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夢幻  作者: 遊。
第五巻第三章

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横暴だとしても人生は欲張りな方がきっと楽しい


 結論から言うと、茜は翌日もその翌日もそれから一週間経った今でも一度も戻ってくる事は無かった。


その間、俺と木葉、そして千里はこまめに死神神社に足を運び、一人留守番をする雫に経過を聞くと言うのが日課になっていた訳だが…。


「おいおい、お前らまたサボりか?」


そんなある日の帰り道。


蟹井がそう言って俺を呼び止めた。


「あぁ悪い…今日もちょっと…。」


不安から時間も惜しく、そう言って早々に帰ろうとすると蟹井に袖を掴まれる。


「あぁ…待て待て、とりあえず聞けって。


いくらホラー研究会だからってこのままずっと幽霊部員って訳にもいかねぇだろ。」


「あ~はは…こりゃ一本取られたね~…。」


言われてそう言う木葉も苦笑い。


千里も時間を合わせてもらっている手前申し訳無さそうに俯いている。


「いや、割と真面目な話だぞ。


考えてもみろよ。


部のムードメーカーって感じの染咲も居ない、金城を説得したお前も居ないって状況だぞ?


合宿の効果もあって全然来てなかった金城も折角来るようになって、オマケに新入部員も増えて、そう言うこれからって時にこんな状況じゃ駄目だろ…。」


「「うっ…。」」


木葉と二人して口ごもる


蟹井が言う事はもっともだ。


実際合宿を経て今部活は波に乗ってる。


今だって茜が失踪してなかったらきっとこないだ話したハロウィンパーティーの準備で盛り上がっていた筈だろう。


でも実際今はそんな気分にはなれないしそれどころじゃない状況な訳で…。


「まぁその…お前らにもお前らの事情があるのは分かるよ?実際俺も忙しいし。」


うん、それに関しては全力で頭下げたくなったわ…。


「でもよ、部長だからってのもあるけどそれでも毎日顔出すようにはしてんだぜ。


部長である前に部員としてこの部活道の場が好きだからさ。」


「蟹井…。」


「俺だってこんな事言いたくないけどよ、壊したくねぇんだよ、この場を。」


気まずそうなその表情から、それが本心である事が見て取れる。


俺達が茜の事をどうにかしようと思っているように、蟹井も蟹井で部長としても一人の部員としてもこの部活をどうにかしようと思っているのだと分かる。


「実際金城もちょくちょく俺に聞いてきてるんだぜ?


また海真先輩は来てないんですかって。


あとついでに染咲先輩もって。」


「私はついでか…。」


「まぁ…でも張り合う相手が居なくて退屈そうにしてるぞ?


御手洗さんだって入ったばっかで慣れてないからいつもそわそわしてるし…まぁ白石はどうでも良いとして…。」


「「うん、そうだな(ね)。」


「えっと…それは流石に可哀想だと思うけど…。」


それを見て千里が怖ず怖ずと口を挟む。


「ま、ともかく考えておいてくれよ。


このままじゃやっぱマズいだろ?」


「そう…だな。」


短く俺が返すと、蟹井は背を向けたまま手を振って教室を出て行く。


「う~ん…でも実際このままじゃマズいよね…。」


それを目で見送った後、木葉がぽつりと呟く。


「茜っちの事は心配だけど…こっちをずっとほったらかしにする訳にもいかないし…。


私もさ、副部長だからって言うのを差し引いても部活の事は大好き。


でも同じくらい茜っちの事も大好き。」


「まぁ…それは俺も同じだよ。


あいつも大事だし部活だって大事だ。」


「だよね…。」


「ごめんね…。


いつも私に合わせてもらって…。」


そんな俺達を見て、申し訳無さそうに千里が頭を下げる。


「ちょっ…頭を上げてよ…千里っち。


別に私達は千里っちを責めてる訳じゃ…。」


「ううん、良いの…。


実際私もずっと申し訳無いなって思ってたし…。」


それに俺達は同時に口ごもる。


「二人とも私の事は気にしないで良いよ。


ちょっと怖いけど私だけ先に行くって感じでも良いし後から合流するって言う感じでも私は構わないし…。


それに…私が居てもそんなに…」


「やめてよ!」


千里の言いかけた言葉を塞ぐように大声で怒鳴る木葉。


周りの空気も何処か気まずくなる。


「ご、ごめん…ね。」


「っ…!」


千里にまた謝られて、急に教室を飛び出す木葉。


「あ…おい!」


そんな様を見て千里は今にも泣きそうな顔でこちらを見ている。


でも俺は千里を責められない。


実際ずっと気を遣わせていたからこその負い目もある。


そして何も出来てないのは俺も同じなのだ。


茜の為にも、こんな身近な事の為にでさえも。


「ごめん、千里。」


「そんな…私の方こそ…。」


実際今だってどうしたら良いか分からない。


ならこのまま千里と帰るべきか?


