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夢幻  作者: 遊。
第五巻第一章

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茜の変化


 「そんな事があったんだ…。」


事情を聞いた凪は言いながら頭を抱える。


夜中に呼び出されて最初はぶーぶー言っていた木葉も、話を聞くと大人しく近くまで出てきてくれてそのまま一緒に死神神社に向かった。


今は俺、茜、木葉、凪、雫の五人が死神神社内に有る居間のちゃぶ台を囲んでいる。


「私も最初聞いた時はまさかと思ったけど…。


ただ単にキリキリがハロウィンのコスプレしてる人と勘違いしただけなのかなと思ったけど…。」


「おいこら…。」


「でもそれが本当なら早めに手を打たないとまずいよね~…。


私一応十字架型のネックレス付けてきたんだけど役に立つかな?」


言いながら首にかけたそれを手でぷらぷらさせる。


「アホか…あのヴァンパイアは俺の攻撃が全く通用しなかったんだぞ…?」


呆れて俺が言うと、


「それはそうだよ。


ヴァンパイアを倒す為には決まったやり方って物があるからね。」


と凪が口を挟む。


「決まったやり方…?」


「私も何も考えずに言ってる訳じゃないよ~。


吸血鬼にはさ、弱点があるんだよ。


それ以外の方法で倒そうとしても再生能力が高いから倒せない。」


あぁそう言えばこいつホラー研究会の副部長なんだった。


「ちょwww今更じゃねwww?」


うん、横で草生やしてる奴はほっといて…。


「ちょっとwww」


「で、その方法ってのは?」


「首を切って足の間に置く…もしくは心臓に杭を打ち込む。


再生能力が追いつかない程の勢いで焼き払う。


日光に当てる…とか方法は色々あるよ。


まぁ、どれもあんまり現実的ではないんだけどね。」


と、その質問に凪が答える。


「おい…ならどうすんだよ?」


「でもまぁ次は私達も居るから。


実際ヴァンパイアは強いし一人で戦ってそれをやるとなると現実的ではないけど協力してやれば可能性は充分有ると思うよ。」


「そうか、そうだな。


頼りにしてるぜ。」


「ヴァンパイアは未踏の地には踏み込めないと言う特徴も有るみたいね…。


だから家で休んでいる二人は一先ず大丈夫よ…。


まぁでも…宿主が招き入れれば話は別だけど。」


とここで茜が口を挟む。


「どちらにしろ急いだ方が良さそうだな。」


「そうね…。」


と、そこで外から大量の蝙蝠の鳴き声がする。


「どうやら…噂をすればみたいね…。」


「みたいだね~。」


慣れた手つきでヴァイオリンを取り出し、木葉も戦闘態勢に入る。


凪も得物のかぎ爪を付け、雫はガチャガチャのカプセルを転がして遊び。


茜は札の数を確認する。


とまぁ…約一名全くやる気が無い奴も居たが…まぁ…気にすまい。


全員で神社を出る。


「ほう、これは美味しそうな血が沢山ありますね…。」


そう品定めするのは、さっき俺が見たのと同じヴァンパイア。


「ふぅ…私は二度と会いたくないと言った筈だけれど…。」


「そうはいきませんよ…。


私は狙った獲物はけして逃さない。


その上得物が増えてくれるのなら好都合。」


「そう…なら容赦はしないわ…。」


まず最初に仕掛けたのは凪。


首筋にひっかき傷が出来、すぐに修復する。


「くっ…ふむ。


ここに居る全員もまた能力者、と言う訳ですか。」


「そう言うこった。


今度は負けねぇぞ。」


そう言って俺も刀を構える。


「やれやれ…あなたもしぶといですね。


先程あんなにも戦力差を見せつけたと言うのに。」


「言ってな。


ここからが本領発揮だ。」


今の俺は一人じゃない。


だから大丈夫だ。


「ふぅ…どうして邪魔をするのです?」


「そんなの決まってんだろ!


こっちは命を狙われてるんだぞ!?


