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夢幻  作者: 遊。
第八巻雫編後編

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95/142

それはきっといつかを願う合言葉

 その後の木葉の話で雫は最初に木葉と千里が神社に向かった時から既に居なかったと言う事が分かった。

居なくなったと言う事実は目を覚まして雫を必死に探し回る凪の姿を見たかららしい。

仮に一日寝て少しはマシになったかもしれないにせよまだ病み上がりだと言うのに…。

そう思っていたところで、

「桐人さん!あれ!」

そう光が指さす窓の向こう側に、一瞬雫の後ろ姿が映って消える。

「あいつ…まさか見てたのか!」

慌てて立ち上がり玄関に向き直る。

「も、もしかして今のは…。」

後ろにいた時雨さんもゆっくりと立ち上がる

「おそらく昨晩の内に雫ちゃんの中で記憶が完全に戻るかそれに近い状況に陥っていたのかもしれません。

それが原因で彼女はこの場所とあなたの顔を思い出したのかもしれません。」

「なるほど…だからか…。

とにかく追うぞ!

時雨さんもほら!行きましょう!」

「は、はい!」

まだ迷っていたのだろうが、こうなってしまった以上迷ってる場合じゃない。

そのまま慌てて外に出る。

子供のあいつが全力疾走したらすぐに引き離されてしまう。

あいつの行きそうな場所とか分かれば先回り出来るかもだが…。

「桐人さん、雫ちゃんが行きそうな場所心当たりがあるんじゃないですか?」

慌ただしく走り出す俺の後ろを付いてくる光が聞いてくる。

「…!そうか!時雨さん!」

「は、はい…。」

「雫の記憶でウイニーの観覧車から見える場所に何か思い入れがありそうな場所はありませんか?」

そもそもこうして時雨さんにたどり着けたのだってその少ない情報からたどったからだ。

「それって…もしかしてこれの事ですかね…?」

そう言って時雨さんはポケットから写真を取り出す。

そこに映っていたのは、あの日見た景色そのままだった。

「これ!?」

思わず声がでかくなる。

「この手紙は…生前のあの子の宝物だったんです。」

沈痛な面持ちでその写真を見つめながらそう返す時雨さん。

「この写真が?」

「恥ずかしながら当時の私は生活のために休みも少なく、金銭面でも安定してなかったのであの子を遊園地に連れていってあげる事も出来ませんでした。」

それを聞いて思う。

あいつにとって本当に初めてだったんだと。

「あの子も興味ぐらいはあったと思います。

テレビで見れば目を輝かせるぐらいには。

でもあの子は連れていってくれとねだってくる事はしませんでした。

だからと言うと言い訳になりますが。

だからせめて行った気分だけをと…以前私が行った時に観覧車の中から撮った写真をあの子にあげたんです。

それをあの子は宝物のようにずっと大切に大切に持っていました。

居なくなったあの日まで。」

先ほど以上に沈痛な面持ちでそう呟く。

「それを置いたまま急に居なくなったから心配になったと。」

「渡したあの日以降あの子はずっとそれを持ち歩いていました。

外出する時だけじゃなく、家に居る時もずっと。

それをあの子はその日はリビングのテーブルの上に置いたまま姿を消したのです。」

おそらく雫はその時から死ぬ事を決めていたのだろう。

だからその上でその決断が鈍る可能性のある物をあえて遠ざけようとしたのかもしれない。全てを思い出した彼女が今向かいそうな場所、それは多分…。

そうして俺達が向かったのは写真にも映っていた海だった。

木葉にもおそらく雫はそこに居るとメッセージを送り、走る。

ただ走る。

間に合ってくれ、全てが手遅れになる前に。

その一心で、ただ走る。

そして予想は当たった。

雫は確かにそこに居て砂浜にしゃがみ込んで海を見ていた。

「雫!」

時雨さんがその名を呼ぶと、雫は一度肩を揺らしてこちらを見た。

「お…お母さん…。」

今の雫が本来なら呼ぶ事もなかったであろう

その呼び名を口にする。

そしてそれに続く言葉を述べるより前に、時雨さんは雫を強く抱きしめていた。

「ごめんね…雫…私はあなたに母親らしい事を何もしてあげられなかった…。

本当にごめんなさい…。」

涙ながらに、時雨さんはそう何度も謝る時雨さん。

「もう二度と会えないと思ってた…。

こうして抱きしめる事も二度と出来ないと思っていた…。

自分の事で一杯一杯であなたの事を大事に出来てなかった事をそうなって初めて気付いた。母親として最低だったわ…。

本当にごめんなさい。」

「そんな事ないの!」

泣き付かれた事に一瞬戸惑いを見せた物の、雫はそう強く言い切った。

「お母さんはいつも頑張ってたの…。

私のためにいつ頑張ってくれてたの!

