四章:一時の安寧 (2)
太陽が真上に上った頃、満月達は洞窟に辿り着いた。
「おお!無事に戻ってきたか!女の子も助けられたようだな!」
そう言って迎えてくれたのは村へ行く途中に出会った一番重症な騎士の男だった。
「だが、相当辛い戦いだったのだろう。ぼろぼろじゃないか。おい!誰かこの英雄を手当てしてやれ!!」
満月は服がところどころ破け、体中が擦り傷だらけになっており、さらに片目は酷く腫れ上がり、青あざまで付いている。酷い有様だった。
「ええ……。予想外の攻撃を受けまして……」
そう言って時雨の方を盗み見る。怒ったような表情をして満月から完全に顔を背けている。
体中の擦り傷は水守に吹っ飛ばされ時にできたもので、目元の青あざは時雨に叩かれたときにできたものである。平手ではなく握り拳が飛んできたのでこんなあざになった。水守は宙に浮きながら心底楽しそうに笑っている。
「身から出た錆だのう」
などと原因を作っておきながらそんなことを言ってくれた。『この女、いつか泣かす』と満月は心に決めた。
「たぶん大丈夫でしょう。軽い打撲と浅いすり傷ばかりのようですから」
治療をしてくれた騎士がそう言って笑顔を向けてきた。
「そうですか、ありがとうございます」
笑顔を向けてきたことに少し驚いたが、とりあえずお礼は言っておいた。
自分でも大した怪我じゃないのはわかってはいたが、人からの善意を蔑ろにする必要もないだろう。
「無事で何よりだ。ところで聞きたいことが何個かあるんだが答えてもらえるか?」
隊長と思われる者がそう聞いてきた。やはりこっちが本命か。内心では疑っていた自分に苦笑いした。何かされそうになっても軽く逃げられるだろうと少し考えると了承した。
「はい。俺に答えられることでしたらお聞きしますよ」
満月は作り笑顔で愛想よく答えた。
「似合ってないのう」
「綺麗な作り笑顔だね」
などと仲良く外野が何か言っている。……覚えとけよ。
「では聞かせてもらおう。あの化け物はどうしたのだ?」
どうやら言葉を選んでいるらしい。少し質問する前に間があった。
「ここに俺と時雨がいることが答えにはなりませんか?」
と後ろで水守と話していた時雨を軽く振りかえる。うぇぇ!?と話を聞いていなかった時雨は突然に視線が集められ何とも言えない奇声を上げる。
時雨がかわいらしいから皆が気になったんじゃろう。などと水守が時雨に呟いている。時雨の顔が真赤に染まる。
いや、時雨、違うからな。つーか水守、お前は絶対に話を聞いたうえで言ってるだろ?
「助け出したのは間違いないようだが……。しかし、あの化け物は本当に倒せたのか?連れて逃げて来ただけではないのか?」
どうやらそこがどうしても信じられないらしい。
満月は溜息を吐くと腰に付いていた小さな袋を隊長に投げてやった。隊長は眉根を寄せる。それが何かわからないのだろう。
「これは何かね?小型の異形にしか見えないが……」
予想通りの返答がきた。
そうだろうなと思いながら満月は隊長に説明してやった。
「そいつがあの化け物の本体に辺ります。その小さいのが人の脳に取りついて変異したのがあの化け物
ですよ。だからどれだけ外の外殻を傷つけたところで痛くも痒くもないんです。つまりそいつさえ潰せばあの化け物も止まるんです」
そう言ってやると、こいつがあの化け物の本体だと……?と騎士隊がざわついた。そりゃそうだろう。あの化け物の本体がこんな小さな20cmもないやつだったなんて、簡単に信じられるはずがない。
そう思っていた満月だったが、騎士隊の隊長だけは違う反応を返した。
「そうか、ならば教えてくれ。こいつが取り付いている場所を見極める方法はないのか?そして、それがわかれば我々にもあの化け物を倒すことができるだろうか?」
満月はその言葉を聞いて驚きを隠せなかった。これだけやられ、なおこの男はあの化け物と戦うと言うのだ。人に対して初めて尊敬の念を持ったかもしれない。
「そこまで言うのならば教えましょう。ただし、あなたの名前を伺ってもよろしいか?」
水守が驚きの声を上げ、時雨は敬語も似合ってないねぇなどと言っている。……時雨とは後で話合う必要があるようだ。
「私は梅の都にある異端対策に設立された騎士隊の一人だ。2番隊隊長の大地と言う。頼む。一人でも多くの民を救うのに必要な知識なのだ」
そう言って頭を下げる。
部下達も迷いなくそれに続いた。
「見分けるのは簡単です。人として残っている部分を探すだけですからね。ただ、その場所がどこかは一体一体で違います。今回のアレは口の中にありました。他にも腹の下や、内臓に張り付いていたりなどがあります。」
満月は姿勢を正し、彼等の誠意に応えるべく説明していく。
「一番手っ取り早いのは体を小間切れにすることなんですが、普通の人にそんな芸当は出来ないでしょう。そのためあなた方がやるのに適している方法を上げるならば、アレの口の中に小型の炸裂弾を投げ込んで内側から爆破することでしょうかね。火薬は高級品ですがアレをやるならそれくらいは必要経費でしょう」
満月は更にと続ける。
