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夢幻  作者: 遊。
第五巻第三章

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力とは



 「くそっ…!」


放課後の道場。


そこで俺は一人、何度も竹刀の素振りを続けていた。


あんな奴に力なんか借りたくなかった。


だからこそ、俺自身が借りる必要が無い程強くならなければ。


「精が出るのぉ。」


しばらくそれを続けていた俺に、そう声をかけてきたのは、牧乃先輩。


随分久々の登場なのでここで一応改めて説明しておこう。


彼女の名前は清田牧乃。


剣道部の部長で、数多くの大会覇者。


そんな彼女に、先日強くなる為に木葉の紹介で弟子入りを申し出た。


それに彼女は私と試合して、一度、一瞬でも竹刀を当てる事が出来れば弟子入りを認めると条件を出す。


だから俺はその条件を飲んで、実際に試合をした訳だが…。


結果は竹刀で触れるどころか、一歩踏み出す事さえ出来ずに終わった。


初めての確かな敗北。


そしてその後、彼女もまた能力者である事を知り、その勝負の結果が、実は最初から分かりきった物だとも知る。


彼女が持つ力は時間を止める力。


これまで彼女は、それで沢山の勝利を収めてきたらしい。


卑怯だと思うか?と彼女は俺に聞いた。


実際俺はそう思ったし、それが本当の勝ちと呼べるのかさえ俺には分からなかった。


そんな俺に、彼女は更にこう言うのだ。


甘えるな、力とは本来横暴な物じゃ、それがあればどんな不条理でも正義にされてしまうのじゃぞ、と。


そして、俺にはその不条理を覆す為の力が無かった。


あの時俺は、その悔しさをバネにしてもっと強くなろうと誓った。


だと言うのに。


俺はまた負けた。


それも圧倒的な戦力差で。


更には仲間だと言って現れた奴に馬鹿にされ、ナメられた。


自分が情けなくなる。


何もどこぞの大剣豪みたく世界最強になりたい訳じゃない。


でも、それでも折角力を得たと言うのにこの体たらくは無いだろ…。


いや…実際それぐらいの気持ちで強くなろうとしなくちゃいけないのかもしれない。


何しろ俺が今戦おうとしてる相手は、茜いわく自分が与えた力の中で最強の力を持つ相手なのだから。


「どうも。」


ひとまず挨拶を返し、練習に戻る。


「そうも強くなりたいか?」


「そりゃ…そうだ…。


もう…負けたくない…。」


素振りを続けながら途切れ途切れの返事を返す。


「負けたくない…か。


なら何故手段を選ぶ?


