俺はここにいる(お兄さまside)
「うわぁ、綺麗。薔薇園だ!すごいすごい!黒い薔薇だけでもすごいのに青い薔薇もある!え?なんでなんで、すごい!!」
薔薇園に到着すると、シスは目を輝かせて喜んでくれた。特にここにしか咲いていない黒薔薇と青薔薇をとても気に入ったらしく、ずっと眺めている。
そんなに気に入ったなら、別荘にも黒薔薇と青薔薇を育てられないか、庭師と相談してみるか。もし、育てられないようなら、国王を脅してここの薔薇を何本か奪えば良い。こんなにあるのだから、少しくらい良いだろう。
ふと、ここまで考えて思い出す。
そうだ、俺は国王に話をつけに行くのではなかったか?なぜ、それも忘れてシスと戯れているのだろう。
「お兄さま、ここに連れてきてくれてありがとうね!こんなに素敵な薔薇たちは生まれて、ううん、生まれる前でも見たことなかったよ!私のお兄さまは本当に何でも知っててすごいね!!」
「当然だろう。俺はお前の兄だからな」
「さすがお兄さま!」
そんな疑問も、シスが俺を見てくれるなら些末なこと、あっという間に吹き飛んだ。
俺はシスの『兄』なのだから、何を置いてもシスが最優先に決まっている。
「そんなに喜んでくれるなら、俺も連れてきた甲斐があった」
「喜ぶに決まってるよ!だって前世でも黒い薔薇や青い薔薇は貴重で本物を見たことなんてなかったんだもの!それがこんなにいっぱい咲いてるんだよ!」
「そんなに貴重なのか、これは」
俺は王宮に入る時はいつも夜だったから、珍しいことは知っていても、特に気にもとめていなかった。
確かに青い薔薇も黒い薔薇も美しいが、輝くように美しい赤や白の薔薇に比べれば見劣りもするし、シスはいっぱい咲いていると言ったが中庭に広がる見渡す限りの薔薇園の中ではほんの一握り。しかも、物陰にひっそりと生えている。
いくら貴重でも必要とされなければ、何の意味もない。ましてやそれが暗く地味な色ならなおのこと。
黒い花弁を触る。花びらの奥から雫が零れおち、俺の指を濡らした。
ーーーまるで、俺のようだ。
「そうなんだよ、黒薔薇と青薔薇は本当にすごいんだから!特に青薔薇は前世では自生してなくてさ!偉い人が長い年月をかけてやっと作りあげたんだよ。それなのにこの世界では当たり前のように咲いているの、すごいなぁ」
「わざわざ青い薔薇を何のために?」
「さぁ?私が青薔薇を作ったわけじゃないからねぇ。青薔薇が出来るまでは不可能だって言われてたらしいから意地になって作ったのかもね」
感触を楽しむように青い薔薇の花弁を触るシス。
人間の勝手な都合で生み出された花、か。ふと、書庫に書かれていた魔族の歴史が頭に浮かぶ。
魔物を退治したいという人間の勝手な都合で生み出された異形の一族。その姿と青薔薇が重なる。
くだらない考えだ、俺は何を考えているのか。
たかだか花ごときに何を感情移入しているのか。
そもそも人間が勝手に作ったというのは異世界の話でこの世界ではない。この青薔薇が作られたものかどうかもわからないのに。
書庫で読んだ真実があまりにも俺たちの知る歴史とかけ離れ過ぎていたから、衝撃が強すぎてこんなことを考えてしまうのだろう。
「私ね、薔薇の中では黒薔薇と青薔薇が好き。珍しいからってのもあるけど、花言葉が素敵なんだよ」
「花言葉?」
「花言葉ってのはね、人が花に想いを託して、花と共に贈る言葉を言うんだよ」
「青薔薇と黒薔薇の花言葉はなんだ?」
「えっと、黒い薔薇が『憎しみ』と『恨み』で」
そこまで聞いて眉間に皺を寄せた。呪いの言葉じゃないか。しかし、シスはまだ続ける。
「そして、『不滅の愛』。憎んでも、恨んでも、それでも愛してくれる。ほら、素敵でしょ?綺麗な愛だけ向けられるより、歪んだ想いも真っ直ぐな想いも向けてくれるのがより愛されてるみたいで私は好きなんだ」
こいつは本当に……。まさか俺の考えを知ってこんなことを言っているのか?
