しますね。この星は三つの大陸と一つの島で成り立っています。一つ一つの大陸が三日月の形になっていて、それが円状に連なった形になっています。その中心に島があるといった形ですね。それぞれの島には国が存在して、今私達がいるシーフォード国。そして右回りにアリティアス国、キャンディス国の3国です」
「それで、伝説っていうのは?」
「その3大陸の中心に位置する島。その島は『時の島』と呼ばれていて、そこに行った者は誰一人として帰らない謎の島なんです。そして、その島にある伝説があって、その島は別世界の入口になっていて、誰も帰ってこないのは別世界へ行ってしまうからと言われているんです」
「なるほど。この世界にはそんな伝説が・・・・・・ん? そういえば俺の服は?」
周りを気にする余裕ができて来て、翠は初めて自分の服が変わっていることに気付いた。
「着替えさせましたよ。倒れて汚れていましたから」
「・・・・・・もしかして君が?」
「え?・・・あ、はい・・・・・・」
リアナは自分が行った事が恥ずかしくなったのか、赤くなった。
「あ、でも! 私は気にしませんから!」
リアナは吹っ切る様に言った。気にしてないと入っているが、気にしているのは明らかだ。
「・・・・・まぁ、気にしないならいいよ。よっと・・・・」
翠は話の区切りにベットから起き上がった。
「あ・・・」
しかし、翠は足下がふらついた。
(長い間寝てたのに、急に起き上がったのがまずかったみたいだな。ま、後ろにベッドがあるから大丈夫か)
翠は何故か冷静に自分を分析していた。
「あぶない!」
「え?」
翠の予想に反し、リアナは翠を受け止めようとした。しかし、女のリアナに男の翠が受け止められるはずもなく、二人ともベットに倒れこんでしまった。そして当然、リアナが翠の上に乗っかる格好になる。
「大丈夫か?」
「すみません・・・・・・助けるつもりが逆に助けられちゃって・・・」
「ん~・・・まぁ、それはいいけど、早く退いてくれるかな?」
「あ、はい!」
リアナは慌てて起き上がった。
「・・・・・」
「・・・・・」
お互い気恥ずかしさからか、何を話していいのか分からず、微妙な沈黙が流れた。
「そ、そういえば、おなかが空きませんか?」
その空気をはらう様にリアナは努めて明るく声を出した。
「ん? そういえば、空いたかな」
「そうですよね。あれからもう一日経ってますから。じゃあ、何か食べるもの持ってきますね?」
そう言ってリアナは奥に消えた。送球にその場を離れ、頭を冷やしたかったのだろう。
(一日? 俺はそんなに寝込んでたのか。てっきり一夜を明かしたぐらいだと思ったんだが・・・・・・玲の奴、心配してるだろうな。母さんにも挨拶できなかったな)
そんな事を考えていると、リアナが何かを持って戻って来た。見た目は完全にこちらの世界でいうパンと、おそらく牛乳だろうと思われる白い液体だった。
「どうぞ」
(味はともかく、食べられないものじゃないよな)
翠はその道ともいうべき食べ物をそう判断した。
「あぁ、ありがとう。悪いんだけど、俺の鞄ってあるかな」
「これですか?」
リアナはベットの脇から鞄を持ち上げた。翠はそれを受け取る。
「えぇっと・・・・・確か・・・」
翠は鞄の中を手探りで探す。
「あ、あった」
翠は鞄の中からスナック菓子をとりだした。翠の世界にある、カロリー補給用のお菓子だ。
「はい。これ、君にあげるよ」
翠は取り出したそれを、リアナに手渡した。
「え?いいんですか?」
「当然だよ。どうやら俺は君のご飯を取ってしまったみたいだからな」
「え?」
よほど意外な言葉だったのか、リアナは驚きのまま固まった。
「あれ? 違ったか? あってると思ったんだが・・・」
翠は意外そうに言った。その様子に、リアナは落ち着く為か一呼吸置いた。
「・・・・・あなた、すごいですね。はい、合ってます。確かにそれは私の朝食です。でも、何で分かったんですか?」
「ん~・・・・・・君はレイって呼ばれてるって言ったから、周りには複数人がいるって事。村だから当たり前かもしれないけどね。だけど、見つけた俺を君が世話をしているところを見ると、あまり大きな村じゃない。そしてさっき君を受け止めた時、体型のわりには軽かった。つまり、あまりまともに食べられてないって事。そういう体質かもしれないけどね。俺を見つけた場所は5km離れてたって言ってたけど、そこまで何しに行ったのか。想像するに、多分あの近くに水でも取りに行っていたんじゃないか? そう推測すると水の状況も悪いんじゃないかな。雨が降った割には空気が乾いてるしね」
「・・・・・・たったあれだけの情報からそこまで分かるなんて、すごいですね」
「いや、ほとんとが憶測、鎌をかけた様なものだよ」
