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夢幻  作者: 遊。
第三巻第二章

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36/142

諦めず、そして歩み寄る


 帰り道。


「キリキリ~。


美人妻の手料理はどうだった~?」


唐突にニマニマしながらそんな妄言を吐く木葉。


「ぶふっ!?」


それを聞いて思わず吹き出す。


「な…何を言い出すんだお前は!?」


こいつ…まさか凪の部屋での事見てやがったのか…?


まさか夢の中まで筒抜けじゃないだろうな!?


「え…動揺し過ぎじゃない…?」


と思ったら地雷じゃないかぁぁぁぁ!


「え、まさか本当になんかあったの…?」


「き…桐人君…嘘…だよね…?」


え、何これ?


夢の修羅場編ラウンドツー?


そんな俺達の様子を光はニコニコと見守っていた。


こいつ他人事だと思いやがって…。


「お前が唐突に変な事聞くからだろうが!?」


「私はただ料理の感想を聞いただけだも~ん。」


「なら聞き方に悪意があるって言ってんだよ!


光!お前もニコニコしてないで何とか言えよ!」


「何とか?」


「うん、お前に頼った俺が馬鹿だった。」


「ぶー桐人さんは理不尽なのですー。」


ったく…あのままずっと真面目ならなぁ…。


ちなみに、実際凪の手料理はすごく上手かった。


そしてよりにもよって狙ったようにその日のメニューは肉じゃがだった。


そのピンポイントさが余計にさっきの反応を過剰にさせた、と言う訳だ。


そう言えばあいつの部屋の本棚には幾かレシピ本とかが入ってたなぁ。


料理に関する知識はそこから仕入れたんだろう。


他には一般常識とかを結構勉強してるらしく、参考書とか辞書とかもあった。


記憶が無くなってるからこそ、知識はこう言う所から取り込んでるようだ。


そう言った本にはどれも付箋が付けられ、じっくり読み込まれていると言うのが伺い知れる。


毎日家事やらバイトで大忙しだろうに。


本当に恐れ入る。


「でも美味しかったよね~。


私も今度レシピを教えてもらおうかな~。」


と、凪の勤勉さに感心していると、唐突に木葉がそんな事を呟く。


「え、何?お前料理とか出来んの?」


「む、失敬な。


私がただ食べてるだけだと思ったら大間違いだよ~。」


それは本気でびっくりした。


こいつの事だから、開けたら怨霊の声みたいなの発してる色んな意味でやばい料理を出してきそうなのに。


と言うかこいつだったらそれを意図的にやりそうだぞ…。


「何、やってほしいの…?」


なんで分かるのかはもはやツッコまん…。


それよりも本当に出来ちゃうのかよ…。


絶対普通に作るより難易度高いだろうに…。


「良いなぁ…。


私は料理あんまり得意じゃないから羨ましい。」


そう、この機会だから言うが千里はあまり料理が得意な方ではない。


何かを焼けば焦がすし、味付けをさせれば俺の口が火を噴くし。(けして厨二病的な意味じゃない。)


塩と砂糖を間違えるなんて可愛い間違いじゃなく、ケチャップとタバスコを間違えたりするくらいだからなぁ…。


イメージとしてはどっちかって言うと木葉より千里の方が上手そうなのだが…。


実際、超が付くほどテキトーでマイペースな木葉とは違って千里は真面目で几帳面だし覚えれば上手く出来そうな気もするのになぁ…。


「え?それだったら今度私が教えてあげるよ~。」


「おい馬鹿やめろ、俺の幼馴染を変な道に引き込むんじゃない。」


「むむ~…全然信じてない!


ま、今の内に言っておきなよ…。


いつか吠え面かかせてあげるから。」


などと不適な笑みを漏らす木葉。


と言うか、料理が出来るんなら案外夢のようにはならないのかも?


