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夢幻  作者: 遊。
第六巻第二章

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居なくなって気付く事



 翌日。


結局、千里はそのまま家に泊まっていった。


光は光で、そうなった途端に私は空気を読みますからとか言ってこの日に限って母さんと寝るとか言い出すし…。


まぁ母さんは歓喜してた訳だが…。


どう言う訳か俺と千里は二人で寝る事になった。


前に俺と光が一緒のベットで寝た(誓って言うが俺の意思じゃない。)と聞いた時の千里の反応からも分かると思うが、実はこうして千里と一緒に寝るなんて初めての事だ。(勿論寝る場所は別だ。)


昔から家が近いからと言うのもあってこの家に千里が来る事はちょくちょく有ったが、泊まりがけと言うのは自分でも意外な程に無かった。


それが今になってこうして、しかも千里の方から枕まで持参して来るとは思いもしなかった訳だが…。


寝るまでの間、二人で小さい頃の話をした。

共に過ごした時間。


幼稚園、小学生、そして。


俺達にとって、忘れてはならない中学時代。


最初こそ明るくたまに笑い話なんかもしてたが、話が小学校から中学校の話題になると、空気は大きく変わった。


まぁ無理もない。


そこで一旦話をやめ、二人して眠りに入った訳だが…。


全く寝られそうになかった。


考える事は沢山あり、千里の寝息が聞こえてきてからもずっと寝付けずにいた。


天井を見つめ、ぼんやりと考える。


正義、そして自己満足。


光は言う。


その二つは似たような物だと。


これまで俺がしてきた事はただの自己満足だったのか。


あいつの心にはちっとも届いていなかったのか。


自己満足だと言われて納得出来るのか。


確かにそう言われて腑には落ちた。


そうじゃないと否定は出来ない。


でもだから納得出来た訳じゃない。


少なくとも俺はあいつの為だと思って信じて続けてきたのだ。


言ってしまえばそう言う考えがそもそも自己満足な訳だが。


本当にそれだけだったのか。


それで終わらせて良いのか。


これからどうすれば良いのか。


どうしたいのか。


そんな事をぼんやりと考えている内に、気が付くと朝が来ていた。


相変わらず早起きな千里は起きて早々申し訳無さそうにしていて、光は光で朝飯の時にニコニコと俺達の様子を眺めていた。


母さんは母さんで千里ちゃんに何もしてないでしょうね?と起きて早々睨んできた。


昨日も説教しながらそう言うのは喜ばしくもあるけどまだ早いとか言ってたが…。


いや喜ばしいってなんだよと言うツッコミは聞き流されたんだよなぁ…。


そんなこんなで現在に至る訳だが…。


今は千里と二人で登校中。


寝不足とモヤモヤで足取りは正直重い。


「桐人君、大丈夫?ごめんね…私だけ。」


「だから良いって。」


そう適当に返すぐらいしか出来ない。


そしていつもならそんな俺の背中を後ろから容赦無く引っぱたいてくる奴と、今日はまだ顔を合わせてなかった。


昨日の今日で気まずいと言うのもあるが、居なければ居ないで少しモヤモヤもする。


一晩明けてあいつは今どう思っているのだろうか?


