戦いは始まっている
3
「はぁ…全く。
誰が片付けると思ってる訳?オマケに雫も泣かされてるし。」
そう言って神社内の居間で正座させられる俺と康一。
とついでに光。
ちなみに傷を治してもらったから千里は奥で休ませてもらった。
「「「はいすいませんでした」」」
「二人ともちゃんと責任もって手伝ってよ?
あ、光ちゃんは良いから。」
二人して光を睨むも、凪にそれ以上の怖い目付きで睨まれ、大人しくそれに従う。
「さて、雫から聞いたと思うけど私は今茜と日向誠の情報を集めてる訳ね。」
「あぁ、聞いたよ。
ほんと、恐れ入る行動力だな。」
「だな、ほんとすげー!」
康一と二人して凪を褒める。
「ははは、調子の良い事言っても片付けはしっかりやってもらうよ?」
「「ちっ…。」」
「何か言った?」
「「誠心誠意片付けさせてもらいます!」」
「ん、分かればよろしい。
でね、茜の情報に関しては全然なんだけど…日向誠の情報に関してはちょっと気になる情報を仕入れたんだ。」
「へぇ、どんな?」
「実はさっきこの近くで化け物を見たんだよ。
三つ目のオオカミみたいなの。」
「キリキリ、それって私達が最初に見た奴じゃない?」
「かもな…それで?」
「で、実は度々この近辺でその目撃情報が出てるみたいで最近この辺りを調べてたんだけど、そしたらこの更に奥に研究所みたいな物があったんだよ。」
「それって…。」
「まぁ…実際に踏み込んだ訳じゃないし確証は無いけど…怪しいと思わない?」
「た、確かに。」
「調べてみる価値はありそうだな。
まぁでも今日は遅いし体制を立て直してからの方が良いんじゃね?
作戦立てて踏み込むのはまた明日以降って事で。」
ここで康一が提案する。
「そうだね~千里っちの力ももう使っちゃったし。」
言いながら木葉が冷めた眼差しを向けてくる。
「うっ…。
あ…そうだ、凪。
この神社にはまだ他にも武器があるのか?」
ここで光が言っていた事を思い出す。
いや、別に話を反らした訳じゃないよ?
本当にただ思い出したからだよ?
「え?あぁ…もしかしてあの杖と弓の事かな?
確か本殿にあった筈だけど。
あれをどうするの?」
「いや、光が言うにはさ、それを使えば千里の力のリスクがちょっとは抑えられるらしいからさ。」
「はいですー。
でもそれがどっちの効果だったか忘れちゃったですー。」
「おいっ…。」
「そのどっちかなら多分杖じゃないかな~?
ほら、なんか千里っちって力的に僧侶とか魔法使いみたいな裏方ってイメージじゃない?」
と呑気な事言ってるのは木葉。
「分からんでもないがそれはゲームとかの設定の話だろ?
それに普通に僧侶でも魔法使いでも剣とか槍とか使ってる奴居るからな?」
大体実際戦える癖にすっかり裏方役に徹してるのはどこのどいつだってんだ…。
などと脳内でぼやいていると。
「まぁでも実際本人次第だよね。
武器を持つって事はさ、本格的に戦いに参加するって事だから。」
そう真剣な表情で言うのは凪。
「そう…だな。」
千里が寝させてもらっている部屋の方に目をやる。
千里はもう充分戦ってくれてるのに、これ以上負担を増やしたくない。
何よりこれ以上危険な目に遭わせたくない。
でも多分千里は、そう言われれば私も戦いたいと言うだろう。
臆病な癖に、変なところで頑固で。
その癖お節介で。
自分の事より他人の事ばっかで。
「ほんと、誰かさんにそっくりだね。」
「おま…やっぱり分かって…。」
「読めなくても分かるよ。
キリキリと千里っちってほんとそっくりだもん。
今もどうせ千里っちの事を考えてたんでしょ?」
「うっ…。」
実際そう言うあいつを知ってるからこそ、俺としては複雑なのだ。
自分の事を後回しにし過ぎてあの時の様な事を繰り返さないだろうかと。
「私も…戦いたいです。」
と、そこで扉を開けて千里が入ってくる。
「千里!お前まだ…。」
当然ながら疲れがまだ取れてないらしく、足下が覚束ない。
「千里っち…まだ寝てた方が良いよ…。」
それに木葉も心配そうに声をかける。
一先ずその場に座らせ、休ませる。
「話、聞いてたのか?」
「うん…何だか目が冴えちゃって…。」
そう言う千里の顔色は悪い。
多分だが嘘を吐いてる。
「聞こえてたんなら分かってると思うけど、戦いはそんなに甘くないよ?