ただ勝ちたいだけなら手段を選んでいる場合か?」


「っ…!」


「言ったじゃろう。


戦いとは非情な物で、いずれ非情にならなければならない時が必ず来る、と。


本当に強くなりたいのなら容赦や情けなど捨てろ。


親しき仲にも礼儀ありとは言うが、それでも飼い犬に腕を噛まれる時はある。


敵に手を差し伸べればその手をナイフで刺される時だってある。」


「それでも俺は…あんたのやり方を…認めない…。」


「そう…か。」


言ってる事がどんなに現実的であっても、自分にそれを否定する力が無いとしても。


ここで一度それを認めてしまえば、これまで必死に信じてきた物を自分で否定する事になってしまう。


何の為に悔しさをバネにしたんだ。


「ふぅ…どうあっても曲げない、か。


まぁ良い。


別に私はお前を止めに来た訳じゃないからな。


ただ一つ忠告しておいてやろう。


戦いにおいて、いかに相手の冷静さを奪うかを考えるのは有効な戦略の一つじゃ。


そう言われる程、戦いは冷静さが大事なのじゃ。


今のお前にはそれが全く無い。


ただ怒りに身を任せて力任せに竹刀を振り回しているだけじゃ。


そんな刀ではお前が本当に倒したい相手にも届かない。」


「くっ…。」


「海真、私もな。


最初はお前のようにただ漠然と強くなりたいと思って生きていたのじゃ。」


「あんたが…?」


「最初に言ったがわしは天才じゃない。


お前に言わせれば力に頼った卑怯者じゃ。


だから、なのだろうな。


お前がいずれ自分のようになるだろうと思い、何処かでそれを願いもしている。


それは自分に出来なかった事をお前が成し遂げた時嫉妬してしまう恐怖があるからなのかもしれん。


でも同時に同じ道を辿ってほしくない、出来なかった事を成し遂げてほしいと思う気持ちもある。」


彼女がそうなった根拠なんて俺には分からない。


でも、その言葉に嘘は無い気がした。


「…だから俺にあんな事を?」


「ただ試したかった。


お前はそれを聞いてどう思うか。


諦め、間違いと認め、私と同じように手段を選ぶ事をやめるか。


それとも、最後まで諦めずにその考えを否定し続けるか。


それは先にも言ったように期待でも あり、諦めさせる為でもあった。」


「なるほど。


なら俺は諦めない方を選ぶよ。」


「そうか、好きにせい。」


「あぁ、そうさせてもらうよ。」


「…あとそうじゃ、もう一つ教えておいてやろう。


これは独自に調査して行く内に分かった事じゃが、わしらが持つ力は持ち主の解釈で変化するらしい。」


「解釈…?」


「お前も心当たりは無いか?」


言われて考える。


確かに俺の持つ大切な物を守る力は、最初こそ大切な物を守る為でしか使えなかったが、雨のアドバイスのおかげで自分を守れるようにもなったし、バリアを複数作る事も出来るようにもなった。


その経緯をかいつまんで牧乃先輩に説明すると、


「ふむ、それもこの理屈に当てはまるのぉ。


つまり、最初こそ大切な物を守る為の力はその為でしか使えない、と言う解釈だから大切な物の為にしか使えなかった。


でも大切な物の解釈に自分を含める事によって自分も守れるようになった。


こう考えれば筋が通るじゃろう?」


「た、確かに。」


そう言えば雨も言ってたっけ。


茜が与えた力は持ち主の心に左右して変化する傾向にあるって。


「同じようにバリアを二つ作る事が出来るようになったのも、バリアは一つしか作れないと言う解釈を捨てて複数作れるしその中を行き来出来ると解釈したからと考えれば説明が付くじゃろう。」


