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夢幻  作者: 遊。
第六巻第三章

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結末はいつだって最初から決まっていた。


 「よく来たね、と言っておこうか。」


そう言う口調には言葉とは違ってちっとも歓迎の意思が感じられない。


入って早々余す事ない敵意を向けてきている。


そしてそれを体現するかのように、得物なのか巨大な鎌を取り出した。


「話す気はないのか?」


「残念ながらね。」


そう言ってそのまま鎌を振り下ろしてくるが、バリアでそれを弾く。


「なるほど、君の力はバリアと言う訳か。


そう言えばさっきも出してたっけ。


でも。」


日向誠が指を向けてくる。


「バーン。」


そのままそう一言言うと、小さな球体状の物体が指先に現れる。


それが放たれ、勢いよくバリアに命中すると、一瞬でバリアがはじけ飛んだ。


俺もその勢いで後ろに吹き飛ぶ。


「っぐ…!?」


「これが彼の力。


全てを壊す力、破砕弾。」


ここで茜が説明してくれる。


「なるほど…。」


そう納得してる間に日向誠は鎌を振り下ろして来て、それを間一髪刀で受け止める。


そう言う表情には確かな怒りが感じられた。


「お前達に分かってたまるか…。」


その怒りは多分、俺個人に対する怒りじゃない。


理不尽な現実に対する怒り。


まるで自分が受けてきた嫉妬をそのまま返すかのように。


そんな様を、木葉は悲痛な表情で見つめていた。


多分共感しているのだろう。


「どうしてお前らはそんなにのうのうと生きていられるんだ…。


どうして僕だけがこんな目に…合わないといけないんだ!」


そんな苛立ちに任せた鎌による攻撃を刀で受け止めながら思う。


どうしてこんなにも人は違うのか。


彼がぶつける痛みが、俺には分からない。


でも話を聞いて彼が受けてきた理不尽は俺にも受け入れられる物じゃないと思ったのは本当だ。


だから同情したくもなった。


でもそれは違う。


それが解決じゃない。


そんなのは自己完結でしかない。


「知るか!」


そう叫んで、バリアで突き飛ばす。


「っ…!」


「お前が不幸だったのは分かるし、実際それに同情したくもなった。


でもよ、その痛みはお前のもんなんだろ?


なら俺達が知るか!


八つ当たりすんじゃねぇ!」


「ちょっ…キリキリ!」


俺が怒鳴ると、木葉が止めに入る。


「なんだと…?」


弾き飛ばされた日向誠は起き上がりながらそう言って睨んでくる。


「ここに居る木葉もさ、金持ちだからって理由で敬遠されてきた。


でもよ!今はこんだけ仲間が居るんだよ!」


こいつの気持ちを理解出来ないのは当然だ。


実際に見て、感じた訳じゃないのだから。


でも俺は木葉の痛みを知って一緒に泣いたんだ。


日向誠と木葉の根本的な違いは多分そこにある。


「だからどうした…?


それで自分たちの方が上だと言うのか?」


言いながら鎌をまた振り下ろしてきた。


それをまた刀で受け止める。


「一緒にしてんじゃねぇ!」


その体制のまま思いっきり蹴り飛ばしてやった。


「っぐ!?」


「こいつはな、俺達にその事を話してくれたんだよ…!


無茶苦茶怖かっただろうに勇気を振り絞って俺達を信じて話してくれたんだ!」


そう、本当の意味で木葉の仲間になれたのは多分俺だけの力じゃない。


木葉自身が俺達を信じて打ち明けてくれたからに他ならないのだ。


「お前がどんなに苦しいかなんて知らねぇよ。


でもだから辛いなら話せよ!


ぶつかって来いよ!


そんな事もしないでこいつと一緒にすんじゃねぇよ!」


「キリキリ…。」


「うるさい!」


今度は俺が蹴り飛ばされる。


そこからはお互い武器を捨てて殴り合い蹴り合った。


そしてそんな姿を、茜は何も言わずにじっと見ていた。


端から見ればこれはただの野蛮な喧嘩だ。


とても褒められた物じゃないし、むしろ前までの私なら馬鹿にしただろう。


でも今はそれを見て安心している自分が居る。


殺し合いじゃない、ただの野蛮な喧嘩に。


でもそれは多分普通の喧嘩じゃなくて、お互いを知る為のぶつかり合い。


それはあの日合宿の日に私とした喧嘩もそうだったのだろうか?