そこは分かってる?」
と、凪が真剣な眼差しを千里に向ける。
「…はい。」
「今よりもっと苦しい思いをするかも知れないんだよ?下手したらそうなった方がまだマシって場合もある。
それでも?」
「はい。」
そう返す千里の体は小刻みに震えていた。
でもそう返したのは、あの日の俺のように自分だけ戦えないのが我慢出来ないからだろう。
本当は今だって怖くて怖くてたまらない癖に。
試練を受けた時だってそうだ。
あいつは瀕死の俺を救う為に、自分の命を投げ打つ覚悟でそれに臨んだのだ。
「俺としてはお前にそんな無茶をさせたくない。」
だからこそ、俺はそう思いを告げた。
「もし強がってるだけなら、自分の気持ちに嘘吐いてるんなら。
もうこれ以上無理なんかするな。
お前はもう充分戦えてるから。」
正直な気持ちだった。
今だって眠いのを我慢してこうして自分の意見を言いに来てくれたのだ。
なのにこれ以上…。
「そんな事無い…私も戦いたい!」
「千里っち…。」
「桐人君だってこれまでずっと無茶してきたじゃん!」
そう叫び声を絞り出す千里は怒っているように見えた。
これまで我慢してきた物が一気に溢れ出したのだろう。
「っ…。」
それに全く言い返せない。
実際俺はそれでどれだけ千里を不安にさせ、苦労をかけただろう。
余計な心配や無理をさせたくないが為の行動や言葉でどれ程千里に心配をかけただろう。
同じ事をされたら、自分だって我慢出来ない癖に。
そっくりだからこそ、それで素直に引き下がれないなんて知ってる癖に。
「私にだって無茶ぐらいさせてよ…。」
「千里…。」
「そ、なら私からは何も言わない。」
と、凪。
「うん…私はちょっと不安だけど今の千里っちに何言っても聞かないだろうから。」
何処か納得してないようだが渋々木葉も同意する。
「まぁ、いざって時に自分の背中は自分で守れるぐらいの力がいるわな。」
これまで我関せずを貫いていた康一が言う。
「千里さん、心がけは大変立派ですが、死神武器を持つ前にそのままじゃまたすぐ倒れちゃうです。」
ここで口を開いたのは光だ。
「でも…。」
「千里さん、誰かの為に無理しようと言う心がけは立派ですが無理し過ぎは駄目ですよ?
まぁ私も桐人さんもあまり人の事を言えませんが。」
「うっ…。」
い、言い返せない…。
言いながら光が手を翳すと、千里の顔色が次第に良くなる。
「え、お前…。」
「私も天界の人間ですからハンドヒーリングくらい使えますよー。
千里さんの程効果は強くないし即効性も無いですけど。」
「いや言えよお前…。」
「聞かれなかったですからー。」
こいつ…!
