ロックンロールは裏切らない
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小さい頃の私は全く友達が居なかった。
裕福な家庭に生まれた私は、親に言われて色々な習い事をさせられていたからそんな暇が無かったと言うのも有るけど、言ってしまえばそれはただの言い訳だ。
実際はそもそもそんな裕福な家庭に生まれた私に対しての反応なんて嫉妬して嫌がらせをしようとする人か、下心丸出しで近付いてくる人の二択で、憧れが無かった訳じゃ無くてもそのどちらとも上手くやれる気がしなかったからだ。
そんな私の唯一の楽しみは音楽。
それも習い事のヴァイオリンで習うような聞いてて眠くなるようなクラシックなんかじゃなくて聞くだけで目が覚めるような、退屈な日常を吹き飛ばすような激しいロック。
それを大音量で聞く時間が自分にとっては何より幸せな時間だった。
普通の人からしたら、私の悩みなんて贅沢な物だろう。
毎日毎日食卓に並ぶフルコース。
広いお風呂に、欲しい物が大体買えるお小遣い。
面倒な掃除だって家政婦さんが全部やってくれるし。
それだけ恵まれた環境に生まれても、退屈な物は退屈なのだ。
結局、そう言う環境に憧れるのはそれが自分の日常とは遠い物だからなのだと思う。
実際私は毎日食べている豪華な料理よりもっと一般的な、例えばメックのビックメックとかの方が好きだ。
お小遣いだって最初の内は欲しい物を色々買い漁ったりしてたけど、そうしても余るような額は必要無い。
風呂だってそんなに広くなくても良いし、よそ行きの洋服だってこんな動きにくくて無駄に派手なドレスなんかじゃなくてもっと普通のが良い。
欲が無いと言われればそうだけど、言ってしまえばそれだって欲だ。
別に特別な待遇なんていらない。
普通の家庭に生まれ、普通の生活をしたかったと言う欲。
そうすればもっと普通に友達を作る事だって出来ただろうに。
そしてその退屈は、有名な私立の女子中学に入ってからも変わらなかった。
同じように裕福な家庭の人達が通う学校でも、対等になれる訳じゃないのだ。
元より持ち上げられて調子に乗った連中の集まり。
いかにして対等になるかなんかより、いかにしてその場でも頂点に立つか。
いかにして相手を蹴り落とし服従させるかしかない。
そんな環境でだってマトモにやってける訳も無く。
毎日毎日ため息ばかりが口をついた。
我ながら何と中途半端なのだろう。
帯に短し襷に長しとはまさにこの事だ。
普通にも生きれない、かと言って同じ環境の人間とも生きられないならどう生きれば良いのか。
そもそも私はどうして生きているのか。
それさえも分からないでいた。
一度そんな事を考え始めると止まらなくなる。
だから愛用のヘッドホンで耳を塞ぐのだ。
周りの声も、自分の心の悲鳴でさえも聞こえないように。
そしてまた無意な朝が始まる。
いつものように重い腰を上げ、着たくもないお嬢様学校の制服に着替え、朝から無駄に豪華な朝食を食べ。
家政婦さん達に見送られて家を出る。
そんないつも通りの日常の幕開け。
私が通うお嬢様学校は家から歩いて数十分の距離がある。
最初はリムジンを出そうかなどと親が言っていたが流石にそれは遠慮して自分で歩いて行く事にしている。
お嬢様学校に着いて、席に着くと、聞こえてくるのはカーストトップの嘲笑。
これもいつも通り。
彼女達にとって、何の派閥にも属さず、もしくは派閥を作ろうともせずに常に一人で居る私がおかしいと思っているみたいだ。
別にどうでも良い。
「あら、今日もお一人ですの?」
なんて思っていたら、いつも突っかかってくる一つの派閥のトップである北城院玲香が声をかけてくる。
「うげ…。」
それに私は思いっきり顔を顰める。
絵に描いたようなお嬢様っぽい名前。
そして鼻につくほど整った顔立ちに、さも自分が頂点だと主張するかのような大層な上半身の一部分の膨らみ。
本当、本来金持ちのお嬢様って言うのはこんな感じなのだろうと思う。
なるべくしてなったと言う感じ。
そもそもこんな見た目をしておいて貧乏とか考えられないわ。
「まぁ、失礼じゃありませんか?
