約束の王子(お兄さまside)
シスを迎えに来る数時間前。王宮地下にて。
「なるほど、あの男が言っていたのはこれか」
三千年の歴史を持つ王宮にはさまざまな部屋や地下室がある。そしてとある地下室には国王しか入れない書庫があり、そこには帝国の秘密が眠っているという。
その地下室は場所こそ、諜報部隊の間では周知されてはいても、誰も入った者はいない。
強固な『障壁』により、扉に触れることすら敵わず、またどんな力を持ってしても破ることは出来ない。その部屋に入ることが出来るのは国王と国王となる王子のみ。
公爵はその帝国の秘密に興味を示さなかったため、俺も存在は知っていても、入ろうと思うことすらなかった。
だが、俺と瓜二つなベータ王子。そして、ロダン枢機卿が言い放った『女神に祝福された約束の王子』という言葉が気にかかった。
いつもの俺なら鼻で笑うような言葉だが、どうしても引っ掛かって仕方がなかった。
だから、俺は仕事と偽って自分の出自を調べることとした。
まず俺は自分が王族かどうか確信するために国王と王妃の身辺を調べた。そして俺の予想は正しかった。俺とベータ王子は双子だった。双子は存在が忌むべきものであり、片方を排除することは当然。
問題はなぜ、俺が排除されたかだ。
国王の日記や当時を知る使用人の言葉では俺は先に生まれている。通常ならば、俺ではなく、ベータ王子が排除されるべきだったはずだ。
国王の日記には『予言を実現させないためには仕方ない』と書かれていた。
予言とは何だ?ロダン枢機卿が言っていた『約束』と何か関係があるのか?
地下室の書庫に足を踏み入れる。
噂では扉に『障壁』が仕掛けられており、触れることすら出来ないはずだが、俺は難なく扉に触れその中へと入ることができた。それは俺が王族だからか。それともーーー
書庫は何千前から存在しているためか、ボロボロで読めない物も多いが、それ以上にこの国の歴史が書かれた書物が数多く収納されている。図書館に寄贈している歴史とはまったく違う、『裏の歴史』とでも言えばいいのか。
図書館に寄贈されている歴史書には魔族は魔物を討伐するために、魔族の祖先達が人の道を外れ、魔族となったとされている。
だが、この書物では魔物の討伐のためミッドガルド帝国より以前に存在した国の生き残りを使い、魔族を人為的に生み出した。
魔物が減り、帝国の武力が魔物達よりも上回ると、魔族にフレイヤ教の違反者が多いことを利用して魔族は女神の敵だと、噂を流し北の大地へと追いやったという。
それに怒った魔族たちはドラゴンからの助けのもと、ミッドガルドへと宣戦布告したのが、古くから続く人間と魔族の禍根の始まりらしい。
これが本当ならつくづく反吐が出るような話だ。確かに彼らから戦争を仕掛けてはいるが、そもそも原因はこちらにある。俺たち人間の方が冷酷非道な『魔族』そのものだ。
だが、俺が知りたいのはこんな古くさい歴史などではない。
数日かけて書庫を漁り、やっと該当の書物を見つけることができた。それは国王の日記に記されてあったようにこの国の歴史を予言した書物のようだ。
書庫にある書物の中では最も古い部類に入るのか、半分以上が虫食いやシミで読めなくなっていた。しかし、何故か俺に関する記載の部分だけは新品のように綺麗な文字で記されていた。
誰かが新しく書き足したわけではない、インクや文字の書き方からして同じ人物が書いたことは間違いない。ただ、その記述だけが魔法か何かで守られているようだった。
『ミッドガルド帝国建国より三千年後、ディーバ国王の治世に双子の王子が生まれ出る。背中に痣を持つ男子を王子とせよ。女神に祝福されし約束の王子は魔族を滅ぼし、帝国をも滅ぼし、この大陸に新たな平和な国を築き上げるだろう』
……なるほど、こんなくだらない予言を信じて国王は俺を捨てたのか。魔族を滅ぼすまではわかるが、たかだか王子一人が生まれ故郷を滅ぼすなど出来るわけがない。そんなこともわからなくなるほど、国王は予言の妄執にとらわれているようだ。
だが、これは好都合。つまり、俺は国王にとって国を滅ぼす恐怖の存在ということだ。なら、俺が少し脅迫してやれば簡単に言うことを聞くだろう。
そうならないために自分の弟に俺を監視させていたのだろうが、俺の力は既に公爵ではもて余すほど成長した。
双子を排除することは当然。だが、それを許すかどうかと言えば話は別。さて、俺を捨てたあいつらをどうしてやろうか。
国王と話をつけようと地上へと戻る。
数日ぶりの地上は目が開けられないほど、眩しい。いくら久しぶりとはいえ、こんなに眩しかったか?
