嵐の巫女
3
「ったく…余計な出費だったぜ…。」
「と、口では言いつつも最後にはちゃんと奢ってくれるツンデレなキリキリなのでした。」
早速満足そうにハーゲンダッツを食べている木葉。
全くこいつ…。
「も~仕方無いな~。
一口あげるよ~。
特別だぜ?」
元々あげたのは俺なんだよなぁ…。
「ったく…これから強敵と戦いに行くってのにちょっとは緊張感持てよな…。」
「え~緊張感じゃお腹は膨れないよ~。」
うん、台詞がまんま大食いキャラだわ…。
「あのなぁ…今はお前の腹ごしらえよりこれからする凪との対決の方が大事なんだぞ?」
「腹が減っては戦は出来ぬ!」
「いや…戦うのはお前じゃないだろうが…。」
「え~だから一口あげるって言ってんじゃん。」
「いらんっつーの…。
それにそんくらいで健全な男子高校生の腹は膨れん!」
と言うかこいつは全く気にしてないみたいだけどさりげなく間接キスになるんだぞ…。
全く、そう言う思わせぶりな態度がどれだけの男子が純情を弄ばれたと思ってるんだ…。
気ぃつけなはれや!
「ぶ~…つまんな~い。」
つーかこいつアイスでも食うの早いのな…。
さっき一口あげるとか言っといてもう無いじゃねぇか…。
「さて、行きますか~!」
遂には主導権まで握られたぞ…。
三人で並んで死神神社に向かう。
「ねぇ、桐人君。
凪さんと雫ちゃん、本当に仲良さそうだったね。」
「そうだよなぁ。
凪は茜の事も好きって言ってたな。」
「茜さん、一人じゃなかったんだよね。」
「あぁ。」
昨日の凪の話を聞いて、千里も思う所があったのだろう。
「あぁ、それに俺達だって居る。」
「うん。」
誰かが居る。
それだけでどんなに勇気になるか、どんなに力になるか。
それをこれまで生きてきて何度か感じられた俺は恵まれているのかもしれない。
でもそう感じる権利は誰にでもある。
あってほしいと思う。
あいつにとって自分がそんな存在であってほしいなんて言わない。
でもそう言う存在の大切さをあいつにも知ってもらいたいと思った。
見慣れ始めた階段を縦並びでゆっくり上る。
「うぇ~…この階段いつ来ても上がるの怠いよ~…。」
「文句言うなっての…。
っと…千里、大丈夫か?」
「うん、ありがとう。」
「う~わ…この扱いの差よ…。」
最後尾を歩く木葉が何か言ってるが聞こえないふりだ。
「うし、到着っと。」
階段を上りきると、前に来た時のようにそこかしこに死体は無くなっていた。
ここ最近続いた雨で人が来なかったのだろう、その間に凪が片付けたのかもしれない。
「遅かったわね…。」
神社の方に歩いて行くと、神社の濡れ縁に腰掛け、粗茶を飲んでいた茜が言う。
「茜っちやっほ~!」
「…ふぅ。」
おぉう…えげつないまでのスルーだな…。
まぁため息で応答ってこいつらしいけども…。
「小学生相手に随分好き放題やられたみたい
ね…?」
「あぁそうだよ…。
ってかお前!
凪に変な説明してんじゃねぇ!」
「あら…何の事かしら…?」
早速出たよ、茜さんの鼻笑い。
「お前なぁ…。
絶対分かってて言ってんだろ…?」
「ふぅ…今の法律では加害者にその気が無くても被害者がそう思えばそれだけで実刑の可能性もあるらしいわよ…?」
「っぐ…。」
法律怖い!
茜さんもっと怖い!
「まぁ良いわ…。
雫相手に好き放題やられているなんて先が思いやられるわね…?」
その上もれなく追い打ちまでかけてくるんだもんなぁ…。
「言っておくけれど…凪は雫よりも強いわよ…?