人の顔を見て見惚れるならともかくうげ…だなんて。」
包み隠さず言うが、私は彼女の事が嫌いだ。
それも大が付く程。
だからいつも通り無視を決め込む。
「オマケに返事もろくに出来ないなんて。
品位を疑いますわ。
そんな事だからいつも一人で居るんじゃないですの?」
はぁ…。
ため息が漏れる。
「な、何ですの。」
「品位って何?それがあれば一人じゃ無くなるって?
どうせそれで集まってくる人なんて友達じゃなくて、ただ自分に都合の良いように動かせて自分を持ち上げてくれるだけの取り巻きでしょ?
そんなの別にいらないしどうでも良い。」
「な…な…それの何が悪いんですの!?」
「別に悪いなんて言ってないじゃん。
私はどうでも良いって言ってるの。」
「お、同じ事ですわ!」
そして私が彼女を嫌いな一番の理由は分かっていた。
それは自分に出来ない事が出来ている彼女に対しての嫉妬だ。
もし私が彼女のようになっていたら。
他人を平気で蹴落とし、頂点に上り詰めるような器とか向上心みたいな物を持って生まれていたのならば。
そもそもこんな風に贅沢な退屈を味わう事もなかっただろうに。
神様と言うのはどうして必要な物を必要な人に与えないのか。
どうして私のように中途半端な人間を生み出すのか。
あぁ駄目だ。
また余計な事を考えてしまう。
でも今は耳を塞げない。
モヤモヤする。
「やっぱり気に入りませんわ…。」
「あぁそう…。」
「全く…何だってあなたのような人が私の親よりも有名な企業の娘なのかしら…。」
知るか、そんなの私が聞きたいくらいだ。
「しかも成績まであなたの方が良いなんて納得いきませんわ…。」
まぁそれは特にこれと言って音楽以外の趣味も無いし勉強に関しては口うるさく言われてるから仕方無くやってるだけだ。
あぁ多分彼女も嫉妬しているのだろう。
こんな中途半端な私に。
「はぁ…別に私なんかに嫉妬しなくても好きに蹴落とせば良いのに。」
「っ…あなただっていずれは父上の跡を継ぐのでしょう!?
それなのにそんな事でどうするんですの!?」
あぁもううるさいな…!
「先の事なんて知らない。
私がどうしてどうなろうかなんてあんたには関係無いでしょ。」
「は…話になりませんわ…。
行きますわよ。」
取り巻きを引き連れ、さっさとその場を去る
北城院。
実際、私に選択肢なんて与えられていないのだ。
いずれ親の跡を継がされる。
ありがたさも何も分からない企業を支え、次の跡取りを作らされ、そうして生まれてきた自分の子供を自分がされてきたように育てあげる。
その為だけに私は生まれてきたのだ。
例えば私が、普通なら。
もっと普通に自分の好きな事だって出来たのだろうか。
大好きなロックを自分で奏でるようなミュージシャンになって脚光を浴びたりしたのだろうか。
まぁ実際、普通になったところでそれが絶対に出来るなんて保証は無い訳だが。
結局中途半端な自分の惨めさに行き着く。
北城院には北城院の苦労や思いがあるのだろうしそれが悪いと言うつもりはない。
前述した通り私がそうなれば親もさぞ喜んだだろうし、万々歳だろう。
でも誰かを蹴落としてまで頂点を目指さなければならない世界とは言え、当然蹴落とす事が正義と言う訳でもない。
「はぁ…ほんっと面倒くさい。
あんなのの腰巾着とかほんっとやってらんないわ。」
「仕方無いでしょう?
一応私達は彼女のパパのおかげで持ってる訳だし。」
「でもさー…。」
「こうやってご機嫌取っとかないと何されるか分かったもんじゃないでしょ。」
そうぼやくのは北城院の取り巻き達だ。
大方飲み物でも買いに行かされてぼやいてるのだろう。
そりゃそうだ。
前述した通り、取り巻きは友達じゃない。
所詮は力で屈服させてるだけの使いっ走りでしかないのだ。
「まーねー。
でもさー何か馬鹿らしくない?
あいつよりあのいつも張り合ってる子の方が上なんでしょ?」
「まぁそうだけどさ。」
「あ!ねぇ!この後さ、あいつに内緒でカフェ行かない?
