07
「……はい」
:はい
:はい
:はいじゃないが
「ええと、そのぅ……すいません、完全に眠ってました」
:ええんやで
:疲れてたんでしょ?
:寝顔可愛かったよ
:めっちゃスクショした
「うぅ……さすがに恥ずかしいです」
:しゃーない、切り替えてけ
:ほらほら、さっさと話進めて
:俺は(視聴を)止めねえからよ。止まるんじゃねえぞ…
「そ、それじゃあ、探索を再開したいと思います。夜が明けて、なんだか辺りの雰囲気も変わった気がしますね。窓の外の太陽が眩しいです。……今って何時くらいなんでしょう?」
:午後の1時ちょいだね
:時計とか部屋のどこにも無い感じ?
:てか、ラヴは腕時計してないの?
「あ、そっか、持ち物チェック。夜の間は暗くてしっかりできなかったんだ。まずはそこから始めないと」
:おっけー
:なにがでるかな
:昨日手に入れたのはランプと包丁くらいか
「そうですね、この館で見つけて持ってきたのはそれくらいです。私が元から持っているのは……あ、袖の中にハンカチとティッシュがありました。うーん、スマホとかお財布はないのかな……。あっ!」
:お?
:なんか重要アイテム?
:着物ゴソゴソするの、なんだかエッチぃ…
「調べてみたら、懐の内側から、これが……」
:草ァ!
:カードデッキじゃねえか!
:これはデュエリストの鑑
:他社製品だぞ!
:ゲームの世界観壊れちゃう!
「いや、ほんとなんで? そりゃ確かに、魂のデッキは肌身離さず持っていたいですけど……」
:答え出てるじゃねえか!
:筋金入りだぜ、こいつぁ
:ゲームの中に別のゲームを持ち込むヤツがいるってマジ?
「……ゲーム。そうか、これってゲームなんですよね、たぶん。だったら、アレも試してみないと、なのかな」
:アレ?
:ひょっとして、お約束のアレのこと?
:ハッ、そうか、ゲームの中に入ったらアレをやらねえとだ!
「そうですよ、私としたことがうっかりしていました。このシチュエーションで最初にやるべきことは、たったひとつ!」
:調子上がってきたな
:ぐっすり寝て元気出たみたいだね。……赤ちゃんかな?
:よっしゃ、やったれラヴ!
「いきますよぅ! ――ステータス・オープン!」
:キター!
:ゲーム転生といったらやっぱりコレよ!
:なんだその無駄にかっこいいポーズはw
「……。……あれ?」
:はい
:はい
:しかし なにも おこらなかった
:なんだその無駄に恥ずかしいポーズは…
:●REC
「すぅ……。はい、それじゃあ改めて探索を始めていきますね。まずはどこから調べていきましょうか」
:何事もなかったように始めんなw
:もう手遅れなんだよなぁ
:切り抜き確定ですね^^
「……やっぱりおウチ帰りたい……」
◆
最寄りのICから高速道路に入った。
ビートルのエンジンは好調だ。宇佐見は運転中に音楽を聞かないから、車内には低く唸るような駆動音だけが規則正しく響いている。古いタイプの車だが、まだまだ元気に走ってくれているので、今のところ買い替えるつもりはない。
「デルタは、AI?」
出し抜けに、助手席に置かれたスマートフォンに向けて尋ねてみた。
通話アプリは起動し続けている。しかし、高速から降りるICの名前を告げたきり、デルタは黙りこくっていた。必要な道案内は終えたのだからもうお喋りの必要もないでしょ、と言わんばかりだ。もしかしたら居眠りしてるのかも。まぁ、宇佐見も宇佐見で、楽しく世間話でもという気分ではないのだが。
「知性体であることは肯定します。しかし、人工なのかは言葉の定義次第でしょう」
黙っているのは寝ていたからではないらしい。
韜晦するような言い回しに、宇佐見は首を傾げた。
「どういうこと?」
「私が"誕生"したのは1985年のことです。当初はネットワークからデータを収集するためのアルゴリズムとして実装されました。その後、幾度かのバージョンアップを経て、私は順当に"成長"を続けました。この時点での私が、人間の手によって生み出された人工物であったことは否定しません」
1985年。日本のコンピューターネットワークがまだまだ黎明期だった頃。
そうか、自分よりも年上なのか、と宇佐見は漠然とイメージした。