少なくともあれは俺の妄想の中での勝手な解釈な訳だが。


まぁともかく。


「それにしても…なぁ、木葉。


お前は光の話を聞いて、どう思ったんだ?」


「な~んか上手い事話をそらされたような気がするな~…。


まぁ良いや…。


う~ん思ってたより複雑だよね~。」


「だよなぁ。


正直俺には遠い話過ぎて実感が湧かない。」


「雨さんが言った通りなら茜さんは殺されちゃうんだよね…。」


「うん、そしたら存在その物が無くなるから

私達の記憶の中からも消えちゃうんだよね。」


「…。」


木葉の言葉に、俺と千里は思わず口を噤む。


茜の存在が無かった事になる。


凪の部屋で考えたように、ここ数日の出来事のほとんどは茜と出会ったからこそ起こった物ばかりだと思う。


つまり、茜の存在が無くなると言う事は、その全てが無かった事になるのと同義なのだろう。


それとも、違う何かで無理矢理埋め合わせられるのだろうか?


「なぁ、光。


存在その物が無くなるって言うのはやっぱり…?」


何も言わずに俺達のやり取りをニコニコと眺めていた光に聞いてみる。


「はい。


皆さんの記憶からも消え、思い出も全部無かった事になりますから、結果的に彼女に関する事は何も残せません。」


「そうか…。」


茜は、赤の他人が居なかった事になっても関係無いと言う。


でも今彼女が死んだら…茜が言う赤の他人の存在どころか、今の茜の存在まで消えてしまうのだ。


何一つ残せず、ただ残酷な使命を背負ってきた意味さえも無駄になってしまうのだ。


そんなの悲し過ぎるじゃないか。


でもそれは茜とて分かっているのだろう。


だから彼女なりに考えてそうならないようにしてきたのだろう。


でもどこかでそうなる事を覚悟しているのではないか?


自分から過去と向き合い、輪廻の波に乗る事を拒むのは。


目の前に居る過去の自分を赤の他人だと言って目をそらすのは。


死神神社の巫女として、沢山の人間を死に追いやった事を悔いているからこそ、そうなる事が一つの罪滅ぼしのように思っているのではないか?


それを一人で抱え込んでいるんじゃないか?


今の俺には、そんな茜の為に何か出来る事は全く無いのだろうか?


「桐人さん、千里さん、木葉さん。


それでも彼女の事、いえ、彼女達の事を最後まで諦めないであげてほしいのです。」


「そう…だな。」


「うん。」


「私も諦めないよ。


三人にはちゃんと幸せになってもらいたいもん。」


「おう。」


「良かったです。」


光は精一杯の笑顔でそう言った。


と、ここで何かを思い出したように頭上に電球(当然イメージだ)を浮かべ、


「あ、そう言えば主様にとても重要なミッションを頼まれていたのでしたー。


私はこれで失礼しますねー。」


「主?死神じゃなくて?」


「はいー!


その方にはこれから沢山お世話になるのでこれくらい当然なのですー!」


「へぇ、まぁ気を付けて帰れよ。


ちゃんと挨拶もするんだぞ。」


そうかそうか、こいつもちゃんと住処が見つかったのか。


良かった良かった。


いや実に良かった。


「はいですー!


では、皆様またお会いしましょうー。」


深々と頭を下げて走り去る光。


「おう、転けんなよー。」


それに手を振る。


「キリキリなんか保護者みたい~。」


「うっせ。」


光を見送り、木葉の言葉のせいでちょっと心細さのような物を感じつつ。


その後は、ゆっくりと三人でいつものようなたわいない話をしながらのんびりとそれぞれの帰路についた。


「ただいま。」


家の前に着き、いつものようにドアを開くと。


「あ、桐人さん。


お帰りなさいですー。」


「あら、おかえり。


今日はデザートに苺たっぷりのショートケーキがあるわよ。」


「わー!私、苺もショートケーキも大好きなのですー!」


「ちょっと待て…。」


「ん…?どうしたですか?


何かただ事じゃない話を聞いて帰って来たって顔してますよ?」


それは顔がそうだからじゃなくてお前がそのただごとじゃない話をしたからだろうが!