「なるほど。


それじゃあ俺の力はもっと変化出来る可能性があるって事か?」


「理論上ではそうじゃな。


事実染咲も最初はただ音を出すだけしか出来なかったらしいが今は音が出せる物を自由に作り出せるまでになっておるじゃろう。」


「あいつもそうだったのか。」


「うむ、これは恐らく能力者全員に言える事じゃろうな。


解釈と言う言葉自体十人十色な物じゃからそう言う仕組みになったのじゃろう。」


「なるほど。」


考えてみたら牧乃先輩もそうだが木葉も能力者と言う意味では先輩になるんだよな。


あいつがどう言う経緯で力を得たのかは未だに分からないし、そう言えば前に聞いた時に今は話したくないって断られたんだっけ。


多分あいつにもそうやって力を得なくちゃいけない程の事が有ったのだろう。


そしてあいつにも今の俺と同じように力の使い方を模索する俺達の知らない空白の時間があった。


それが実際どれくらいの期間かは分からないが、その間にそれなりの苦労があったのは確かだろう。


一度あいつにもその辺りは聞いてみるか。


「ワシから言える事はそれだけじゃ。


ではの。」


それだけ言って牧乃先輩は背を向けて去って行く。


「ふぅ…。」


牧乃先輩が去ったのを確認すると、俺はその場に寝転がった。


流れる汗を軽く腕で拭う。


「何やってんだろうな…俺は。」


独りごちる。


理不尽な程の戦力差、気に入らない相手。


それを相手に自棄になったって、それが無くなる訳じゃないのに。


キレて良かった事なんて無い。


あるのは後悔と嫌になる程思い知らされる自分の弱さと惨めさだけだ。


「本当、牧乃先輩の言う通りだ。」


冷静になって見たところで突き付けられるのはまた現実。


近道は無く、目指す道は途方も無く遠い。


なのに俺はそれから目を反らしてばかりで近道してゴールに辿り着こうとしていたんだ。


あれだけ強くなりたい。


大切な物を守りたいと言っておきながら。


「情けねぇ…。」


ここでふと道場の扉が開く。


「桐人君、お疲れ様。


スポーツドリンクとタオル持ってきたよ。」


入ってきたのは千里だった。


そう言いながらビニール袋を差し出してくる。


「おう、サンキュウ。」


受け取って早速手に取ると、キンキンに冷えたペットボトルの冷気が全身に染み渡る。


ありがたく頂く事にする。


「ぷはぁ…うめぇ…!」


「良かった。」


タオルで汗を拭いながら、


「あぁ、本当に助かった。」


本当…出来た幼馴染みを持って俺は幸せだ…。


「やっほ~冷やかしに来たよ~。」


等と喜びに浸っていると、今度は木葉が片手を上げて入ってきた。


「お前は帰れ…。」


「どいひ~wwww」


いやお前はいつの時代の人間だよ…。


「なぁ、牧乃先輩に聞いたんだがお前の力も使ってく内に変化してたんだな。」


「ん?あ~そうだね。


と言っても実際まだ完璧に使いこなせてる訳じゃないと思う。」


「そこに関しては何を持ってして完璧と言うかだがな。


でもよ、例えば俺が出来たんだから千里も自分に回復が使えるようになったりするんじゃないか?あとはリスクが無くなったりとか。」


「う~んリスクがあるって意味では千里っちの力は特殊だからそれは解釈でどうにか出来るかは分からないね。


でも実際それをどうにかしないと自分を回復ってあんまし意味無いよね~。


傷は癒やせても、体は疲れて動けなくなっちゃう訳だし…。」


「まぁ確かにな…。」


「その…何だかごめんね…。」


「あぁいやいや良いんだよ。」


「ま、そこはキリキリがしっかり守ってあげ

れば良い話だよね。


かと言ってそれでキリキリが傷付き過ぎたらそれはそれで駄目なんだけどさ。」


「う…。」


「実際千里っちの力は連発出来ないから長期戦になると厳しいよね。」


「まぁそうだなぁ…。


あ、でもこないだ二回は出来てたみたいだったぞ?


実際こないだ俺と光を順番に治してたし。」


「え、そうなんだ。


でもそれって背負うリスクが増えて危ないんじゃない?」


「うっ…た、確かに。」


「うーん…でもあの時は前に桐人君の傷を癒やした時に感じた疲れとそんなに変わらないような気がしたけどなぁ…。」


「え、そうなんだ。


う~ん…ワシには分からん…。


アホじゃけぇ…。」


「…そうだな、お前はアホだな。」


「ちょwwwツッコミどころか否定もしないってひどくねww」


「それはもう一人の対象が私だったからなのですー。」


「どわっ!?」


突然の背後からの声に思わず変な声が出る。


と言うか君ら毎回狙ってやってるよね…?