しんどい時でもいつもいつも無理してまで…。だから私はそんなお母さんの事が大好きだったの!」

「キリキリ!お待たせ!」

「うおう!?」

全く良いところで急に現れやがって。

「あれが雫のお母さんなんだね…。」

その後ろから顔を出した凪はそう小さく呟いてその行く末を見守っていた。

彼女もまた実の母親ではないにしろ今の雫にとってはそれに近い存在だったんだ。

そうして見守る優しい眼差しは娘を見守る母親のそれに違いなかった。

「間に合って良かった…。

雫っちちゃんと会えたんだね。」

そう言う木葉も優しい表情を浮かべていた。

「なのに私は何も出来なかったの…。

いつも頑張ってるお母さんのために私は何も出来なかった。

お母さん、私ね今もお母さんみたいに沢山お世話になった人が居るの。

でも私はやっぱり何も出来なかったの。

それを思い出して涙が止まらなかったの。」「ううん…そんな事無い…そんな事無い…。

あなたがただ居てくれるだけで…私は幸せだった。」

行き着く答えはお互いにそこなのだ。

お互いに相手に多くを求めて等いなかった。

ただ横に居て何気ない日々を共に過ごしそれを忘れる事なくずっと喜びと感じ続けていられたなら良かった。

そうすればきっとこんな事にはならなかった。取り返しの付かなくなった後で再会して、それを今更再認識する必要なんてなかったのに。そんな事を思うと、複雑な気分になってくる。「だから私お母さんの邪魔をしたくないと思ったの。

私が居なくなったらきっとお母さんは無理をしなくても良いって。

そう思って私はあの日もここに来たの。」

多分彼女が自殺した時の事を言っているのだろう。

「彼女の死因はこの海に、沈んだ事による溺死でした。

自らの意思で死ぬつもりで海に潜った結果だそうです。」

そう事務的な口調で光が説明する。

「ですがそれ程長く苦しまず亡くなったかと思います。

自殺しようとする意思を感じ取っていた死神様が転生させる為に手早く魂を引き抜いたので。」

「こいつの言う通りなの。

お母さんと喧嘩した後、自分が邪魔だと思われてるんだと思って悲しくて、そんな自分がすごく嫌で…海に飛び込んだの。」

結果的にそれによって死体は発見されなかったし、死んだという事実も闇に葬られ、雫は自殺したのではなく時雨さんのもとからただ消えただけという形になったのだ。

「今こうして海に来たのは?」

思わずそんな疑問を口にする。

「この場所の事も、お母さんの事も、昨日の夜思い出したの。

そして思い出すと居ても立っても居られなくなったの。

家の中を覗いたら桐人達が居てびっくりして…お母さんの話を聞いて私は何で海に飛び込んだりしてしまったんだろうって悲しくなって…気付かれて逃げている内にここに着いていたの。」

