忘れられない夏を始めよう
4
「心底どうでも良いわ…。」
ソイゼ集会の帰り道。
俺、千里、木葉、光の四人は死神神社に訪れ、これまでの経緯を茜に話していた。
結果はまぁ…ご覧の通り。
前回に引き続き、心底にたっぷりの不満を詰め込んで惜しみ無くそれを俺達にぶつけてくださった。
「へぇ、海かぁ。
楽しそうだね。」
対して俺達にお茶を出してくれている凪は乗り気だ。
「海!行きたいの!」
雫もまぁ…そう言うの喜ぶ年頃だもんなぁ。
「はぁ…か行きたいのなら好きにすれば良いじゃない。」
問題はこいつか…。
木葉にやっぱりじゃないかと目で訴えると、良いからもっと頑張れと目線で返された。
「あー…えっと、茜。」
「…何かしら?」
「その、悪かったよ。」
「…へぇ?」
「俺は確かにお前がそう言う奴だってよく知りもしない癖に決め付けてたし、それってお前からしたらあんまり良い気分じゃなかったよな。
だから謝る、ごめん。」
「そう…。」
短くそう応えると茜は、時間にしては数秒の間沈思した。
「茜?」
「…私には理解出来ないわ。
あなたは何故今私に謝ろうと思ったのかしら?」
「それは…お前が俺を嫌ってるからだろ?
だから原因になりそうな事は謝っておくべきだと思っただけだ。」
「だから…それが私には理解出来ないと言っているのよ…。
実際私があなたを嫌っていようが、あなたには関係の無い事でしょう?
それによってあなたにデメリットは無い。
私は嫌いだからと言う理由であなたに実害を与えている訳じゃないのだから、必要以上に関わらなければ良いだけの話しじゃない…。」
「確かに体に実害は無いけど明らかにいつも心を抉りに来てるよな…?」
「…それだって別にわざわざ会いに来なければ良いだけの話じゃない。」
「そこは否定しないのかよ…。」
「私には分からない。
あなたは私に謝ってどうしたいの?」
「相変わらず元も子も無い…。
だからさ、許してほしいんだよ。
それでお前が嫌な思いしたってんならさ。」
「許す…ね。
許されてどうするの?
それで無かった事にして、それで?」
「だからその…!
お前と今よりもっとまともな関係になりたいって思ってんだよ!」
照れくささからやけくそになって叫ぶと、茜はまた数秒沈思した。
「相変わらず…あなたの考えは全く理解出来ないわ。」
一つため息を吐いて、茜は考える。
彼はいつも私とは違う。
これまで私は、一切他人と深く関わらずに生きてきた。
他人と関わる事に一切の必要性を感じなかったからだ。
彼に向けた私の態度が良くない事くらい自分でも自覚していた。
それで嫌われたって別に良いし、私も嫌っていれば良いと思っていた。
でも彼はそれが嫌だと言う。
嫌いだと言う私に謝って、仲良くなりたいだなんて言う。
いつだってどんなに突き放しても変わらず助けを求め、今日になって関係を変えたいと言ってきた。
どうしてそんなにも執着する必要があるのだろうか?
いずれ消える存在であるこの私に。
「まぁ…つまりそう言う事だよ。」
そんな茜の思いなど知るよしも無く、言いたい事を言い切ってどこか吹っ切れた俺はもう後にも引けずそう言って取り成す。
「あなたの言いたい事、理解は全く出来ないけど分かったわ。」
「…あぁそうかよ…。」
くそぅ…今になって恥ずかしさがこみ上げて来やがった…。
もういっそ殺せ…。
「それと…私はあなたが言う合宿とやらにも行くつもりはないわ。」
「っ…!」
「凪と雫は行きたいみたいだから、二人を連れて行くと言うのなら止めないけれど。
私は行かない。
行く必要が無いもの。」
「…必要ならあるだろ?お前には何かあった時に守ってもらわないといけないしな。」
「はぁ…だからそれは別に私じゃなくても良いでしょう…?
凪や雫が居れば大抵の敵はどうにか出来るわ。
何も私じゃなくて良い。
私はいつも通りここで粗茶でも飲んでいた方が良いわ。」
「茜っちもさ、一緒に思い出作ろうよ?きっと楽しいよ。」
ここで木葉が割って入る。
「思い出なんて必要無い。
どうせいずれ消えて忘れられていく物よ。」
「そんな事無い!」
そう叫ぶ木葉の表情は沈痛その物。
見ているこちらまで心苦しくなる。
「茜っちがそのまま消えるつもりだって事は分かってる!
でも何もしないで消えるなんて絶対間違ってる!
きっと残せる物だってあるもん!」
「…私にはどうしてあなた達がそこまで私にこだわるのかが全く分からないわ…。」
そう言って茜は再びため息を吐く。
「…あぁあ。」
と、ここでふと凪が呟く。
「何…?」
その目は茜に向けられていて、それに気付いた茜はその真意を探る為にかそちらに向き直る。
「どうしよっかなぁ…。
確かに私は行ってみたいけどその間のご飯を準備しておくのは手間だなぁ。」
そう言ってニヤつく凪。
「っ…!
