家族とは血か絆か (始末屋side)
「はぁぁ、あんなことぐらいで本当に告げ口しやがって」
仕事はなんとか昼までに終わったものの、公爵様に呼ばれ、エリオット様に逆らったとして懲罰を受けていたため、アリーシャの部屋に訪れるのがこんな真夜中になってしまった。
「さすがにもう、寝ているだろうな……」
辺り一面、黒で塗りつぶしたかのような漆黒の闇。使用人たちも眠っているようで外の風の音が聞こえてくるばかりで物音一つしない。
夜の時間が本業の自分は暗闇など問題はないが、こんな時間にアリーシャを監視する必要などないだろう。
けれど、
「あいつ、寂しがり屋だから泣いてないか確かめるだけだ」
言い訳のようにぼそりと、呟いた。しかし、すぐに思い直す。
アリーシャがそんな簡単に泣かない性格なのは知ってるくせに、寂しがり屋なのはいったいどっちだよ。
そう自嘲するも逸る足は止まらない。寝てても良いから、どうしてもアリーシャに会いたかった。
アリーシャの部屋にたどり着き、そっと扉を開ける。案の定部屋は暗く、物音はない。寝顔を見ようと寝台に目を向けて驚く。
アリーシャは起きていた。寝台の端に腰かけて真っ直ぐ俺を見ていた。
起きていたことにも驚いたが、この暗闇の中、真っ直ぐ自分を見ていることが信じられず戸惑う。
俺が何も言えずにいると、アリーシャが先に声をかけてきた。
「あなた、だあれ?」
ヒュッと息を呑む。アリーシャはあの時と寸分違わない、人の本質を捉えようとする目で俺に聞いてくる。
アリーシャが俺に気づいてないはずがない。
俺だとわかった上でそう聞いているんだ。
なんで、どこで気づいたんだ?
「な、何を言ってるんだ、わかるだろう。俺はお前の『兄』のーーー」
喉が乾く、声が掠れて上手く言葉にならない。無駄と知りながら、みっともなくまだ『兄』にすがりつく。
嘘だろ、待ってくれ。まだ俺は何もしてないのに。お前と家族の仲を取り持つことも。また、一人に戻ることの覚悟も。まだ何も出来てないんだ。
頼むからまだ言わないでくれ……っ!!
「エリオットお兄さまにさっき会ってきたの。お兄さまとは全然違う人だったよ」
「っ!」
「私ね、いつも不思議だったの。お兄さまって病弱って聞いてたのに元気だし、年齢のわりに変化魔法がすごく上手だし、それより何よりーーーお兄さまからいつも血の匂いがしてたから」
「もう嘘つかないで。ちゃんと私を見て答えて。ーーーねぇ、あなたはだあれ?」
「お、俺はーーー」
アリーシャは真実を知りたがっている。ここで言わなければ、俺はきっと『偽者』にすらなれない。
俺は観念して自分の素性をアリーシャに語る。自分が諜報部隊の一員であること。アリーシャの監視を父親である公爵様から指示されていてエリオット様のふりして監視していたこと。
アリーシャはその間黙って聞き、変わらず、真っ直ぐ目で俺を見ていた。嘘で凝り固まった俺はアリーシャのそんな素直さが羨ましくて大好きだったのだが、この状況では心が締め付けられる気がして、気まずい。
全て語り終えても、アリーシャはまだ口を開かない。ショックを受けているのか、怒りに震えているのか。
……どっちもだろうな。兄だと慕っていた男がまったくの赤の他人、しかも人殺しなんだから。
でも、それでもーーー
「ごめん、お前が家族に会いたがってるのを知っててそれに漬け込んで酷いことしたと思ってる」
「……………」
「でも、これだけは信じてほしい。俺が今までアリーシャと過ごしてきた日々は決して嘘じゃない。俺はお前を大切な妹だと、家族だと、思ってた」
どうか嫌わないでほしい。家族だと思わなくてもいいから忘れないでほしい。俺が確かに居たことを。
「もう二度とお前の前に現れないようにする。もし、それでも嫌なら監視役から外れてもいい。お前の望むようにしていいから、だから」
「これからも妹だって思うことを許してほしい」
俺にも家族が居たんだと、一人じゃないんだと。そう思うだけできっと生きていける。
騙しておいてそんな虫の良いことが通るはずはない。流石のアリーシャも怒るだろうな、と覚悟してアリーシャを見ると、
「そうじゃないでしょうが!!」
「へ?」
予想通り怒ってはいるが、そうじゃない、らしい。……
はい?なにが?
