先代の聖女 ユリシア
聖ヴァルハラ教国。
ヴァルハラ大聖堂の礼拝堂で、大勢の人たちが身を寄せ合い、震えている。
不安げに外を眺める者もいれば、一心不乱に女神像へ祈りを捧げる者もいる。
外からは遠くから叫び声や轟音、金属音が聞こえてくる。それは徐々にしかし確実に大聖堂へ近づいて来ていた。
「女神さま、どうか私たちを、ユリシアさまをお助けください」
人々の祈りを知ってか知らずか、女神像はいつものように微笑みを携えながら、佇んでいる。
「流石は聖女、このヴァルハラの王、といったところか。オーガの猛攻を受けながらここまで耐え抜くとはな」
「人間の小娘ごときに容易く止められるなんて、情けないこと。100年の間になまってしまったのかしら?」
「挑発には乗らない。乗らずとも貴様は既に満身創痍のはずだ」
大聖堂に続く一本道、その前の広場でユリシアはオーガの大軍に囲まれ、オーガの若き王、ガンマと対峙する。
女神のお告げでは彼はまだ14歳のはずだが、顔こそよく見れば幼さが垣間見えるものの、2メートルを越える体躯に、自分より遥かに年上のオーガを従える強さとカリスマ性。
彼を『王』として疑うものはいないだろう。
そして彼の言う通り、ユリシアは怪我こそあまりないものの、国を守るため、いくつもの『障壁』を常時張っている。その上でガンマと対峙しているのだ。いつ膝をついてもおかしくなかった。
でも、まだ膝をついてはいけない。もうすぐ援軍は到着する。それまでは決してここを通してはならないのだから。
「つまらん。せめて『障壁』を解除し、その分を攻撃に変えればまだ味のある勝負が出来るものを。何故、戦えもしない奴らを守る?邪魔なだけだろう」
「彼らは邪魔などではありません。彼らは私にとってこの世界を平和へと導く希望の光。彼らの祈りがいつか女神に届いた時、貴方たちは駆逐され、世界に平和と幸福が訪れるのです」
「女神?平和?幸福?くだらないな。女神がいるなら、何故現れない?この世界に救いなどあるものか」
ユリシアはガンマが一瞬悲しげな目をしたことを見逃さなかった。そして、理由は知っている。彼は姉と親友を自らの手で殺したからだ。
そのことを受け入れられず、『憤怒』を人間へとぶつけ昇華することでしか生きられなくなった、悲しい人。
魔族とはいえ、その出自はあまりに哀れだ。
でも同情してはいけない。彼らは敵で女神が見せてくれた幸福で平和な世界を阻む障害なのだから。
「可哀想な人。救いを知らず、愛を知らず、何かを壊すことでしか生きられない。いつか身を滅ぼすわよ」
「黙れ!!」
ガンマがユリシアを睨む。果たして彼は今の自分がどんな顔をしているのか認識している のだろうか。
今にも泣き出しそうな幼子のような顔。まるで親を探す一人ぼっちの幼子にユリシアには見えた。
「貴様らにだけは言われたくない!!俺をこうしたのはお前たちだろうが!!!」
ガンマとユリシアの間にフッと男が現れる。青白いと形容するにふさわしい白い肌。漆黒を連想させる黒く美しい髪は肩まで伸びている。
顔は見るだけで心を奪われそうな妖艶な美しさだが、決して女性的ではなく凛々しい顔つきをしている。なのに、胡散臭い笑みがそれを台無しにしている。
ユリシアはこの男ももちろん知っていた。
魔族『ヴァンパイア』の王子、ナルヴィである。
「ガンマ、いつまで遊んでいるのですか?ミッドガルドの援軍はそこまで来ていますよ。聖女を殺してしまいなさい」
「私に指図をするな。貴様の下についた覚えはない」
「指図されたくなければ、さっさと作戦を遂行すれば良いだけでしょうに」
やれやれと大袈裟にため息を吐いて見せたが、表情は相変わらず胡散臭い笑みのまま。彼を見続けているだけで嫌悪感で身体が震える。
「時間がありませんので、私がやります。聖女よ、これを見なさい」
ナルヴィの腕の中に一人の少女が現れる。逃げ遅れた国民だろうか。恐怖で顔は引きつり、泣くどころか言葉を発することも出来ないようだ。
ユリシアがナルヴィを睨み付けると、胡散臭い笑みがさらに深くなったかと思えば、短剣をユリシアへと放り投げる。
「この少女の命が惜しければ、自分でその命を絶ちなさい」
「ナルヴィ!聖女は私の獲物だ!手を出すな!」
「正々堂々、結構なことです!しかし、現実に貴方は聖女を殺していない!作戦を実行出来ていない以上、私のやり方に口を出さないでいただけますか!?」
「くっ!」
二人が言い争っている間にユリシアは女神からのお告げを知る。
ナルヴィの腕の中の少女は自分の死後、ガンマに助けられて80歳まで生きる。
ガンマがナルヴィと言い争うことで、大聖堂へたどり着く前にミッドガルドの援軍がやってきて彼らは撤退する。
私さえ死ねば、全てが丸く収まるのだ。
「貴方の言う通りにするわ。だから必ず、その子を解放してちょうだい」
「ええ、ええ!約束しますとも!ですが、貴女の死を確認してからです!さあ、さあ、さあ!!そのナイフで胸を貫きなさい!!」
胡散臭い笑みが少し崩れ、恍惚とした表情が浮き彫りになる。本当に軽蔑すべき男だ。同じ魔族でこうも違うとは。
チラッとガンマを見る。納得がいかないながらも、作戦実行出来なかった負い目があるためか何も言わない。だが、その目はナルヴィへの憎悪に満ちている。今後、彼らが対立することは間違いないだろう。
彼らは強いが、数の利は人間にある。オーガとヴァンパイアが結束すれば勝機はないが、この様子であれば魔族の殲滅はそう遠くない未来、行われるに違いない。
胸へとナイフを振り下ろした。私は死ぬだろう、でもこれは決して終わりの絶望ではない。むしろ、希望の始まりだ。その始まりに自分がなれたことが誇らしく、この上なく幸せだ。
ただ、叶うことなら、平和な世界が見たかったな。
先代の聖女 ユリシア
ゲームでの出番はなく、出番がないのでグラフィックも存在しない。彼女の存在は序盤の召喚されたすぐのヒロインのお付きによって語られる。
お付き曰く、『歴代の聖女の中で最も若く、最も優しく、最も強い聖女でした。私はユリシア様以外の聖女なんて認めません』らしい。
容姿すら語られることはないため、ファンアートでは自由に描かれることが多い。
一番描かれている姿がヒロインそっくりの顔にヴァルハラ教国のイメージカラーである淡い藤色の髪と主人公が赤い目をしているので、反対の青い目。
しかし、これも公式からの発表がないため、ただの想像でしかない。