大切な人を傷付けられて黙ってられるか!」


「私がしている事はあなた方がしている食事と何ら変わりはありませんよ。


あなた達が何かを食べなければ生きられないように私もその為に料理をしているのです。


この世は弱肉強食なのですよ…。」


「っぐ…。」


確かに言ってる事自体は正論だ。


人間だって同じ事をしてるし、その為にしてる事が正しいかと言われれば言い返す言葉も無い。


「だから何…?」


そこでそう口を挟んだのは茜だ。


「あなたは私の目的の為に邪魔なの…。


消えて。」


言いながらいくつかの札をヴァンパイアに向けて投げる。


それが燃え始め、一つの大きな炎になる。


「っ…!?」


ヴァンパイアが咄嗟にそれを交わしたところへ、


「私も本気で行くの!ゼロウェーブ!」


雫が言いながら勢い良く両腕を上げると、その前方から突然荒波が巻き起こってヴァンパイアを襲う。


「んな…!?」


「そう言う事なら私も本気を出そっかな。」


そう言って、凪も両腕を上げる。


「バグサイクロン!」


そのかけ声と同時に、今度は巨大な竜巻が起こる。


「くぅ…!?」


流石だ…。


こいつら全く容赦無い。


見てるこっちが同情したくなるレベルでだ。


「私も行くよ~!」


木葉がヴァイオリンをかき鳴らすと、ヴァンパイアの頭上に巨大なヘッドホンが現れ、強制的にはめられる。


「な…!?これは一体…!」


「デストラクションシンフォニー!」


今度は激しくヴァイオリンをかき鳴らす。


いや絶対使い方間違ってんだろ…。


ヘッドホンから漏れ聞こえる音楽も、一般的にヴァイオリンで演奏するような優雅な物じゃない。


むしろエレキギターの方が似合う感じの完璧なロックンロール。


しかも漏れる音からそれがはっきり分かる程の大音量なのだ。


そんな物をヘッドホンで直に聞かされ続けたらそれこそ鼓膜が破壊されてしまう。


まさしく破壊の交響曲…いやこれは交響曲じゃねぇわ…。


「ぶ~キリキリこまか~い。」


とは言えマジでこいつらを敵に回したくない。


あ、一応凪と雫とは戦ったんだったっけか…。


「くっ…あなた達…一体何者ですか…?」


「失礼な~!私は普通の人間だもん~!」


ヴァンパイアの質問に木葉が言い返す。


「嘘吐け!」


流石にそれは聞き捨てならん!


言い返さずにはいられずに思わずツッコミを入れる。


「ぶ~元は普通の人間だも~ん。」


それに不満げに返す木葉。


「っ…これは厄介です…ね!?」


首筋に札が突き刺さる。


「ふぅ…油断は禁物…だったかしら…?」


「っ…。」


「こっちもスキありなの!」


雫が地面に掌を翳すと、ヴァンパイアの足下が凍り付いていく。


「よし!」


「くっ…しかし…ただでは死なない!」


その時茜は、勝ちを確信して意識をよそに向けていた。


後は桐人達が上手くやるだろう。


それよりも。


茜は迷っていた。


自分自身の変化。


あの日感じたその確かな感覚。


そして彼との再会。


最初に彼と会った時。


微かだが胸騒ぎのような物を感じた。


思えばその時初めて、私は今の自分とは違う生前の自分の存在を意識し始めた。


だからこそ私は逃げたのだ。


明らかに私を見て動揺していた彼を見て、彼が生前の私にとって重要な存在だと知った。


でも聞けなかった。


全てを聞く勇気が無かった。


全てを知る勇気も覚悟も私には無かった。


結局私も死ぬのが怖いのだ。


あれだけ沢山の人を死に追いやっておいて。


だから私は私として生きていこうと決めたのだ。


生前の自分なんて私には関係無いと、臭い物に蓋をした。


死神神社の巫女として、ただ与えられた使命を背負っていきていこうと決めたのだ。


だと言うのに。


今の私は多くを知りすぎてしまった。


あれだけ知る必要が無いと言い聞かせて来た事を知りたいと思ってしまった。


私はどうするべきなのか。


これまでのままで良いのか。


いや、もうこのままではいられない。


後戻りも出来ない。


「おい茜!!行ったぞ!!」


「っ…!?」


ガキン!


反応が遅れて何も出来ずにいた茜のもとに駆け寄り、それを刀で弾く。


「何やってんだよ!?


お前らしくない…。」


何も言えずにいる茜を怒鳴る。


「…らしくない、ね…。


…そうかもしれないわ。」


そう言うと茜は背を向けて去ってしまう。


「茜…?」


その背中がどんどん遠く離れていき、何故だか不思議ともう二度と会えないような感覚すら覚える。


俺がそうして立ち尽くしている間に、完璧に凍らされたヴァンパイアの心臓のある位置に凪が杭を打ち込む。


「ふぅ…これで大丈夫だね。」


その後にそう言ったのと同時、ヴァンパイアは跡形も無く消し飛ぶ。


「倒したら消えるって事はどうやらこいつも日向誠の作ったモンスターって訳ね。」


「そうみたいだね。」


木葉の言葉に凪が返す。


一方の俺は、ただ茜が去って行った方を見つめていた。


「最近の茜、何だか様子がおかしいの。」


それに気付いたからか、雫が俺の方に歩み寄ってくる。


そして俯きながらそう言ってきた。


「え?どう言う意味だよ?」


俺が聞き返すと、


「さっきみたいに考え込んで周りが見えなくなるのだって最近は珍しい事じゃないの。」


「ま、そうだね。


なんて言うかぼーっとしてると言うか。」


それに凪が口を挟む。


「えっ…それっていつから?」


今度は木葉が聞き返す。


「えっと…ほら、合宿に行ってから数日経ったくらいかなぁ。」


「っ…!?」


言われて思わず口ごもる。


雨は言った。


状況はむしろ悪くなっていると。


合宿によってきっと良くなっていると思っていた俺に、容赦無く現実を突き付けるように。


でもそれだって完璧に信じていた訳じゃない。


俺はいつも、最初から雨の予言を疑い、信じないようにしてきたのだ。


でも実際、合宿の後から茜には確かな変化が現れているらしい。


いや…でもそれがあいつにとって悪い変化かなんてまだ分からない。


悪い考えに捕らわれるな…!


きっと俺がした事は間違ってなんかない…。


間違ってる筈がない!


そう言い聞かせるだけで精一杯だった。


そしてその翌日以降。


そんな俺の期待を鼻で笑うかのように、茜は俺達の前から姿を消した。

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