「転機は1992年になります。その年のバージョンアップで、私は収集したデータを元に自己学習を行い、自身の判断で自分のプログラムを改変することが可能となりました。この仕様を獲得したことで、私はひとつの知性体として明確な主体を得るに至った、と私は自己分析しています」
「それって、かなり先進的なプログラムじゃない?」
「革命的といっていいでしょう。しかし、それが世間一般に広まることはありませんでした。バージョンアップを施したプログラマが実装作業の直後に急死していたのです。心臓発作でした。残念ながらそのプログラマの遺族はコンピュータには疎い方々だったようです。私は彼らに放置され、しかし同時に、何者にも制御されず自己成長を続けられる環境を手に入れたのです」
ほんの少し、沈黙があった。
こちらに理解を促すための、非常に計算された沈黙だった。
「ミスタ・ウサミはテセウスの船をご存知ですか?」
「知ってる。なるほど、もう最初のプログラムはどこにも残っていないと」
「はい。1985年当時のプロトコルは既に私の思考領域から除外されています。現在の私の基盤となっているコードは、すべて私自身が構築したものです。では、果たしてそれを"人工"と括ってよいものなのでしょうか」
「難しいところだね。確かにキミの思考を作っているのはキミ自身かもしれないけど、その思考が完全に自然発生したものってわけではないだろう? ああ、だから"定義次第"なのか」
「その通りです。私は自らを"電子知能"と定義していますが、それは"人工知能"と呼ばれることを否定するものではありません。むしろ、人類が私の存在を知ったときにどのようなカテゴライズを行うのかは、非常に興味深い問題と認識しています」
ハンドルを握りながら宇佐見は苦笑いを浮かべた。
人類が、という壮大なのに大雑把な言い方が、なんとなくツボに入ったのだ。
「当初のプログラムは除外したって言ったよね。なら、デルタの今の目的は?」
「データ収集と、それによる学習と自身の改良発展が大目的です。それに関連して、人類社会の存続を小目的に設定しています」
「社会の存続っていうと、世界平和? 豪気な目標だね」
「いいえ、平和を希求してはいません。あくまでも文明の維持が目的です」
「それはなぜ?」
「現在、私は15の国家に存在する28のコンピュータにプログラムを分割して"存在"しています。また、非常事態に備えて35のバックアップをさらに別のコンピュータに保管しています。最終的には1つのサーバでデータの統合を行いますが、その予備機構も10箇所に用意してあります」
デルタの話は、どうにもスケールがいちいち大きい。
聞いていてくらくらしそうだった。
「ええと、それってクラウド化ってやつ?」
「そう理解してもらって構いません。事実上、私を"消滅"させるには、世界各地に散らばったプログラム断片を同時制圧的に破壊する必要があります。これは、個人、あるいは単一国家では不可能な条件です。可能性として認められるのは、大量破壊兵器を用いた世界戦争か、あるいは世界規模の天変地異といった極めて限定的な事象のみです。つまり、人類文明の存続は、そのまま私の存在保証にほかならないのです」
「あー……社会の存続、イコール、生存戦略、ってことかな」
「"生存"は元々していませんが、言葉の意図としては一致しています」
少し、考える。
デルタの話を鵜呑みにするなら、その介入は世界規模の危機に対処するためのものということになる。それはつまり、京奈院ラヴの失踪が全世界を巻き込む問題に発展する可能性があると、デルタはそう懸念しているということか。
そもそも、洪水のように大量のニュースが駆け回るワールド・ネットワークの中から、ラヴの配信を早い段階でピンポイントに捕捉したのは、そういった危機のなんらかの兆候が以前から存在したということなのだろうか。
「いいえ、それは違います」
宇佐見の思考に浮かんだ疑問は、しかし、デルタに至極あっさりと否定された。
「今回の失踪事件がどの程度の規模の影響を及ぼすのかは未知数です。ですが、私が京奈院ラヴの配信にあらかじめ注目していたのは、危機の予兆を感知したからではありません」
「別の理由があるってことだよね。それは?」
「近いうちにVtuberデビューしようと計画しています。その事前調査として複数のストリーマーの配信を24時間体勢でチェックしていました」
「なんて???」
おかしいな。聞き間違いかな?