「う~んまぁ実際出来そうなイメージではあるよね…。
ほら、光ちゃんって存在から癒しオーラ出てるしさ…。」
それを聞いて木葉も頭を抱える。
「まぁ…確かに…。」
考えてみたらこいつが来てから治療が必要な程ダメージ受けたのってヴァンパイアの時ぐらいなんだよなぁ…。
蟹の時は攻撃受ける前に茜が倒しちまったしヴァンパイアの時はそもそも光も重傷だったから動けなかったし。
あっても使うタイミングはこれまで無かった訳か…。
「時間が短いので応急処置ではありますが、これでとりあえずは大丈夫な筈ですよー。」
「うん、なんだかさっきより体が軽くなった気がする。」
そう言う千里はすっかり元気だ。
「もう大丈夫そうだね。
雫、杖と弓を持ってきてあげて。」
「はーいなの!」
返事をして雫は部屋を出ていく。
「と言っても応急処置なのでその状態は長く続かないと思います。
今日は帰ったらゆっくり休んでください。」
「あ、うん。」
光の言葉に千里は素直に頷く。
それから数分としない内に、雫が杖と弓を大事そうに抱えて帰ってくる。
「お待たせなの!」
そう言って雫が凪に手渡したのは木製の先端に大きな緑色の宝玉があしらわれた杖。
そして鉄製で先端に青の羽飾りがあしらわれた銀色の長弓。
「これがこの神社に伝わる杖、テンペスト。
そして弓のアクエリアス。」
「これが…。」
「死神神社に伝わる武器には、その巫女の力が宿っていますです。」
と、ここで光が口を挟む。
「そ、この杖テンペストは私の力が込められてて、こっちの弓には雫の力が込められてるんだよ。」
「って事は俺が持ってる夢幻は?」
「うん、茜の力が込められてる。
だから一応三つの中では一番の可能性を秘めてる武器って事になるね。」
「ちょっと待て。
じゃあこの刀って炎の力も使えんのか?」
「いえ、知っていると思いますが茜さんの力は炎だけじゃないですよね。」
「あ…。」
そうだ、名前と言い刀に備わった力と言い…。
もっとピッタリな力があいつにはあるじゃないか…。
「お察しの通りです。
茜ちゃんの力を持った妖刀夢幻は持ち主の力を試し、それによって持ち主に相応の力を与えます。
そして使いこなせない人間には容赦無く反抗し、その命を奪う性質があります。」
「まんまピッタリじゃねぇか…。
ってお前、そんだけ分かってんならなんでどっちに千里の力のリスクを抑える力が備わってるのか覚えてないんだよ?」
「その力は彼女達の力とは別に備わった力なのでそれがどっちに備わってるかを忘れちゃったのですー。」
「申し訳ないけど私達もそこに関しては試しようが無いから分からないんだ、ごめん。」
と凪。
「ちなみに夢幻の場合は札を付けるとその影響を受ける、と言うのがその扱いになります。」
「なるほど。」
「さ、どっちを選ぶ?」
「え~それじゃ私弓にする!」
そう言って千里より先に木葉は弓を掴む。
「ちょ、お前!」
「私やっぱり千里っちには杖が似合うと思う!それなら私は弓かな~って。」
「待て待て…そもそもなんで残った一つをお前が使うみたいな流れになってんだ。」
「え~良いじゃん!
弓もヴァイオリンも両方弦を使ってるから似たようなもんだし運命的じゃない?」
「無理矢理過ぎんだろ…。」
「でも私もそう思う。」
言いながら千里は杖を取る。
「なぁ光。
じゃあ持ち主の心を試すのは妖刀夢幻だけなのか?」
「私は持ってても何ともないよ~?」
「私も…。」
木葉も千里も特に異変は無いように見える。
「はいです。
ただ、合う合わないはあると思うので使いこなせない人にはただの杖と弓になると思いますが。」
「なるほどな。」
「うえ~…それじゃあ下手したら変化も無ければ効果すら無いって事じゃん。」
「まぁでもそれをこの場で試さないでよ…?
