誰も何も傷つけさせません!!
「ガンマ!ガンマ!どこ!?返事して!」
たくさんのオーガの流れに揉まれながら、ガンマを呼ぶ。人の群れでうまく闘技場へ進めない。
上を見上げれば、雲一つない青空と巨大なドラゴンが建物を壊す姿が見える。まるで昔に見た怪獣映画のようだ。
現実味のない状況に頭が混乱する。
ガンマの説明が正しいならドラゴンたちとは、仲が良かったんじゃないの?そう見せかけて実はこき使ってたとか?いやいやいや!ガンマに限ってそんなことしてるはずないよ!
二つの種族の関係をあまり知らない私が考えても答えが出るはずもない。
それよりガンマだ。ガンマに何かあったらどうしよう。怪我したりしてないよね?
人の流れが収まる。それでもまだ逃げ惑う人や勇敢にもドラゴンに立ち向かう人がいるが、少なくても辺りを見回せる程度にはなった。
えっと、闘技場はどっちだっけ?
闘技場を探していると、ドラゴンの足元にオーガがいるのが見えた。
ドラゴンの壊した瓦礫に足が挟まってしまったらしく、動けないようだ。
助けなきゃ!あの人死んじゃう!
走りだそうとしたが、すぐにその足を止めた。ドラゴンが尻尾で瓦礫をそっとどけたからだ。
「え?」
オーガは他のオーガに背負われて、雑踏に消えていった。
あれは間違いなく、ドラゴンが助けてくれたよね?どういうこと?オーガに何か不満があって暴れてるんじゃないの?
今度はドラゴンたちに注目してみる。どのドラゴンも建物ばかり破壊してオーガたちには見向きもしない。オーガたちに攻撃されていたら反撃するが、尻尾で弾き飛ばしたり、壁に投げつけたりするだけで殺そうとする意思を感じられない。
まぁ、普通は弾き飛ばしたり、壁に投げつけたりしたら死ぬんですけどね。それで死なないオーガってば強すぎでしょ。
そしてドラゴンはオーガと長年交流しているから、そのことをよく知っている。
殺そうとしないってことは怒ってるわけじゃない?なのに建物は壊してる?なんで??
もしかしてーーー
「『障壁』」
ドラゴンと建物へ向けて『障壁』を唱える。ドラゴンは大きいけれど、常にマナを纏っているので簡単に拘束できた。ドラゴンはピクリとも動かなくなった。目だけ動かして私を見ている。私を見る目は驚きと優しさに満ちているように見える。
「やっぱり、そうだ。そうだったんだ」
私は魔法を唱えるのが苦手だ。唱えることは出来るが効果は薄い。『障壁』の強度だって普通のガラスくらいのものだろう。
いくらドラゴンがマナを大量に身体に含んでいても唱える者が下手なら、こんな拘束、簡単に破れるはずなのだ。実際オーガさんは簡単に破ってみせた。オーガより何倍も大きいドラゴンが破れないわけない。
ならば、考えられるのは
「あんた、まだこの国に居たの!?ここは危ないからさっさと人間の国へ帰りなさい!」
ヒルダさんの声が聞こえるがそれどころじゃない。
「お兄さま!近くにいる!?いるならここに来て!!」
「シス!!」
何度かお兄さまを呼ぶと、お兄さまが目の前に現れた。今にも泣きそうな顔が見える。あ、そういえば置いていったんだ。罪悪感も押し寄せてくるけど、これも後でやる!今はそれどころじゃないんだって!!
「お兄さま!」
「断る!!」
「まだ何も言ってないよ!」
「言わなくてもわかる!どうせ、このオーガとドラゴンの諍いに首を突っ込む気だろ!放っておけ!それよりここは危険だ!帰るぞ!!」
お兄さまが腕を掴もうとするが、受け入れられないのでそれを拒む。この問題を解決するまでは帰らないぞ!
「ドラゴンさんたちは何か理由があって暴れてるみたいなの。その理由を探ってきて。お願い」
そう頼むも、一瞬泣きそうな顔になったかと思うと、にやりと意地の悪い笑みを浮かべて。
「1度目はオーガに襲われた。2度目はヴァルハラの枢機卿に誘拐された。3度目はなんだろうな?なぁ、シス?」
「うっ、それは、でも今度こそ大丈夫だってば!」
「2度目もそう言って信じたら誘拐されたよなぁぁ?」
「ぐぬぬ!」
「オーガとドラゴンの諍いなど知ったことか!お前がガンマの婚約者ならともかく!もう俺たちは関係ない!関係ない諍いに首を突っ込んでお前を失ったらどうする!?次は本当に死ぬかもしれないんだぞ!?」
ここ最近、立て続けに不幸が続いたせいで、お兄さまが過保護レベルの心配性になってるわ。
これは並大抵の説得じゃ応じてくれないぞ。でも、今回のはお兄さまの力じゃなきゃ解決しない。
ごめんね、今回も私のわがまま通させて。
「関係なくない!ガンマはこの国が大切なんだよ!大好きな人の大切なものが壊されてるのをただ見てるなんて出来ない!だから、お願いお兄さま。力を貸して!」
「なんで……っ!どうしてそこまでガンマに固執する!ガンマがお前に何をした!?ただ住みかに連れていっただけだろうが!襲撃も!ヴァルハラで檻から救出したことも!そもそも、ガンマがいなければ起こり得なかったことだ!シスがここまでしてやる義理なんてないだろう!」
心底理解出来ないと首を振る。
お兄さまってば、まったくわかってないなぁ。今度、恋愛小説読ませてあげなきゃ。
「ガンマが何したかとか、義理があるかないか、なんてそんなの心底どうでもいい」
「は?」
「お兄さま、教えてあげる。恋ってね、理屈じゃないんだよ?ガンマが笑って幸せに暮らしてくれるなら、私はなんだってしてあげる」
「……お前は『争奪戦』に負けた。そんなに尽くしてもガンマと結婚は出来ないんだぞ」
「だから、理屈とか損得なんてどうでもいいの。例え私と一緒になれなくても構わない。だって私は私を愛するガンマを好きになったわけじゃない。オーガを誇りに思ってて、人間を理解しようとしてくれた優しいガンマだもの」
オーガであることを誇りにしてて、捕まったことを悔しがってたガンマ。人間を恨みながらも、人間としてでなく『私』を見てくれたガンマ。
そんなガンマの全てがカッコよくて、可愛くて、大好きだった。彼に一生ついていきたいと思ってた。それは今も変わらない。
「ガンマがガンマでいてくれるなら、私はなんだってしてあげたい。それが例え命を賭けることだとしても、それが無駄なことだと笑われても。私はガンマのファン第一号だからね!」
そう!私には恋人という地位がなくなってもファン第一号という栄誉ある地位が残っているのだ!