凪…あなた…それはまさか私を脅しているつもりなの…?」
「一応掃除も毎日してるんだけどなぁ…。
お留守番する人がやってくれれば良いんだけどなぁ。」
「っ…!」
「な…凪?」
恐る恐る俺が声をかけると、凪は小さくウインクして見せた。
「出来ればキッチンのシンクとかも綺麗にしときたいし、風呂桶もこの機会に磨いておいてほしいんだけどなぁ。」
「あ、あなた…何が目的なの?」
「まさかとは思うけど茜。
私達が出かけている間、何もせずにただ粗茶を飲んでるだけ、なんて言わないよね?」
「っ…!」
「やっておいてもらいたい事、沢山あるんだけどなぁ…?
特に今回は泊まりみたいだから余計に。」
おぉう…あの茜が追い詰められてる…。
光の時と言い、意外と押しに弱い部分もあるのかも…?
「ねぇ、茜。
私はお留守番して家事とか色々しながら過ごす思い出より、皆と海に行って遊ぶ思い出の方がずっと良いと思うよ?」
さっきのニヤケ顔から一転、今度は子供を諭す親の様な優しい表情でそう言う凪。
「はぁ…だからどうせ消える思い出に善し悪しも何も無いじゃない…。」
「そ、なら茜はさっき言った事全部やってくれるんだ。」
「っ…や…やらないだなんて言ってないじゃない…。」
「へぇ、そう?
やるからには徹底的にやってもらうよ?
手を抜いてたらすぐに分かるからね?」
「っ…!?」
「ふぅ…。
素直になりなよ。
本当はそんな地道な事したくない癖に。」
「別に…そんなつもりじゃない…。
確かに家事は面倒だけれど…。」
「あ、そこは認めるんだ。」
この時茜が頑なになっていた理由はきっと単純と言う言葉で片付けられるれるような物じゃ無かったのだろう。
そしてそれを凪だって分かっていた。
「私は、出来れば来てほしいな。
それで一緒に楽しみたい。
三人揃って出かけるなんて今まで無かったし。」
「そうね…。
あなた達は普段から私を置いて出かけているもの。」
「うっ…別にそう言うつもりじゃ…。」
「別に、責めているんじゃないわ。
ただ事実を述べているだけよ。」
「そ、そっか。」
うーん…。
確かに嫌がってるけどもう一押しな気がするんだよなぁ。
「なぁ茜。
頼むから来てくれよ。
と言うか来い。」
「はぁ…。
また頼んでおいて随分な態度ね。」
「言っただろ?
俺はただ利用されてやるつもりはないって。
俺だってとことん利用してやるって。」
「そう…だったわね。
だから命令すると?」
「おう、文句あっか?」
「はぁ…。
あなたは本当に面倒ね。
無駄に頑固で一度言い出したら聞かない。」
「なんだよ、お前だって決め付けてんじゃねぇか…。」
「あら、先に決め付けたのはあなたよ?
今更文句を言われる筋合いは無いと思うのだけれど…?」
「あぁそうかよ…。」
「はぁ…。
行けば良いのでしょう…?」
ため息を吐きながら頭を抱える茜。
さもどうしてこうなったと言いたげな表情だ。
「お~!
茜っち、ありがとう!」
そう言う木葉は本当に嬉しそうだった。
「断った方が面倒だからそうするだけよ…。
それと、雨も一緒に連れて行くわ。」
「あ、うん了解~。」
やれやれ…何とか誘えたな。
それにしても…雨も来るのか。
雨は俺に茜と今以上の関係になるなと言った。
そんなあいつが、今回の決定を見てどう思うのだろう。
まぁ、俺が茜と今以上の関係になりたいと願った時点であいつの警告に背いている訳で。
それだってもうあいつは知っているのだろうから、この地点であいつからのサポートは受けられないって事になるんだよなぁ…。
「ところで桐人さんー。
私、こちらに来て海で遊んだ事が無いので水着を持っていないのですがー。」
隣に居た光が俺の制服の袖を引きながら言う。
「ん…あぁ、そうだな。」
そう言えばこいつ来た時ほぼ手ぶらで来たんだっけ。
小さな鞄にはハンカチとペンとメモ帳ぐらいしか入ってなくて、だから当然着替えなんか持ってない訳で。
だから今じゃすっかり母さんの着せ替え人形だもんなぁ…。
「そっかぁ、海だもんね。
私達も準備しなくちゃだわ。」
それを聞いて、凪も思い出したように呟く。
「…!?」
そうだよ…!
海に行くって事はこいつらの水着姿が見れるって事じゃないか…!
ビバ海!
ビバ夏合宿!