そうしなくても外が抉れちゃってるのに中まで壊れちゃうから…。」
凪が頭を抱えながら言う。
「「本当にすいませんでした!」」
それに俺と康一がまた同時に謝る。
「とは言え回復能力のリスクを試す位なら大丈夫だと思いますよ?元々それを確かめるのが目的でしたよね?」
「そっか、そうだね。
それぐらいならまぁ良いか。
でも今怪我してる人居なくない?」
「うし、じゃぁもう一回やるか?」
それに康一がそう提案したのと凪にもの凄い形相で睨まれたのは同時。
「「すいませんでした!」」
こいつが余計な事言ったせいで思わず俺まで謝ってしまったじゃないか…。
「あ、じゃあさ。
解釈次第なんなら人だけじゃなくて場所とかにも使えないかな~。」
「あ、なるほど。
それもそうだね。」
言いながらちょっとは木葉を見習えみたいな視線を向けてくるのやめて?
元々言い出したのこいつじゃないか…。
まぁ確かに外を抉ったのは俺だけど…。
と脳内でぼやいていると、
「可能だと思うですー。
ただリスクがそのままだと今の千里さんに耐えられるかは分からないですが…。」
「う~ん流石にそれは危ないよね…。
どうする?」
光の言葉を受け、木葉が千里に問いかける。
「やってみる。」
それに意を決して千里が答える。
「ま、勢いがある内にやっといた方が良いだろうな。」
正直不安はある。
でも俺もそうだから分かる。
一度言い出したら聞かないし、ここで逃げたらきっとずっと何らかの理由を付けて逃げてしまうかもしれない。
「うん。」
それに笑顔で頷く千里。
そのまま終わったら帰るという流れで全員で外に出る。
全員が出終わったところで、千里は杖を手に持って祈り始める。
すると、みるみる抉れた地面は戻っていく。
「お~!出来た!」
それに木葉が驚きの声を上げる。
「いや、まだだ。
問題はそれで千里がリスクを背負うかだろ。」
「見て!」
言われて凪が指さす方に目を向けると、杖にあしらわれていた宝玉が発光していた。
「杖が…千里っちの力に反応してる?」
「はい、恐らく正解だったみたいですね。」
木葉の問いかけに光が答える。
やがて全て治しきったところで杖の発光は止まる。
同時に千里がふらつく。
「千里!」
慌てて抱き留める。
「大丈夫…平気。
さっき桐人君の傷を治した時より全然楽だよ。」
「…なら良かった…。」
「ね?私の言った通りだったでしょ?」
「ったく調子良いな…。
もし違ってたらどうすんだよ?」
「もしそれで駄目でも最終的にそれを選んだのは私だから木葉ちゃんのせいじゃないよ。」
「それに関してはお前も人の事言えないの!」
ここで雫が口を挟む。
「うっ…た…確かに…。」
「さて、結果も分かった事だし今日は解散にしようぜ。
その子も早く休ませた方が良いんだろ?」
ここで康一が提案する。
「まぁそうだな。」
それに俺も同意する。
「そうだね、じゃあ四人とも、気を付けて帰りなよ。」
それを聞いた凪が手を振る。
「おう。」
「また明日なの!」
「うん、バイバイ~。」
そう、明日がある。
明日もまたこうして集まろう。
そしていつか来る戦闘に備えよう。
大切な人を、かけがえのない日常を守る為に。
それがどんなに不確かで脆い物なのかなど、その時の俺には分かっていなかった。
「桐人さん!危ない!」
光の声、あの時のデジャビュ。
慌てて俺が身を反らすと、飛んで来て横を掠めたのは見覚えのある札だった。
慌てて飛んできた先に目を向ける。
そこには、その持ち主であり俺達が探していた茜が立っていた。
「茜…!」
「茜!あんた何を!?」
それに気付いた凪が叫ぶ。
そして戸惑う俺達に、茜はこう言うのだ。
「あなたを…日向誠の元には行かせない。」




