だって!似てないんです!!
ダンスパーティーから数日後。ムスペル伯爵の屋敷にて。
「シースー?なんで俺が怒ってるのかわかってるよなぁ?」
アルファの私室で、床で正座しながらアルファの説教を聞いている。だ、だって!仕方ないじゃん!
「アルファさん、あのですね、あれは不可抗力と言いますか、あの人が変なこと言うから!それにちゃんと言葉遣いには気を付けたし」
「あ?」
「ナンデモナイデス」
ひええ、怖い。般若だよ!今、般若がいたよ!!
「お前が居なくなって帰ろうとして、兵士に囲まれた時は生きた心地がしなかったぜ。ガンマに助けてもらってギルが記憶操作してくれなかったら、今頃俺たちは爵位剥奪の上、国外追放だったんだぞ!?せめてユリシア様が先に帰っていたのが救いだった。ユリシア様も居たらヴァルハラとミッドガルドとの国際問題だったぞ!?なんて恐ろしい……」
「そうなの!?なんで!?お兄さまの方が100万倍格好いいって言っただけだよ!?」
「本当のことなら何でも言っていいわけじゃないんだよ!!お前、本当に一回人生経験してんのか!?この馬鹿!!!」
「まぁ、あいつより俺は格好いいから。まったく嫉妬なんて見苦しい」
「そもそも!お前がよりにもよって王子に変装するからこんなことになったんだろうが!自分の偽者が好き勝手してたら誰だって怒るだろ!!」
私を後ろから抱きついて、世にも珍しいイケメンコアラ化したお兄さまが話に割り込んで来ると、アルファの雷がお兄さまに、落ちた。
けど、お兄さまは全然意に介さないというか、王宮から帰ってきてからずーっとにやにやしてるんだよね。
仕事でなんかあったのかなぁ?
「王宮で活動するなら王子に変装するのが、一番手っ取り早いだろ。それに薔薇園に入れるのは王子と王子に招待された者だけだからな。なら、王子になるしかないだろ」
「なんでだよ!!諦めろよ!!当たり前じゃねぇからな!?」
そんなどこぞのトンボのネタを言われても、それ知ってる人なかなか居ないと思うよ?
なんて考えて頷いていると、アルファがこちらを向いて片手で頭を締め付けてくる。
「痛い痛い痛い!!暴力反対!!」
「なんかわからんが、無性に苛ついたから、多分お前が悪い」
「理不尽!」
「それはこっちの台詞だ!事態の収拾にどれだけ苦労したか!ガンマも何か言えよ!」
アルファがガンマに話を振ると、扉の前で待機しているガンマが口を開く。
「シス、いくら兄とはいえキルばかりに触れさせるのはいただけない。俺も君に触れたいんだが、構わないか?」
「いいよー」
「良いわけあるか、変態、失せろ」
「そうじゃない!!そうじゃないから!!話聞いてたか!?あ、聞いてない?でしょうね!!」
アルファが問いかけると、ガンマは不思議そうに首を傾げた。
あの私が言うのもなんですが、ガンマは今までよく生きてこれたね?その天然っぷりは人間なら即死だよ?
「とにかくお前らは今後王宮に近づくのは禁止だ!いいな!?ギルの魔法が効いているとはいえ、何があるかはわからんからな」
「はーい」
「仕事じゃなきゃ誰が行くか、あんな所」
「本当にわかってるか……?」
項垂れげっそりした表情のアルファを見ると、ちょっと可哀想な気がしてきた。
次からは気を付けるように頑張ろう。約束は出来ないけどね!だって私だし!
「んー!おいしー!」
「採れたて卵で奥様が作ったプリンですから。気に入っていただけて何よりです」
アルファがお兄さまと手合わせがやりたいと言い出したので、私はガンマと二人で中庭でお留守番なのだ。
ギルさんがプリンを出してくれたので、ありがたくいただく。卵の風味が濃厚で口の中にふわっと広がってすーと溶けていくの、本当に最高!幸せ!!
