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夢幻  作者: 遊。
第六巻第一章

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暗転と願い


 「一先ず今日はもう解散にしましょう。


それぞれゆっくり考えたい事もあるでしょうし。」


木葉が帰り、雨のテレパシーが途絶えた後。


誰一人言葉を発さない中でその沈黙を破ったのはそんな光の一言だった。


その口調は実に淡々としていて、いかにも事務的な対応と言った感じだった。


「ま、そうだな。


元々彼女の武器を試したら解散って流れだったしこんな状況じゃこれ以上出来る事も無さそうだしな。」


そう言うのは康一。


「そう…だね。」


それにまだ鼻声のまま弱々しく返すのは凪。


普段の俺なら少しでも元気付けようとはしたのだろうが、今は自分の事で一杯一杯でそれどころじゃなかった。


早く一人になりたい。


ただそれだけ。


そんな俺に千里は何か声をかけようと言葉を探している。


「さ、帰りましょう?桐人さん。」


そう言って袖を引いてくる光。


「あ、あぁ。」


一先ずそれに従う事にする。


「おい、桐人。」


と、ここでそのままその場を去ろうとしていた俺を康一が呼び止める。


それに俺は無言で立ち止まり、一応の聞く姿勢を取る。


「これから先どうしようがお前の勝手だ。


それに関して俺からとやかく言うつもりはねぇよ。


でもお前が行かねぇなら俺は一人でも戦いに行くからな。」


それに対して俺は何も返せなかった。


でも康一はそれを責めようとはせず、自分もさっさとその場を去る。


これから先。


言われて俺は漠然とそれを頭に浮かべる。


俺はどうしたいのか。


茜に裏切られ、木葉に見捨てられ。


どうしたら良いのか。


「分っかんねぇよ!そんなの!」


家に帰るまでは。


そう思って必死に抑えていた物が一気に溢れ出し、そう叫ぶ声は自然に荒くなる。


それに千里も凪も雫も肩を震わせた。


何が正しくて何が間違いで。


正義だと思っていたそれが間違いで、今度は間違いだと思っていた物が真実で。


なら何を信じれば良い。


本当の正義ってなんだよ…。


これが違うんならどうすりゃ良かったって言うんだよ…?


「早く…帰りましょう。」


そう言って光はまた袖を引く。


それに素直に従う事にする。


もう限界だった。


他人の事にまで気が回らず、これ以上ここに居たらきっとその苛立ちや悔しさを彼女達に彼女達にまでぶつけてしまいそうで何より自分が一番怖かった。

 

今でさえこれなのだ。


先の事なんて見えない。


だから今はただ一刻も早くベッドに倒れたかった。


そのまま光に袖を引かれ、それに千里も続く。そして桐人達が去った後。


「雫、私達も入ろっか…。」


「うん…なの。」


情けない。


こんな時、年上の私が元気付けてあげなきゃいけないのに。


今までだって、自分が一番年上だからと必死になっていた筈なのに。


それが茜には全く届いてなかったのだろうか。


別に何かを感じてほしくてやっていた訳じゃないけれど、それでも何一つ残せていなかったなんて。


一緒に過ごしてきた時間を必要無いと切り捨てられてしまうなんて。


自分がこれまでしてきた事だけじゃなく、自分その物まで否定されたような気がして、ただただ悲しかった。


それを否定されてしまえば、きっと私には何も無くなってしまう。


いつの間にかそうやって生きようと言うが、そうしなければ生きられないに変わってしまっていたのだ。


「凪…大丈夫なの…?」


俯く私に見かねてか、雫が声をかけてくる。


「ははは、私は大丈夫だよ。


雫こそ大丈夫?」


努めて明るい声を出そうとする。


もう泣き顔を見せた癖に、せめて先に元気を出したフリをする。


平気なフリをする。


それで中身が変わる訳でも、自分の気持ちが少しでも晴れる訳でもないのに、それだけでちょっとでも年上ぶっている。


「嘘なの。」


そんな私の虚勢を、雫はそう言ってあっさり切り捨てる。


「…え?」


「私の為に無理して強がらなくても良いの…。」


「っ…。」


「私は知ってるの…。


凪がいつも私達の為に無理してくれてる事…。


確かに私はいつもそのおかげで元気をもらってるの。


だから私は今までずっと凪に甘えてきたの。


無理させてるのを見て見ぬフリをしてきたの。


本当にごめんなさいなの…。」


「そんな…それは私が好きでやった事だし…雫が謝るような事じゃ…。」


「じゃあこれも私が好きで言う事なの。


私は凪の事が大好きなの。


凪が居なきゃ嫌なの…。


だから一人で無理しないでほしいの。


私達は家族なんだから泣きたい時は一緒に泣いてほしいの。」


「雫…。」


情けないと思った。


こんな小さな子供に励まされるなんて。


いや、それもつまらないプライドだ。


私は何処かで二人を見下してもいたのかもしれない。


自分より下だから、私の方が上なのだから、だから私が守ってやらないといけないと。


でもそうじゃない。


私達は家族だから。


実際に血は繋がってないけれど、そう思ってこれまで一緒に暮らしてきたのだから。


対等でなければいけない。


雫は、私に強がる以外の存在意義を与えてくれたのだ。


家族として、支え合う存在としてここに居て良いと言う理由を。


「ありがとう…雫…ごめんね…。」


雫を強く抱きしめ、私はまた涙を流す。


「凪…苦しいの…。」


ちょっと強く抱きしめ過ぎたらしい。


言いながらジタバタする雫。


「あ…ごめん…。」


少し力を緩め、その頭を撫でる。


「えへへ…。」


それに雫は嬉しそうに微笑む。


「凪の手は温かいの。」


「大丈夫。


私はずっと一緒だよ。」


「うん…なの。」


そうして二人でしばらく泣いた。


思いっきり、その涙が涸れ果てるまで。

やっぱり戦いたくなんかない。


でもどうしてこうなってしまったのかも分からない。


どうしたら良いのかも分からない。


ただ泣き続けるだけ。


それで何が解決する訳じゃなくても。


でも、それでも一緒に泣いてくれる誰かが居るだけで何処か勇気付けられる。


言ってしまえば現実逃避かもしれない。


でもそうする事を許されているような気さえするのだ。


その安心感がきっと家族なのだ。


そこに明確な力関係があるなら、きっと関係は全く別の物に変わってしまう。


もし本当に許されるのなら。


茜ともこんな関係を築く事が許されるならと願わずにはいられない。


やっぱりあれが本心だなんて思えない。


まだ茜を信じたい。


茜がどう思っていても、これまで短い間だけど家族だと思って彼女の事を見続けてきたのだから。


もう一度ちゃんと話したい。


これで終わりだなんて嫌だ。


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