良いとこ見付けたんだー。」
「お、良いね!行こー!」
情が無い分、陰口に容赦も無い。
まぁ実際こう言う風に何処かでガス抜きでもしなければ人の下に付くなんてどだい無理な話なのだ。
私はそんな物いらないし、誰かの上に立ちたいとも思わない。
でも実際、親の跡を継ぐと言うのはそう言う事だ。
だから北城院はそれを遂行し、正しいとさえ思っている。
そのせいでこんな風に陰口を好き放題言われていると言うのにだ。
私だってずっとこんな中途半端な生き方で良いとは思っていない。
でも出来るだけ長くそんな現実から目を反らしていたかった。
でも実際そうも言ってられなかった。
進路調査票が配られ、書かなければならなくなったのだ。
でも私はそれを書けずにいた。
「あなたの成績ならどこでも自由に選べると思いますが…何か行きたい高校の希望はありませんか?」
そのせいで担任に呼び出しをくらった。
「いえ、まだ決められてないので。」
「決められてない?」
「はい、いくつか目星は付いてるみたいですけど一つに絞れてないみたいなんで。」
「ちょっと待って。
それってあなたが決めるんじゃないの?」
そう言われて面白い事を言うなと思ったのは普通の反応じゃないかもしれない。
でも私にとって進路という物は決められる物であって決める物じゃない。
「と言うかお嬢様学校に通ってたら普通はそうなんじゃないですか?」
「まぁ…珍しいケースではないけれど…。
でもこれはあなたの進路なのよ?
あなた自身もちゃんと考えた方が良いわ。」
考える、ね。
考えただけで未来が変わるんならどんなに良いだろう。
実際私の頭で考えた所で今の状況を変えるような進路なんて決められる筈も無い。
どうせ何処に行ったって今のような退屈を味わうだけなら流れに身を任せた方がまだ無難なのだ。
「私も一緒に考えるからあなたの希望を聞かせて?」
だと言うのに随分と食い下がってくる。
「そう言うの別に良いんで。
もう帰って良いですかね?」
「ちょ、待ちなさい!」
自分でもこの態度は感じ悪いなと思う。
でもそう思われても良いから早く帰りたかった。
「あなたにもやりたい事が全く無い訳じゃないでしょう?」
「はぁ…そりゃ無い訳じゃないですけど…。
なんでそんな必死に食い下がって来るんですか?」
「だってその…心配だから。」
「心配って…。」
「確かに北城院さんのように親に決めてもらう人も居ます。
でも彼女はそれを受け入れた上で決めていますから。」
「…あれと一緒にしないでもらえますか…?寒気がするんで。」
「あなた…本当に北城院さんと仲が悪いのね…。」
「えぇ、実際嫌いなんで。」
「私には家庭の事情に口を出す権限はありませんが…。」
「いや…普通に個人の事情には口出ししてますよね…。」
「話を最後まで聞いてください!
あなたのように自分の意思では無くただ流れに身を任せていると言う感じだと、主体性が無い操り人形でしかなくなってしまいます。
あなたはそれでも良いの…?」
「そんな事言ったって仕方無いじゃないですか!」
思わず声が荒くなる。
「っ…。」
それに先生は口をつぐむ。
「じゃ、失礼します。」
足早に教室を出る。
早く帰ろう。
帰って音楽を聴こう。
…ふう。
「進路…か。」
余計なお節介のせいで、帰り道に思わず口に出す。
私の未来はいつだって決まっている。
それが正しいか間違いかなんて知らない。
担任にも言ったが、そりゃ憧れぐらいはある。
でもそれはそもそも今の人生とは全く別の物で、そうしようとして出来る物でもない。
一応方法は無くはないが、でもそれは結局その場だけの現実逃避でしかない。
「ただいま。」
家のドアを開け、小さくそう言う。
すると使用人の菅野がやってきて、
「おかえりなさいませ、お嬢様。」
と言いながら深々と頭を下げる。
「…どうも。」
この菅野と言う使用人は、私が幼稚園くらいの時から長く身の回りの世話をしてくれている人だ。
「すぐにお食事のご準備をしますね。」
「ありがとう。」
ため息を吐き、部屋に戻る。
荷物を放り投げ、部屋着に着替える。
愛用のヘッドホンをはめ、机に向かう。
やっぱりこうしていると気分が良い。
さっきまでむしゃくしゃしていたのに、今は自然に鼻歌まで歌っている。