振られたのは悲しかったが、『争奪戦』ではファン辞めろとは言われてないもんね!
最推しのために命を賭けるのは当然のことだし!
あ、なんですか、その目は。その、今までのことが全部台無しになったぞ、みたいな目は止めてください。私だって傷つくんですよ。
「ふぁん、とかあいどる、なら恋は関係ないだろう」
「ふっふーん、残念でした!ファンにもガチ恋勢っていう応援の仕方があるんですぅ!だからファンです!」
「相変わらず異世界語はわからんが、さっきのやり取りが全て不毛になったのだけはわかるぞ」
呆れたように深いため息を吐いて、考え込む。よしよし、いつものパターン来たよ、これは。
「お前が譲る気がないのは、わかった。だが、あんな男のために動くのが気に入らない。だから、無茶はしないって約束することと、俺にご褒美をくれ」
「ごほうび?」
「ああ、これに成功したら、お前は何してくれる?」
私の顎を親指で持ち上げて、不適な笑みを浮かべるお兄さま。なんだ、この人。どこの王子さまだっけ?
あ、違うわ。私のお兄さまだったわ。てっきり少女漫画の王子さまかと思った。
って、ボケてる場合じゃない!お兄さまが喜ぶもの?何したら喜んでくれる?うーんと。
「何でもいい?私がしたいなって思うことでもいい?」
「内容による。言ってみろ」
「お兄さまに心配かけっぱなしだったから、しばらくお兄さまと一緒にいたい。寝るのも一緒に寝てほしい。昔みたいに頭撫でてほしいし、私も撫でたい」
お兄さまは私といるのが好きだから、お兄さまが不安にならないように、ずっと一緒にいてあげたい。
頭撫でてもらうの好きだから、お兄さまにもお返ししてあげたい。と思ったんだけど。
どうやら正解だったらしい。仮面越しからでもわかるほど、にやけている。そしてそのにやけ面もカッコいい。うん、もうツッコまない。お兄さまがカッコいいのは自然の摂理だから。仕方ないから。
「そうか、そうか。シスはそんなに俺だけと一緒にいたいのか」
「いや、お兄さまだけとは言ってな」
「じゃあ、さっさと終わらせて、可愛い妹の我が儘を叶えてやらないとなぁ。だから、俺の願いもかなえてくれよ?シス」
髪を一束掴んで軽く口付けると、スッと消えた。どうなることかと思ったが、なんとかなったぞ!
「は?さっきの仮面の男はどこに行ったの!?どういうこと!?」
「あ、ヒルダさん。まだいたんだ」
「あんたが話ばっかりしててさっさと避難しないからでしょ!話が済んだなら人間の国に帰りなさいよ!」
「まだいたなら良かった。ガンマに伝えてほしいことがあるんだけど」
「人の話を聞け!それにまた王子さまを呼び捨てにして!」
どうやらヒルダさんはずっと後ろにいて私たちを見守ってくれていたらしい。やっぱりオーガ=天使説あるで、これは。
「お兄さまがドラゴンが暴れている理由を探ってくれるから、ガンマには時間稼ぎをお願いしたいって伝えてほしいの。理由さえ取り除けば、ドラゴンたちも落ち着いてくれるはずだから」
「なんで私が!それに暴れてる理由なんて本当にあるかなんてわからないじゃない!」
「はぁ!?何言ってんの!?私より貴女達の方が彼らを知ってるでしょうが!貴女達が彼らを信じなくてどうするの!?」
「それは……っ」
私の言葉にハッとした顔になり、俯く。何か考えてるようだが、ドラゴンたちは建物の破壊を続けている。もうこれ以上ぐずぐずしてられない。
「じゃあ、任せたからね!それまで私が国を守るから!」
「は?守るってどうやって」
「言ったでしょ?私は攻撃するより守る方が得意だって!もう誰も何も傷つけさせないから!!」
私はヒルダさんからドラゴンのいる方へと走り出す。数は多いが、魔法を発動させてしまえばこっちのものだ。
建物もドラゴンもみんなまとめて守ってみせる!!
ガチ恋勢は応援の仕方じゃないよ!




