HAPPY HALLOWEEN
1
「ハッピ~ハロウィン~!」
夏休みが終わってから数週間が立とうとしている頃の事。
暑さはまだ一向に収まる気配はないし、まだまだ残暑が続く。
秋と呼ぶには早いと思える程の気温が続く二学期が始まった訳だが。
ある日の放課後。
いつものように全員が部室に集まって、さぁ部活を始めようと言う時になって染咲木葉が唐突にその場に居た全員に向けてそう言ってきた。
「いや…早いだろ。
まだ九月だぞ?」
確かにもうコンビニとか某百円均一店ではそれに合わせた商品が並んでたけど。
その時は気が早いなぁなどと思いながら見ていたけど、実際それによって季節の訪れを感じたりもするんだよなぁ…。
実際残暑のせいで忘れられがちな季節を、こう言う形で思い出したり思いを馳せたりする人も居るのだろう。
で…こいつがその一例って訳か…。
「何言ってんのさ!一ヶ月なんてすぐだよ~!
夏休みがそうじゃん!」
「あぁ…確かに。」
そう…一ヶ月以上はあった筈の夏休みも、終わってみれば本当にあっと言う間だった。
今年で二年の俺達にとって、恐らくゆっくり遊んでられる最後の夏休み。
まぁもっとも、今の内から備えてる奴だって居る訳だがそれはそれだ、うん…。
とにもかくにも、そんな貴重な時間は本当に色濃く、それでいてぐだぐだに過ぎていった。
折角だから、ちょっとその辺りにも触れておこうと思う。
まず間違いなくその中で一番の思い出は、ホラー研究会のメンバープラスアルファで行った合宿だろう。
ちなっちゃんこと大神千夏校長(臨時)引率の元行われた俺達の合宿は、プラスアルファもとい非メンバーである前村千里と御手洗花子、そしてゲストと言う名目の元、死神神社の巫女である茜、凪、雫の三人と、天界から俺を見守る為にやってきた正義の使者…。
…うん、無いわ…。
死神の使いの光。
そして茜の希望でそれに雨も同行する事になった。
現実の権化、不屈のノーデレラ、どこぞの芸人じゃないけどクールな毒舌スナイパー…こと茜は、この合宿への参加を最後まで渋っていた。
でも凪の説得(いやあれは脅しだな…。)のおかげもあり重い腰を上げ、参加に踏み込んだと言う訳だが…。
楽しくなる筈だった合宿は俺と茜の喧嘩によって険悪な物になってしまう。
茜にも幸せになってほしい、茜を救ってやりたいと俺は願っていた。
でも自分は救われるべき人間なんかじゃないと茜はそれを拒む。
それがこれまで俺が茜の為にしてきた事、思いや気持ちを無下に扱われたような気がして、ショックであり腹立たしく思ったのだ。
てな具合に…滑り出しは最悪だったものの、何だかんだ仲直り。
…いや…仲直り…ではないな…。
そもそもそれ程親しくはなっていない訳だし…。
でも俺は、茜と喧嘩してみて初めて気付いたのだ。
どうしてそこまであいつの事を救いたかったのか?