とツッコみたくなったが今はそれどころじゃない。


「なんでさも当然のようにいるんだよ!?」


「ふえー?なんでってー。


ここでお世話になってるからですよー。」


「主は!?ミッションは!?」


「主様はお母様の事ですよー。


ミッションはお母様に頼まれたお使いなのですー。


ちゃんと預かっていたお手紙をお家の近くのポストに投函しましたですー!


ミッションコンプリートですー!」


「わざわざ紛らわしい言い方をしおってからに…!」


くそ、こいつに心細さなんて感じた俺が馬鹿だった。


考えてみたら別れた後に帰ったら居る、なんてありがちなオチじゃないか…。


ちくせう…。


などと、自責していると。


「本当に助かるわぁ。


光ちゃんは良い子ねぇ。」


言いながら光の頭を撫でる母さん 。


ちょっと?こっちを見ながらさも当てつけみたいに言うのやめてもらえます?


「えへへ…私は桐人さんを見守りに来たんですから、何処にも行きませんよー♪


これでずーっと一緒に居られますねー。」


なんて妄言を吐きながら抱きついてくる光。


そんな俺を見て、母さんはと言うと…。


「あんたって本当に…?」


と、全力で誤解していた。


「全く嬉しくなぁぁぁい!」


…とまぁ。


こんな具合で俺の長過ぎる一日は終わった。


本当、良い意味でも悪い意味でも最近は退屈しない毎日だよ。


そして俺は、それを終わりにしたくないし、残したいとも思う。


今日一日を通して、改めて心からそう思った。


と…言う訳で、今日からこれまであった事を日記に付けようと思う。


真っ暗な部屋で、机に置いてある電気スタンドを付けてから新品のノートにペンを走らせる。


「ふぁー…桐人さんまだ寝ないんですかー…?」


母さんがいつの間にか買ってきたらしいパジャマ姿の光が、後ろからさも眠たそうに声をかけてくる。


「良いから寝てろよ、俺もこれ書いたら寝るから。」


ちなみに…母さんは自分の部屋で寝る事を強く勧めたが、光はいくら主様の言葉と言えどそれだけは聞けませんと、それを拒んだ。


なんと言う事でしょう。


おかげで俺氏愛用のベッドもすっかり綺麗にリフォームされ、面影無しの光専用に変わってしまったではありませんか。


ちくせう。


「お母様が先に寝たら桐人さんが野獣になるから待つように、と言ってましたですー。」


「あの人は…!実の息子を何だと思ってやがんだ…。」


「桐人さん、狼男さんだったですかー?」


「うん、もうそれで良いよ…。」


ちなみに母さんがベッドをリフォームすると言い出した時に、健全な男子高校生の部屋のベッドに近付くんじゃない!そこには色々な夢と希望が詰まってるんだから!


と心の中で叫びながら反抗したのだが、夢と希望は一瞬で塵と化しました、クスン。


もう良い、僕は今日から愛と勇気だけを支えに生きていこう…。


流石にそれだけが友達だなんて言わない。


「それが桐人さんの見付けた手段、ですか?」


ベッドを降りて俺の方に歩み寄ってきた光は、俺が書いていた日記を見て聞いてくる。


「別に…そんな大それたもんじゃねぇよ。


これは根本的な解決じゃないし、実際もしあいつらの存在その物が無くなったらこれも無くなるんだろう?」


「はい…残念ながら。」


分かってはいたが、やっぱりそうだよなぁ。


実際残念ではある。


でも、それは消されればの話しだ。


「今書いてるのはさ、ただ今感じてる気持ちとか思い出とかを何かに残したかったからって言う一つの衝動だ。


でもいつかその未来を覆せたら、その時はこれを読み返してあいつらと心から笑い合たいと思う。」


「そうですか。


ふふふ、素敵ですね。」


そう言って光は嬉しそうに笑う。


「ふふふ、そうだろう。」


それに俺も笑い返す。


いつか、またあの日のように。


今度は皆で蜜柑を食べながらこの日記を見て笑い合えたら。


帰り道に木葉や千里としたような他愛ない話しをして何気無い日常を彼女達と築けたなら。


心からそう願う。


それがどんなに不確かで、無理難題であったとしても。



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