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夢幻  作者: 遊。
第八巻凪編前編

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凪の本音。


 「なぁ木葉、お前どうしたんだ?」

ひとまず凪を部屋のベットまで運び、それに千里と雫が付き添う。

残った俺、茜、木葉は茶の間の円卓を囲んでいる。

そうして落ち着いたところで、俺はさっき気になった事を木葉に聞いてみる事にした。

そう聞かれても、木葉は一瞬はっとした表情をするだけですぐに返事を返そうとはしなかった。

「普段のお前ならこう言う時にはちゃんと怒るよな?」

そう言われて困った表情を見せる。

それは普段ふざけて隠し事をしている時みたいに口笛を吐いてごまかすみたいなのじゃない、バレたくない事を隠そうとすると言うより言うかどうかを迷っていると言う感じだった。

「なんだよ、何か悩んでるのか?」

「えっと、、うん。」

言葉を選んでいるようだった。

「本当はさ、言うつもりはなかったんだ。

高校卒業まで隠し通すつもりでいたんだ。」

「な、なんだよ急に。」

「凪っちのお父さんの話を聞いて、確かに憤りはあった。

でもね、他人事だと思えなかったの。」

「…どう言う事だよ?」

「私の家はさ、医者の家系じゃないけどさ、有名な資産家の家系なの。」

「なっ…!?」

「資産家って何なの?」

雫は頭にクエスチョンを浮かべているがそんなの答えている余裕は無かった。

「確かにあいつの凪っちに対しての態度は許せなかった。

私にとって凪っちは大事な友達だもん。

でも私もさ、いずれ親の仕事を継がされる。それがもはや覆しようのない事実だと言う事も分かってしまったから。

ここで私が怒ってしまったら、そうして生きてきた自分まで否定してしまいそうで…怖かった。」

なるほど。

それを聞いてついさっき見せた木葉の複雑な表情にも合点がいった。

「もしかしたら私も凪っちと同じ運命を辿っていたかもしれないね。」

「気をしっかり持てよ、お前はちゃんと生きてる。」

こんな言葉しか言えない。

適切かどうかは分からないけど何か言わなければ本当にそんな道を辿ってしま良そうな程に今の木葉は弱々しく見えた。

「うん、急にこんな話してごめん。

でもだからこそさ、凪っちの力になってあげたいなと思うの。」

「そうだな。」

そう、言葉でも気持ちでも思っていても、茜が言うように俺は結局何も出来なかった。

「凪…どうなっちゃうの…?」

そう言う雫は今にも泣きそうだった。

それに俺達は何も言えなくなってしまう。

「凪の状況はあまり良い物とは言えないでしょうね。

一度に全てを受け入れるには今日起こった出来事は彼女にとって重すぎるわね…。」

「まぁ確かに…。」

こうしている今にも凪の精神はいつ崩壊してもおかしくない。

千里や雫が様子を見ているとは言え全く油断は出来ない。

実際、凪はそうやって見てくれてる千里や雫の話を全く聞こうとしない。

「当然でしょう…。

自分の事でそれどころじゃない彼女が他人の事まで気に出来るわけがないわ…。」

「だよな…。」

「まぁ…それは彼女が普通なら…の話でしょうけど。」

「な、凪さん!?」

「凪!?」

茜のその言葉の後、奥の部屋から千里と雫の慌てた声がする。

そして足音がこちらに近づいてくる。

慌ててその足音に続く二つの足音。

「ごめん…なさい…早くしなくちゃ…じゃないと…私…。」

そう言う目は今も虚ろだ。

体の震えもでいまだ止まっておらず、でも確かな焦りを感じさせる。

「落ち着けよ凪!」

慌ててその肩を多少強引に引き離す。

「離して!早くしないと私は…。」

言いながら突き飛ばされる。

「って…。」

「あ……。」

強く尻餅をついた拍子に、近くの木製の壁に

腕を擦ったらしく、小さな擦り傷が出来ていた。

少し出血したのを見た途端に凪は大慌てでしゃがみ込む。

「ごめんなさい…ごめんなさいごめんなさい…許して…嫌いにならないで!」

「な、凪…。 」

「凪、どうしちゃったの!?」

その普段と違いすぎる凪の様子に雫もはっきりと動揺を示す。

毎日姿を見ている雫でさえこの動揺なのだ。