「無意識の内に…か。」

「あんな事をした私が今更こんな事を言うのはおかしいかもしれないの。

でも…私はお母さんにそれを謝りたかった。

そして大好きだったって言いたかったの。」

言いながら雫は涙を流した。

「雫…。」

時雨さんはその雫の想いを聞いて言葉も無いようだった。

「桐人、私決めたの。」

急にこちらに顔を向けそう言ってくる。

「死神神社の巫女が存在を消さずしてその生涯を終える手段が一つだけあるわ…。」

ため息を吐きながら、遅れて歩いてきた茜がそう言う。

「茜、お前も来てたのか。」

意外だとは思ったが、なんだかんだ凪の事も気にかけていたぐらいだからそうでもないかと納得する。

「何度も同じ事を言わせないでもらえるかしら…。

私はただ他人に借りを作りたくないだけ。

彼女の事を粗末に扱うのは大きな借りが出来ている凪には不都合だもの。」

「へぇへぇ…分かった分かった。

それでいいよ。」

「心を読まずとも納得していないのが伝わってくる言い方ね…。

まぁいいわ…。

雫…あなたは自らの意思で輪廻の波に乗る道を選ぶつもりなのでしょう…?」

「茜にはやっぱり何でもお見通しなの…。」

そう、彼女達死神神社の巫女は自殺だけに限らずもう一度死ねば存在そのものが無くなるという大きなリスクがあるが、生前自殺した事を悔いて自ら輪廻の波に乗る事を選べば、茜の言うように存在がそのものが消える事は無くなり、転生を待つ事が出来る。

「お母さん、最後までお母さんを悲しませてばかりで本当にごめんなさいなの…。

私はもうそばには居てあげられないけど、お母さんの本当の気持ちが聞けて嬉しかったの。本当にありがとうなの。」

「ううん、私こそまた会えて本当に嬉しかった。

本当にありがとう。」

「凪もこれまで沢山ありがとうなの。

怖かった時も悲しかった時も凪が居てくれたから寂しくなかったの!」

来ていた事には気付いていたらしい。

優しく見守る凪に目を向け、そう叫んで手を振る。

それを聞いた凪は口を手で押さえ少し顔を赤く染め涙ながらに小さく頷いた。

「茜もありがとうなの。

ムカつく事もあったけどありがとうなの!」

「お前…そんな正直に…。」

そう止めに入る間を与えず、名前を出された当の本人は盛大なため息を吐いた。

「全くあなたは最後まで生意気なのね…。

それに私は別にあなたから感謝されるような事をした覚えはないのだけれど…。

まぁ最後ぐらい好きに言っていなさい…。」

そう頭を抱えながら言い切った後にまた茜はため息を吐いた。

「最後なんかじゃないの!いや、最後になんかしたくないの。

お母さんにも凪にも沢山心配をかけたし迷惑をかけたの。

でもだからこそこのまま終わりにしたくなんかないと思ったの。

今は出来なくても、いつかちゃんと生まれ変わって二人に恩返しするの!

