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夢幻  作者: 遊。
第四巻第三章

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暗転


 「なるほど、私が見ていない間にそんな事があったのですね。」


茜との喧嘩の後。


まだ落ち着きを取り戻せずにいた俺の事は光が引き受けてくれた。


他のメンバーへの状況説明は今リビングでざっくりとだが木葉と凪がしてくれている。


ベランダに俺を連れてきて光は、そこで何があったのかを聞いてきた。


前に話していた光の力のおかげか、その時にはもうさっきまでの憤りもすっかり収まっていた。


俺が状況を伝えると、光は申し訳なさそうに俯いてみせる。


「桐人さん、ごめんなさい。


私が付いていながら…。」


「いや…これはお前のせいじゃないだろ?」


「いえ…私が付いていれば桐人さんがそんなにも取り乱す事はなかったと思います。


その為に私は天界からあなたを見守りに来たのですから。


だから私にも責任はあります。」


「そう…か、悪いな…。


お前も楽しみにしてたのに…。」


「それは良いんですよ…。


それよりも今はこの状況をどうするか考える方が先です。」


「そう…だな。」


「私は、味方びいきを差し引いても桐人さんがした事自体は間違っていないと思いますよ。


かといって茜ちゃんが全面的に悪い、とも思いませんが。」


「…と言うと?」


「言葉だけで人を動かす事は出来ないのですよ、桐人さん。」


「っ……。」


頭では分かっている事だ。


アイツは俺がどんな言葉を言っても皮肉や正論で返すばかりで当然の事だが思い通りに動いた事なんて一度も無かった。


「でもならどうしたら…?」


「茜ちゃんはこれまで人を一切信じようとせずに生きてきました。


それは私達の想像に及ばない程深い苦しみや苦悩で受けた傷がそうさせているのです。


だからこそ、余計に彼女を動かす為にはそれ以上の物が必要なのだと思うのです。」


「それ以上の…物?」


「茜ちゃんは聞いたんですよね?


どうしてそんなにも私にこだわるのか、と。


そして桐人さんはその質問に対して救いたいからと返した。


私が思うに、ただ救いたいからだけじゃ彼女の心には響かないのです。


茜ちゃんにとってこれまでしてきた事は全て普通の事だし、だから自分が救われるべき存在だなんて思わないでしょうから。」


そうだ、茜は確かにそう言った。


自分は救われるべき存在じゃない、迷える子羊なんかじゃないと。


まるで自分にそう言い聞かせるかのように。


「桐人さんが本当に茜さんを救いたいのなら、極端な話茜さん自身に救われたいと思わせれば良いのですよ。」


「その為に必要なのがそれ以上の物って?