それなのにそんな事で怖がっていてどうするのかしら…?」
「まぁ…分かってるよ。
俺だってここに来るまでにそれなりの覚悟はしてきたつもりだ。」
「つもり…ね。
それだけでどうにかなる相手でも無いと言うのに…。」
「無いよりはマシだと思うがな。」
「ふぅ…危機感を持て、と言ってるのよ…。
感情論だけでどうにかなる問題じゃない。
あなたの実力と日向誠の実力差はまだ限り無く遠い…。
なのにこんな所で足踏みしている場合なのかしら…?」
確かに言い方はキツい。
でもこいつのこの言葉は厳しいけど俺の為を思って言ってくれてるんだと思えた。
そして今はそれがありがたく思えた。
「だからこそ覚悟してきた。
負けを知って、自分自身の弱さを知って、もっと強くなりたいって思った。
だから戦うんだ。」
「そう…。」
それにしても珍しいな…。
こいつ俺の為にとか思ってたらソッコーで違うわって否定してきそうなのに。
「まぁ…不本意ではあるけれど…。
あなたに死なれる訳にはいかないのよ…。」
……。
えぇぇぇぇぇ!?
あ、茜さんがデレた!?
うぉ、やばい鳥肌立った。
「…違うわ。」
そこは真顔で即答なんすね…。
ほっとしたような残念なような…。
「じゃあなんだって言うんだよ?」
「あなたが無事に凪に勝ったら話すわ…。」
「あぁそうかよ…。
で?当の凪は何処に居るんだよ?
ついでに雫も居ないじゃないか。」
「彼女達なら裏に居るわ…。」
「裏…?」
「そこにあった死体の供養をしているのよ…。」
「あ、なるほど…。」
言われて裏に回ると、凪と雫がその場にしゃがみ込んで黙祷していた。
「あ、来てたんだ。」
気付いた凪がこちらに目を向ける。
「あ、昨日の奴なの!」
「たまにこうして死体の供養をしてるんだ。
それでどうなるって訳じゃないけどね。」
「そっか。」
立てられた無数の墓。
そこで眠るのは、全て茜の試練を乗り越えられずに自殺した人間の魂。
今でこそこうして五体満足で立っているが、俺だってもしかしたらこの中に入っていたかもしれないのだ。
実際ここに居る人達の中には、確かに茜が言うような欲深くて自己中な人間だって居ただろう。
でも中にはそうじゃない奴だって居た筈だ。
そう考えるとやりきれない部分もあるが、それでもそのままそこいらで放置され続けるよりはずっとマシだろう。
「さて、それじゃ表に行こうか。」
「おう。」
言い方はマイルドながら、え?今から俺シメめられんの?
とか思ってしまうのは気のせいじゃ無い筈だ。
実際今から喧嘩するんだよなぁ…。
などと思いながら表に戻る。
神社前の通路でお互いに睨み合う。
「先に言っておくけど、手加減はしないよ?」
「上等だ!」
言いながら刀を構えると、突然凪が姿を消した。
「え、なんだ…!?」
ついさっきまで目の前に居た筈なのに…と辺りを見回していると急に腕に痛みが走る。
「っ…!?」
腕を見ると、何かに引っかかれたような傷が出来ていて血が出ていた。
「な…何が起きてるんだ…?」
「凪が持つ力は自然を操る力。
今の彼女は風のような早さで敵を切り裂く鎌鼬のようなものね…。」
「なんだって!?」
そう言っている間に、更に痛みが走る。
「っぐ…。」
そのまま膝を突く。
「桐人君!」
「くそ…体中が痛い…。」
「あれ?もうギブアップ?」
どこからともなく、声が聞こえてくる。
「っ…冗談じゃねぇ!」
そう叫ぶと周りにバリアが現れ、近くに居たらしい凪を弾き飛ばす。
「っ…油断したわ…。」
それでやっとその姿を見せる。
「と言っても…私が受けたダメージはこれが初めてだよ?