だからこれは最後なんかじゃないの。」

「そう、だな。」

それに俺は同意する。

そう、これは最後なんかじゃない。

この続きがいつ来るのかなんて俺達には分からないし、それはもしかしたら今と全く違う物かもしれない。

それでもきっと終わりなんかじゃない。

これまで歩んできた過程が正解じゃなかったとしても。

それを覆せるような新しい一歩がきっと今なのだ。

だからこれは最後じゃなくて始まりなのだ。

「桐人もありがとうなの。

お前と行った遊園地、本当はすごく楽しかったし一緒に行けて嬉しかったの。」

「最初から素直にそう言ってればちょっとは可愛げもあったのにな。」

どうせ最後なんだ、憎まれ口一つくらい叩いたってバチは当たるまい。

「むう…。」

それを聞いて悔しそうに拗ねる雫。

「まぁでも…俺もお前と遊んで楽しかった。

絶対いつかまた行こうな。」

「うんなの!絶対絶対私が生まれ変わったらまた会って一緒に行くの!約束なの!」

そう言って雫は指を差しだしてくる。

あの日俺がしたように、同じように俺が指を差しだすのを待って。

だから俺はその差しだされた指に自分の指を絡める。

そうして二人揃ってこう言うのだ。

「指切りげんまん。」

そしてその後、突然光を放ち少しずつ消えていく彼女は、最後まで精一杯の笑顔を浮かべて俺達を見ていた。

雨が言っていたのはこの事だったのだろう。

その意味がやっと分かった俺は、少しずつ消えていく雫からあふれ出て空に上る光をぼんやりと眺めていた。

それにつられるように、その場に居た全員が空を見上げ、涙を流したり、何も言わずただただ見ているだけだったり。

完全にその光が空に昇りきるまで、俺達は何も言わずそれぞれ思い思いに空を見上げて過ごした。

これが最初に俺が目指した彼女にとって少しでも良い結末だったのかなんて今となっては分からない事だ。

でも雨が予知した通り精一杯の笑顔を浮かべて

 その後の木葉の話で雫は最初に木葉と千里が神社に向かった時から既に居なかったと言う事が分かった。

居なくなったと言う事実は目を覚まして雫を必死に探し回る凪の姿を見たかららしい。

仮に一日寝て少しはマシになったかもしれないにせよまだ病み上がりだと言うのに…。

そう思っていたところで、

「桐人さん!あれ!」

そう光が指さす窓の向こう側に、一瞬雫の後ろ姿が映って消える。

「あいつ…まさか見てたのか!」

慌てて立ち上がり玄関に向き直る。

「も、もしかして今のは…。」

後ろにいた時雨さんもゆっくりと立ち上がる

「おそらく昨晩の内に雫ちゃんの中で記憶が完全に戻るかそれに近い状況に陥っていたのかもしれません。

それが原因で彼女はこの場所とあなたの顔を思い出したのかもしれません。」

「なるほど…だからか…。

とにかく追うぞ!

時雨さんもほら!行きましょう!」

「は、はい!」

まだ迷っていたのだろうが、こうなってしまった以上迷ってる場合じゃない。

そのまま慌てて外に出る。

子供のあいつが全力疾走したらすぐに引き離されてしまう。

あいつの行きそうな場所とか分かれば先回り出来るかもだが…。

「桐人さん、雫ちゃんが行きそうな場所心当たりがあるんじゃないですか?」

慌ただしく走り出す俺の後ろを付いてくる光が聞いてくる。

「…!そうか!時雨さん!」

「は、はい…。」

「雫の記憶でウイニーの観覧車から見える場所に何か思い入れがありそうな場所はありませんか?」

そもそもこうして時雨さんにたどり着けたのだってその少ない情報からたどったからだ。

「それって…もしかしてこれの事ですかね…?」

そう言って時雨さんはポケットから写真を取り出す。

そこに映っていたのは、あの日見た景色そのままだった。

「これ!?」

思わず声がでかくなる。

「この手紙は…生前のあの子の宝物だったんです。」

沈痛な面持ちでその写真を見つめながらそう返す時雨さん。

「この写真が?」

「恥ずかしながら当時の私は生活のために休みも少なく、金銭面でも安定してなかったのであの子を遊園地に連れていってあげる事も出来ませんでした。」

それを聞いて思う。

あいつにとって本当に初めてだったんだと。

「あの子も興味ぐらいはあったと思います。

テレビで見れば目を輝かせるぐらいには。

でもあの子は連れていってくれとねだってくる事はしませんでした。

だからと言うと言い訳になりますが。

だからせめて行った気分だけをと…以前私が行った時に観覧車の中から撮った写真をあの子にあげたんです。

それをあの子は宝物のようにずっと大切に大切に持っていました。

居なくなったあの日まで。」

先ほど以上に沈痛な面持ちでそう呟く。

「それを置いたまま急に居なくなったから心配になったと。」

「渡したあの日以降あの子はずっとそれを持ち歩いていました。

外出する時だけじゃなく、家に居る時もずっと。

それをあの子はその日はリビングのテーブルの上に置いたまま姿を消したのです。」

おそらく雫はその時から死ぬ事を決めていたのだろう。

だからその上でその決断が鈍る可能性のある物をあえて遠ざけようとしたのかもしれない。全てを思い出した彼女が今向かいそうな場所、それは多分…。

そうして俺達が向かったのは写真にも映っていた海だった。

木葉にもおそらく雫はそこに居るとメッセージを送り、走る。

ただ走る。

間に合ってくれ、全てが手遅れになる前に。

その一心で、ただ走る。

そして予想は当たった。

雫は確かにそこに居て砂浜にしゃがみ込んで海を見ていた。

「雫!」

時雨さんがその名を呼ぶと、雫は一度肩を揺らしてこちらを見た。

「お…お母さん…。」

今の雫が本来なら呼ぶ事もなかったであろう

その呼び名を口にする。

そしてそれに続く言葉を述べるより前に、時雨さんは雫を強く抱きしめていた。

「ごめんね…雫…私はあなたに母親らしい事を何もしてあげられなかった…。

本当にごめんなさい…。」

涙ながらに、時雨さんはそう何度も謝る時雨さん。

「もう二度と会えないと思ってた…。

こうして抱きしめる事も二度と出来ないと思っていた…。

自分の事で一杯一杯であなたの事を大事に出来てなかった事をそうなって初めて気付いた。母親として最低だったわ…。

本当にごめんなさい。」

「そんな事ないの!」

泣き付かれた事に一瞬戸惑いを見せた物の、雫はそう強く言い切った。

「お母さんはいつも頑張ってたの…。

私のためにいつ頑張ってくれてたの!