課題を早々に終わらせ、今日の授業の予習復習も進める。
と、そこでドアをノックする音がした。
「どうぞ。」
一言言ってヘッドホンを外す。
「お嬢様、ご夕食の準備が整いました。」
そう言いながら菅野が入ってくる。
「すぐ行く。」
「お待ちしております。」
それだけ言うと部屋を出ていく。
重い腰を上げ、食堂に向かう。
無駄に縦長のテーブルの真下に当たる席に着く。
目の前にはこれまた無駄に量の多い見目美しい高級料理と、向こう側にそれを手がけたシェフ達。
「いただきます。」
そう言って手を合わせ、手近な料理から食べ始める。
その間無言。
する音と言えば、スプーンやフォークを動かす音と小さな咀嚼音ぐらい。
それも私にとっては普通だ。
これだけある料理は、家族全員の為に用意された物じゃない。
全て私一人の為。
周りに僅かな使用人とさっき出てきたシェフが居るが、私にとっての食事は基本一人でする物だ。
家族で食事なんて誕生日にすらした事もない。
そもそも忙しい両親とは基本食事の時間が合わないのだ。
会う事はあっても話す事もあまりない。
そりゃ小さい時は寂しいとか思った事もあるが、今となっては必要すら感じてない。
だから呼び出されでもしない限り自分からは話さない。
などと思っていたら、
「お嬢様、お食事中失礼します。
お食事が終わりましたら部屋に来るように、と旦那様が。」
「うげ…おっと…いけないいけない…分かった。」
気乗りはしないが行くしかない。
どうせ進路の事だろう。
用事も無く呼び出すような人じゃないのはもうとっくに思い知らされた事だ。
時間をかけて料理を食べ終え、再び重い腰を上げる。
大理石があしらわれた扉のあるその部屋は、この建物の二階、奥側に在る。
そこが父の書斎件自室である。
一度ため息を吐きノックする。
「入れ。」
短くそう返事が返ってくる。
言われてドアを開ける。
いかにも高そうな回転椅子に腰掛け、机には沢山の資料。
仕事中なのだろう。
迎え入れる為に一応手を止めているが、すぐに再開出来る状態。
思わずその回転椅子を力任せに思いっきり回して良いかと言いたくなるほど憎らしいその人こそ私の父である。
「来たか、木葉。」
呼ばれてため息。
ほんと、ピッタリな名前だ。
ただ風に流されるだけの私にはこの上無い。
「要件は手短に、でしょ。」
「そうだったな。」
お前の進路の話だ。」
やっぱりか。
「それで、何処にすれば良いの?」
「お前の学力ならこれでも難無く入れるだろう。」
そう言って差し出してきたのは、また偏差値の高い名門校のパンフレット。
まぁもっとも差し出されても見る気は無いのだが。
見てもどうせつまらないし思い入れが湧く訳でもないだろうし。
「どうした?」
はぁ…あの先生が余計な事を言うから。
「あのさ、高校は私が決めて良いかな?」
「何?」
私がそう言うと、眉間にしわを寄せて睨んでくる。
「高校は普通の場所が良い。
で、普通の学園生活がしたい。」
「お前…何を言って…。」
「私はさ、こんな生活必要無い。
無駄に豪華じゃなくても良い。
ただ普通に普通の生活がしてみたい。
家族でご飯を食べるのだってそう。」
その言葉に、この人は何も言わない。
「でも約束する。
さっき言った条件を聞いてくれるなら家ではこれまで通り振る舞うし、その後はどうなっても良い。
跡も継ぐ。
だからせめて高校に居る間くらいは普通の時間を過ごさせてほしい。」
「そう…か。」
怒られるかなと思った。
実際その覚悟だ。
今更後悔はしない。
「良いだろう。」
そう思ったが、その反応は以外な物だった。
「ただし約束は守ってもらうぞ。」
「分かってる。」
こんな時、これまで父親らしい事など何もしてこなかったから、とでも言ってくれればベタだけどお涙頂戴な良い話にもなったのだろうに。
現実はこんな物だ。
「それじゃ、話はそれだけでしょ?」
「あぁ、もう行って良いぞ。」
そう言うとすぐに仕事をし始める。
私の返事すら聞く気はないらしい。
まぁ分かっていた事だが。
一応軽くお辞儀して部屋を出る。
そうして、その後。
私は無事公立白神高校に首席で入学。
所謂高校デビューを果たす訳である。