などと古い用語を持ち出して歓喜していると、
「この場でそう言う事を考えるのはあまりオススメしないわよ…?」
そんな俺を見て茜が吐き捨てるように呟いた。
「べ、別に何も考えてねぇよ!?」
ほら!
凪とか木葉とかの目つきが険しくなったじゃないか!
「桐人さんも男の子ですからー。」
光は光で変わらずニマニマしてるし、千里は千里で、
「ちょ…ちょっと恥ずかしいけど…。
桐人君がみ…見たいなら…。」
なんて顔を赤くしながら言ってるし。
「い、いや!
別にそう言う訳じゃ全然無いから!
全く興味無いから!」
慌てて否定する。
「そ…そうなんだ…。」
分かり易く沈む千里。
それを見て更に二人の目つきが険しくなる。
理不尽!
「じゃ~さ、これから皆で水着を見に行こうよ。
私も新しいの欲しかったし。」
突然木葉がそう提案する。
「お、良いね。
折角だし行ってみようかな。
私あんまりそう言う店とか詳しくないし。」
それに凪が同調する。
「そっか~じゃ、決まりだね!」
「あ、おい。」
「それじゃ、キリキリ~バイバイ~。
千里っち、行こ。」
俺に険しい顔を向けたままで手を振りながら木葉は光を連れて行ってしまい、それに凪も雫の手を引いて続く。
連れて行かれる雫は、去り際に一度振り返ってべーっとしてきた。
こいつは…!
「あ…。」
千里も一度俺の方を見てそれを追った。
「自業自得ね…。」
一人途方に暮れていると、茜が背後からそう声をかけてくる。
「うるせぇよ…。」
「茜っち~早く~!」
と、階段の向こうから木葉の呼び声がする。
「おい、呼んでるぞ。」
「…私は何も聞いていないわ。」
そう言って分かり易く顔を背けてやがる。
「はぁ…行ってこいよ。
まさかお前…参加するって言っておいて本当にただついて行くだけのつもりか?」
「えぇ…私は来いと言われたから仕方無く行くだけだもの…。
それ以上の事を引き受けた覚えは無いわ。」
「予想はしてたけど本当にそうするつもりだったのか…。」
「あら…何かご不満かしら…?
私はあなたの下卑た期待に応えるつもりはないわよ…?」
「分かってるし最初からお前にそう言うのは求めてねぇよ…。」
「あらそう…。
ロリコンでも辛うじて理性はあるのね?」
「アホか…。」
「茜っちってば~!」
さっきよりも大きな呼び声。
「ほら、早く行ってこいって。
一度片足ツッコんだんだ。
最後まで責任もってやれ。」
「はぁ…あなたの周りの人間もあなたに毒されたのか知らないけど本当に一度言い出したら聞かない面倒な人達ばかりね…。」
「そうかもな。
だから断った方が面倒くさいと思うぜ?」
「その通りだけれどそれを自分で言ってしまっていたら世話が無いわね…。」
「まぁな。」
そう言って俺が笑うと、茜は小さくため息を吐いた。
そのまま俺に背を向けて立ち上がる。
「あなたは…本当に仲間から信用されているのね…。」
「あん?」
「私があんな事を言っても、心からあなたを憎んで見放した人間は居なかった。
今こうしてのけ者にしたのだって悪意のある除外じゃないし、それをあなただって分かっている。
いずれ謝って、さっき言っていた仲直りと言うのをするんでしょう…?」
「そうだな。
でもよ、俺はお前の事だって仲間だと思ってるんだぜ?
どれだけ俺の事を嫌っていても何だかんだ協力してくれてるしな。」
「…そう、好きにすれば良いわ。」
再びため息を吐いて、茜は渋々歩き出す。
それを俺は後ろからじっと見守る。
何だかんだ茜も変わったよなぁ。
ちょっと前までの茜だったら今みたいに重い腰を上げてまでわざわざ合宿に参加する、なんて絶対無かっただろう。
まぁ…今回は凪に脅されてってのも理由の一つにあるのだろうが…。
ともかく誘っておいて何だが、茜がこうして渋々とは言え合宿に来ると言うのは意外だ。
言ってしまえば、こう言う風に考える事もあいつはそう言う奴だと言う決め付けになるのだろうが。
でもそんな風に思えるのはあいつ自身だけじゃなくて俺のあいつに対する認識も変わってると言う事なんだろうなと思う。
多分良い方向に。
そしてこの合宿で、きっとその変化は確かな物になる。
いや、してみせる。
雨は、その先にある結末は良くない物だと言っていた。
でもそんなの絶対間違ってる。
俺が今しようとしてる事。
日向誠を止める事、俺自身、そして茜の未来を変える事。
その為に俺がしている事は、きっと間違ってなんか無い。
だから今だってきっと良い方向に進んでいる筈なんだ。
信じなければ、未来はきっと変えられない。
だからこそ、改めて誓う。
この合宿を、全力で良い物にしようと。
絶対に忘れられない物にしようと。