(そうじゃない・・・・・この人の分析力と勘は半端じゃない。普通は気にもしないことをしっかると覚え、状況を的確に認識してる。このやり方は軍の―――――いえ、考え過ぎですね。彼が嘘をついている風ではありませんし・・・・)
リアナは自分の考えを否定して、話を元に戻した。
「それじゃあ、遠慮なくいただきますね。それで、どうやって食べるんですか?」
「あぁ、ちょっと貸して」
翠はリアナから受け取ると、袋の中からスナック菓子を取り出した。
「はい」
「ありがとうございます」
リアナは受け取ると余程お腹をすかせていたのだろう、すぐに噛み付いた。
「・・・・・甘くて美味しいですね」
「一応俺の世界にある食べ物だからな」
「そうですね・・・」
一口食べたリアナはそれ以上口にせず、俯いてしまった。
「リアナ、どうかしたか?」
その様子は翠にはリアナが落ち込んでいる様に見えた。
「実は・・・・あなたに黙っていたことがあるんです」
「黙っていたこと?」
「あなたのことを私が面倒を見ているのは、何も病院がないだけではないんです」
「・・・・・・どういう事?」
翠は真剣な話だと思い、表情を引き締めた。
「あなたは『ネイシス』という言葉を知っていますか?」
(そういえばさっきも似たような言葉が出たな。『ネイシス・マスターはいるか』だったか。そうなると推測するに何かの生命体の名か?・・・・・・いや、言葉を知っているかということは物体や生き物の名前じゃない。そうなると、特殊能力の一種といったところか)
翠はわずか四半秒の間に考えをまとめあげた。
「いや、聞いたことないよ」
「そうですか」
そう呟くように言うと、リアナは手近にあった箱を取った。
「それ、マッチか?」
「はい。名前も同じなんですね」
するとリアナはおもむろにマッチをすり、火をつけた。
「それで、マッチと『ネイシス』に何か関係が?」
「いいえ。直接の関係はありません。ただ、私が『ネイシス』を使う時に必要と言うだけです」
そう言うとリアナはおもむろにマッチを掴んだ。
「な!?」
翠は我が目を疑った。翠が見ている目の前で、炎はまるで意思を持った生き物のように、リアナは腕に巻きついたからだ。
「これが、『ネイシス』という力です。そして、それを使う人々を皆さんは『ネイシス・マスター』と呼びます」
「・・・・・・なるほど、それが『ネイシス』・・・・・・さしずめ何かのエネルギーを媒介にそれを操れるようになる能力といったところか?」
「はい。正確にはこの世に存在する自然の力の一部を操る能力です」
「ネイシス・マスター・・・・・ね。それが君が俺を看病している事と何か関係が?」
「ネイシス・マスターはこの世界においても稀少な存在なんです。そしてその力は絶大です。ネイシス・マスターと言うだけで軍部に引っ張られるほどに。そして、こんな辺境の村にネイシス・マスターが本来ならいるはずがありません」
翠はその言葉だけでリアナが何を言いたいのかを理解した。
「なるほど、その稀少性ゆえに、その力の大きさゆえに、恐怖の対象にもなるって事か」
「はい・・・」
リアナは悲しそうに返事を返し、纏った炎を消した。
「ま、俺には関係ないな」
話を聞き終えた翠はしかし、本当に何でもないふうに言った。
「え?私のこと・・・・・怖くないんですか?」
リアナは翠の反応が意外だった。リアナとしてみれば、恐怖される前提で告白したのだ。
「異世界って地点で俺の常識なんて無意味だからな。その程度で怖がってられないって。あ、それよりその能力、料理には便利そうだ」
「料理・・・ですか?」
リアナはきょとんとした顔になる。翠の言葉の意味が、リアナにはいまいち掴みとれない。
「あぁ、火力調整くらい出来るんだろ?」
「え・・・・・ええ、まぁ・・・」
リアナは曖昧に返した。
「だったら材料熱する時に役に立つんじゃないか? 何となく君は料理が上手そうだし」
「・・・・・・くす・・・・不思議な人ですね」
リアナは微笑んで言った。
「ん? そうか?」
翠は心外そうな顔をした。
「はい。少なくとも、私にはそんな発想はありませんでした。ネイシス・マスターは向き不向きに関わらず、皆兵士になる教養を受けますから」
リアナはそう言いつつ、もうそんな事はどうでも良かった。ただ受け入れてもらえる。それが何よりも嬉しかった。
「まぁ、俺からすれば、ネイシスっていうのも謎だらけなんだけどな」
翠はそれにおどけて返す。
「くす・・・・・それもそうですね」
「あ、今馬鹿にしただろ」
「そ・・・そんなことはありませんよ?」
ちょっと吃りながらリアナは返す。
そして、二人で笑った。
ただただ、おかしかった。翠はすぐに馴染んでいる自分が、リアナは自分の悩みの小ささが。
二人は一通り笑った後、翠の状況について話し合った。そしてこの世界の状況について。
話題は尽きなかった。長く長く二人の話は続いた。