なんとか目を慣らしながら、進んでいくと楽しげな音楽と眩いばかりのシャンデリア、そしてたくさんの人だかりが見える。
そういえば、王子の婚約者発表のパーティーがあったな。しかし、それはだいぶ先の話だったはずだが。そんなに長く俺は地下にいたのか。通りで目が慣れないわけだ。人に見つかる前にさっさと変化魔法を使わないと。
「エリオット殿、その手を退けていただけますか?彼女は私と踊ることになっていますので」
「お前のような平民上がりより、僕のような王族と踊る方が彼女も嬉しいに決まってる。彼女のペアは僕がやろう。お前は引っ込んでろ」
アルファの声が聞こえてきて、そちらへと目を向ける。
そこには、絶世の美少女となっている俺の最愛にして最高の妹があのぼんくら息子に手を掴まれて困っている姿が見えた。
は?あの馬鹿、俺の可愛い妹に何を勝手に触れていやがる!?
話を聞くにどうやらあの馬鹿はシスのことをすっかり忘れ、化粧で絶世の美少女と変わった実の妹に一目惚れしたらしい。底抜けの馬鹿だ。
そんなに権力で人を従えたいなら望み通りにしてやるよ。ただし、従えるのは俺だけどな。
「何をしている」
あの馬鹿からシスを取り返し、ついでに初めてのダンスの相手になることも出来た。
頑張って俺についていこうとして必死になるシスのなんと可愛いことか。
流石は俺の最愛にして最高の妹。男どもの妬みの視線も心地いい。どんなに羨んでもシスはお前たちなど見向きもしない。今までお前たちが俺たちに見向きもしなかったようにな。
ダンスが終わり、俺はシスに王宮の中庭に広がる薔薇園を見せてやりたくなり約束をこぎつけた。
本当ならそのまま連れ去ってしまいたかったが、ベータ王子がこちらへ向かってくるのが見えた。あいつが俺のことを知っていてもいなくても鉢合わせになるのはまずい。慌ててその場から立ち去った。
「アルファ殿が連れているあの美少女見たか?」
「ああ、見た!すごいあんな可愛い子どうやって見つけてきたんだろうな!」
「婚約者がどうのとか言っていたが、アルファの婚約者は確か公爵家の名無し娘だろう?彼女はいつもの一晩だけのお相手に違いない」
「ユリシア様とも交流があるようだし、あの美しさ、気品ある佇まい。きっと次代の聖女なんじゃないか?」
「なるほど!言われてみれば、ユリシア様にどことなく似ていたし間違いないだろう」
立ち去る時に聞こえる会話に笑いが込み上げて、抑えるのに苦労した。こいつらは本当に何も見えていないようだ。
それでいい。シスの本当の姿も愛らしさも弱さも。全て俺だけが知っていればいい。
お前らは居もしない偶像の女でも追っかけていろ。馬鹿が。
ほとぼりが冷めてからシスを迎えに行く。
ガンマがシスを護衛してくれたことは助かるが、俺とシスの二人っきりの会瀬を邪魔されたくはない。
アルファに別荘に戻っているよう言伝てを頼み、シスを連れて薔薇園に向かって歩き出す。
久しぶりのシスと薔薇園で二人っきりなんて、今日は最高に良い日だ。
このまま、シスが満足するまで二人っきりを楽しもう。そう、思っていたのに。
忌々しい、この一族はどこまで俺の邪魔をすれば気が済むんだ!