普段の凪からは全く想像が出来ない様子なのは歴然だった。

「どうしたも何も…これが本来の彼女の姿よ…。」

返事を返せる筈もない凪を見かねてか、茜がため息を吐きながらそう返す。

「これが凪の本来の姿だって言うのかよ…?」

「だから…そうだと言ってるじゃないの…。何度も同じ事言わせないでちょうだい…。」

言われて全く分からない訳でもなかった。

確かに凪の弱さは一度目の前で見ている。

でもその時だってここまで彼女が様変わりする事はなかった。

「彼女が元々繊細な事、普段は気を張る事で今の自分を保っている事。

あなたは分かっているでしょう…。」

「あぁ…確かに。」

毎日一緒に居るだけでなく、茜は他人の心を読む力まであるのだ。

彼女の本音や胸の内にはとっくに気付いていたのだろう。

「大丈夫だよ、凪っち。

私たちは嫌いになんかならない。

ずーっと、友達だよ。」

今も取り乱す凪の頭を、木葉は優しく撫でる。「うん…怖かった…怖かったぁ…。」

そう言って凪は声を上げて泣き出してしまう。そうやって優しく撫でる木葉も無理に笑顔を作ろうとしているのがよく分かった。

それはやっぱり自分自身に重ねているからなのだろう。

「時間がないのは事実でしょうけど…。

今の状況で彼女と話すのは無理ね。」

「まぁそうだな…。」

今日彼女が受けたダメージはすぐに立ち直れるような物じゃないだろう。

今の彼女には多分時間が必要だ。

もっともその時間があるのかは分からないし、凪が自分でその時間作ろうとするかも怪しい。「凪、泣かないで…なの…凪が泣いたら…私も悲しいの…。」

遂には雫まで声を上げて泣き出してしまった。これには流石に茜もうんざりした表情を見せる。

三人暮らしの環境で内二人がこの状態ってなれば不憫にならなくもない…。

それにこう言う場で上手くまとめるようなタイプでもないだろうしなぁ…。

むしろ勝手にしろってほっときそうだ。

「茜っち、大丈夫?私止まろうか?あれなら家事とか一通り出来るし。」

見かねた木葉がそう定案する。

木葉さんここに来て有能説。

普段はおちゃらけてるけど…実は資産家の娘って辺り俺が知らないところではしっかりしてるんだろうなぁ。

以前蟹井に聞いた話だと成績はいつも学年トップをキープしてるらしいし…。

「好きにすれば良いわ…。」

木葉の提案に、茜は以外にも難色を示さなかった。

まぁ茜にとって今の状況は願ったり叶ったりだろうし当然と言えば当然だろうが。

「そう言うわけだから。

キリキリ、私今日は二人の様子を見とくからまた何かあったら連絡するね。」

「おう、悪いな、頼むよ。」

「うん。」

心配は変わらずある物の、木葉もこう言ってくれてるし、日も落ちてきたから、俺は千里を連れて死神神社を後にした。

「凪さん…大丈夫かなぁ…。」

帰り道。

隣を歩く千里が、遠慮がちに聞いてくる。

「さぁな…。」

「私が見てる間もね…ずっと震えてて誰かに謝ってたの…。

ずっと…怯えてるみたいだった。

私…何をしてあげたら良いか全然分からなくて…。」

「ごめんな、千里…無理に任せちゃって…。」

「え、いやそれは良いの、桐人君達も大事な話があったんだろうし。」

「いや、でも実際これからどうすれば良いのかはまだなんとも…って感じだからな。」

「そう…だよね…。」

「桐人さん、千里さん、こんばんですー。」

「どぅわあ!?な、なんだ光か…。」

突然不意に背後から声をかけられ、思わず声を上げてしまう。

でもその声の主の光はそれに悪びれもせず、いつものようにニコニコとしている。

「光ちゃん、こんばんは。」

俺と同じく一度驚きはしたものの、千里はすぐに笑顔を作って挨拶する。

「おや、今日は木葉さんはいないのですかー?」

「あ、あぁ…まぁ色々あってな。」

「今日は雨ちゃんが言っていた何かがあったようですね。」

俺のお茶を濁すような返事から何かを察したのか、光はさっきまでのニコニコ顔から一転して真面目な表情に戻った。

「知ってたのか。」

「分かりますよ。

桐人さんの事ですから。」

何それ怖い。

それってあれですか。

俺の居場所を二十四時間GPSで把握してたり、小型の盗聴器を俺の服とか持ち物に紛らせてたりとかするの…?