散々毒吐かれたし、歓迎なんて一度もされた事なんてなかったのに。
なのに何故そこまであいつにこだわっていたのか?その理由に。
共感したんだ。
過去に人を全く信じられなくなった事があったからこそ、今信じれる喜びを知れた事を、その幸せを、あいつにも知ってほしいと思ったのだ。
それに気付き、茜にそれを告げる事も出来て。
俺達の合宿は色々あったものの何とか無事に幕を閉じた。
それぞれにとって、けして忘れる事の出来ない物になったのだ。
「染咲の場合はハロウィンよりまず食欲の秋じゃね?」
と、ここで笑いながら蟹井が口を挟む。
「確かになぁ。」
それに俺も思わず笑ってしまう。
「む!失礼な!間違ってないけど!」
「いや…そこは否定しろよ…。」
「…私は染咲先輩の場合仮装してパーティーより大人達にお菓子を集ってる姿の方が似合ってると思いますよ。」
そう言ってため息を吐くのは後輩の金城梓。
「そうだそうだ!」
と、同調するのが白石。
まぁ…こいつはどうでも良いとして。
「白石君うるさい。」
「がーん!」
うん…どうでも良いとして…。
とりあえず、金城さんの心境にもこの合宿で大きな変化があったように思う。
実を言うと、彼女も最初はこの合宿の参加を渋っていた一人だ。
なんなら最初はそもそも部活にさえあまり参加してなかった。
その原因は主に木葉の悪ふざけによる部活への不信感。
何とか説得して来てもらったのだが、幸いな事に本人はそれに対して後悔はしてないみたいで、
「海真先輩、今回は誘って頂きありがとうございました。
色々ありましたけど…来て良かったです。」
花火の後、そう金城さんは俺に言ってきたのだ。
「そっか、なら良かった。
でもそれを言う相手は俺じゃないだろ?」
そう言うと、彼女は気まずそうに視線をさまよわせ、
「一応…あの人にも感謝は……してます…。
その…一応ですけど…。」
まぁ…そりゃ言葉には出せないだろうなぁ…。
出したら絶対あいつ調子に乗るもんww
とは言え、それを聞いて安心した。
合宿中の仲は最悪だったが…。(割りとガチに。)
一応感謝はしているのなら後は気長に関係が改善されるのを待てば良いだろう。
実際彼女はあれからマメに部活にも顔を出すようになったのだ。
それだけでも大きな前進と言えるだろう。
「間違いではないけどさ~…。
な~んか言い方にトゲがあるよね~…。」
だからそこは否定しないのかよ…。
「えぇ、あえてトゲのある言い方を選びましたからね。」
「へ~…それはわざわざご丁寧に…。」
うん、今も全然仲悪かったわ…。
むしろこの子わざわざ狙って喧嘩しに来てないよね…?
そしてそんな睨み合う二人を止めようとオロオロしているのは、ハロウィンコスプレをしなくても充分怖い御手洗花子。
一応繰り返し説明しておくが彼女の名前は(はなこ)ではなく(かこ)である。
合宿をきっかけにこの度入部に至った彼女は、今や部員として活動…と言うより彼女達二人の仲裁役を押し付けられている節がある。
まぁ…実際だから出来ているかと言うと結果は見ての通りだ。
本当…今日も平和だなぁ…。
「ま、でもさ!今年のハロウィンは皆でパーティーとかしたくない!?
実はさ、その為にかこちゃんのお店を貸し切りにしてもらえる事になったんだ!」
「ほぉ、そりゃすごいな。」
何も知らない蟹井はそう言って関心しているが、御手洗さんの父親の店ってガチなホラー風カフェだからな…?
まぁ確かにハロウィンで使う分にはピッタリなんだろうが…。
「ね、キリキリ!また千里っちとか茜っちとかも誘ってさ!
盛大にやろうよ~!」
「うん…茜はともか……いや、ともかかないがとりあえず置いといて千里はやめとけ…前も大変だったろうが…。」
こないだ千里と木葉と三人で行った時、千里はそうそうにびびって顔面蒼白だったもんなぁ…。
え、俺はびびってませんよ?
本当ですよ?
「ともかかないなんて日本語聞いた事ないんだけど…。
え~!でも千里っちだけ仲間外れなんて可哀想じゃん!」
うーん…それに関しては一理あるがあの場に放り込むのも同じくらい可哀想なんだよなぁ…。
まぁこれは本人に聞いてみるしかないか…。
と言ってもあいつは変なところで頑固だから意地でも断らないのだろうが…。
「それに茜っちは合宿にも来てくれたし今回も来てくれるよー。」
「どうだかなぁ…。」
いやまぁ実際来てほしくない事もない。
あいつ、見た目に関しては無愛想なのが勿体ないくらい美人だもんなぁ…。
だから合宿の時も普段の巫女服じゃないワンピ姿やビキニ姿に不覚にも見惚れてしまった訳で…。
あいつが渋々でもコスプレしてる所とか普通に見てみたい気がする。
〈合宿の次はハロウィンパーティーね…。
相変わらず呑気な物だね、ロリコンさん。〉
「っ…!?」
「ん~どったの?
