全部おしまいです!
お姉さまがとんでもなく無茶ぶりしてくるので、流石に断った。
Yes、ヒューマン。No、ドッグ。わかります?
「犬じゃないので流石に無理です。無茶言わないでください」
「見つけたら、気絶させてね。どうやってティルナノグから子どものドラゴンを誘拐したのか知りたいもの」
「ダメだ、全然聞いてくれない」
「これ以上危ない目に合わせるわけないだろ!ヴァルハラから犬でもなんでも連れてこい!」
そう言って私の腕を引き、連れて帰ろうとするお兄さまに、お姉さまはまだ諦めない。
「今から連れてきて間に合うわけないじゃない。見つけて縛りあげてくれればいいから」
「黙れ、鬼畜女。これ以上こんな国に居られるか!俺たちは帰るんだよ!」
「おお、死亡フラグ。え?また死ぬの?」
「元凶を断てば、死なないわよ。じゃあこれ、はい」
服を差し出してきたが、あっという間に服が細切れになって風で飛んでいく。そのくせ、お姉さまの手や指には切り傷の一つもない。
おお、これは職人芸ですな。紙吹雪みたいで綺麗。
「酷いわ。あれはそこそこ高いのよ?」
「あの服の持ち主は二度と着ないんだから、問題ないだろうが」
「それもそうね。じゃあ、シスお願いね?」
「えー、無理だってば。匂いを辿るとか出来ないからね!」
お姉さまはついてくるのを止めて、にっこり微笑んで軽く手を振る。
手を振る後ろではガンマが闘っているのが、見える。
本当にこのまま帰っていいのかな?
お兄さまに手を引かれ、住宅街を抜け、寂れた路地を通っていく。
まるで西部劇で出てきそうな寂れている割に広い道幅。さっきのバハムートさんがすっぽり入りそうな程の道幅なので、もしかしたらここも、ドラゴンの着陸するところだったりするのかな。
物珍しさからキョロキョロしていると、さっき嗅いだ匂いが何処からか臭ってくる。
「お兄さま」
「わかってる。くそっ、結局あの女の思惑どおりってことかよ」
忌々しげに呟くと何もないところへナイフを投げた。何もない空間から男の悲鳴が聞こえて、倒れる。
ザザザザ、と数人の足音が私たちの周囲から聞こえてくる。囲まれてるなぁ。結局こうなるのね。
急に目の前に、知らない中年のおっさんが出てきた。
赤紫色のカソックについてた匂いとまったく一緒なので恐らくこの人がお姉さまの探していた人なんだろう。
目が血走っており、口からは血が出ている。しかし、どこも怪我した様子はないから、病気か何かかな?
私を指差して叫ぶ。
「まだだ!まだお前を拐って、あの王子を操れば勝機はある!!あの化け物を使ってドラゴンを皆殺しにし、オーガを皆殺しにすれば、人間の勝利は確実だ!!」
「それを俺が許すとでも?妹に指一本でも触れてみろ。その首、胴体とオサラバさせてやる」
お兄さまが私を庇うように片手を伸ばし前に立つ。
と、お兄さまの身体がピシッと固まる。もしかして、と思う間も無く、私の身体も固まった。まったく動かない。
『障壁』による身体拘束だ。私の魔法とは強度がまったく違う。お姉さまよりは劣るがそれでも私ではまったくこの拘束を解けない。
「油断したな!あの時は牢を素手で破ったことに驚いたが、私はあの小娘よりマナコントロールが上手い!あの化け物ならともかく!貴様らにこの拘束は解けまい!!」
「うぐぐ!」
『障壁』面倒くさい!使われてわかる、この鬱陶しさ!全然ピクリとも動かせないし!
「仮面の男は、私を随分と侮辱してくれたからな。じわじわとなぶり殺しにしてくれる。女の方は一応丁重に扱え、もし死んだら計画が台無しだ」
おっさんが言うと、ジリジリと近づいていた足音が速度をあげて、襲いかかってくる。
思わず目を瞑って、衝撃を覚悟するが、金属音が数回しただけで何も起こらない。やがてバタバタと何か続いて倒れる音がする。
目を開けると、お兄さまが片手を首に当てて、首を軽く動かしていた。そんな寝起きの人がするみたいな軽さでいいの?