思えばあの日からだ。


私が本来の自分を取り戻し始めたのもそう。


彼が私を救いたいと願った本当の理由を知って…気が付けば私にとっても手放しがたい存在になってしまっていたのだと、今になって気付いたのだ。


だから私は彼を殺す事が出来なかった。


あんなに自分が馬鹿にしてきた彼のような人間に、私は気が付いたら変わってしまっていたのだ。


「なんだよ…天才で力まで強いのかよ。」


激しく殴り合ったから、お互いに顔は痣だ

こうして殴り合っている内に俺は思った。


きっと最初からこうすれば良かったんだなと。


俺は日向誠の企みを許せる訳じゃない。


してきた事が絶対正しいなんて今でも思わない。


でもだからその存在を消したかった訳じゃない。


殺してしまいたかった訳じゃない。


きっとこうして、本気で、本音でぶつかり合いたかったんだ。


そしてきっと、


「おい、日向誠。」


「なんだ…?」


俺の呼びかけに顔を顰めている。


「お前もさ、俺達の仲間になれよ。」


「なっ…!?」


そう、俺は知りたかったんだ。


あの日、茜の事を知りたいと思ったように。


してきた事が許せる事じゃなくても、信じたいと思えたからこそ。


だから俺は、あいつにはちゃんと言えなかった言葉をはっきりと今度は口に出したのだ。


「俺はお前と友達になりたい。」


そう言うと日向誠は一度肩を揺らして遠慮なしに疑いの眼差しを向けてくる。


「…本気で言っているのか…?」


そしてそう言うと、その問いかけには俺の代わりに茜がため息で応える。


「なんだよ…?」


思わず俺もため息を吐きながら聞く。


「残念ながら彼は本気よ。


馬鹿正直に思った事を言ってるだけ…。


とても厄介な事に彼はどんなに突き放しても土足で踏み込んでくるわよ…。」


「そうかもしれないな。」


どこか諦めたような表情で、日向誠もため息を吐く。


その表情にはさっき程の様な敵意は無いように見えた。


それは確かな進歩と言えるのではないか。


茜の時のように、これから一歩ずつ深まっていけば。


少しずつでも前進出来ているのならそれで良い。


そう思っている俺を見て雨はため息を吐く。


これがもし、あの日思ったようなハッピーエンドの物語なのなら、ここでめでたく幕を引くのだろう。


でも違う、これはあくまでも現実だ。


それはいつだって残酷で、情けや容赦など一切ない。


「日向誠!手を上げろ!」


唐突な叫び声に全員が振り向くと、何人かの警察が銃を構えて立っていた。


「なっ…!?警察…!?」


普通に考えて当然と言えば当然だろう。


日向誠は本来指名手配犯なのだ。


過去に同じ学校に通っていた生徒や教師を片っ端から金属バットで襲い、暴れ回った。


今だって全てを壊す力と化け物の生成で世界征服を企んでいた訳で。


「待てよ!日向誠は…!」


その事実は分かっていた。


でもどれだけそれが全てじゃないと、信じたいと思ってみても、結局だから日向誠は悪くないと言える訳じゃない。


だからその先の言葉を口に出す事が出来なかったのだ。


「っ…邪魔をするな!」


そう言って威嚇とばかりに、日向誠はさっきと同じ様に指先から小さな球体を作って警察のすぐ近くに放つ。


すると、その近くの壁が一瞬で粉々に砕け散った。


「ひぃ!?」


突然の事に、傍に居た警官は小さく声を上げる。


そしてその瞬間、茜は悟った。


あぁ、だから私は消えるのだと。


そう思った時には、思考よりもまず体が動いた。


同時に響く銃声。


でも放たれた銃弾は日向誠にではなく覆い被さった茜の背中に被弾した。


「茜!」


そこから現状を把握するまでに数秒。


そう叫んだ時には全てが遅かった。


その場にいる全員が言葉を失い、茜に庇われた日向誠は未だに現状を理解出来ずにいる。


思わず茜の元に駆け寄る。


力なく横に倒れた茜を抱き留めると、まだ微かに息があった。


「お前…何やってんだよ…?」


俺が問いかけると、茜は苦しそうに口を開いた。


「自分でも馬鹿みたいだと思っているわ…。


前までの私ならそんな事は馬鹿のする事だと鼻で笑っていたし、あなたの事だってずっと馬鹿にしていた。」


「ならなんで…?」


「思考よりも先に体が動くなんて、どこかのお人好しさんに毒されてしまったみたいね。」


「こんな時にまで皮肉かよ…。」


「はぁ…褒めているのよ。」


「…え?」


「あなたはいつも私と真逆の存在だった。


私はそんな無鉄砲で思考より先に体を動かすあなたを馬鹿にしている反面、今も昔も何処かであなたのような人間に憧れていたのかもしれない。


馬鹿なのに沢山の人に囲まれ、愛され、何気ない時間を重ねていく姿に。