あ…ごめんいつもの奴か。」
ちょっと木葉さん?
変に察した感じで空気読もうとするのやめて?
おまけにそれにさりげ全くなくいつもを付けるのやめて?
「悪い、ちょっと抜けるわ…。」
言いながら部室を出る。
皆のさも空気を読んだような生暖かい視線が痛い…。
少し離れた所まで移動し、
「急に出てくんじゃねぇよ…。」
壁にもたれてからぼやく。
〈すっかりそう言うキャラにされてるみたいだね。〉
「誰のせいだと思ってんだ…。」
〈それより…。
随分呑気に構えているみたいだね。
まぁ今の状況を全く分かってないから仕方無いのかもしれないけど。〉
しれっとスルーしやがった…。
「…どう言う意味だよ…?」
〈聞いたままの意味だよ。
私が言った未来は最初から何も変わっていないし、むしろ悪くなっている。
その上、更に状況を悪くしようとするの?〉
「ちょっと待てよ!!
あの合宿だって上手くいったじゃないか!
それで良くなったならともかく悪くなったなんて…。」
〈良くなった、ね…。
あなたはそう思ってるんだ。
やっぱり何も分かってない。〉
「っ…!?」
〈茜との関係を変えたい、あなたはそう言ったね?〉
「あ…あぁ。」
〈あなたと茜の関係は確かに近い内に大きく変化するよ。〉
「それなら…!?」
〈もっとも…それはあなたが望む形ではないとは思うけど。〉
「ど、どう言う意味だよ…?」
〈さぁね…後は自分で考えたら?
言った筈だよ?私はもうあなたのサポートは出来ないと。〉
「っ…!?」
そこで雨からのテレパシーは途切れる。
「一体何が間違ってるって言うんだよ…?」
その場にへたり込み、一人ごちてみても何も分からない。
そうしてる間に、ただ時間だけが過ぎていく。
あんなに楽しかった筈なのに。
だからきっと上手くいくって思っていた筈なのに。
それでは駄目だと彼女は言うのだ。
「ならどうしろってんだよ…?」
このままあいつが消えていくのを黙ってみていろと?
その為に俺に出来る事なんて何も無いって言うのか…?
「そんなの…おかしいだろ…。」
誰にともなくぼやく。
それでどうにかなる訳でもないのに。
一方その頃、雨は一人そんな俺の姿を見てため息を吐いていた。
私だって本当はこんな事を言いたくなんかない。
でもそうも言っていられないのだ。
「こんにちはーですー!」
と、そこで突然の意外な来客に私は思わず肩を揺らす。
「占いをお願い出来ますかー?」
彼女は光、桐人のお目付役。
それ以上でも以下でもない
急に来たかと思えばニコニコと笑顔でそんな事を言ってくるのだ。
【何しに来たの…?】
不機嫌を全面的に顔に出してホワイトボードを押し付けてやる。
「むー…私はただ雨ちゃんの占いを聞きに来ただけですよー…。」
【だったら大凶。
分かったらさっさと帰って。】
「雨ちゃんはつれないのですー…。」
【私は魚じゃないからね…。】
「あははー!一本取られたのですー!」
焦りも苛立ちもなく言いながら涼しい顔で笑う姿を見てイライラしてくる。
【あなただって分かっているんでしょう?
今がどう言う状況なのか。
なのにあなたはいつもいつも…。】
だから恨みを込めて文字を続ける。
「えぇ、そうですね。」
【やっぱり分かってて…。】
「でも雨ちゃんだってそれが分かっていても何処か桐人さんを見捨てきれずにいる。
違いますか?」
【あなたのそう言う私は全部分かってて見下ろしているみたいな態度が本当に気に入らないんだけど…。】
「ふふふ、その言葉を桐人さんに言ったらそっくりそのまま返されますよー?」
【私は良いんだよ…実際に全部分かってるし…。】
「ふふふ。」
【その笑い方もムカつく…。】
「ありゃー…随分嫌われちゃってますねー。」
【全く…誰のせいだと思って…。】
「でも、私は雨ちゃんの事好きですよー?
