兄妹の距離感がわかりません!
アリーシャは今日も読書を楽しんでいる。今回はミッドガルド帝国にいる諸侯に関する本だ。
ミッドカルド帝国には広大な土地故に爵位を持つ貴族が数多くいる。
ここでは特に有名な四つの貴族について紹介しよう。
ペルルーク伯爵。ミッドガルド帝国の湾岸部を占めている。海外交易の重要拠点のため、帝国での地位も高く、伯爵家は代々大臣の座についている由緒正しい一族。
ムスペル伯爵。ここ十数年で急成長したミッドガルド帝国の北東部を占める貴族。魔族との戦争で長年荒野だった土地を再生させ、平民から貴族へと成り上がった。
ヴァーラス公爵。ミッドガルド帝国の西部を占める貴族。王族が降嫁したこともある名門貴族で、普段は宰相を勤めているが、有事の際は将軍になったりと彼らの才能は多岐に渡る。
シアルフィ公爵。ミッドガルド帝国の中央北を占め、最大の領地を誇る。ミッドガルド帝国建国から存在しているといわれており、政治的権力は王の次とも言われ、王弟殿下が婿入りしたことも有名だ。
他にもビフレスト伯爵など、魔族との戦争でーーーー
むぎゅっ
熱心に読み耽っていると、背後から誰かに抱きつかれた。一瞬驚いたものの、何度もあることであったのですぐに落ち着きを取り戻し、背中にいる人物に声をかける。
「お兄さまー?まだ本を読んでるんだけどー?」
「んー、日が暮れたら起こしてくれ……」
ダメだ!人の話聞いちゃいねぇ!ああ!本当に寝よったぞこいつ!
お兄さまは抱き枕のようにがっつりホールドして、肩に頭を埋めて寝始めた。
すぅー、すぅー、と寝息が聞こえれば、起こすのも憚られるため、もう好きにさせることにした。
「正体がバレる前はTHE王子様って感じだったのになぁ。今じゃ、抱きつきぬいぐるみだよ。なんでこうなった??」
あまりの変貌ぶりに何回目かわからないため息を吐く。それでも怒れないのは、仕事頑張ったんだろうなってのと、単純にイケメンすぎる顔のせいである。
これが噂の『ただし、イケメンに限る』か。これは逆らえないわ、ほんと。
お兄さまの正体と真意が分かってから、アリーシャは公爵にお兄さまを自分のお付きにするようにお願いした。
アリーシャの扱いをどうするか未だ決めかねている公爵は、身内の暗部とも言えるお兄さまをお付きにするのはさすがに良い顔はしなかった。だが、結局は折れ、晴れてお兄さまはアリーシャのお付きとなったのだ。
これでお兄さまのお仕事が減ってくれたらいいな、と考えていたアリーシャであったが、よほど有能なのか、ただ単にわからないだろうと高を括られているのか、お兄さまの仕事は減ることはなく、むしろ、お付きの仕事のせいもあって増え忙しい毎日を送っている。
そのため暇を見つけてはこうしてアリーシャの部屋に寝に来る。そして数時間後に起床、お付きの仕事をした後、別の仕事に戻る。を繰り返している。
「ここで寝るのは信頼の証なんだから、百歩譲って許すとしてなんで抱きつくの?猿なの?」
最初の頃、抱きつきぬいぐるみと化したお兄さまに尋ねたりもした。
「いや、家族なら当たり前だろう?家族ってのは一緒に寝るもんじゃないか」
「私、まったく寝ておりませんが。だから抱きつく必要はないでしょ、って言ってるの!」
「異世界では抱きついて寝ないのか?」
「はえ?」
「この世界では家族は抱きついて寝るんだぞ?そうすれば有事の際、すぐに安全が確認出来るし、脱出ルートでの逃亡も迅速に行われる。だから家族、特に兄妹は抱きついて寝ることが多いんだ」
「えええ、そ、そうなの?」
「そうだ、常識だぞ。異世界は違ったんだな」
「うん、まぁ」
「これから覚えていけばいいさ。またわからないことがあったら聞いてくれ。じゃ俺は寝るから」
と、至極当然のように言われれば、異世界歴8年の箱入り娘は納得するしかなく、今に至る。
後にアリーシャの婚約者になる男からこの説は真っ向から否定されることとなる。
「そんなわけないだろ。有事の際は使用人が安全確認して、脱出ルートまで誘導するわ。なんのための使用人だよ。ってか、有事の際に抱きついてたら反応が遅れて逆に逃げ遅れるんじゃない?」
しかし、今のアリーシャはまだそのことを知らない。だから疑問に思いながらもそのままにするしかなかった。
それになんだかんだ言っても、頼ってくれる相手がいるのは少し、ほんの少しだけ、嬉しかったりもするものである。
顔の火照りを感じながら、アリーシャは再び分厚い本に目を通し始めるのだった。
カー!カー!