ーーーじゃないわ!え!?なんで動いてるの!?
私も動かさそうとするもまったく動かない。ずるい!なんでお兄さまだけ動けるの!?
その疑問は私だけではなかったらしい。おっさんも驚愕といった様子でお兄さまを指差し、口をパクパクさせている。
「あいつより、マナコントロールが上手い?笑わせるな、あいつの方が何倍も堅かったぞ。枢機卿が聞いて呆れる」
「な、な、なぜ、馬鹿な、どうして」
よく見るとおっさんの視線はお兄さまではなく、お兄さまが持っている短剣にあるようだ。私も短剣を見ると、白く光っていた。
しかし、眩しいわけではなく、ふわっとした優しい白い光は『治癒』を唱えた時に出る光に似ている。
「なぜ貴様が『勝利の剣』を使える!?枢機卿ですら会得する者は少ないというのに!!」
「え!?あの神聖魔法の!?」
「はぁ?」
お兄さま、神聖魔法使えるの!?そんなの聞いてないよ!ずるい!!
私の唯一の利点まで奪うのはダメでしょ!
「俺が『勝利の剣』を唱えられるわけないだろ。これは『障壁』に使われたマナを奪って短剣に纏わせて鋭利さを増しただけだ」
「おお!すごい!そんなこと出来るんだ!」
「あの女対策に特訓してたんだ、まさかここで使い道が出来るとは思わなかったがな」
確かに言われてみれば、最近お兄さまがお姉さまの魔法にやられてるの見たことなかったかも。
ちゃんと学習してたのね、なんか感動。
「そんな馬鹿な、あり得ない。なぜ、こんな男が女神に祝福されている?私の方が何倍も女神を崇め、尽くしてきたのに!」
「お前を生かして捕まえろと言われてるんでな。観念してもらおうか」
お兄さまがおっさんに近づくも、おっさんは未だに短剣を見つめたまま、ぶつぶつ呟いていた。
さらに、お兄さまが近付く。急にバッと顔をあげて懐から拳銃を取り出し、危ない手つきで構える。
お兄さまは拳銃を知らないため、警戒しながらも近付く。
「お兄さま!危ないから避けて!!」
と、叫ぶのと銃声が聞こえるのは同時だった。お兄さまの顔に銃弾が飛ぶ。
しかし、間一髪、銃弾はお兄さまの顔を掠めるだけで済んだ。
「なんで拳銃なんて持ってるんだよ!世界観考えて!?」
「『ケンジュウ』を知っているとはやはり、『来訪者』か!女神に祝福されてこの世界へやってきたくせに、魔族につくとは!この裏切り者め!」
「私が誰に味方しようが私の勝手でしょうが!こっちからしたら、拳銃なんて危ない物持ってる方が裏切り者な気がしますけどね!」
「うるさい!」
おっさんはそう叫んで、今度はこちらに銃口をむけてくる。しかし、それより早くお兄さまがおっさんの両腕に蹴り上げた。使いなれていなかったのも相まっておっさんの手から簡単に拳銃が離れる。
離れた拳銃は地面に転がってお兄さまに踏みつけられて粉々になった。
「で?まだ足掻くか?」
見下すように冷たい視線でおっさんを見る。やることなすこと本当にカッコいいな。仮面越しの冷たい視線もカッコいいけど、仮面なしの冷たい視線はさらにカッコいい。イケメンの有効活用だもんね。
ん?仮面なし?あれ?まずいのでは?