大切な人の為にそこまで一途に頑張れるなんてすごいですー。」
【別に…私にはそれしかないからそうしてるだけ。
それにあなたに褒められても嬉しくないし、本当にそう思うんなら邪魔しないでもらえる?】
「むー…私は邪魔なんてしてないのですー。
ただ桐人さんを信じたいと思ってるだけですー…。」
【いやだから…それが…。】
「私は彼の味方ですから、可能な限り彼の目線に合わせて寄り添うと決めたのです。」
【それでその先どうなっても良いと?】
「そうは言ってないのです。
雨ちゃんは分かってるんでしょう?
桐人さんは確かに茜さんの心をかき乱す存在ですが、でも同時に状況を変える事が出来る存在でもあるのだと。」
【そこまで分かってたなんて…。
本当にムカつく…。】
「雨ちゃんが彼の力を借りない方法を信じるのなら、私は彼を信じて力を借りる方法を選びます。
だからこれは邪魔ではないのです。」
【あぁそう…だからわざわざ宣戦布告をしに来たと?】
「むぅ…雨ちゃんは意地悪ですー。
どうしてそんなに私の事を目の敵にするですかー…?」
【なら何だって言うの?】
ため息を吐きながらホワイトボードを突きつけ、いやいっそ投げつけてやろうかと思っていると、
「私は別に雨ちゃんと敵同士になりたい訳じゃないのですよー。
方法は違っても目指す未来はきっと同じなのです。
だからここは一つライバル、と言う事でどうですか?」
なんて言って来るのだ。
【やっぱりムカつく…。】
そんな私をニコニコと見ている光に苛立ちと同時に呆れてため息が漏れる。
「それに、いざとなったら雨ちゃんがどうにかしてくれるんですよね?」
【ムカつくムカつくムカつくムカつく!】
その全てを見透かした様な態度も、私が怒るに怒れない事をさも分かりきってるかのように見せてくるその笑顔も…!
非常に悔しいがその通りだ。
確かに彼にはそれだけの力があるし、だから泳がせていたところもある。
そしていざとなれば私にも出来る事が全くない訳じゃない。
でもそれだって確実な訳じゃないし、結局本人次第なのだ。
彼女はそこまで知っていたのか。
本当に憎らしい。
だから関わりたくなかったのに…。
「実は私ー雨ちゃんにお弁当を作ってきたんですよー。」
【いらない…。】
「えー…雨ちゃんの好きなタコさんウィンナー作ってきましたのにー。」
【っ…!?な、何故それを…!?】
動揺してしまった私にニコニコと、
「やっぱりですかー。」
などと言ってくる。
やっぱりこいつ嫌いだ…。
内心で毒吐きながらも、渋々私は彼女の弁当を頂くことにしたのだった。
これはけしてタコさんウインナーが好きだからじゃない。
食べないともったいないからだ。
そうして二人で弁当を食べ始めたその時、光は思っていた。
今私が信じている物が最善かどうかは私には分からない。
でも雨ちゃんのやり方はきっと最善じゃない。
彼女が助けたいのは茜ちゃんだけであって他の物にはそれ程重きを置いてない。
多分彼女は状況によっては彼をあっさり切り捨てる方法だって迷わず選ぶだろう。
そうしなくとも、彼女は既に自分自身を捨ててしまっている。
雨ちゃんにだって本来はタコさんウィンナーが好きと言う可愛らしい一面があるのに、そんな本来の自分に蓋をしてしまっている。
でもそれでは駄目なのだ。
救うべきは茜ちゃんだけじゃない。
桐人さんもそう、そして雨ちゃんだって救わなければ。
それで初めて本当の意味で最善の結果になる筈なのだ。
その内のどれも欠けてはいけない。
私はきっとそれを見届ける為にここに居る。
【こんな所で油を売っていて良いの?
早く彼の所に行った方が良いと思うけど。】
「それはどう言う意味ですか…?」
【この世界に本来居る筈のない何かが迫ってきている。
それがもうすぐ彼と接触するよ。】
「そうですか。
お弁当箱はまた取りに来ますね。」
そう言って私は走り出す。
それで何が出来る訳じゃなくてもきっと彼が私の立場ならそうするのだろうから。