「桐人さんは私の事を何だと思ってるんですかー?」

「え、スト…」

「それよりも大変な状況になりましたね。」

流れるような話題そらし…。

そう言えばそんな小細工しないでも俺の状況を逐一把握して突っ込んでくるハイテクストーカーが身近に居たわ…。

そんな事を考えていると、いきなり背後から何かで殴られた。

振り向くと看板を持ってこちらを睨む雨が居た。

「よ、よぉ。」

【ロリコンにハイテクストーカー呼ばわれされる筋合いないんだけど。】

おそらく俺を殴ったのだろう看板にそう書かれていた。

「だから俺はロリコンじゃねぇっての。」

「あ、この前占いのお店にいた女の子だね…。」

千里が最後に雨と会ったのは現時点であの時だもんなぁ。

俺は散々これまでロリコン呼ばわれされてきたのだが…。

「それにしても今日はどうしたんだ?

普段俺に用があるならわざわざ来なくてもテレパシーで話しかけてきてたじゃないか。」

【別にあなたに用はないし興味もないし監視させられるのも苦痛でしかないけど。】

何この子結構根に持つタイプなの…?

「…ならなんだよ。」

そう聞くと、雨はうんざりしたようにため息を吐く。

【あの女に無理矢理連れてこられただけ。

もう帰っても良い?】

「駄目ですよー。

今からおうちでたこさんウィンナー一緒に食べるって約束じゃないですかー。」

【そんな約束知らない!】

そう書かれた看板で、光を叩く。

「あうー…痛いのですー…。」

【そんな事より。】

一度こほんと咳払いし、看板を突きつけてくる。

いや…咳払いいる…?

【私の予想通りになったね。】

「っ…!?」

【正直、この状況にはいつなってもおかしくはなかったんだよ。】

「どう言う事だよ…?」

【だってそうでしょう?彼女の父親は彼女が亡くなった後自身の跡取りを探すために血眼になっていた。

当然だよね、だって元々は彼女を跡継ぎにさせるつもりだったんだから。】

「たしかにあのおっさんはそんな感じだったな。」

【そして凪は生まれ変わってから早い段階で

神社から外に頻繁に出ている。

バイトや買い出し。

神社での生活のほとんどを凪が切り盛りしている。

だから仮に彼女が覚えていなくてその場で分からなかったとして、遅かれ早かれ父親含めその関係者と顔を合わせる可能性は充分にあった。

川崎総合病院、ここから近いみたいだしね。】

「確かに…。」

【それこそ彼女のバイトの客として現れる可能性だってあった。】

言われて思う。

いつだったか。

彼女達にとって失った記憶は時限爆弾の様な物だと言う言葉を聞いたのは。

【皮肉なものだよね。

こうなる事私が読まなくたって最初から決まっていたみたい。

彼女の性格も、それによって形成されたポジションもこの未来に行き着くのを助長していた訳だから…。】

文字を書き終えると物憂げに何度もペンをカツカツと鳴らしながら文末に点を打つ。

そんな彼女の言葉(いや、文字か…。)

に俺は言葉を失ってしまっていた。

どうしてこうなるんだ。

そう言う思いから来るやるせなさ。

怒り、悲しみ、悔しさ、そこから来るもどかしさ。

「気を落とさないでください桐人さん。」

そんな空気を破ったのは光だった。

「桐人さんはこれまでも雨ちゃんの言う事全く信じないで突っ走っていたじゃないですか。」

【えぇ、憎たらしい事にね…。】

そう書いた看板をぐりぐりしてくる。

「ちょ、やめ…。」

「私は桐人さんのそう言うとこが良いところだと思いますよ。」

【私のありがたい助言を無視する事が?】

一層ぐりぐりに力がこもる。

「痛い痛い!」

「そしてそれは雨さんや茜にはない長所です。…そして短所でもある。」

「っ……はっきり言うよな…。」

「でも、だからこそあなた方は助け合ってるんですよね。」

ニコニコしながら光が言うと雨は露骨に舌打ちする。

何この子性格わっる!