結局私はそうはなれなかった。


かと言って死神神社の巫女として生き続けていく事も出来なかった。


非情になってあなたを殺す事も、全てを知って彼を守り抜く事も出来なかった。」


「なれなかったってお前はまだ…。」


「いえ…その内私は消えるわ。


全て消えて最初からなかった事になる。


これで良かったの。


私は本来生きていてはいけない人間なのだから。


だと言うのに私は存在する為に沢山の犠牲を生み過ぎてしまった。


だからこれで良かったのよ。


やっと楽になれる。」


「茜…お前…。」


茜は思った。


多分これから私が彼に最後に言う言葉は、ずっと心の何処かであったものなのだ。


私には必要ないと見ないフリをしていた感情。


言うつもりはかった言葉も、いざ消えてなくなると分かると自然にその言葉は口を衝いた


「ありがとう桐人、あなたに会えて本当に良かった。」


「っ…!?」


そう、最後に言ったのと同時。


茜は遂に力尽き、何も言わなくなった。


「茜!?千里…早く!」


「え…!う、うん!」


〈無駄だよ。〉


「っ…!?」


雨からのテレパシーとほぼ同時。


既に息をしなくなった茜の体が光を放ち、徐々に消えていく。


「っ…!?」


〈茜は死んだ。


決まり通り、明日になれば茜の存在は消える。


当然あなた達の記憶からもなかった事になる。〉


「そん…な。」


死神神社の巫女は、一度自殺した人間を死神が無理矢理そのままの姿で生まれ変わらせた存在だから、生まれながらにしていくつかのリスクを背負う事になる。


一つ目に生前の記憶が全部なくなる事。


そしてもし万が一また死ぬような事があれば…存在その物がなかった事になる。


茜は勿論それを知っていた。


いつか消える事を自覚し、むしろ最初からそのつもりで毎日を生きていた。


出さないだけであいつはいつだって人間らしい感情を自分の中で押し殺してきたんだ。


本当は後悔してたし、罪悪感だってあった。


憧れも、孤独もあった。


なのに…なのに!


雨は言った。


あなたはこれから大切な人に出会い、そして失い自殺する、と。


「ふざけんなよ!


なんだよ…?今まで一度だって俺の名前を呼ばなかった癖に急になんだよ…!?


ズルいだろそんなの…!


確かに死にたいよ!でもこんなのって…!」


俺の叫び声に、誰も返事出来ずただ静かな空間にその叫び声は虚しく響く。


そしてその苛立ちを、今度は発砲した警察に向ける。


「確かに日向誠がした事は許されない!


でも日向誠がこうなったそもそもの原因は俺達人間なんだ!なのになんでこいつの大切な物を奪う!?」


その叫びに、警官達は気まずそうに目線を下げて何も言い返せずにいる。


こんな奴らに何を言っても無駄だ。


結局何も出来なかったのは俺だって同じなのだ。


「大切な物を守る力を持っていたのに…俺は本当に大切な物を守る事が出来なかった。」


なんて無力なんだろう。


なんの為に試練を乗り越えて力を手に入れたと言うのだろう。


今になって試練を乗り越えられず自ら死を選んだ人間の気持ちが分かってしまった。


「そんな事言ったら私だって大切な人を救う力を手に入れたのに茜さんを救う事が出来なかった…。」


そう言って泣き出す千里。


「そんな事言ったら私だってそうだよ…。


素早く動く能力があったのに体を動かす事が出来なかった。」


続いて泣きながら悔しそうに呟くのは凪。


木葉に関してはやっと状況に思考が追いついたようで、嗚咽をも漏らしながら泣き崩れた。


雫も泣き、康一は気まずそうに目線を下げ、

そんな俺達の様を光は何も言わずじっと見つめていた。


結局雨の予言通り。


未だに現状を理解出来ていない日向誠は無言で意気消沈のまま連行されて行き。


後に取り残された俺達は各々悲しみに暮れていた。


「なぁ…本当の正義ってなんなんだよ茜…。」


けして返事が返ってくる筈の無い問いかけを空に向けて叫ぶ。


そして、そんな様を雨はため息を吐きながら見ていた。


結局、最後にはこうなるのだ。


どれだけ抵抗しても。


茜は死んだ。


そして明日には存在その物が消えてなくなる。


そうなると最初から味方が居なかった日向誠は今よりもきっと荒れていただろう。


状況は更に悪くなる。


もうゲームオーバー。


ただ、私がした予言で、唯一の違いは彼が生きていると言う事だろう。


まぁ…でもだから何だと言うのだろう。


それで何が変わるでもないと言うのに。




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