「あれ?光ちゃん、やっほ~。」


「やっほーですー!」


「だからお前…。


学校には来るなとあれほど…。」


「それで光ちゃん、私だからって言うのはどう言う事?」


俺のぼやきは早々に切り捨てられた…。


「そのままの意味なのですー。


私達は天界の人間ですから、普通の人間よりリスクが軽いのです。」


「なるほど~。


じゃあさ、茜っちとかもそうなの?」


「いえ、茜さん達死神神社の巫女は死神様に力を与えられて生き返っているとは言え、あなた達と同じ能力を持った人間と言う扱いなのでその括りには入らないのです。」


「そっか~…。」


「ところで千里さん、先日はありがとうございました。」


そう言って千里に頭を下げる光。


「え、うん。


どういたしまして。」


「でもそうなると千里っちの力は最後の切り札だね。


しかもそれを誰に使うかも考えなきゃいけない。」


「確かにな。


なぁ光、俺達の力って個々の解釈で変化するんだよな?」


「はいです。


でも力が変化する、と言う表現はあまり適切ではないのかも知れません。


茜ちゃんが与える力は本来無形の物で、持ち主の解釈に合わせる事によって初めて形として成り立っているのです。


解釈は人によって違うし、一人の解釈もその都度変化しますから、力がと言うより皆さんの解釈が変化した、と言う方が適切です。」


「なるほどな。


なぁ、じゃあそれで千里の力のリスクを無くすってのは出来ないのか?」


「さっき言った方法では恐らく無理でしょう。


リスクは力の付属品のような物です。


解釈によって決定出来るのは力だけなので、付属品はそのままなのです。」


「あ~やっぱそうなんだ。」


それに木葉が口を挟む。


「待てよ、その言い方だと他になら何か有効な方法があるみたいじゃないか。」


「無くはないです。


とは言ってもゼロには出来ないと思いますが。」


「それでも良い、教えてくれ。」


「分かりました。


実は桐人さんが使っている妖刀夢幻のような武器が死神神社にはまだあるのです。


その中に確かそう言ったリスクを和らげる効果を持った武器があったと思いますよ。」


「なるほど!ならおい…凪っちに相談だ♪」


おいお前今なんて言おうとした…?


お前は実際にその相談をする事があってもまだ先だろうが…。


などと脳内でツッコミを入れていると、


「よう、特訓は順調かい?」


そう言って扉を開けて入ってきたのは康一と雫だった。


「あ雫ちゃんですー!それと…誰ですか?」


「あーえっと俺は佐久間康一。


で、お前は?」


「初めましてですー。


私は光って言いますです!


科学の限界を超えてきましたです!」


お前は歌って踊れるアンドロイドか!


「これで良かったですか?」


「うん、グーよ光ちゃん。」


言いながらグットサインを送る光。


「やっぱりお前か…。


…こいつは一応俺のボディーガードみたいなもんだよ。」


見かねて俺が説明すると、


「…お前…こんな小さい子に…。


そうか…うん。」


何かを察したように遠い目で頷く康一。


「変な勘違いしてんじゃねぇ!」


「いや…今のは普通にキリキリの言い方が悪いよ…。」


木葉に真顔でツッコまれた。


「私は死神様の使いで、桐人さんを見守るようにと言われて来ましたですー。」


「最初からそう言えよ…。」


「まぁ良いや、ちょっとは特訓の成果が出たか?」


「あぁ…お前に一泡吹かせられるくらいには捗ったよ。」


実際は全然だが、それをそのまま伝えるのは癪だったからあえて見栄を張った。


「ほぉ、そりゃ楽しみだな。


なら早速その実力を見せてみろよ。」


「ちょっと待つの!


お前らこんな所で何考えてるの!?」


俺と康一の間に雫が割って入る。


「そうだよキリキリ!


流石にこんな所で堂々とガチバトルはマズいって!」


「まぁ百歩譲って木葉は良いが…。


公園で強制的にガチバトル仕掛けてきた奴の台詞かよ…。」


「うっ…それは紛らわしい事をしたお前が悪いの!」


「あーもうそれで良いわ…。」


「ちょい待ちキリキリ…。


百歩譲ってってどう言う事よww」


「で、どうする?」


「相変わらず清々しいまでのスルーww何だろうw不思議と悪くないwww」


「そうだろうそうだろう。」


などと適当にスルーしていると、


「そもそも今は味方同士で争ってる場合じゃないの!」


雫に怒鳴られた。


「あーはいはい、分かってるって。


ちょっと腕試しするだけだって。」


それに耳を塞ぎながら適当に返事する康一。


「ちょっとで済まないから言ってるの!!」


「あーうるさいうるさい…。


一先ず場所を変えようぜ。


死神神社で良いだろ?」


「あぁ。」


短く返し、帰り支度を始める。


「話を聞けなの!!」


今日一の怒声が同場内に響き渡った。



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