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夢幻  作者: 遊。
第六巻第二章

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普通、そして慣れ、そして得た確かな物


 「どう言う事だよ…これ。」


いや、言い訳させてくれ。


開口一番そう言いたくなるのも仕方無いだろう…。


日曜日、指定された時間と場所に千里と二人でやってきた訳だが。


その指定された場所が、漫画とかでしか見た事が無い大豪邸だったら説明とかぶっ飛ばしてそう言いたくもなるだろう。


門の向こう側に見えるのは広い庭。


噴水も見える。


その更に奥には大理石があしらわれた扉。


一瞬本当に別の世界にでも飛ばされたのかと思った。


「な、なぁ千里。


本当にここであってるよな…?」


「え…?私に聞かれても…。


私はただ桐人君についてきただけだし…。」


「うっ…そ、そうだよな…。」


思わず大豪邸と木葉からのメールを交互に二度見する。


「間違ってないよ、キリキリ。」


「あ、あぁそうか…良かっ…んんっ!?」


背後から聞こえてきた声にいつも通り返事しようとしたが、振り返った途端それは驚きの声を上げる為に中断させられてしまった。


「いや…驚き過ぎじゃない…?」


だってそうだろう。


普段見慣れたクラスメートが、某リフォーム番組も真っ青な程に劇的な変貌をしていれば、奇声の一つも出ると言うものだ。


「こ、木葉ちゃん!?」


千里も同じく驚きの声を上げる。


「お前…本当に木葉なのか…?」


「声にはちゃんと反応した癖に。」


「いやでも…。」


確かに声は木葉だ。


でも印象は全然別人。


何が違うって、まず一番は服装。


俺がこれまで見た木葉の私服は、ボーイッシュな物が主だった。


スカートなんて制服くらいでしか見た事がない。


だと言うのに、目の前の木葉が着てるのはいかにも高そうな水色のドレス。


首にはこれまた高そうなダイヤのネックレスが光っていた。


顔にはそれに似合う化粧が施され、いつもより大人っぽく見える。


髪型はシニヨンヘアと言う後頭部で纏められた髪型で普段のボーイッシュさは一切無くなっていた。


「そうだよ…。


これが本当の私。


染咲財閥の一人娘。


で、これがそんな私の家。」


そうぽつりと呟く木葉の表情は何処か寂しそうで、手は小刻みに震えていた。


「お、おう。」


多分だが、木葉は怖いのだろう。


今日この場にこの姿で現れるのにも相当な勇気が必要だった筈だ。


人間誰しも知られたくない顔が有る訳だが、それを人に晒すと言う事がいかに怖い事かが伝わってくる。


「私はこれまで、二人を含めて高校に居る皆にも嘘を吐いてきた。」


「…言いたい事は色々有るが、とりあえずお前が本当に俺達の知ってる木葉だって言うのは分かった。」


「そっか…。


ま、入りなよ。


聞きたい事だけじゃなくて話したい事もあるんだよね?」


「お、おう。」


門を開け、広い庭を抜け、木葉が大理石の扉を開く。


「ただいま。」


「おかえりなっ!!!


お、お嬢様…その方達は…?」


「いや…菅野さんも驚き過ぎだから…。


この人達は私の友人だよ。


手厚くもてなして。」


「お、お嬢様のご友人!?」


「いや…だから驚き過ぎ…ってちょ…なんで泣いてんの!?


やめてよそう言うの…。」


木葉に菅野、と呼ばれたその人はハンカチで涙を拭いながら、


「すいません…お嬢様がお友達を連れてこられたのは初めての事なので私…とてもとても!嬉しくて…。」


「ちょwwさりげなく私のぼっち歴をばらすなしww

しかもとてもで強調すんなしw」


「お二人とも、大変失礼致しました。


私、木葉お嬢様の使用人の菅野と申します。


食堂へご案内します、こちらへどうぞ。」


「「あ、どうも。」」


俺も千里も思わずかしこまる。


菅野さんについていくと、それこそ漫画で見たような長テーブルのある広い食堂に案内された。


「すぐに料理と紅茶をご用意します。


しばしお待ちを。」


そう言って部屋を出る菅野さん。


「二人とも適当に座って。」


木葉に促され、それぞれ席に着く。


「さ、聞きたい事は何?