走って行った木葉をほうって?


なら木葉を追いかけるか?


千里をほうって?


「桐人君…お願い、木葉ちゃんを探してあげて?」


「でも…お前…。」


「良いの、私は。」


「っ…。」


いつもいつも、千里は俺の為に気を遣って合わせてくれてた。


そのせいで内心で無理もさせた筈だ。


「ごめん、それとありがとう。」


「そんな…。」


「あとよ、お前はちゃんと役に立ってる。


あいつにとっても、その…俺にとっても…さ。」


気恥ずかしくて鼻を掻きながら、俺はゆっくりと背を向ける。


「うん。」


背後から聞こえてきた返事は何処か嬉しそうだった。


振り向かずに教室を出る。


と言ってもあいつが行きそうな所の見当は付いている。


鞄は持って行ってないし、帰ってはないだろう。


となるとあそこだよなぁ…。


ほら、何とかと煙は高い所がお好きって言うじゃない?


いや真面目な状況だけど普段そう言うキャラな木葉の行きそうな場所ってそれぐらいじゃないだろうか。


実際定番っちゃ定番だし。


他に当ても無く、真っ直ぐ階段をゆっくりと上る。


扉を開こうとしたところで、


「ひっく…。」


ほ、本当に居ただと!?


と大袈裟にリアクションしたくなった。


おっといかんいかん。


聞こえてくるのは木葉の小さな泣き声。


それはこれまで知らなかった意外な一面だった。


多分普段強がっていても、弱さを見せようとしなくても、その分こうして何処かで吐き出して均衡を保っているのだろう。


人間の本質、と言うのは誰かと居る時よりも一人で居る時の方が表に出やすいらしい。


特に自信の無い弱さとか自覚している短所とか。


そう言う部分を俺達は気恥ずかしさや遠慮や配慮、合わせ合いでうやむやにして隠して生きている。


それだって毎日一緒に暮らす存在が居ればボロが出たりもする訳だが。


木葉も木葉で普段は表に出さないだけで一人の時にはこうして泣いたりもするのかもしれない。


そっとドアノブを捻ると、


「え…誰!?」


すぐに気付かれた。


「げっ…。」


同時に露骨に顔を顰められた。


「げって…お前…。」


「なんで来たのさ…。


それに千里っちは?」


まだ鼻声であるものの、ノリは普段の木葉だ。


そこは合わせようとしてるのだろう。


「先に帰ったよ。」


「は…?なんで?」


「なんでって…お前の事だってほっとけねぇだろうが。」


「んなっ…。」


一瞬動揺する木葉。


かと思えば思いっきりため息を吐かれる。


「なんだよ…?」


「べっつに~…優柔不断なお節介さんに呆れただけ。」


「お前なぁ…。」


そんなノリだけはいつも通りな姿に安心と同時に俺まで呆れる。


「でも実際私も人の事言えないや…。」


校庭の方に向き直り、木葉は何処か寂しげに呟く。


「ねぇ、キリキリ。


欲張りっていけない事なのかな?」


「さぁ…な。」


つられて俺も同じ方向を見つめる。


「大好きな物って一つじゃないじゃん?


でもそれを全部まとめて大事にする事って出来ないのかな?」


「まぁ…出来てはいないな。」


「だよね…。


ね、千里っち何か言ってた…?」


「いや…お前を探してあげるように頼まれただけだぞ。


あとは申し訳無さそうにしてた。」


「そっか…。


千里っちに謝らなきゃだ…。


八つ当たりしちゃった。」


「そっか…。」


「でもさ、千里っちも悪いんだよ…?


自分はいらないなんて思ってほしくない。


千里っちだって役に立ってるし、


そんなこと言ったら私だって自信無いし何も出来てないのは一緒だし…。


だからさ、なんか自分の事を言われてるような気がしてムキになっちゃった…。」


「そう…だよな。」


欲張りはいけない事なのか…か。


そう言えば茜はそれを人間らしいと言って鼻で笑ったっけ。


でもそうだ。


実際人間は欲張りだし、どれだけ欲しい物を手に入れてもまた次の欲しい物を見付けて求めてしまう。


それを全部均等に守り抜ける程器用に出来てないのに、だ。


「ね、キリキリ。


今からちょっとだけ部室に顔を出してみない?」


「…そうだな。」


正しいか正しくないかで言えば欲張りは正しくは無いのかもしれない。


無責任で横暴ともとれる。


でも俺は、俺達は、欲張りだと言われてもその全部を大事にしたい。


大切な物をちゃんと大切だと言いたい。


それはきっと間違いなんかじゃない。


「さ、行こ!」


すっかり本調子に戻った木葉の背中に続き、二人で屋上を後にした。


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