60、犯罪者になりました
魔法の修行4日目。
夕刻。
なんかコツを掴んだかもしれない。
「ニア殿! う、浮いておりますぞ!」
フワフワと1メートルほど宙に浮いている俺を、驚いた顔で見上げるシャラサードさん。
今は魔力の放出量や方向などを、自分の思い通りに扱えるようにするための修行中。
「‥‥‥シャラサードさん、遂に出来ましたよ」
ニヤリと笑う俺。
「羽根も無いのに、飛ぶ生物など聞いたことがありませんぞ。ニア殿、凄いですぞ!」
シャラサードさんは子供のように目をキラキラさせていた。
‥‥‥あれ?
飛ぶことが転移魔法の通過点じゃないのかな?
「‥‥‥転移魔法って、このままドーンっと飛んでいく感じじゃないんですか?」
RPGの転移魔法と言えばそうでしょう。
「文献によりますと無属性魔法の力を身にまとい、行きたい場所や人を強く念じると、その場所に転移すると書かれております。今は魔力を直接出して浮いてるのでしょうから、少し方向性が違う気がするのですが」
「‥‥‥そうですかね?」
今はバランスを取るために、少しずつ魔力を下に向かって出している。
これを一気に放出したら上手く行くんじゃないか?
「ちょっと試して良いですか?」
「‥‥‥ニア殿、急ぎ過ぎると良くないですぞ」
シャラサードさんが心配してくれるのはありがたいが、俺のイメージでは絶対にこれで合ってるはずだ。
それがRPGの定番魔法ですよ!
「きっと大丈夫です。ちょっと違う街に行ってみます」
目的地は俺が一番馴染み深いプリングの街。
強く念じて魔力を放出したら良いだけだろ?
──簡単だ!
俺はプリングの街を想像しながら、魔力の放出量を最大にした。
ブシューーーーーッ!
空高く舞い上がる俺。
物凄いスピードで高く、高く。
真上に。
──あれ? なんで真上?
城より高い位置に打ち上げられ、落下するのを待つばかり。
‥‥‥これは完全に失敗ってやつですかね。
「‥‥‥さて、どうやって着地しようか?!」
「ニア様、打ち上げ花火みたいでした」
次は打ち上げ花火ですか。
「‥‥‥危うく致命傷を受けるところだった」
着地の瞬間に魔力を噴射して落下速度を落とし、なんとか事なきを得ていた。
「ニア殿、焦りは禁物ですぞ! 今日は飛べただけでも凄い収穫なのですから」
「以後、気をつけます‥‥‥」
着地のダメージで、よりボロボロになった服と俺。
‥‥‥凄く惨めだ。
城の自室。
一人でベッドに転がり思案中。
飛べたのはかなり嬉しい。
練習をすれば、もう少し自由に飛べそうな感覚がある。
夢は膨らむばかりだ。
しかし、転移魔法は空を飛ぶのではないのかもしれないと思えてきていた。
全力で放出した魔力。
確かにもの凄いスピードで打ち上げられたのだが、全力の魔力放出であの程度のスピードなのが納得いかなかったからだ。
仮にプリングの街に向かったとしても、かなりの時間がかかる。
あのスピードでは転移ではなく、ただの飛行だ。
──おそらく違う。
文献には無属性魔法の力を身にまとい、行きたい場所や人を強く念じれば出来ると書いてあるんだっけ?
「‥‥‥魔力をまとうって何だろう」
ある程度自由に扱えるようになっている魔力を、両手で出して集めてみた。
魔力は一定量放出すると、固まって円形になり少しの間、宙に浮く。
ここまでは実験済み。
「待てよ、もっと大きくしてだな‥‥‥」
身体が収まりそうなサイズまで魔力を溜めてみた。
まとうと言うか、魔力に入ってみるか?
バチバチしたりしたら嫌なので、少し指で触って確認するとなんの違和感もなかった。
「‥‥‥おお、入れたぞ!」
これで良いのか知らないが、とりあえず試そう。
打ち上げ花火に比べたら危険はかなり少ない。
むしろ失敗しても、何も起こらないだけだろう。
「えっと、場所や人を強く念じるんだよな。やっぱりプリングの────」
「‥‥‥あ?」
「‥‥‥え?」
視界を覆う一面の煙。
いや、違うこれは‥‥‥湯気だな。
意識が一瞬途切れたと思った時には、見知らぬ空間にいた俺。
「やばい、成功した!」
プリングの街をイメージしたはずなのだが‥‥‥。
「‥‥‥あんた、何してんの?」
俺の目の前には、見覚えのあるキツめの美人。
「アリスさん、お久しぶりです。転移魔法ってのを使えるようになったみたいで。凄いですよ、アルフォート王国から一瞬で来れました!」
「‥‥‥そう」
「俺は天才かもしれません。是非、褒めて下さい!」
「‥‥‥うん、凄い凄い。で、ここどこか分かる?」
「風呂ですね」
「そうだね。お風呂だね」
生まれたままの姿で俺を見る、キツめのお姉さん。
──素敵です!
「‥‥‥よし、帰ります! また会いましょう!」
「こら、待ちなさい!」
両手から出した魔力にさっさと入り、逃げる俺でした。
初めての転移魔法は、風呂の覗きという犯罪行為に使用する結果に終わった。
プリングの街のイメージをする前に、アリスさんをイメージしてしまったんだろうな。
‥‥‥今度ちゃんと謝ろう。