本を読み終わり顔を上げると、窓は真っ赤に染まり、烏の鳴き声が遠くから聞こえてくる。
「お兄さまー?夕方になったよー?起きないのー?」
本を机に起き、なんとかお兄さまと向き合い声をかける。何度か声をかけると、眠そうに目を開ける。
「あー、アリーシャ、おはよう」
気怠げな声を出し、髪を一束、掴んで唇を落とす。
アリーシャはまたやってるよと呆れたようにため息を吐く。
その態度が気に入らなかったのか、拗ねたように唇を尖らせた。なんでその顔も様になってんだよ。それは可笑しいだろ。
「最初はあんなに照れてくれたのに、今じゃあ全然照れなくなったな。つまらん」
「そりゃあ、イケメンにそんな王子様みたいなことされてみ?照れるでしょ!むしろ、照れなきゃ失礼でしょ!?」
「じゃあなんで恥ずかしがってくんないんだよー。照れろよー」
「いや、抱きつきぬいぐるみ相手に照れるほど純情ではないので」
「あっそ」
真顔ではっきりと断ると、お兄さまは心底つまらなそうに髪から手を離し、両手を上へ伸ばして背伸びをする。
「お兄さま、これ、戻しておいて」
「ん」
アリーシャは机に置いておいた本を渡す。本を受け取ると、手慣れた手つきで懐へと忍ばせる。
「また新しいの読みたいな。次は魔物生態図鑑が読みたい。持ってきて」
「ないぞ?」
「へ?」
「これで最後だ。この屋敷にアリーシャが読んでない本はない」
「な、なんで!?お父さまの部屋にいっぱいあったじゃん!あれ、全部読んだの!?」
確か、壁一面に本が並んでいたはずだ。いくらなんでも数ヶ月で読みきれるはずがない。
「ああ、あれは本に見せかけた周辺諸侯の内部情報だから、いくらアリーシャでも見せられないぞ」
「うげ、あれ全部?」
天井まであった本棚を思いだし、うんざりする。そりゃあお兄さまの仕事が減らないわけだ。
「じゃあ、どうしよう。明日からなんか趣味を見つけなきゃね」
「いや、図書館行けばいいんじゃないか?」
「図書館!?図書館があるの!?」
なんだそれ!聞いてないぞ!異世界の図書館とか行きたすぎるだろ!!
あまりに魅力的な言葉に思わず身を乗り出すが、急に冷静になる。
「って、ここから出れないのに、行けるわけないよ」
なのに、お兄さまはなんてことないように、返してくる。
「黙って行けばいいだろ」
「さすがにそれはダメだよ。バレるって」
「大丈夫、明日はエリオット様の快気祝いで、一日中王宮に行くから。ここは留守になる。その間に出掛けよう」
快気祝いを王宮で行うなんて本に書いてあった通り、本当にシアルフィ家ってボンボンの家なんだな。
まぁ、おかげで抜け出すチャンスが出来たんだからありがたいけど。
「やったー、おでかけだー」
「じゃあ明日、昼食を食べ終わったら、街へ連れて行ってやる」
「お兄さま、ありがとー、大好きー」
「好きか、そうかそうか、じゃあ結婚しよう」
「初めてのお外だもんなー。わー、なにを着ていこう」
初めての外出だから、はしゃいでしまう。衣装箪笥の中の決して多くはない服を並べてどれにしようかと悩む。
「あのー、アリーシャさん?無視ですか?」
「あれ?お兄さま、まだいたの?仕事に行かなくていいの?」
「……イッテキマス」
なんだか、お兄さま泣いてたような?なんでや工藤。