隠したかった事は全部もうバレちゃったしさ、今更もう隠し事はしないよ。」


「お前…本当に金持ちなんだな。」


「ま、一般的に言うならそうだね。」


今になって言えば、そうだと気付ける要素は今までいくつかあったのだ。


些細な事ではあるが、大食いキャラの割にちゃんと飲み込んでから話すお行儀の良さ。


無尽蔵な菓子袋…あと適当そうに見えて意外と料理が出来たり…ってちょっと待て…。


全部食べ物関連じゃないか…。


いやそもそも…


「ちょっと待て…。


前に俺お前にハーゲン○ッツ奢らされたよな…?」


「え…聞きたい事ってそれ?」


拍子抜けしたと言う表情だ。


「もっとなんで黙ってたんだ!とか裏切り者!だとかって責められるかと思ってたのに。」


本当にそれを覚悟していたのだろう。


そう言う声は実に弱々しい物だった。


「そりゃ意外だったさ。


でも隠したい事ぐらい誰にでもあるだろ。」


「そりゃそうだけど…。


でもだからってわざわざそこを蒸し返すとかやっぱキリキリずれてるよ。」


そう言ってお腹を抱えて笑い出す木葉。


見た目の雰囲気は全然違うのに、そんな姿はいつもの木葉その物だった。


「だってそうだろ!お前俺が奢らなくても金に困って無かった訳だろ?」


「まぁ実際お金には困ってなかったね。」


「うぉい…。」


こいつ…あっさり認めやがった…。


「でもさ、私はだけど自分のお金で自分の為に買った物なんかより大切な人からの贈り物の方がよっぽど嬉しいと思うよ?」


「たっ…大切な人って…!」


「あ、キリキリ照れてる!」


「照れてない!」


幻滅された訳じゃない。


それが分かった安心感からか、木葉は心から笑っているような気がした。


「そう言うキリキリだって大切な物を守る力、なんて恥ずかしい名前の力持ってる癖に。」


「ぐっ…それは…そうだけど…。」


「私はキリキリも千里っちも勿論茜っちや他の皆も大切だよ。」


なんだよ大切な人ってそう言う意味かよ…。


いや勿論分かってましたよ?


そうだろうなと思ってましたよ?


ただ今の木葉は見た目が違い過ぎて不覚にも騙されかけはしたけども…。


とは言えまぁこれで良いだろう。


元より本当の木葉を知って隠していた事を責めるつもりは無い。


安心して普段のように笑う姿が見れた訳だからこの上ないだろう。


「ねぇ木葉ちゃん。


そのドレス、凄く似合ってるね。


普段から来てるの?」


ここで千里がそう聞く。


「あはは、ありがとう。


でも流石にこんな服いつもは着ないよ~。


実は今さっきまで父さんの友人の家でパーティーに参加しててさ、だからこんな格好してるって訳。


今日呼んだのは普段の格好よりこの格好の方が信じてもらえるだろうと思ったからだし。」


「なるほど。」


「うん、普段は普通に部屋着とかだよ。」


「え、そうなんだ。」


「うん、だってこれすっごい動きづらいしね。


私的にはスカートよりズボンの方が良いし、こんな目立ちまくりな格好で外歩きたくない。」


「いや…金持ちの衣装全否定じゃねぇか…。」


「キリキリ達からしたら贅沢な話かもしれないけどさ、私は別にお金持ちじゃなくても良いんだ。


ただ大切な人と普通の毎日を過ごせればそれで良い。」


そう言う木葉の表情は、何処か寂しそうだった。


「だから嘘を吐いてたって訳か。」


「そ、じゃないと誰にも受け入れてもらえないと思ったから。」


「そんな事…」


ここで口を止める。


木葉がこう思うに至ったのは一朝一夕の話じゃない。


長い年月がかかっただろう。


そしてそれは、知ったや思ったと言うよりは思い知らされたと言うべきなのだろう。


それを簡単に否定してしまって良いのかと思ってしまったのだ。


「お嬢様、お話中失礼します。


紅茶をお持ちしました。」


「ん、ありがとう。


注ぐのは私がやるから菅野さんは下がって良いよ。」


「かしこまりました。


料理の方はもう少々お待ちください。」


そう言ってテーブルに紅茶の入ったポットとティーカップを置き、一度礼をしてから菅野さんは出て行く。


どっちも高そうだなぁ…。


俺達みたいな庶民が使っても良い物なのかしらん…。


木葉からカップを差し出され、恐る恐る手に取って一口飲む。


「あ、ちなみにこのカップ二つで二~三万位だから。」


ニヤニヤしながら木葉が言う。


「ぶーっ!」


思わず吹き出す。


「え!?このカップってそんなに高いんだ…。」


千里はまだ手を付けてなかったからツッコミも冷静なのだ。


俺の反応は間違ってない!


