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夢幻  作者: 遊。
第七巻第二章

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運命の悪戯


 ある日の学校の屋上。


私は一人フェンスからグランドを眺めていた。


最終下校時刻はとっくに過ぎていて、生徒は誰一人もう居ない。


先生と警備員くらいは居るだろうが、どうせ中だろう。


こんな時間までここに居ても帰る気にはなれず、ただ空とグランドを気分で交互に眺めていたら最終下校時刻のチャイムが鳴っていた、と言うのが今の状況だ。


こうしてずっと居るのは、別に帰る場所がないからと言う訳じゃない。


むしろ温かく迎えてくれると思う。


お互いにそうしようと言い合ったのだから。


他になかったとしてもお互いだけはそうであろうと。


実際それに何度も助けられたし、助けたいとも思ってきた。


ならなぜ帰りたいと思わないのかと言うと、それはこれまではそうされてきたからこそに他ならない。


そんな存在を、恨んでしまいそうになっている自分が居るのだ。


あんなに助けられたのに。


一番の味方だと思ってきたし、一番の味方でありたいと思ってきたのに。


どうしてこうなったのか。


粉々に踏み砕かれたクッキーを見て思う。


それは大切な人に渡すつもりだった物。


数時間前。


クラスメートの女子達に連れ出されて私はここに来た。


「日向さんってさ、あの人の妹なんでしょ?


生意気じゃね?」


「分かるー。」


その場に私の味方なんて居ない。


いや、居させないと言う表現の方が正しいのか。


自分に有利で相手に不利な状況を作るのは有効な戦術だ。


結局例え相手がどんなに弱い相手でも、追い討ちとばかりにそんな状況を作る事で上から見下せる優越感がほしいのだ。


だから私は群れるのが嫌いだ。


そんな事で得られる優越感なんていらない。


そして、そう言って群れる事でしか優越感を築けない彼女達を私は馬鹿にしている。


私もそうやって優越感に浸っている。


結局お互いそんな風に優越感を感じられる物を探しているのは、劣等感に気付きたくないから。


彼女達の中にはただ合わせているだけの奴もいるのかも知れない。


でも合わせなければ自分がハブられ、劣等感に突き落とされてしまうから。


この場においての正義は、結局そこなのだ。


何が正しいかじゃなくて誰の味方をするのが正しいかが重要なのだ。


だから私は群れる事が嫌いだ。


自分の正義は自分で決める。


誰にも合わせないし、合わさせない。


そして、結局その結果がこれなのだろう。


いや、その理由はそれもあってと言う後付けだ。


実際は私が天才と言われた、日向誠の妹だから。


彼女達だけに限った話ではないが、嫉妬と言うのは当人に対してだけ向けられる物じゃないらしい。


それはどうもその関係者にも影響はあるみたいだ。


そう言う感覚は、家族が犯罪を犯せば家族も邪険にされるのと似ている。


どちらもただ糾弾するだけの側は気楽な物だ。


悪い物だからと言う大義名分のもと、憂さ晴らしがさも良い事のように変換されてしまう。


その際もし自分が同じ立場になったら、なんてわざわざ考えなくても良いのだから。


まぁでも、私だって実際にこんな立場になってなければこんな事を考えたりしなかったのだろうけど。


と、そこで突然ポケットに入れていた小さな袋をクラスの女子の一人がひったくった。


「あれ?そのクッキー誰に渡すの?


え、まさか兄貴とか?


うわ、超兄想いじゃんブラコン?キモ。


まぁ兄貴ぐらいしか話せる相手も味方も居ないもんねー。」


「だから何?それ、返して。」


勿論私だって下手には出ない。


言いながらキッと睨み付けると、睨まれた女子達は露骨に顔を顰めた。


「は?誰に命令してんの?ムカつく!」


「返してくださいでしょ普通。」


「あ、あたし良い事思いついた。」


そう言ったと思えば、それを急に地面に勢い良く落とす。


「な…何を!?」


拾おうとすると、他の女子に抑えられる。


「っ……!?」


そしてそのまま目の前でクッキーは踏み潰された。


容赦無く、一瞬で。


それを見て、私の中でも何かが砕けた様な気がした。


その後、散々私を殴る蹴るした後に、彼女達は笑いながら去って行った。


校門前を通る姿がフェンスから見える頃には、さっきまでの事なんてさもなかったかのように全く関係のない話をしながら歩いて行く。


実際私にとってがどうであれ、彼女達にとってのあの行為はどうでも良い暇つぶしぐらいの物でしかないのだ。


ふぅ、反吐が出る。


結局無理矢理に自分は間違ってないと信じてみても、それを貫き通すような強さが私にはない。


どんなに強がって自分を保ってみても結局は虚勢でしかないのだ。


メッキはすぐに剥がれる。


何の為に生きているのかも分からない。


そんな風に虚勢を張ってまで生きていなければならない理由はなんなのだろう。


全てが馬鹿馬鹿しくなる。


そもそも私はこの世界に必要がないのかもしれない。


どうせどんなに信じても、頑張ってみてもこうなるのが運命だと言うのなら、生まれてなんか来なければ良かった。


そうして、私はフェンスを乗り越え、夕焼け空をじっと眺めた。


こうして特等席から眺める茜空は、いつもよりも綺麗に見える気がした。


もう見る事もない景色を少しの間眺め、意を決して私は屋上から飛び降りた。


きっとあいつらはそんな私を見たら鼻で笑うのだろう。


自分がされた訳でもない癖に、そんな事でと軽く見て。


だから私には関係ないと気にも留めずにのうのうと毎日を生きるのだろう。


そんなつもりじゃなかったと泣き真似して同情を買うのかもしれない。


馬鹿げた話だ。


唯一の心残りは兄を一人にしてしまう事。


でもこのままでは駄目だ。


兄の妹に産まれた事を恨んでしまう。


悪くない兄に理不尽な怒りをぶつけてしまう。


そんな自分をこれまでずっと支えてくれた兄に見せる事が、何よりも罪深い事のように思えたのだ。


自分の命を自分で奪う事以上に。


その後、どうなったかは分からない。


ただ次に目を覚ました時、私は俗に言う天界と言う所に居た。


「やぁ、初めまして。


僕は死神。」


死神と名乗るその男は目を覚ました私にそう声をかけてくる。


「知っての通り君は自殺した。


だから君の魂はここ、天界に送られてきた訳だけど。


君は異例ながらすぐに生き返ってもらう事になった。」


「どう言う意味ですか…?」


正直こうして自殺したのだ。


地獄に突き落とされる覚悟さえしていたと言うのに、またすぐ生き返るだなんて。


「訳は今言えない。


それと心配しなくても生き返ったからと言ってこれまで通りの場所で何も無く生き返ると言う訳じゃない。」


「聞きましょう。」


信用は出来ない。


でも自棄になっていた私にとってまずどうでも良いの方が勝ったのだ。


「まず始めに、君の記憶は全部消える。


ここに来た事も含めてね。


だから実質肉体だけの再生と言う事になる。


どのみちここで説明しても忘れるから説明はここまでにするよ。」


「…分かりました。」


どうでも良い。


どうせ捨てた命なのだ。


どう使われようが別に良い。


そうして、実際に私は今まで記憶を失っていた。


死神神社の巫女として、自殺した自分を他人だと言い聞かせて生きる事を選んだ。


そうしていく内に、私は人間がどんな物かを

思い知った。


結局私は記憶を失って生まれ変わっても同じ運命を辿る運命なのかもしれない。



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