しんどい時でもいつもいつも無理してまで…。だから私はそんなお母さんの事が大好きだったの!」

「キリキリ!お待たせ!」

「うおう!?」

全く良いところで急に現れやがって。

「あれが雫のお母さんなんだね…。」

その後ろから顔を出した凪はそう小さく呟いてその行く末を見守っていた。

彼女もまた実の母親ではないにしろ今の雫にとってはそれに近い存在だったんだ。

そうして見守る優しい眼差しは娘を見守る母親のそれに違いなかった。

「間に合って良かった…。

雫っちちゃんと会えたんだね。」

そう言う木葉も優しい表情を浮かべていた。

「なのに私は何も出来なかったの…。

いつも頑張ってるお母さんのために私は何も出来なかった。

お母さん、私ね今もお母さんみたいに沢山お世話になった人が居るの。

でも私はやっぱり何も出来なかったの。

それを思い出して涙が止まらなかったの。」「ううん…そんな事無い…そんな事無い…。

あなたがただ居てくれるだけで…私は幸せだった。」

行き着く答えはお互いにそこなのだ。

お互いに相手に多くを求めて等いなかった。

ただ横に居て何気ない日々を共に過ごしそれを忘れる事なくずっと喜びと感じ続けていられたなら良かった。

そうすればきっとこんな事にはならなかった。取り返しの付かなくなった後で再会して、それを今更再認識する必要なんてなかったのに。そんな事を思うと、複雑な気分になってくる。「だから私お母さんの邪魔をしたくないと思ったの。

私が居なくなったらきっとお母さんは無理をしなくても良いって。

そう思って私はあの日もここに来たの。」

多分彼女が自殺した時の事を言っているのだろう。

「彼女の死因はこの海に、沈んだ事による溺死でした。

自らの意思で死ぬつもりで海に潜った結果だそうです。」

そう事務的な口調で光が説明する。

「ですがそれ程長く苦しまず亡くなったかと思います。

自殺しようとする意思を感じ取っていた死神様が転生させる為に手早く魂を引き抜いたので。」

「こいつの言う通りなの。

お母さんと喧嘩した後、自分が邪魔だと思われてるんだと思って悲しくて、そんな自分がすごく嫌で…海に飛び込んだの。」

結果的にそれによって死体は発見されなかったし、死んだという事実も闇に葬られ、雫は自殺したのではなく時雨さんのもとからただ消えただけという形になったのだ。

「今こうして海に来たのは?」

思わずそんな疑問を口にする。

「この場所の事も、お母さんの事も、昨日の夜思い出したの。

そして思い出すと居ても立っても居られなくなったの。

家の中を覗いたら桐人達が居てびっくりして…お母さんの話を聞いて私は何で海に飛び込んだりしてしまったんだろうって悲しくなって…気付かれて逃げている内にここに着いていたの。」

「無意識の内に…か。」

「あんな事をした私が今更こんな事を言うのはおかしいかもしれないの。

でも…私はお母さんにそれを謝りたかった。

そして大好きだったって言いたかったの。」

言いながら雫は涙を流した。

「雫…。」

時雨さんはその雫の想いを聞いて言葉も無いようだった。

「桐人、私決めたの。」

急にこちらに顔を向けそう言ってくる。

「死神神社の巫女が存在を消さずしてその生涯を終える手段が一つだけあるわ…。」

ため息を吐きながら、遅れて歩いてきた茜がそう言う。

「茜、お前も来てたのか。」

意外だとは思ったが、なんだかんだ凪の事も気にかけていたぐらいだからそうでもないかと納得する。

「何度も同じ事を言わせないでもらえるかしら…。

私はただ他人に借りを作りたくないだけ。

彼女の事を粗末に扱うのは大きな借りが出来ている凪には不都合だもの。」

「へぇへぇ…分かった分かった。

それでいいよ。」

「心を読まずとも納得していないのが伝わってくる言い方ね…。

まぁいいわ…。

雫…あなたは自らの意思で輪廻の波に乗る道を選ぶつもりなのでしょう…?」

「茜にはやっぱり何でもお見通しなの…。」

そう、彼女達死神神社の巫女は自殺だけに限らずもう一度死ねば存在そのものが無くなるという大きなリスクがあるが、生前自殺した事を悔いて自ら輪廻の波に乗る事を選べば、茜の言うように存在がそのものが消える事は無くなり、転生を待つ事が出来る。