その辺りも含めてゆっくり話がしたい。


そう思って教室に入る。


まだあいつは来ていない。


「よ、どうしたよ?随分顔色悪いじゃねぇか。」


そう声をかけてくるのは蟹井。


「いや、昨日全然寝られなくてさ。」


「なるほど、ならこの後古典だし爆睡コースだな。」


「かもなぁ。」


欠伸が一つ。


いっそ寝てしまえたら良かった。


余計な事を考えず、目が覚ましたらあの何気無い日常に戻っていたらなんて有る筈のない妄想を浮かべながら。


でもそう思えば思う程寝られない。


目が覚めた時に再び現実に戻る事が怖いから。


「ま、あんま無理すんなよ?」


「おう、サンキュー。」


「てかあいつ今日まだ来てないよな。」


言いながら蟹井は木葉の席に目を向ける。


いつもならもう来ているか、もしくはそろそろ来る頃だ。


でもどれだけ待ってもその姿は一向に見えない。


そしてそうこうしている内にチャイムが鳴る。


「おいおい、あいつまさか休みか?」


驚く蟹井。


それもその筈で、あいつは入学してから今まで一度も休んだ事が無い。


遅刻も無ければ早退も無い。


何なら風邪引いてマスクをしている所でさえ一度も見た事が無い。


そんなあいつが今日になって学校に来ていないなんて、事情を知らない蟹井が驚くのも仕方無い。


「おーし、お前ら席に着けよー。」


そんな俺達の心配をよそに、教室に入ってきた担任が朝のホームルームを始める。


「あーえっと今日からしばらく染咲は事情が有って休む事になった。」


「は!?」


思わず担任の言葉に過剰な反応を示してしまい、周りからの視線が集まる。


「え…木葉ちゃんが…?」


隣の千里も意外そうに呟く。


「え、それってなんか有ったんすか?」


そう聞いたのは蟹井。


「いや、教えてやりたいのはやまやまだが…そこはまぁ個人の問題だから言えないな。


ま、そう言う事だから次に来た時には優しく迎えてやってくれ。」


クラスメート達は一応それで納得しているようだった。


それから少しの連絡事項が有って、担任は教室を出て行く。


「あの染咲が事情で…ね。


困ったもんだな。」


担任が出て行ったのを確認してそう呟いたのは蟹井。


「びっくりだよね…。


木葉ちゃん、何があったのかなぁ…。」


それに千里が返す。


一方の俺は何も言えなかった。


もしかして昨日の事が原因なんじゃないかと軽く自己嫌悪に陥っていたからだ。


いや…だからっていくらなんでも…。


「どうしたよ?」


そんな俺の反応に気付いた蟹井が声をかけてくる。


「あぁ…いや…。」


そんな訳無い。


あいつは茜が居なくなってあんなに悲しんだんだぞ…?


自分まで急に居なくなるなんてしないよな…?


それから実際、何日も木葉は教室に一切顔を見せなかった。


その間木葉が居ない部室は実に閑散な物だった。


思えばいつもなら斜め上の発想過ぎてたまに反応に困っていた木葉のコスプレも、いざ無くなってみると寂しい物だ。


いかにこの部活があいつのおかげで盛り上がっていたのかが分かる。


ついこないだまでは俺も参加してなかった訳だが、その間いかに蟹井や皆に迷惑をかけていたのかがよく分かる。


自分のせいかもしれないと言う負い目も有ってまた部活を休みたくもなったが、ここで休んだらもっと状況は悪くなるのも分かって一応毎日重い足を動かして参加している。


「染咲先輩、まだ来ないんですね。」


金城さんも毎日参加している物の、少し顔を出してすぐに帰ると言う感じが増え、金城さんがこの状況だからそれにつきっきりな白石は言わずもがなだし、あと残るのは俺と蟹井、そして木葉の代わりに紅茶を入れてくれる御手洗さん。


それとすっかり顧問に落ち着いた臨時さんことちなっちゃん。


御手洗さんは元が怖いものの…基本は普通の子だからどちらかと言うと話す側より聞いて怖がる側だ。


ちなっちゃ…いや、臨時さんはいつもびびり過ぎて気絶したりと度々御手洗さんの世話になっている。


そんな姿を見て金城さんが頭を抱えると言うのが最近の平常運行。


ただ最近のホラーっぽい活動と言えば、部室で皆で蟹井が持ってきたホラー映画を見たりするのが主流だ。


そしてそれがマンネリ化してくると、今度は関係無いゲームをしたりと以前以上に自由な集まりになり。


今日もとりあえずメンバーで交代しながら髭のおじさんが活躍するレースゲーム、通称メリカをする事になった。


「これってホラー研究会でする事ですか…?