簡単に言うなよ…なんなんだよ?そのそれ以上の物って。」


「つまりはそう言う事なのです。」


「は?」


「桐人さんはここまで私が言った事、信用出来ましたか?」


「いや…。正直あんまり…。」


「それはそうでしょう。


私が今言ったのはあくまで抽象的な意見であって、具体的な解決案ではないのですから。」


「た、確かに。」


「上辺だけ取り繕った言葉を並べるのは簡単です。


でも人間と言うのは誰しも裏表を持って生きていますから、時にそれを見栄や虚勢、他人を欺く為に使う事さえある。


まぁ茜ちゃんは心が読めますからそう言うのはすぐに分かると思いますが。」


「でも俺は別にそんなつもりじゃ…。」


「勿論、それは茜ちゃんも分かってると思いますよ。」


「ならなんで…?」


「だから、足りないのです。


茜ちゃんの心を動かす程の説得力が。」


「っ…!?」


「前に茜さんや雨ちゃんがもしあなたを心底嫌いならそれよりもっと効率の良い方法を探していた、と言う話はしましたよね?」


「あ、あぁ。」


「そしてそれは桐人さんにも言える事だとも。


茜さんは、これまで一度もあなたに友好的には接してこなかった筈です。


なのにあなたは絶対に彼女の事を見捨てたりなんかしなかった。


だから最初はドMさんなのかもとも思いましたが…。」


「おいこらww」


「それどころか今のままじゃ駄目で関係をもっと良くしたいと願いました。


それは何故ですか?」


「それは…。」


「今の茜ちゃんの心を動かす為には、そう言った疑問の答えを一つずつキチンと示す必要があると思います。


そしてそれに対する彼女の答えを受け入れてあげる事。」


「…。」


俺が、あいつを救いたいと思う理由。


ここに来る前に思った、茜にも幸せになってほしいと言う思いは、抽象的な願いであって具体的な答えじゃない。


「桐人さんが茜さんを救いたいと思う理由は、ただの同情ですか?」


「違う。」


そう、違う。


いやそれもあったかもしれない


でも絶対にそれだけじゃない。


「ゆっくり考えてみてあげてくださいです。


向き合う、と言うのはそう言う事だと思いますから。」


「そうだな…。」


「さ、皆の所に戻りましょう。


きっと皆心配してくれてますよ。」


「そうだな。」


二人してベランダを出てリビングに戻ると、その場の雰囲気はあまりに重い物だった。


「あ、キリキリ…。」


そう言う木葉の声にも、いつものような明るさは無かった。


「桐人君、大丈夫?」


千里が心配そうに声をかけてくれる。


「あぁ、何とかな…。」


「そっか…。」


「悪い、俺のせいで…。」


そう言って皆の前で頭を下げる。


「頭を上げろって。


こいつから大体の話を聞いたけど、お前がキレんのも正直分かる気がするしよ。」


蟹井がそう言ってフォローしてくれる。


「自己紹介の時から正直あまり印象は良くありませんでしたからね…。


いつこんな風に誰かともめてもおかしくないなと思ってました。


だから私も蟹井先輩に同意です。


あまり気にしなくて良いと思いますよ。」


と、金城さん。


相変わらず辛辣だが今はありがたい。


「うんうん金城さんの言う通り!」


で、白石。


お前は絶対内容云々より金城さんに同意したいだけだろ…?


「当の茜ちゃんは戻ってないのですかー?」


ここで光がそこに居るメンバーに問う。


「あ、今凪さんと雫ちゃんが探しに行ってるよ。」


それに千里が答える。


「そうですかー。


だったら茜ちゃんは多分雨ちゃんと一緒だと思いますー。」


そう言えば雨も居ないな。


「まぁ…その内戻って来るんじゃね?


飯だって食わないといけないし帰りだって船に乗らないと帰れない訳だろ?」


と、蟹井。


「だと…良いけどね…。」


木葉はそうぽつりと呟く。


「とは言えこのまま二人をほっとく訳にもいかんだろう。


私も探してみよう。」


と、やっと復活したちな…臨時さんが今更になってやっと引率っぽい事を言い始めた。


ちなみに最初の注意はそれっぽいけど全然覇気が無かったからノーカンだ。


「ほうっておけば良いんじゃないですか?


一人が好きみたいですし。


あぁ言う人が居ると場が悪くなりそうじゃないですか。」


それにしても本当金城さん辛辣だなぁ…。


茜と良い勝負なんじゃないの…?


「そうそう、金城さんの言う通り。」


だからお前は…。


「白石君うるさい。」


「あ、はい。」


ほら怒られたじゃないか…。


「いい加減にしてよ!」


と、ここでそう怒声を放ったのは木葉だった。


「木葉…?」


「皆勝手な事ばっかり!


茜っちの事…悪く言わないでよ…!!」


そう叫ぶ感じから、本気で怒ってるように見えた。


「別に…悪く言いたいのではなくただ事実を述べてるだけです。」


とため息を吐きながら答えるのは金城さん。


「落ち着けよ…染咲。


そりゃお前らは顔見知りだから情の一つもあるんだろうけど俺達は初対面なんだぞ?


それであの態度じゃ正直フォローしようもないだろ…。」


「でも…だからって…。」


悔しそうに歯噛みする木葉。


実際蟹井の言ってる事だって、ちゃんと分かっていなる筈だろう。


でもだから素直に納得出来る訳じゃない。


茜にとってはどうであれ、木葉にとっての茜はかけがえのない友達の一人なのだ。


だからこそ、どちらも選べないもどかしさに悔しさを隠せずにいる。


場は再び静まり返った。


空気は最悪だ。


まるで喧嘩した時の空気がそのまま乗り移ったかのような重苦しい沈黙が流れる。


「皆さん、今はこの場でまで言い争っている場合ではないと思います。」


そしてそう言ってその沈黙を破ったのは光だった。


「光ちゃん…。」


それにぽつりと返す木葉。


「木葉さん、苦しいのは分かります。


でも今は信じて待ちましょう。


きっと雨ちゃんや凪さん、雫ちゃん、そして桐人さんが何とかしてくれる筈です。」


「おい、さりげなく俺の名前を…。」


「違うんですか?」


「っ…!」


「キリキリ、言ったよね。


今よりもっと良くなりたいって。」


「このままじゃ駄目ですよね?」


「そう、だな。」


木葉は、あいつの為に真剣に怒ることが出来る。


きっと茜の為になら、真剣に泣く事も、喜ぶ事だって出来るだろう。


本来そう言うのが大事にするって事なんじゃないのかよ?


なのに俺はそんな事も考えずにあいつを救いたいとか仲間だなんて言ってたのか。


自分が情けなくなる。


「何とかする。


いや、しなくちゃいけないんだ、絶対に。」


そう、このままで良い訳がない。


最高の合宿にするって誓ったんじゃなかったのか?


「やってやるさ。」


俺がそう言うと、


「それでこそ桐人さんですー。」


と光は満面の笑みを浮かべ、その場の雰囲気も何処か柔らかくなる。


「頼んだよ、キリキリ。


信じてるから。」


そう言う木葉の声は何処か弱々しく、消え入りそうな程か細い声だった。


「おう。」


だからその声が消えてしまわないように、まるでそれを拾い上げるように、努めて明るく少し大きめな声でそう返す。


「うん。」


それに嬉しそうに返した木葉の笑顔は、いつものふざけている時のそれとはまた違って見えた。


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