「バラバラになっても中には死なないやつもいます。そういう場合は落ち着いて残っている体の部品を確認してください。もしくは本体が近くにいて操っている可能性もあります。複合されている物の中に植物を模した物が入った系統だと、球根に当たる部分が本体になり、つまり土の中に隠れている可能性が高くなります」
最後に植物が入っているなら火を放った方が早いですけどね、と付け足す。
「情報提供に感謝する。それともう一つ聞きたいことがあるのだが……」
隊長が謝辞を述べもう1つ質問をしようとし、迷いがあるのかそこで一拍置いた。満月は次の質問がなんとなくわかっているので無言で隊長にその先を促す。
「うむ。その、だな。君がその娘を救いに行く途中で我等に告げたことなのだが……」
核となる部分を伏せ、心配そうに後方で消沈している生き残りの村人の方を盗み見た。
村人にこれ以上心労をかけたくはないのだろう。つくづくお人好しなようだ。満月は苦笑い混じりに答える。
「本当ですよ。嘘は何一つ言っていません。アレから時雨を助け出したのもそれのおかげですから
ね」
隊長はしばらく真面目な顔で満月の目を見ると溜息を吐いた。
「どうやら本当のようだ。それにそれくらいでなければあの化け物を倒すなど不可能だろう」
そういうと隊長はさらに深い溜め息を吐いた。
「そうか、ならば仕方がないな。出来ることなら我等が主君にお目通りして今回の褒章を与えてもらいところだったが……。主もそうであるならば都に入ることも出来ぬからな」
どうやら満月に褒美を与えたかったらしい。つくづくこの人は変わっているなと満月は感じた。
「いえ、褒章など結構ですよ。私は別にそういう物が欲しくて助けに行った訳ではないですから」
正直な所、珍しい人物と出会うことが出来て満月は満足しているのだが、隊長はそれでは納得できないようだった。
「いや、たとえどんな理由であろうと民間人に助けられたのだ。しかもことがことなだけに、それな
りの褒美が出ていても不思議ではないのだ。……ふむ、そうだな。おい!我等の持って来た路銀を持って来い!」
隊長は近くにいた部下にそう言うと、部下は敬礼を返しすぐに路銀の入っているであろう袋を持ってきた。我等にはこれしかできないがと言うとその袋をこちらに放ってきた。
「ちょっと待ってくれ!いや、待ってください!いくらなんでもこんな大金受け取れませんよ!」
ざっと5万ゼニーほどの大金が袋の中には納まっていた。普通の家庭の年間の収入が1万ゼニー程度だ。それからしたら5万ゼニーは十分過ぎるほどの大金になる。
「気にするな。それは今回の任務の報酬と経費だ。我等は任務に失敗したのだ。それは化け物を倒した君が受け取ってくれ」
そう言うと隊長は豪快に笑った。部下達も異存はないらしく「もらってやってくれ」「ただ働きもたまにはいいもんだ」などと言っている。
「自分で言うのもなんだが、私は頑固なのでな。返品は一切受け取らんぞ!」
満月は口を半開きにして呆然とするしかない。
水守と時雨は「貰えるならばおとなしく貰えばいいものを。」「うわぁこんなお金初めてみたよ。」などと後ろで相変わらず勝手なことを言っているようだ。
しばらく呆然としていえた満月だが、騎士達の顔をまじまじと見て本気なのだとわかると表情を崩して吹き出した。
「ぷ。あははは!なんだそりゃ!勝手に渡しておいて返品は受け取らないとか、自分勝手過ぎだろ!」
水守が少し驚いた表情をしたが、すぐに満月を見ながら微笑を湛えると「今日はいい日になりそうだのう。」と隣にいる時雨にも聞こえぬほど小さな声で呟いた。
◇
森の一角で満月に殺された化け物を見下ろす人影があった。
人影は何をするでもなく佇んでいたのかと思うと、いつの間に取り出したのか手に持っていた肉片を化け物の死体に放り投げた。
肉片が化け物の死体の上に落下したころには人影は消えていた。
森の中は不自然なほど不気味に静まり返っていた。そして肉片を放り投げられたはずの化け物の死体も人影と同じようにその場から消失していた。
化け物の死体があった場所には化け物より数倍大きな何かが寝転がっていたような跡が残っているだけだった。
そこから少し離れた丘の上にそれはいた。
10mを超えるのではという巨体を持ち、その巨体を構成している体の中には満月に殺されたはずの化け物の死体が含まれている。
化け物の死体部分がそれの脚を構成しており、死体を引き延ばしたように死体の後方にも百足の脚が続いている。そしてそこから空に向かって蟷螂の体が飛び出している。あたかも蟷螂が魚の体を食い破って出てきたような形となっている。
ここまでは化け物の体を構成していた物なのだが、そこへ更に異質な物が混合されていた。それは蟷螂の首から上に付いていた。
そこには猫科の動物だろうと思われる物の顔が乗っていた。
口には鋭利な牙が生えており、目は獲物を求めて彷徨っている。そしてそれは何かを見つけたのか、そちらの方角を見ると喜びを抑えきれないように身震いすると、化け物はそちらに向かって大きく吠えた。
久しぶりにこちらを更新してみた。
コレの更新は無心でするのが一番だと悟った。