ちっともホラー要素が無い気がしますけど…。」


言いながらもノリノリで果物の名前の姫様のカートをドリフトさせる金城さん。


「な、何言ってんだよ…。


この臨場感とか接戦のハラハラ感がホラー好きにはたまらないんだよ。」


そう返すのはその後ろをキノコ野郎のカートで走る蟹井。


「そんな物ですかね…。」


そしてその前を大人げ無くもあの手この手を使って爆走するのは、ラスボスの巨大亀カートを操るちな…臨時さん。


「はっはっは!勝てば良いんだよ!」


…この人本当に教師かって位悪人面してやがるんだが…。


まぁそんな臨時さん天下がずっと続く筈も無く。


「誰だ甲羅飛ばしたのはぁぁぁぁ!」


おいおい…ラスボスの亀のカートが雑魚キャラの甲羅でスピンさせられてんじゃねぇか…。


「お先に!」


そう言ってそれをチャンスと抜いていく金城さん。


そして甲羅を飛ばした張本人の蟹井がそれに続き、髭親父を操る俺も続く。


その間ちなっちゃ…臨時さんの悲痛の叫びに全員耳を塞ぐ。


うん、相変わらず残念だなぁ…。


それにしても…。


「なんだかなぁ…。」


一勝負が終わって蟹井がコントローラーを投げ出しぼやく。


それにぶっちぎりで一位だった金城さんもつまらなそうにため息を吐く。


まぁそうだろう。


多分皆考えてる事は一緒。


金城さんだって今でこそぶっちぎりで一位だったが、もしこの中にあいつが入ってたらどうなっていたか分からない。


俺と蟹井なんか完璧モブ扱いにしてあの手この手で順位争いする木葉と金城さんの姿が目に浮かぶ。


元より合宿以外で関わってない茜ですら居なくなって環境が大きく変わったのだ。


主要人物の木葉が居なくなって変わらない訳が無い。


どうせいつかは戻って来るだろう、その時に話せば良いとたかをくくっていた。


でもそれでずっと続けられる訳じゃない。


やっぱり話しておいた方が良いだろう。


茜の時も話を聞いてくれたんだ。


木葉の事も関係するのなら尚更だろう。


「蟹井、皆。


実はさ…あいつが来なくなったの…俺のせいかもしれないんだ。」


「は?」


俺の告白に、全員が固まる。


いやまぁ臨時さんに至ってはただいじけてるだけだが…。


「え…それどう言う意味ですか…?」


そう聞いてくるのは金城さん。


それに俺も覚悟を決めてこれまでの経緯を話す。


「またなんでそんな事に…。


ってかもっと早く言えよ…。」


頭を抱える蟹井。


「悪い…中々言い出せなくて…。」


「まぁ無理にでも聞かなかった俺にも責任は有るけどよ…。」


「それっていくらなんでも一番悪いのはその茜さんじゃないんですか…?」


と、それに金城さんが口を挟む。


「散々人に心配をかけておいていざ戻ってきたらそれって流石に酷過ぎますよ。」


「そう…だな。」


言ってる事は全く間違ってない。


でもそれで正義が分からなくなっている俺には、金城さんのその言葉が正しいとも思えなかった。


「まぁでもそれが本当に染咲先輩の居なくなった理由だって言うのなら染咲先輩もどうかと思いますけどね。」


「っ…。」


「だってそうじゃないですか。


海真先輩だって気まずくてもこうして来てるのに染咲先輩は気まずくて逃げてるって事ですよね。


しかもその理由が裏切った茜さんを庇ったから。


それだってどうかと思います。」


「いや…まぁ、でもそこは実際分からないだろ?