「うん、ポットと茶葉も合わせたらやっすいバイトの一ヶ月の給料くらいにはなるんじゃないかな~。」


「ゲフンゲフン!」


全く!なんて物を飲ませるんだ…。


これ一杯で何処かの誰かの一ヶ月の給料を食い潰してしまうなんて…。


「あはは、キリキリビビり過ぎワロタww」


「普通の反応だっつの…。」


「そうかな~。」


「第一こんな高い物誤って割りでもしたらどうすんだよ…。」


「え、私こないだ普通に割ったけどw。」


「ちょwwおまww」


「だからこれおニューのやつだよ~。」


余計達悪いやつじゃないか…。


「と言うかならこないだ言った別荘は?


親戚とか言ってたよな?」


「あ~あれ私の父親の別荘。


実際父親も親戚だし嘘は付いてないよね!」


「いや…私が金持ちな訳じゃないってのは嘘だがな…。」


「それだって私自身が金持ちって訳じゃないから嘘じゃないも~ん。」


まぁ確かに全部父親の金だもんなぁ…。


「なら一応親父さんにも場所貸してもらったお礼を言っとくべきなのか?」


「キリキリ律儀過ぎ。


別に良いよあんなクソ親父。」


「おいおい…随分嫌ってんだな?」


「嫌い?」


そう聞き返された理由は分からない。


ただ、さっきまでの明るさは一切無かった。


「嫌いって言葉ではないかな。


あの人に対しては何も無い。


虚無な存在。」


言われて口ごもる。


仮にも実の親に対し、そんな事が普通言える物なのだろうか。


育った環境が違うと言うだけで、こうも考え方が違ってしまう物だろうか。


「キリキリ達からしたらこれも普通じゃないかもしれないね。」


「っ…。」


「でも仕方無いじゃん。


生まれてから今まで養ってもらいはしても直接的な愛情と呼べる物なんてこれっぽっちも与えられてこなかったんだから。」


そう言う口調は実に淡々としていた。


だからこそ、さっき人から貰った物の方が嬉しいと言ったのだろう。


そうしている内に運ばれ並べられていく料理。


それを見て小さくため息を吐く木葉。


「別にこんな高いだけの料理なんて私はいらない。


そんなのよりキリキリと食べたハンバーガーの方が良い。


皆で食べたパエリアの方が絶対美味しかった。


…でもさ、普段はこれを一人で食べるの。


家族揃ってなんてこれまで一度も無い。


誕生日だってクリスマスだってそう。


誰かとって言えば今日みたいなパーティーの時くらいだし、その時だって父さんは私の相手なんかしないで部下やら取引先のお偉いさんの相手ばっか。


私は参加してる人に愛想振る舞わなきゃいけないからそのパーティーだって好きじゃないし行きたいとも思わない。」


「何だか寂しいね…。」


俯き、そう呟く千里。


「まぁ…確かに二人からしたらそうかもしれないね。


でも私からしたらそれが普通なの。


父さんと関わるのなんて呼び出されて決まった事を報告する時くらいだよ。


何ならそれだって父さんから直接じゃなくて菅野さんに伝言を頼んでって時もある。


そんなもんなんだよ。


それで愛とか情とか湧く訳がない。


かと言って憎しみさえない。


だから虚無なんだよ。」


普通、と言うのは何と残酷なのだろう。


慣れとは何と便利な物なのだろう。


きっと魔法のようにそう自分に言い聞かせる事で、そんな理不尽を当たり前だと受け入れてきたのだろう。


寂しさも悲しみも苦しさもそれが普通だと自分さえも騙して。


それで一人で耐えてきたんだろう。


「え、ちょ…キリキリ?」


そう思っていたら、いつの間にか自然と涙を流している自分が居た。


「知らなかった、お前がそんなに苦労してたなんて…。」


かける言葉なんて無かった。


どんな言葉を選んでみても足りなくて、薄っぺらく思えてしまうからそんな自分が情けない。


「やめてよ…。


なんでキリキリが…。」


言いながら木葉も涙ぐむ。


これは多分嬉し涙なのだろう。


どんなに騙してもそれで全部が無くなる訳じゃない。


言い訳をして、自分を騙して、蓋をして、無かったように振る舞って。


そうやって仕方無いと諦めてきたのだろう。