その一撃までに随分ダメージを受けたみたいだね。」
「くっ…。」
悔しいけどその通りだった。
既に体中傷だらけで、強がっても平気とは言えない程の痛みが容赦無く襲う。
「さぁ、バリアに引き籠もっていても私は倒せないよ?」
くそ…一体どうしたら…?
良い作戦は全く浮かばない。
そもそも昨日思い付いたバリアを張って様子見も、する前に出鼻を挫かれてしまったのだ。
痛みで意識さえ失いそうだし、バリアを張れてももはや落ち着いて考える余裕も無い。
「流石にもうギブアップみたいだね。」
「っ…。」
とは言え良い作戦が浮かばないのは当然だった。
俺は普通の人間。
戦いに慣れてない、これまで戦う必要すら無い世界で生きてきた普通の人間だから。
俺じゃ…勝てない。
「あなたは普通の人間じゃない。
その力があるじゃない…。
他でもないあなた自身が望んだ力が。」
茜の声がする。
確かにそうだ。
でもその力があってもどうして良いか分からない。
起き上がる為の力さえ出せずに居る。
「桐人君!!」
今度は千里の声がする。
千里まで巻き込んで…俺は一体何をしているんだ…?
〈あなたの力は誰の為?〉
…分からない。
大切物を守る為に試練を受けて、力を掴んだ筈なのに。
〈自分さえ守れないあなたが、一体誰を守れるの?〉
その通りだ。
今は自分を守る為にどうしたら良いかも分からない。
〈あなたは試練で何を学んだの?〉
試練で学んだ事。
それは…大切な物の為に立ち向かう勇気。
でも今は…。
〈目の前の敵が怖い?〉
怖い、どうしたら良いかも分からない。
〈だから逃げるの?〉
っ…逃げたく…ない…。
負けたくない!
でもどうしたら…!?
〈バリアをもう一つ作れば良い。〉
バリアをもう一つ?
どう言う意味だ…?
〈さぁ?あとはあなたが考えたら?〉
くそっ…やってやる。
と、同時にバリアが音を立てて崩れる。
「さ、今度こそ私の勝ちだね!
……え?」
凪の口から思わず驚きの声を漏れる。
壊れたバリアの中には誰も居なくて、振り上げた爪は虚空を撫でたのだ。
「い…一体何処に!?」
「今だ…流波斬!」
突然凪の背後から衝撃波が放たれ、命中する。
「っ…!?」
「うわっ!?
キリキリが瞬間移動した!?」
「恐らく…彼の力がまた一つ成長したみたいね。」
「いやぁ…痛たた…。
参ったなぁ…。」
頭を掻きながら凪が呟く。
「一体何がどうなってるの!?
訳が分からないの!」
言いながら頭を抱える雫。
「つまり…彼はバリアをもう一つ作る事で、二つのバリアの中を自由に瞬間移動出来る能力を身に付けたようね…。」
「むむむ…。」
茜なりに分かり易く解説したのだろうが、雫は未だ理解出来ずに頭を抱えている。
「まぁ今回は油断したし私の負けって事にしとくよ。」
「でもやられすぎね…。
十点…。」
「うるせぇよ…。」
本格的に力が抜けて、その場に倒れる。
「き…桐人君…!」
「当然ね…。
傷付き過ぎよ。」
「あはは、手加減しなかったからね。」
「笑って言うなっての…。」
「さぁ、早く傷を治してあげたら…?」
「あ、はい!」
慌てて手を合わせる千里。
すると、さっきまでの痛みが嘘みたいに無くなる。
「へぇ、あんたは回復の力なんだ。」
同時に今度は千里が膝を突く。
それを木葉が受け止める。
「ふぅ危ない危ない!」
「…まぁ、彼女の力は諸刃の剣だけど。」
「みたいだね…。
まぁ、とりあえず神社に入りなよ。
お茶くらいは出すし、お互い話したい事もあるでしょ?」
「わ~い!お邪魔しま~す!」
「ったく…ちょっとは遠慮しろっての…。」
つうかこいつ絶対お茶菓子目当てだろ…。




