そして、時計の針の音だけが優しく鳴り響いた。
「初めて会ったのは交差点だったね。」
薄暗い刑務所の面会室で彼が言う。
「赤信号で飛び出し、車に轢かれそうになる君を僕が助けた。」
私は静かに頷く。その時のことは今も覚えている。私を引き寄せてくれた腕の温もりも。
このことをきっかけに私たちは仲良くなり、時間の経過とともに、恋に落ちた。
私と同じようにその時のことを思い出しているのだろうか、彼はしばらく目を瞑っていたが、やがて口を開く。
「君と過ごした時間はとても楽しかった。」
「私もよ。」
「君と一緒にいると、俺の両親を殺した、あいつのことさえ忘れることができた。」
なんと返したらいいかわからない私の代わりに彼は続ける。
「でも、まさか自分が弁護士の彼女と付き合うことになるなんて思ってなかったよ。」
そう、彼が言うとおり、私は弁護士だ。だから、刑務所で話をすることなんて慣れている。だけど今、こんな気持ちになるなんて。
私は視線を落とし、今朝見た新聞の一面を思い出す。
『医師A殺人事件ついに解決。』
この事件は、被害者が有名な医師ということ、現場が密室だったということから、最近世間を騒がせていた。だが、名探偵やその助手たちを悩ませた事件は、犯人が現場に隠していたカセットテープによってあっけなく解決した。
捜査中に見つかったそのテープは、事件のトリックや証拠を記録するのみならず、犯人は過去にこの医師の医療ミスによって親を亡くしたこと、この医師は医療ミスの常習犯であったことを明らかにした。
弁護士仲間から聞いた話だと、自ら証拠を残したこと、被害者の悪行が次々と発覚したことにより、世間は犯人を庇う傾向にあると。
回想を終え、彼の様子を伺う。いつもと同じように静かに私を見ているこの目を、優しいこの表情を明日から見ることはできない。
犯人を庇う人が多いといえど、罪は罪だ。刑期は短くはない。次に外の世界で会うことができるのはいつだろう。そんな日は来るだろうか。
時計の針の音だけが鳴り響く沈黙の後、別れの時が訪れた。
最後の挨拶をしなければと思うが言葉が出てこない。そんな私に代わって彼はゆっくり口を開いた。
「……待ってるから。君がここから出てくるまで。ずっと待ってるから。」
「……っ!」
弁護士でありながら罪を犯した私を、彼は待っていてくれると。
復讐を終え、空っぽだった心に何かが染み渡るのを感じた。
「ありがとう…。」
私は静かに涙を流し、彼を見送った。
なろうラジオ大賞用に書きました。初投稿です。