「お兄さま、私はね。怒ってますよ。もうカンカンですよ」
「お兄さま……」
アリーシャはまだ俺を兄と呼んでくれるのか?偽者なのに?騙していたのに?
胸のつっかえが取れたように苦しさが消えて、代わりになんとも言えない感情がせりあがってくる。
アリーシャの放った『お兄さま』という言葉を何度も反芻していると、
「お兄さま、聞いてる!?私、真面目に言ってるんだよ!」
といつの間にかすぐ目の前までやってきていたアリーシャが怒る。俺の方が背が高いんだから当然だが、必然的に上目遣いのポーズになっており、本当に可愛い。思わず、ドキドキしてしまうほどだ。
アリーシャは自分のことを醜いと思っているようだが、断言しよう。まったくの勘違いだ。
確かに万人受けする可愛さではないかもしれない。けれど、くっきりとした眉が切れ長の目を際立たせ、クールな印象を与え、それでいて低い鼻が年相応の可愛さとを絶妙に噛み合わせ両立させている。そして極めつけはふっくら膨らんだ魅力的な唇。
男なら思わずごくりと喉を鳴らしてしまうだろう。
つまり、アリーシャは絶世の美少女なんだ!!
よくよく観察すれば公爵様と奥様に似ている。ただ系統が違うだけなのに、他の人間はなぜ、それがわからないのだろう。
「ごめん、アリーシャがあんまりに可愛かったから」
「今、真面目な場面でしょ!ふざけないでよ!!」
「ふざけてないのに……」
納得はいかなかったが、本題からズレているので、これ以上は言わないことにした。
「いい?お兄さま?お兄さまは私を妹だと思ってる。で、これからもそう思いたいんだよね?」
「あ、ああ、うん」
「なら、どうして二度と会わないになるの!?違うでしょ!それを言うならこれからもよろしく!でしょ!」
「え、えええ」
いや、こっちからすると、アリーシャの言ってることの方が『なんで、そうなるの』なんだが。
汚れ役の人殺しと公爵令嬢だぞ?無理に決まってる。
「お兄さまが私をちゃんと妹として見てくれてたことに安心したら、これだよ。これから家族になるんだからこういうことはちゃんとしておかないとね」
「いやいや、待て待て、待ってくれ。俺の話聞いてたか?俺はお前の兄じゃないし、そもそも公爵様の娘と平民が兄妹になんてなれるわけ」
「あの人は私は娘じゃないって言ってたよ?なら、私は公爵令嬢じゃないよね。前世でもお嬢様だったわけじゃないし、つまり平民だよね。ほら問題なし!」
「屁理屈だ!」
「屁理屈で結構!お兄さまと家族になれるなら、私は今の家族はいらない!」
はっきり言い切るアリーシャに心が揺らぐ。ダメだ。そんなこと出来るわけない。
「人殺しと家族?そんなの出来るわけだろ。そりゃあ俺は殺し屋じゃないから、不必要に殺したりしないけど、必要に迫られれば簡単に殺せる」
「家族になるってことは今までに殺した罪を一緒に背負うってことだ。遺族に恨まれて殺される覚悟がお前に出来るのか?8歳の少女に背負えるとでも?」
こんなに苦しくて虚しいのに、背負えるわけない。背負わせたくない。
頼むから伝わってくれ。中途半端な同情は余計に辛くなるだけだ。
アリーシャは少し考えた素振りを見せた後、心底不思議そうに俺に問う。
「お兄さまは今まで食べたチキンの数覚えてるの?」
「は?」