でも今は、そんな自分の為に心から悲しみ、泣いてくれる存在が居ると分かったのだ。


そのまま声を出して泣き始める木葉。


それは多分、これまで作って来た自分を騙すと言う蓋が無くなって中身がこぼれ落ちたから。


どんなに強がっていても、どんなに頭が良くても、特別な環境に産まれても、根は普通の女子高生な訳で。


弱さだってある、涙だって勿論あるのだ。


しばらく泣いた後。


木葉はぽつりと呟いた。


「私さ、茜っちを見て自分と似てるなって思ったんだ。


だから友達になりたいと思った。


友達だと思いたかった。」


つまり木葉は茜と自分を重ねていたのだ。


茜も状況こそ違えど、特殊な環境で生まれ育ち、それを受け入れる為に自分を騙してきたのだろうと。


これが、木葉が茜にこだわっていた本当の理由なのだろう。


「だから私は…茜っちと戦いたくなんてない…。」


「…そうだな。」


自分と似ているからこそ一人にしたくない。


そしてそれは、一人にしてほしくないとも同義だ。


だからこそ自分に無い物を相手に与え、求めてしまう。


それだって言ってしまえば自己満足だろう。


でも、そうだと分かっていても。


あいつがこれまで茜の為にしてきた事は絶対間違いなんかじゃない。


茜の為に悲しんだり、怒ったりした事実が、自己満足なんて言葉で片付けられて良い訳ないじゃないか。


「木葉、それでも俺はあいつにもう一度会わなきゃいけない。」


なら俺は俺のやり方でその思いに応えるべきだろう。


例えそれが自己満足でしかないとしても。


俺の言葉を聞いて、木葉は何も言わずに俺の方をじっと見る。


「そんで一発ぶん殴ってやるんだ。


それからちゃんと話したい。」


「いや…女の子をぶん殴るってどうなのよ…。」


呆れられた。


「多少強引にはなるかもしれない。


でもさ、あの時だってそうだったじゃないか。


あいつのしてきた事が許せなくて、でもあいつの事は信じたくて。


だから知りたいと思ったあの日だって。」


「そう…だったね。」


「だからお前も来い。


いや、頼むから一緒に来てくれよ。


あいつの目を覚まさせたらさ、その時は今度は皆で蜜柑を食べようぜ。」


「へ~…キリキリは私に来てほしいんだ。」


「あ、当たり前だろ。


金持ちだろうが何だろうがお前は俺の、その…俺達の仲間なんだ。


お前が来ねぇとつまんねぇし、その…寂しいんだよ。」


「っ!?」


一瞬動揺する木葉。


「そう言う思わせぶりな言い方まであの時と一緒じゃんか…。」


かと思うと、小声で何か呟く。


「何か言ったか…?」


「な、何でもない!


ま、そ、そこまで頼まれたら行くしかないか。」


そう言う木葉は一瞬不機嫌そうにそっぽを向いたが、すぐに嬉しそうな顔をした。


「実際お前が居なくて部活もマジでつまんなかったんだぞ。


皆でメリカして最初ちなっちゃんが一位だったのに蟹井が投げた甲羅のせいでビリになってさ。


もしこの場にお前が居たらもっと楽しかっただろうなって思った。


金城さんも早く出てきて私と勝負してくださいって言ってたぞ。」


「あはは、楽しそうだね。


でもさ、別にサボってた訳じゃないんだよ?


ちょっと今日のパーティーの事とかで立て込んでただけなんだ。


だから落ち着いたらちゃんと学校には行くつもりだったし、その時には二人ともちゃんと話したいと思ってたんだよ?」


「そっか…。」


それを聞いて心から安心する。


「でも、キリキリから連絡してくれて嬉しかった。」


「お、おう。」


「それに、やっぱキリキリもホラー研究会の皆も私が居なきゃ駄目だって分かったし。」


この時、木葉は思っていた。


あの時自分がした選択は、間違いなんかじゃなかったのだと。


人と違う私を、そうだと知った上で受け入れてくれる存在が出来たのだから。


もう思い残す事は無い。


卒業した後、どんな未来が待っていたとしても受け入れよう。


それも時間がかかるのだろうけど。


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