そう言えば光は言ってたっけ。

俺が最初に考えていたように、そして二人が実際に言っていたように茜や雨がただ俺を利用するためだけに渋々協定を結んでるのなら

それ以外の方法を考えることだって出来たはずだと。

そうしないのは、お互いにとって手放しがたい何かがあるからだと。

【あんたと関わると本当にろくな事がない!

あんたのせいでいつもペースを乱される……。】

さっきとは違い、最後の点を打つ際に込められた力から怒りが込められている。

と言うか…それ以上力込めたらペンが割れるぞ…。

「桐人さん、雨ちゃんはちょっと不器用ですけどたこさんウィンナーとかウサギリンゴが好きな可愛い所もある、茜さんの事以外には興味がないようで、凪さんのピンチをいち早く桐人さんに伝えてくれる優しさもある普通の女の子なのですよ?」

【ちょ、そんな物好きだなんて言ってない!」

まぁ優しいかどうかはともかく…。

タコさんウィンナーねぇ…。

思わず吹き出しそうになったところで睨まれる。

【看板の角に頭をぶつけて死んでみる?】

いやそれ冗談じゃ済まされずに致命傷になり得る奴だからね?

【別に冗談で済ませるつもりないんだけど。】

やっぱこの子怖い…。

【とにかく、ついこないだまで私の言う事を聞かなかったくせに結果が分かった途端にそうなるのなら最初から聞いてれば良かったと思うけど。】

「雨ちゃんはそれを言いにわざわざ私と一緒に来たのですかー?」

【あんたが引っ張って来たんでしょうが!】

「まぁでもそうだな…。

俺は最後までお前が言う未来を信じないって決めたんだ。

ここでへこたれてちゃ駄目だよな。」

そう言うと雨はそっぽを向いた。

「桐人さん、そのいきなのです!」

「おう、ありがとうな、光。」

【いや、これ別に私必要なかったじゃん…。】

「そんな事ないですよー。

ねぇ、桐人さん。」

「ん、雨もサンキュウな。」

「ふふふ、雨ちゃんには付き合ってくれたお礼にタコさんウィンナーたっぷりのナポリタンとウサギリンゴをごちそうしますです。」

光がニコニコそう言うと雨はまた不機嫌そうに舌打ちしてまた渋々看板をあげる。

【気に入らないけど余った物ならもらってあげる…それでいいでしょ…】

心底疲れたと言う表情だ。

苦労してんだなぁ…。

【誰のせいだと思ってるんだ!】

そう書かれた看板で思いっきり殴られた。


その後、雨を家に招くと母さんが露骨に睨んで来る。

「あんたまたそんな小さな子を…。」

「いやちげぇよ!こいつは俺じゃなくて光の連れだ!」

まぁ一応こいつとも知り合いではあるが今回に限って言えば嘘は言ってない。

【一応知り合ったのは私の方が先なんだけど。】

「……あんたってやっぱろ…」

「そんなんじゃねぇから!!!」

必死さバリバリの大絶叫にも、母さんは心配の表情を向けてくる。

ちくしょう…どうしてこうなった…。

「今日は賑やかですね、桐人さん。」

そう言ってニコニコと微笑む光を睨む。

「こう言う賑やかさは求めてないんだよ…。」

と、ここでポケットに入れていたスマホが振動する。

取り出して見てみると、木葉からの着信だった。

「おっといかんいかん、友達から電話だ。」

わざとらしくそう言って逃げるようにその場を離れる。

母さんはまだ何か言いたそうだが無理に引き留めては来なかった。

もしかしたら凪に何かあったのかもしれない

廊下に出ると、心配から慌てて電話に出る。

「は~い、しもしも~?あなたの木葉たんだお~www。」

「おう今すぐ表出ろや。」

前言撤回、そうだ…こいつはこう言う奴だったわ…。

「うはw辛辣ww」

「ったく…何かあったのかと思って心配して出てみたら…。」

「うん、まぁ…進展はあったよ。

凪っちもさっきよりだいぶ落ち着いたし。」

「そりゃ良かった。」

心からの安心を告げる。

正直帰る時の状況を見る限りいつも通りの凪の面影は全くなかったし、すぐに立ち直れそうには見えなかったが…。

ひとまずこうなった原因と一旦でも距離を置いたからだろう。

そしてそれは、次にもしその相手と対峙した時にどうなるのか、と言う答えでもある。

このままじゃいけない。

それは確かに分かる。