「お母さん、最後までお母さんを悲しませてばかりで本当にごめんなさいなの…。

私はもうそばには居てあげられないけど、お母さんの本当の気持ちが聞けて嬉しかったの。本当にありがとうなの。」

「ううん、私こそまた会えて本当に嬉しかった。

本当にありがとう。」

「凪もこれまで沢山ありがとうなの。

怖かった時も悲しかった時も凪が居てくれたから寂しくなかったの!」

来ていた事には気付いていたらしい。

優しく見守る凪に目を向け、そう叫んで手を振る。

それを聞いた凪は口を手で押さえ少し顔を赤く染め涙ながらに小さく頷いた。

「茜もありがとうなの。

ムカつく事もあったけどありがとうなの!」

「お前…そんな正直に…。」

そう止めに入る間を与えず、名前を出された当の本人は盛大なため息を吐いた。

「全くあなたは最後まで生意気なのね…。

それに私は別にあなたから感謝されるような事をした覚えはないのだけれど…。

まぁ最後ぐらい好きに言っていなさい…。」

そう頭を抱えながら言い切った後にまた茜はため息を吐いた。

「最後なんかじゃないの!いや、最後になんかしたくないの。

お母さんにも凪にも沢山心配をかけたし迷惑をかけたの。

でもだからこそこのまま終わりにしたくなんかないと思ったの。

今は出来なくても、いつかちゃんと生まれ変わって二人に恩返しするの!

だからこれは最後なんかじゃないの。」

「そう、だな。」

それに俺は同意する。

そう、これは最後なんかじゃない。

この続きがいつ来るのかなんて俺達には分からないし、それはもしかしたら今と全く違う物かもしれない。

それでもきっと終わりなんかじゃない。

これまで歩んできた過程が正解じゃなかったとしても。

それを覆せるような新しい一歩がきっと今なのだ。

だからこれは最後じゃなくて始まりなのだ。

「桐人もありがとうなの。

お前と行った遊園地、本当はすごく楽しかったし一緒に行けて嬉しかったの。」

「最初から素直にそう言ってればちょっとは可愛げもあったのにな。」

どうせ最後なんだ、憎まれ口一つくらい叩いたってバチは当たるまい。

「むう…。」

それを聞いて悔しそうに拗ねる雫。

「まぁでも…俺もお前と遊んで楽しかった。

絶対いつかまた行こうな。」

「うんなの!絶対絶対私が生まれ変わったらまた会って一緒に行くの!約束なの!」

そう言って雫は指を差しだしてくる。

あの日俺がしたように、同じように俺が指を差しだすのを待って。

だから俺はその差しだされた指に自分の指を絡める。

そうして二人揃ってこう言うのだ。

「指切りげんまん。」

そしてその後、突然光を放ち少しずつ消えていく彼女は、最後まで精一杯の笑顔を浮かべて俺達を見ていた。

雨が言っていたのはこの事だったのだろう。

その意味がやっと分かった俺は、少しずつ消えていく雫からあふれ出て空に上る光をぼんやりと眺めていた。

それにつられるように、その場に居た全員が空を見上げ、涙を流したり、何も言わずただただ見ているだけだったり。

完全にその光が空に昇りきるまで、俺達は何も言わずそれぞれ思い思いに空を見上げて過ごした。

これが最初に俺が目指した彼女にとって少しでも良い結末だったのかなんて今となっては分からない事だ。

でも雨が予知した通り彼女は最後に精一杯の笑顔を浮かべてまた会う約束をしたのだ。

確かに寂しさは少しある。

なんて言ったらまたロリコンだとか言われそうだが。

でも生まれ変わったあいつとまた喧嘩したり笑い合ったりする日々を思い、俺は空を見上げながらもう一度指を上げて呟く。

指切りげんまん。

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