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夢幻  作者: 遊。
第二巻 第一章

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負けの先に、勝ちはある価値もある


 「くそ…やるしかないか。


木葉、やれるか?」


「え~無理~。」


「…は?」


まさかの即答。


「な…何でだよ?」


「別に顔がふやけて力が出ないからじゃないよ~。」


お前は何パンマンだよ…。


「別にふざけてる訳じゃないよ~。


けして面倒くさいからとか、雨の中動き回りたくないから怠いとかそもそもやる気が無いからとかじゃないよ?


本当だよ?」


「…その割にはやりたくない理由の引き出しが随分豊富だな…おい…。」


「にはは…ま、でも実際戦えないのは本当。


前にも話したと思うけど、私の超音波はそこまで万能じゃないからさ~…。


発動中は他の事が出来ないし、かと言って超音波を使わなかったらしてる時より絶対に被害は大きくなるじゃん?


だから私は戦わずにずっと超音波を出し続けてるしかないって訳。


どう?これで分かってもらえた?」


「あぁ、よく分かった…。


本当に恐れ入る。」


前置きが無かったらもっと早く理解出来てたんだけどな…。


まぁ…こいつだしなぁ…。


「どうも。」


となるとやっぱ俺一人でやらないといけない訳か…。


背中に背負っていたバットケースから刀を取り出す。


茜からこの刀、妖刀夢幻を預かって以来いつまた化け物に襲われても良いようにこうして普段から持ち歩くようにしている。


このバットケースはその為のカモフラージュ。


ちなみにフランス語ではキャムフラージュ。


このバットケース…最初に持って行った日にはクラスでちょっとした騒ぎになった。


不運な事故(誰の仕業かとはあえて言わないがキリキリが野球?似合わなブフォwwと言った後、気になったからと勝手に開けやがった)でクラスメートに中身がバレた時はどうなる事かと思ったのだが…。


結局、部活で使う為に持ってきた私物で偽物だからと言ったらすんなり信じてもらえた。


全くなんて部活だ!


…などとどこぞの芸人風に脳内でぼやいていると、


「キリキリ!危ない!」


「っ…!」


言われてとっさに横に転がる。


「って…。」


その際に腕を擦り剥くが、何とか避けれた。


どうやらあの化け物蛙が、長い舌をまるで餌のハエでも捕まえるかのように伸ばしてきたみたいだ。


「なるほど…馬鹿デカい上に遠距離攻撃までまで出来やがるのか。


と、なると接近戦しか出来ないこっちは必然的に不利だな…。」


「みたいだね。」


「くそ…こうなったらバリアで…。」


〈無駄だよ。〉


試練の時のように、雨がテレパシーでそう語りかけてくる。


「なっ…!?」


〈今のあなたにバリアは出せない。〉


「な…何でだよ!?」


〈だってそうでしょ?


あなたが望んだ力は大切な物を守る力であって、自分の身を守る為の力でも自由自在にバリアを操れる力でもない。


だから大切な物を守る為でしかその力は使えない。〉


「っ…そんなせこい訳あり通販みたいな理屈ありかよ…?」


〈通販は本来注文された物しか出せないと思うけど?


茜はあなたが注文した力を注文通りに与えただけ。〉


「っぐ…まぁ確かに…。」


〈まぁ、出せるようになる可能性は無くはないけどね。〉


「ほ、本当か!?」


〈多分ね。


茜の夢幻で得た力は、持ち主の心に左右して変化する傾向があるの。〉


「俺の…心?」


〈そう、あなたの心が強くなれば力も変化するかもね。〉


「なるほど、でもそうは言ってもなぁ…。


心を強くするなんて…そんなのどうやって…?」


〈さぁ…?それはあなたが自分で考える事だね。」


「くっ…。」


どちらにしろ今すぐにどうにか出来る事では無いって事か…。


「くそっ…だったらせめてあいつを一撃で仕留められるような必殺技とかあれば…。」


「いや、そんな…漫画とかゲームじゃないんだから。」


化け物に向き直ってぼやくと、木葉にツッコまれる。


「でもそれっぽい状況だろ!?」


「まぁ…私はあるけどさ、元々キリキリのは攻撃用の力じゃないから刀に備わってないなら無いんじゃない?」


「ってもお前の場合あるのに戦えないんじゃどうにもならんだろうが…。」


「まぁそうだね~。


困った困った。」


ちっとも困ってる感じしないんだよなぁ…。


ったく他人事だと思いやがって…。


「と言うかあるなら戦えよ…。」


「え~やだ。」


これ本当に超音波を使う為だよな…?


本当にさっき言ってた理由のどれかじゃないよな…?


と、その時。


今度は木葉に向けて化け物が舌を伸ばして攻撃してくる。


「危ない!」


咄嗟に庇うと、バリアが現れて攻撃を弾く。


「あ、ありがとう…。」


「なぁ、今バリアが出たのって…?」


〈多分彼女を守りたかったからだろうね。〉


「なるほど…やっぱりか。」


木葉から離れると、バリアは消える。


「やっぱりか…。」


〈ねぇ、あなたはこのままで良いの?〉


「…え?」


〈戦いに負けて、自分の正義を否定されて、嫌になるほど現実を突きつけられて、今も化け物に為す術が無い。


あなたはそれで良いの?〉


「っ…!?」


そうだ。


それで良い訳が無いだろう?


