『怠惰』のバハムート
魔族『ウェアウルフ』の国、ギムレー。国とはいっても国土は狭く、山脈に築かれたギムレーは、規模の大きい村というような印象を受ける。
王が住む建物も他国のような城という外見ではなく、中心に大きな扉があるだけの長屋のようなシンプルなデザインをしていた。
しかし、ギムレーの地下には他国へと繋がる通路や食べ物を貯蓄するための広大な部屋がいくつも広がっている。その中でも特に大きい部屋にはドラゴンが眠っている。
かつて存在した魔族『ドラゴン』の国、ティルナノグ。
ドラゴンの希少性に目を付けた商人が、子どものドラゴンを人質にとり、ガストローを襲わせた。
『ガストロー襲撃事件』である。
ガストローとティルナノグの堅固な同盟を瓦解させ、手薄となったティルナノグのドラゴンを乱獲するためだ。
目論見は成功し乱獲することが出来たが、ミッドガルドに持ち帰る前に、ヴァンパイアに見つかり、皆殺しにされた。
ティルナノグの王子にして最強のドラゴン、バハムートは襲撃の最前線にいたため、ガンマと死闘を繰り広げ敗北。首を切られ死んだはずだった。しかし、不死王が蘇らせ部屋を守らせている。
部屋には不死王を倒すことが出来る唯一の剣、デュランダルが封印されているからだ。
バハムートは甦ったさいに思考を奪われたので、ただ剣を守るための防衛システムとして機能していた。
聖女一行がここへ訪れるまでは。
「お兄ちゃん!起きてよ!お兄ちゃん!!」
幼い少年が、聖女一行に負けて倒れこんでいるバハムートに抱きつき必死に呼び掛けている。
聖女一行は、フリージにバハムートの弟を名乗る少年ーーティアマトーーが囚われているのを助けた。そして、ティアマトはデュランダルの情報と引き換えに兄を助けて欲しいと持ちかける。聖女は快諾。
こうして、ティアマトは聖女一行の力を借りて兄、バハムートとの再会を果たした。
「お兄ちゃん!いやだよ!死なないで!ぼくを一人にしないで!!」
「……ティア?」
本来なら思考を奪われて、ただの防衛システムだったはずのバハムートは、聖女達と戦ったことで、聖女の力を浴びて不死王の力が弱まり、そこに大事な家族の呼び掛けで、完全に自我を取り戻した。
弟を抱き締めるため、人型を取る。小さくなったバハムートの後ろには光り輝く剣が床に刺さっていた。
「お兄ちゃん!良かった!会いたかったよ!」
「無事で良かった!ごめんよ、ティア!お兄ちゃんがあの時、一緒にいたら、あんな怖い思いさせることなんてなかったのに!」
「ううん!お兄ちゃんのせいじゃない!ぼくが弱かったから!お兄ちゃん、ごめんなさい!!」
抱き合って泣いて喜んでいたバハムートだったが、ふと聖女一行が目に入る。
「君がティアを助けてくれたの?ありがとう。でも、お願い。まだ助けたい人がいるんだ。どうかその人を助けてあげて欲しい」
「その人って?」
「僕の親友でガンマっていうんだ。彼は僕たちのためにすごく良くしてくれたのに、僕たちは彼を裏切って傷つけちゃった」
バハムートはガンマのことを語る。人間に裏切られ、姉を自分で殺してしまったこと。人間と敵対するか否かで家族と対立し、自分以外の王族を殺して孤独になっていること。
家族を守るため、人間の言うことに従い、ガンマの国を襲撃して傷つけたこと。
聖女一行は複雑な表情でそれを聞いている。
同情だろうか。憐憫だろうか。バハムートにはどちらでも良かった、ガンマを助けてくれるなら。
「お願い、ガンマを助けてあげて。きっと一人で誰にも言えずに苦しんでると思うんだ。話を聞いてあげて。それでも、彼が馬鹿なことをしているなら殴ってでも止めてあげて欲しい。ガンマは本当は優しいのに、怒りで我を失っているだけなんだ。これ以上僕たちのせいで彼に苦しんでほしくない」
「何故それを俺たちに言う。自分でやればいいだろう」
金髪の青年が訝しげにバハムートに問う。それはもっともだ。バハムートだって、出来るならこんな見ず知らずの人ではなく、自分でガンマを救ってあげたかった。
しかし、それは出来ない。
金髪の青年が問いかけたのと、バハムートの身体が淡く光り、身体が少しずつ光る砂に変わっていくのは同時だった。
ティアマトが砂に変わっていくのを必死に止めようとするが、止まらない。
聖女が『治癒』を唱えようとしたが、バハムートがそれを止める。
「僕はガンマに首を切られて死んだ。それを誰かがマナで無理やり動かしてただけだから、『治癒』は効果ないよ。むしろ崩壊を早めるだけだ」
「そんな……っ」
「もし、ガンマに会えたら、『ガンマ、傷つけてごめんなさい。どうか怒りに囚われないで元の優しい君に戻ってほしい』って伝えてほしい」
「……わかった、必ず伝えよう」
ショックを受けて倒れそうな聖女を青年が支えながら、神妙な顔で頷いた。これでガンマのことは大丈夫だろう。
身体が砂に変わっていくにも関わらず、バハムートは安堵した。
聖女たちからティアマトへと視線を向ける。
砂に埋もれながら、嗚咽をあげて泣き崩れる姿に慰めたかったが、もう両腕は砂に変わっているため、それも叶わない。
「ティアが無事で本当に良かった。お兄ちゃんの身体はなくなるけど、魂になってずっとティアの側にいるからね。だから、泣かないで。愛してるよ、ティア」
「いや、やめて、うそだ!逝かないで!お兄ちゃん!!お兄ちゃん!!うわあああああああ!!!」
ティアマトは全て砂に変わってしまった兄を抱き、いつまでも泣き叫んだ。
『怠惰』の魔王子、バハムート。
『世界を越えても君といたい』の敵キャラクター。
4つの魔王子たちの中で唯一、自らの意思で人間と敵対していない。
台詞も戦闘後の会話しかなく、そのほとんどがガンマの過去に関すること。
しかも、その会話もフリージでの隠しイベントである『ティアマトの救出』を達成しないと聞くことができない隠し会話である。
けれどこの隠し会話により、ガンマの攻略ルートが開かれたと喜び勇んだファンだったが、それでもガンマは靡かなかった。悲痛な顔を浮かべ、それでも戦闘を挑むガンマとのシーンのスチルが解放されただけ。
しかも、ティアマトの登場はここだけ。ガンマはともかく、蘇らせた不死王との戦闘にも同行することなく、エンディング後に何をしているかすら語られることはない。
そのため、しばらくゲームの評価レビュー欄がボロクソに書かれたことで違う意味で有名になった。
バハムート本人は戦闘後の優しく穏やかで弟想い、友人想いな面と艶やかな腰まである長い黒髪と中性的な美しい姿が密かに人気を博し、ガンマと二人でのファンアートが多く描かれる。