じっとシスを見てみるも、にこにこと楽しそうに笑うだけで、そこからの考えは読み取れない。ただ単に好きな花言葉を話しているだけのようだ。
シスが青薔薇の花言葉も話し出す。
「青薔薇はね、作られる前の花言葉は『不可能』だったんだよ。でも、実際に作られてからは『夢かなう』『奇跡』そして『神の祝福』。自生してるならこの花は女神さまに愛されてるってことのかな?うん、愛されてるよね。だってこんなに素敵な青色だもの!」
魔族と重ねた花が女神に祝福されているなんて矛盾も良いところ。やはり花は花で人と重ねるべきものではない。そう思っていても、シスの言葉に笑顔に救われた気がするのは何故だろうか。
「シス、俺は……」
「見つけた!この偽者め!俺に化けるなどどういうことだ!?」
シスに俺の気持ちを聞いて貰おうと口を開いたが、すぐに外野から邪魔が入る。
数人の兵士を引き連れて、ベータがやってきたようだ。
くそっ!王族とやらは何故俺の邪魔ばかりする!本当に忌々しい奴らだ!
「失せろ」
「なんだと!?貴様!俺に向かって!」
「男女の会瀬を邪魔するなど、誰でもあろうと許されて良いはずないだろう?消え失せろ、無粋者どもが」
キッと睨みつけてやると、怯えたように数歩、後退りした。なんて情けない。同じ顔に睨まれたぐらいで何を恐れることがある。
やはり、こいつより俺の方が王にふさわしいんじゃないか。そもそも選ばれたのは俺だ。俺こそがこの国のーーー
「言いがかりは止めていただけますか?私のお兄さまがあなたに化けている?どこがですか?」
「は?」
「お前、何を言って……」
シスが心外だと言わんがばかりに、苛立った様子でベータに詰め寄る。
これにはベータも俺も目を丸くしてシスを見ることしか出来ない。言いがかりも何も双子なんだから化けていると思われても仕方ないと思うが。
「いや、どう見てもこいつは俺そのもの」
「あり得ませんわ。失礼ですが、貴方の目はちゃんと見えておりますか?」
やれやれと軽く首を振ってから、俺を指差して一気に捲し立てる。
「お兄さまの髪の方がサラサラでお日さまの光のように綺麗です!それにお兄さまの方が鼻も高いですし整っております!体つきだって全然違いますよ。ほら、ご覧なさいな!お兄さまの方が断然引き締まっていて素敵でしょう!?貴方なんてひょろひょろじゃありませんか!それに声だって私を呼ぶ時、ほんの少し低くしてくださるのが本当に格好いいんですよ?いつも胸が高鳴ってしまうくらいですもの。お兄さまは香りすら完璧で」
「お、俺だって香りくらい気を遣ってる!」
シスのいつもの怒涛の語りに気圧されながらもベータがなんとか口を挟む。しかし、それはシスの語りに油を差すだけだった。
「気を遣ってる?無駄に高い香水をひけらかしているの間違いではありませんか?先ほどから香水が臭くてたまりませんの。近づかないでいただけますか?お兄さまの香りというのはお兄さま自身が放つ優しくて安心する匂いのことですわ。女寄せなのか、自慢のためかは知りませんが、複数の香水を使うのはお止めになっては?そういう気遣いもなく、自己を主張するところも全然お兄さまとは違いますわね。お兄さまは口は悪いですが、いつも家族を気遣い見守ってくださいます。貴方にそれが出来て?出来ないですわよね?私が話しているのに割って入るくらいですもの。そもそも」
「わかった!わかった!似てないでいいから!!一回黙れ!!」
「ぷっ、あっはっはっは!!」
ついにベータが根負けして話を遮る。話を遮られたことで不満を隠しもせず、ベータを睨むシス。
その様があまりにも可笑しくて、そして堪らなく嬉しくて笑いが止まらない。
そうか、そうだよな。シスは俺の『妹』なんだ。誰よりも俺を見ていてくれている。ベータと俺が同一に見えるわけがない。
俺は俺だ。俺はベータじゃない。そんな当たり前のことがわからなくなるなんてどうかしてた。
それに、シスが俺を見ていない?不公平だ?