「お母さまのデザートはいつでも最高に美味しいけどさ。このプリンは格別に美味しいよ。なんで?」
「それは恐らく鶏が違うからでしょうね。実は先日、鶏の魔物『コカトリス』の家畜化に完全に成功しましてね。コカトリスは砂漠や荒野に住む魔物なので少ない餌で卵に栄養を詰め込むので卵が本当に美味しいんです」
はー、なるほど。ムスペル領はいつの間にか畜産にまで手を出していたようだ。けど、よりによって魔物の家畜化とはすごい発想だなぁ。ん?ちょっと待てよ。
「私の世界のコカトリスは、飼い主から少しずつ血を吸い出して殺すっていう物騒な魔物だったんだけど。完全に成功ってことはそういう危険も排除出来たの?」
「ええ、その通りです。飼い主から血を吸い出すのは卵に栄養を溜め込むためなのはわかってはいましたが、血の代用となる物質が見つからずに苦戦していたのです。しかし、先日キルさまがある植物を私どもに作れないかと聞いていただいたことで解決したのです」
「ある植物?」
「青い薔薇です。奥様がせっかく作ったのだからと、試しに青薔薇の粉末を餌に練り込んで食べさせたところ、そのコカトリスは血を吸い出すことなく、こうして濃厚な卵を産み出したのです」
「青薔薇ってすごいね!青薔薇を難なく作れるお母さまもすごい!」
流石!女神に愛された花は違うね!なんでお兄さまが青い薔薇を欲しがったのかわからないけど、ナイス!
「ええ、もちろん奥様が一番凄いですが、キルさまがきっかけをくださらなければ、この美味しいプリンは完成しませんでした。シスさま、ありがとうございます」
「私じゃないよ?お兄さまでしょ?」
「キルさまにお礼を言いましたところ、シスさまに言ってくれと仰られましたので、どうか受け取ってください」
「もう、素直じゃないなぁ。そういうことなら受け取ります。どういたしまして」
ギルさんは相変わらず笑顔を携えていたけれど、目が一瞬優しくなった気がする。
いつも迷惑かけてるからな。こうしてたまには役に立ってるなら良かった。
「ガンマも食べなよ。美味しいよ」
「ありがとう。だが、今はシスの護衛中だから、構わない。俺のことは気にせず食べてくれ」
「えー」
納得が行かず、無理やり食べさせようと席を立とうとすると、ギルさんに阻まれた。それを不思議に思う間も無く、ガンマに向けて何か早く鋭いモノが襲いかかった。
「ガンマッ!」
ガンマはそれを当然そうに掴んだ。それは矢で矢尻には何か紙のようなものがくくりつけられていた。
ガンマは慣れた手つきで矢尻から紙を外し、広げていく。
「え?え?なに?どういうこと?」
「シスは見るのは初めてか?オーガは魔法を使えないし、砂漠だから伝書鳩のような生き物もない。だから、連絡手段は矢文で行われているんだ」
「え、ごめん、聞いてもまったくわからない。どういうこと?」
え?これ、ガストローからここまで飛んで来たの?しかもピンポイントでガンマのところまで?……魔族ってすごいね。
「こんな芸当が出来るのは王族くらいのものだが、どうやら父からの手紙だ」
ガンマが手紙を読み終わるのとお兄さまが戻ってくるのは同時だった。
ガンマは私とお兄さまを交互に見て、
「キル、シス、押し掛けておいて済まないが、数日俺に暇をくれ。魔王会議に出席してくる」
「魔王会議……」
どうやら魔王会議というものに出掛けてくるらしい。………魔王会議ってなんぞや??
「で?あいつは来るのか?」
「もちろん、来るでしょう。何せ当事者ですからね」
「はっ!しっかし、ガストローも落ちぶれたもんだなぁ。いくら襲撃したのが同盟のティルナノグとはいえ、ドラゴンを倒すことなく、挙げ句人間の力を借りて解決するなんざ、反吐が出る」
「ええ、いくらオーガが比較的人間に友好的とはいえ、婚約者にするほどのめり込み、挙げ句人間に救われるとは、実に奇っ怪で珍妙で面白い」
「あんな平和ボケした奴らでも俺らの仲間だからな。仕方ないから目を覚まさせてやろうぜ、ナルヴィ」
「シアルフィ公爵の名無し娘、『シス』ですか。逢うのが実に楽しみです。ええ、待ちきれませんよ」