本当に特別な理由があるのかもだし…。」


と、ここで蟹井が口を挟む。


「いや…でもあいつ休む前の日までそんな素振り見せなかったんだぞ…?」


「いやでもそれだって急に決まったからかもだぞ…?」


「そう…だよな。」


実際の所は分からない。


分かるのは、今の俺と木葉は敵でも味方でもないと言う事くらい。


「それで、海真先輩はどうするんですか?」


「俺は…。」


「私は分からないなら分からないままにしてちゃ駄目だと思いますけど。」


「だよな…。」


「実際考えて分からないなら直接聞くぐらいしか方法無いだろ。


染咲にしろその茜って奴にしろよ。」


「ですね。


と言うか私なら自分は間違ってないと思ったら何が何でも骨の髄までそれが間違いだって相手に思い知らせますけどね。」


「お、おう。」


何この子超怖い。


言ってる事は正義なのに台詞がまんま悪役っぽいんだけど…。


「ま…まぁ金城の言い方はともかく実際染咲と話してみた方が良いってのは確かだろ…。」


「お、おう。」


「私の言い方はって言う部分には納得出来ませんが連絡した方が良いと言うのは同意です。


連絡先、知ってるんですよね?」


「あぁまぁ…。」


とは言え交換してから連絡したのって待ち合わせとかぐらいなんだよなぁ。(実際その連絡も待ち合わせ時間通りに来た試しが無いし俺もそれに慣れたからからあんまり役に立ってない気もするが…。)


スマホ取り出し、電話帳を開く。


木葉のページを開くと、交換しただけで一度もかけた事の無い電話番号が表示される。


それに怖ず怖ずと指でタッチする。


瞬間。


「おかけになった電話は、電波の届かない所に居られるか、電源が入っていない為、かかりません。」


「なんだよそれ…。」


その音声を聞いて思わず声が漏れる。


「マジかよ…。」


蟹井もそんな俺の反応を見て落胆する。


「どっちも可能性は有りそうですね。


でもまぁ一応着信拒否はされてないみたいですし、メールだけでも入れておけば良いんじゃないんですか?」


「ま…まぁそうだな。」


慌てて今度はメールアドレスを開く。


そして固まる。


え、でもいざ送るとなるとなんて送れば良いんだ…?


「どうしたんですか?」


見かねて金城さんが声をかけてくる。


「いや…なんて送れば良いかなって…。」


「そんなの逃げてないでさっさと出てきて私と勝負してくださいで良いじゃないですか。」


いやそれ確実に君の本音だよね…?


「木葉たんが居ないと寂しーよーとか?」


「それはお前の本音だろうが蟹井!」


「いやちげぇよw冗談だって。」


「でも私は木葉ちゃんが居ないとやっぱり寂しいです…。」


と、ここで口を挟んだのは皆の分の紅茶を運んできた御手洗さん。


それを聞いて蟹井を睨むと、蟹井は気まずそうに頭を掻く。


「私はですけど自分が木葉ちゃんとキチンと話しをたいと言う気持ちを正直に伝えるべきだと思いますよ?」


相変わらずの手際の良さで紅茶とお茶菓子を配りながら御手洗さんは言う。


「そうだな…。」


実際その通りだ。


それはあの日と同じ。


茜のしてきた事が許される事じゃなくても、茜自身が悪いとは思えなくて知りたいと思った時のような。


分からないなら知れば良い。


その為に何度だって話せば良い。


俺はこれまでだってそんな戦いをあいつとしてきたんじゃないか。


と言うか何だかんださっきまで紅茶の準備で席を離れてた御手洗さんが一番まともな事言ってんじゃねぇか…。


意を決して、俺は木葉に一通のメールを送る。


話がしたい。


連絡待ってるからな、と。


そして実際、そのメールにはすぐにではないにしろ返事が来たのだ。


今週の日曜日、千里っちと二人でこの場所に来てほしい。


と、言う内容のメールがその日の夜に時間と場所と一緒に送られてきたのだった。

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