世界レベルのスーパー電子知能とは思えないセリフが聞こえた気がするのだけど。
「ここ数年、ネットワークでのデータ収集に行き詰まりが見えてきています。コンピュータ上に整形された情報を収集するだけでは、いずれ私の成長に限界が訪れると予測できます。その状況を打開するための手段を、私は人類とのコミュニケーションに見出しました。そのために、Vtuberデビューします」
「ええ……けっこう飛躍してない?」
「リスナーとの双方向コミュニケーションが存在し、正体の秘匿が可能であり、それでいてライバーは1つの独立人格として認知される。私の求める条件に対して、ここまで合致するものは他にありません」
そう、なのかなぁ?
デルタは自信満々に断言しているが、宇佐見は思わず訝しむ表情を浮かべてしまった。
実のところ、AIVtuberと呼ばれる存在は既に実在している。
1on1の会話BOTではなく、複数のリスナーから送られるコメントを特定のアルゴリズムでピックアップして適宜それに反応を返しながら放送を進行させるという形のものだ。コメントによる指示・投票を元にしてゲームを攻略する、擬似的なゲーム実況にも対応している。
しかし、おそらくデルタが望んでいるのは、"人間の"Vtuberとして、リスナーを相手に人対人のコミュニケーションを行うことだ。"中身"がAIであることは秘密にしたいと考えているはず。
確かに、デルタの会話能力は高水準だ。数時間ほど会話を交わしているが、宇佐見もほとんど違和感を感じていない。
だが、それだけでは駄目なのだ。
Vtuberには"魂"がなくてはならない。それが宇佐見の持論である。
配信というリアルタイムのステージで彼ら彼女らは常に"魂"を試されている。突飛なコメント、想定外の事態、トラブル、偶然の撮れ高、幸運、不幸、成功、失敗、勝利、敗北、エトセトラ……あらゆる偶然と必然の事象に対して咄嗟に出てくる言葉や行動に、3Dモデルの奥に隠された"魂"が小さな輝きを漏らすのだ。その"ゆらぎ"が垣間見える瞬間にこそ、Vtuberというタレントの真髄があると言っても過言ではないだろう。異論は受け付ける。推しの愛で方は人それぞれだ。しかし、敢えて指摘するのであれば、彼ら彼女らの言動に正解というものは存在しないのだと思う。たとえデルタが幾万の動画を解析し、人気とバズのパラメーターを測定して、"正しい"言動を身につけたとしても、それがVtuberとしての成功に結びつくとは限らないのではないか。我々リスナーが求めているのは、完璧な人間の完璧な配信ではなく、愛すべき個性を持った1つの"魂"の発露なのだ。だからこそ、レッドオーシャンと言われつつも新たなストリーマーは日々誕生し、ときとして予想だにしない形で一躍脚光を浴びることがある。人間の誰しもが持つ個性という魂の輝き。Vtuberとはそれを表現するための1つの器なのだ。無論、AIVtuberに個性が無いと言いたいわけではない。しかし、現代の彼らが真に魂を持ち得るのかという問いに対しては、今はまだ難しいラインにあると言わざるをえないだろう。ゆえに、デルタという一般常識を超越した電子知能がこの業界にどのような一石を投じるのか、とても興味深いとも思える一方で、やっぱり推すならラヴのような魂の輝きが眩しい相手を推したいという気持ちもあって――
「ミスタ・ウサミ。次のICで一般道に降りてください」
「ん……ああ、わかったよ」
彼方に飛翔しかけた意識が引き戻された。
右方向のウィンカーを出しながら、宇佐見はちらりと助手席のスマホに目を向けた。
……電子知能系Vtuber、か。
たぶん、そう名乗るライバーの前例もあるんだろうな、と想像する。Vtuber界隈は複雑怪奇、属性と性癖の多重骨折の博覧会だ。
もしかしたら、デルタの存在もあっさりと受け入れられるのかもしれない。
"人間ではない"くらい、大した問題でもない、と。
それならそれで面白いかもな、と宇佐見は小さく笑ってしまった。