手が届かないならこの足で近付けば良い。


倒されたら何度だって起き上がれば良い。


負けたなら勝てるまで何度でも挑めば良い。


こんな化け物一匹倒せないで何が正義だ?


目指す敵は更に更に上だと言うのに。


簡単に捨ててしまうくらいの思いなら。


すぐに諦めてしまうくらいの正義なら。


そんなの最初から捨ててしまえ。


譲らない、いや譲るもんか。


「バリアが無いなら無いで良い!」


刀を引き抜き、そのまま化け物の舌を切り裂く。


「お~!キリキリさっすが~。」


〈少しはやる気になったみたいだね。〉


「当たり前だろ。


もっと強くならなきゃいけないんだ。


こんな化け物になんか負けられない。」


〈そう、その思いがあるならあなたは今よりもっと強くなれる。


さぁ、刀はあなたを受け入れた。〉


突然刀が光り出し、オーラのような物を放つ。


「これは…?」


〈それは妖刀夢幻が持ち主の心に反応して強くなった証。〉


「刀が…」


〈今だよ、刀を横に振ってみて。〉


「刀を横に…?


こうか?」


言われた通りに刀を振ると、刀身から衝撃波が放たれて化け物に命中する。


「なっ…これ!?」


〈それがあなたの新しい力。」


「これが……。」


衝撃波によるダメージは大きかったようだが、どうやら致命傷には至らなかったらしい。


化け物は苦しそうに呻き声を上げている。


「とどめだ…!」


飛び上がり、そのまま化け物に刀を突き刺す。


それと同時に、化け物はさっきまでの比じゃない呻き声を上げ、消し飛ぶ。


「ふぅ…。」


刀を鞘に収めながら、一息。


「お~!やったじゃん!」


「ふむ、どうやら何とかなったみたいじゃのぉ。」


「おぉう!?」


完全な不意打ちに、思わず声が裏返ってしまった。


慌てて振り返ると、牧乃先輩が立っていた。


「牧乃先輩…。」


「お主の戦い、見せてもらった。」


「なっ…。」


「良い目をしておる。


どうやらワシとの戦いと今の戦いで一つ成長出来たようじゃな。」


「おかげさまで…。


でもまだこれぐらいじゃ足りないんだよ。


俺が目指す敵はもっと強いから。」


「ふむ、そうじゃろうのぉ。


ならもう一つ教えておいてやろう。」


「え?」


「ワシは天才などではない。


お主達のように力を持っておるのじゃ。


時間を止める力をな。」


「なっ…!?」


だからあんな一瞬で…。


「って事は…!あんたは最初から俺が指一本触れる事が出来無いって分かっててあんな事をさせたって言うのかよ!?」


「無論じゃ。


言ったじゃろう?戦いは非情であり、時に自分も非情にならなければならないものだと。


ワシは挑まれたから手を抜かずに相手をしたまでじゃ。」


「っ…この…。」


「卑怯だと思うか?私の事が。」


「っ…!」


「甘えるな。


力とは本来横暴な物じゃ。


それがあればどんな不条理であれ正義にされてしまうのじゃぞ?」


「っ!?」


「それが悔しいなら這い上がれ。


負けを知り、現実を知り、もっと強くなれ。


そこに近道など無い。」


そう言って、牧乃先輩は行ってしまう。


「くっ…。」


「多分さ、牧乃先輩はキリキリに負けるって経験が必要だと思ったから勝負に応じたんだと思うよ?」


「そう…だな。」


事実、俺は一度負けを知ったからこそさっきの化け物を倒す事が出来た。


負けを知り、悔しさを知って這い上がるからこそ、人は強くなれる。


不条理を正義になんかさせたくなければ強くなれば良い。


彼女はそう言いたかったのだろう。


「上等じゃねぇか。」


もっと強くなってやる。


そしてそんな不条理な正義なんてねじ伏せてやる。


「見てろよ…。」


夕焼け空を見上げ、ぽつりと呟く。


その時俺は気付かなかった。


校門前で立ち止まり、動けなくなっている茜の事など。


その時雨の案内で無事に校門前までたどり着けた茜は、突然全身に強い悪寒を感じて動けなくなってしまっていた。


息が荒くなり、体が震える。


どうしてしまったと言うのだろう?


その先に踏み出そうとしても、足が自由に動かず前に進めない。


いや、答えは分かってる。


恐らくこれは、もう一人の自分が受けた感傷のせいだ。


気にしない、関係無いと決めた筈なのに、体は全く言う事を聞かない。


まるでもう一人の自分が、自分の体にまとわりついてそこに行こうとしている私を引き留めようとしているかのように。


駄目だ、これ以上はここに居られない。


背を向けて足を動かすと、やっと体が動き始める。


次第に悪寒も薄れていく。


結局、私が私のままで居られる場所は、死神神社以外に無いのだ。


目を伏せ、そのまま足早にその場を後にした。

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