俺は本当に大馬鹿者だ!!シスはこんなにも俺を見てくれていたじゃないか!!俺の歪んだ想いも真っ直ぐな想いも愛しいと言ってくれた!!俺の悩みなどそんなもの最初から存在していなかったんだ!!!
一瞬でも、ベータに成り代わろうとした自分を殺してやりたい!俺を捨て、俺とベータの区別すらつかない奴らの『愛』を欲して何になるというのか!
俺には既に『俺』だけを見て、『俺』を欲してくれる、唯一無二の可愛い妹の『愛』を持っているというのに!!
「ふふっ、そこまでにしておけ、そいつはそれでもこの国の王子だ。可哀想だろう?」
「え!?これで王子様なの!?お兄さまの方が100万倍格好いいのに!?」
「ふふっ、はは、だ、だから言ってやるな、と、あっはっはっは!!」
シスとしては俺だけに言っているつもりだろうが、驚きで声が大きく周りに聞こえてしまっている。
ダメだ。笑いが止まらない。涙が溢れてくる。参ったな、笑ってる場合じゃないってのに。
ベータの青ざめた顔に連れてきた兵士達が殺意と怒りを滲ませている。
ここまで王子を馬鹿にされれば当然か。
ベータ本人は今までこんなこと言われたことなかったからか、茫然自失でどこか遠くを見ている。軟弱なことだ。
「おのれ!王子を侮辱するとは!!」
兵士の一人が剣を抜き、シスへと斬りかかろうとする。シスを引き寄せて、マナで強化した短剣で剣を叩き斬ってやった。剣が斬れたことに驚いている隙に蹴りを入れてやった。兵士は茨に突っ込み、気を失ったようだ。
それはいいが、せっかくの薔薇がいくつか散ってしまった。
シスを見ると、やはり悲しげに散った薔薇を見ている。俺はシスを喜ばせたくてここへ連れてきたのに、お前らのせいで!
怒りが湧き、睨み付けると兵士達も数歩後退った。
シスが俺の手を引っ張り、
「お兄さま、この人たち怖いからもう帰ろうよ」
「そうだな。帰るか」
ベータがここにいるということはパーティーは終わったはず。こう兵士がいては薔薇観賞も出来ない。ならば、王宮にいる理由はない。
「えっと、確か、皆さまご機嫌よう」
シスが一礼したのと同時に煙幕を取り出し、地面へぶつける。煙が晴れる頃には俺たちは消えていることだろう。
馬車に揺られ、家路についている。
俺は仮面をつけ、シスは化粧を落として、いつものあどけない世界一可愛い妹に戻った。化粧をしたシスも世界一美しかったが、俺はこちらが良い。
久しぶりのシスを後ろから抱きしめ幸せに浸っている。自分の出自を知っても、いや、知ったからこそ、俺の家族がシスだけであることが堪らなく嬉しく幸せだ。
「シス」
「どうしたの?」
「大好きだ。お前が堪らなく愛おしい」
「今更言うなんておかしいの。私もだよ、お兄さまが私のお兄さまになった頃からずっと大好き」
シスが振り返って俺を見て笑う。シスの瞳に俺が写った。
ーーーああ、なんだ。俺はここにいたのか。