「あ、貴方はベータ王子!?なぜ、王子がここに!?まさか貴方まで魔族の味方をするのですか!?女神に祝福された約束の王子の貴方が!!」
「あ?くそっ、めんどくせぇ」
おっさんがお兄さまの顔を見て、驚き叫ぶ。
そんな様子を見たお兄さまが顔を触って仮面が外れていることを確認して忌々しげに呟く。
「なぜ、女神に祝福された者たちが揃いも揃って私の邪魔をする!?これは女神の御意志なんだぞ!?魔族を滅ぼせば、この世界は平和になる!私は見たんだ!魔族が滅んだ先にある人々の幸せな笑顔を!!」
「はぁ、また女神が見せた妄想かよ」
「妄想じゃない!あれが私たちが辿るべき正しい未来だ!なのに!この世界は間違った方に進んでいる!!このままではいつか魔族に滅ぼされて終わったしまうのだぞ!」
女神さまはよっぽど魔族が嫌いらしい。理解できないな。あんなにオーガは優しいし、ドラゴンは可愛いのに。多分、魔族って天使って意味だと思うんだ。
「なのに、ユリシアは死なないし!オーガはドラゴンに襲われているのに、捕まえるばかりで争わない!なぜ、女神の見せたどおりにならない!」
「当たり前でしょ。未来なんていくらでも変えられる。私たちはお人形じゃない。意思を持った人間なんだから」
「お前だ、お前がいるから、全て上手くいかない!女神の見せた未来にお前はいなかった!お前は何のためにこの世界に来た!お前は何がしたい!?」
「知るかよ、そんなこと。こっちが聞きたいし」
「へ?」
上手くいかなかったのは自分の力不足が原因なのに、私のせいにした挙げ句、質問攻めしてきた。
何のためにこの世界に来たか?何がしたいか?そんなのこっちが聞きたいわ。
「そんなの簡単に決められるわけないじゃん。私はまだこの世界の一部しか知らないのに。貴方こそなぜ、一部しか知らないくせに魔族を滅ぼすことが、平和だと言い切れるの?」
「女神がそう仰ったのだ!当然だろう!」
「人殺しは駄目だって言っておいて、人から派生した魔族を殺せっていう女神の言うことが当然?本気で言ってる?」
「女神を侮辱するな!」
「侮辱してんのはあんたらじゃないの!?いくら女神が見せてた未来が平和でも!こんなこと女神の教えとは正反対じゃん!なんで女神の過ちを止めてあげないの!?」
女神がどういう意図で魔族を滅ぼせって言ってるのかはわからない。
でも、何かを殺してその屍の上に築いた平和がいつまでも続くはずがない。私はそんな歴史を今までいくつも読んできた。
「信仰って女神の教えを守ることじゃないの?女神の下僕になることじゃないよね?貴方はどうしてフレイヤ教を信じて入団したの?魔族を滅ぼすため?違うよね、みんな幸せに暮らすためじゃないの?」
「私は……」
「私は目に見えるものしか信じられない人間だから、女神をどうしても信じられないけど。貴方は女神を信じてるよね?なら、止めてあげてよ。信じることと従僕することは違う。教えと違うなら違うって言ってあげなきゃ。それが信じるってことだと私は思うよ。貴方は違うの?」
「女神の言うことは絶対だ。女神が間違うなんてあり得ない。間違いが起こるならこの世界が間違っているということだ。間違いは正さなければ」
おっさんは一瞬ハッとした顔をしたが、すぐに首を振る。
あり得ない、なんて言葉こそあり得ないんだよ。特にこの世界ならなおのこと。
「女神だったらなんで間違うのはあり得ないの?どんな生き物も存在している限り間違いはあるよ?女神だけ間違わないなんてそんなの変だよ」
「変、なのか……?」
「変だよ。間違いを認めず、周りを間違いだと思い込んで、無理やり歪めようとしたって誰もついてこないよ。魔族も、私たちも、女神だって」
「私は、ただ、女神の御意志を、果たそうと。間違いだった?だから女神も、私に味方してくださらないのか?」
おっさんが膝から崩れ落ちる。『障壁』の拘束が解け、私たちの周りに数人の若い男たちが倒れている。
おっさんの魔法が解けたのだろう。
お兄さまが呆然しているおっさんの腕を縄で拘束する。
これで、全部終わったんだ。良かった。