でもおそらくその瞬間は、近い内にまた来る。実際あいつは今回ので諦めてないみたいだったし。

「さっき謝ってきたんだ。

すっごく申し分けなさそうでさ、逆にこっちが申し訳なく思えちゃうくらい。」

「凪らしいな…。」

「でね、凪っちがキリキリと話したいって言ってて。」

「凪が!?」

「うん、ちょっと変わるね。」

「おう…。」

そこから凪と変わるやりとりが聞こえてくる。受け取ったのであろう凪は、すぐに声を出そうとはしなかった。

「よ、どうだ?調子は。」

「あ、えっと…その…ごめん…。

あんな姿見せちゃって…退いたよね…。」

「良いって、気にすんなよ。」

努めて明るく言って見たものの、空気は相変わらず変わらない。

「…気に…しちゃうよ…。」

声こそ普段聞いていたものと同じなのに、その弱々しい声使いから別人のような印象さえある。

「おかしいって思う?

醜いとか、見苦しいとか、悲惨だなって。」

そう自嘲気味に笑う声からも、普段の明るさは全くなかった。

「これがね、本当の私なの。

最初から、多分ずっと前から。」

言葉通りなんだと思った。

俺は実際彼女のそう言う一面も想像出来ていたのだ。

いつも気丈に振る舞い、雫や俺達の前では弱音を吐かず。

「本当はずっと怖かった。

何も分からない事も、それなのに平然と生きてる毎日も。

でも楽しかった。

毎日嬉しそうに話したり私が作ったご飯を美味しそうに食べてくれる雫の存在も、言葉はきついけどたまには一緒にご飯を食べたり、家事だって手伝ってくれた茜の存在も。

そして、こんな不確かな存在の私達の事を受け入れて歩み寄ろうとしてくれてる桐人達の存在も、今こうして生きてて良かったって思えるんだ。

一度自殺した癖にね。」

「凪…。」

「でもだからこそ怖かった。

いつかその幸せをまた私自身の手で壊してしまうかもしれないから。」

「そんなわけ…!」

反論しかけて俺は口を噤む。

そう、これが俺や光が感じ取っていた優し過ぎる理由なのだ。

彼女は一度壊してしまったのだ。

大切な日常を。

自殺と言う、最低な選択によって。

記憶こそないながら、彼女は無意識の内にずっとその恐怖に震えていた。

だから与えられたこの新しい日常を身を粉にする思いで必死に守ってきたのだ。

そして、そんな時にあいつはまた彼女の前に現れてしまった。

記憶を無くし、やっと第二の人生を歩み始めた凪を、あいつは許さなかった。

「…凪、もう全部思い出したのか?」

答えは分かっていた。

でも、知りたいと思った。

凪自身の口から、その答えも、あいつ自身の事も。

「うん、確証はないし断片的にだけど。

どうして自殺なんてしちゃったのかも分かる。」

「そうか…。」

光は言った。

彼女達にとって記憶とは時限爆弾のようなものだと。

そして今それが、目下に迫ってきている。

「凪…俺は…。」

なんて言って良いのかは分からなかった。

もう話は確証もない無責任な言葉で済ませられるような話ではない。

でも何か言わなければ、彼女は簡単に壊れて俺の前から消えてなくなってしまいそうで。こんな事を思っても、別に何か言えば彼女を絶対救えるなんて保証はどこにもない。

でも俺は…。

「お前がいなくちゃ駄目なんだよ。」

苦し紛れに口を衝いたのはそんな言葉だった。「…はへ…?」

想像していた答えと違ってたのか、それとも急な言葉に驚いたのか、間抜けな声を出す凪。…ん?あれ、なんか俺が告白したみたいになってね?

そう考えたところで恥ずかしさと後悔が一斉に押し寄せ、さっきまでの気まずい気分どころではなくなってしまった。

「い、今のはその!」

慌てて弁明しようとすると、思いっきり笑われた。

「優しいね、桐人は。」

「いや…その。」

空気は変わったと思った。

普段の凪に近づいた、今ならちゃんと話せそうだと思った。

でも、次の凪の言葉で俺は完全に言葉を失った。

「あの時もしそう思ってくれている人がずっとそばに居てくれたなら、私達は出会わなかったのかな?」

急に戻った弱々しい声で投げかけてきた質問に、その日俺は何も答えることが出来なかった。



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