失恋と親友(ガンマside)
「私は!嫌いな人と結婚するなんて絶対いや!ガンマが弱い私を受け入れられなかったように大切な人を捨てようとするガンマを私は受け入れない!大嫌い!!」
「シス……」
「さようなら。約束叶えてくれてありがとう」
「シス!!」
呼び掛けるものの、シスを追いかけることも出来ず、呆然とシスが去っていくのを眺めることしか出来なかった。
俺はシスが好きだ。シスと結婚したくて今まで頑張ってきた。シスに惚れたきっかけは確かに圧倒的なその強さだった。だが、俺はシスの優しさに触れて結婚しようと思い至ったのではないのか。
なぜ、シスが問いかけたあの時、
「弱くても好きだ」
そう言えなかったのか。まるで言葉が喉を通らなかったように出てこなかった。そのせいでシスに誤解されてしまった。
観戦席に戻る気も起きない。誰が勝とうとシスでないならどうでもいい。
シスの願いを聞くなら観戦席に戻り見届けるべきなのだろうが、失恋の痛手は深くしばらくは立ち直れそうにもない。
「シスに恥を掻かせた挙げ句、願いの一つもろくに叶えてやれない。こんな男じゃシスに愛想をつかされて同然だな」
シスという目標を失った今、俺はこれからどうすればいいかもわからなくなった。
シスのいない人生を考えることが出来ない。俺は今までどうやってシスのいない人生を生きてきたんだったか。
ひとまず王宮へと戻ろうと、闘技場を出た。闘技場の入り口にはバハムートがいた。俺の親友ともいえる大事な友だ。
バハムートはドラゴンの国、ティルナノグの王子で、ドラゴンの中でも王に次ぐ実力と大きさを持っている。
観戦の為、人型の姿を取っているのだろう。
いつものように腰まである黒髪と白く透明感のある肌とそれに見合う中性的な美しい姿をしている。こんな姿だが、天真爛漫な性格が周りに好感を抱かせる。
いつものように無邪気に抱きついて来るかと思えば、悲しげに目を伏せ、ぼーっと立っているだけだ。
俺に気づいているかも怪しい。
「バハムート?どうしたんだ?」
「ガンマ、ごめんね」
俺が声をかけるとハッとした表情をしてから、泣きそうな顔になり、そして謝ってきた。
どういう意味だと聞く間も無く、バハムートは黒いドラゴンへと姿を変える。帰るのかと思ったが、バハムートは何故か、闘技場を壊し始めたのだ。
「バハムート!?何をしている!!」
慌てて止めようとするが、何故かバハムートは聞く耳を持たない。
すると、他のドラゴン達も一斉に人型を解いて、闘技場や建物を壊し始めた。
「なんだ!?何が起きている!?」
ドラゴンは狂暴な見た目に反して温厚だ。自身や仲間に危険が降りかからない限り、決してその強大な力をいたずらに振りかざしたりはしない。だからこそ、俺たちは共生関係を結び、交流を育んできた。
なのに、何故彼らは我が国を攻撃する!?
「バハムート!応えてくれ!いったいどうしたと言うんだ!!バハムート!!」
バハムートは応えず、どこかへと飛んでいってしまった。
しかし、他のドラゴン達は構わず暴れまわる。『争奪戦』を見にたくさんのドラゴンがここに集まっていた。その全てが本気で暴れたら俺たちの国はあっという間に滅びるぞ。
背筋がぞくりとする。止めなければ。この国を壊されてはたまらない。
闘技場の中へ戻り、父上や兄上たちの姿を確認する。父上たちは一頭ずつドラゴンを羽交い締めにして、気絶させていた。
その甲斐あってか、闘技場にいる竜はほぼ気絶している。それでも闘技場から飛び出し、我が国を荒らすドラゴン達は一向に減る様子を見せない。
こんなに来ていたのか。
父上が俺に気づいて顔をしかめた。
「ガンマ、この非常時にどこへ行っていた」
「申し訳ありません、父上。しかしこれはいったいどういうことなのでしょうか。我々はドラゴンに何かしたのですか?」
「大事な同胞にここまで恨まれるようなことをするはずがないだろう!第一、もしそうであれば『争奪戦』を見に来るはずもあるまい」
「それは確かに。もし、文句があるなら彼らなら口頭で伝えてくれるはず。それに『争奪戦』の最中にというのも彼ららしくない。不満があるならこの国に来たときから暴れるだろう」
考えれば考えるほど、普段の彼らからはあり得ない行動でしかなく、謎が深まるばかりだ。
しかし、事実として彼らは我が国を攻撃しており、それは今も続いている。
なんとかしなければ、俺は国と親友まで失ってしまうことになる。
「父上は、ドラゴンに敵わない者たちを連れて、王宮へとお戻りください。父上が守ってくださるなら民も安心して王宮へと避難出来るでしょう」
「それは構わんが、避難するだけでは被害は増える一方だぞ」
「兄上たちと共にドラゴンの捕縛を行ってまいります。ご存知でしょうが、彼らは仲間意識が強い。一頭でも殺してしまえば、それはティルナノグとの全面戦争を意味します。くれぐれも殺さず気絶させるだけに止めておいていただきたい」
「わかった。お前の案に乗るとしよう。だが、私はあくまでもこの国の王だ。お前たちでも収拾がつかなくなれば、その時は全面戦争も厭わんぞ」
「必ずこの騒動の理由を突き止め、彼らの暴走を止めてみせます」
父上は臣下に号令を出して、負傷者や敵わなかったものたちを連れて闘技場から出ていく。
それを見送ってから、兄上たちに告げる。
「手分けしてドラゴンの捕縛及び気絶に尽力してくれ!この騒動には何か意味がある!それを知るまでは決して殺すな!!」
「ガンマの言うことだ。従うが、そんな時間稼ぎがいつまでも出来ると思うなよ」
「魔族といっても所詮は獣からの派生。獣が暴れることに意味などあるものか」
父上とは違い、兄上たちはこの案に心から賛成というわけではないらしい。
それだけならまだしも、ドラゴンたちを侮辱し始めた。何を馬鹿なことを!
「黙れ!」
俺の咆哮のような一喝に彼らは嘲りから一転して恐怖を顔に滲ませる。
仮にも王になるかもしれない身分でありながら、同胞であるドラゴンを侮辱し、恐怖を隠そうともしないとはなんと嘆かわしい!
「彼らが今まで俺たちに何をしてくれたか忘れたのか!?人間に擬態したり略奪することでしか生きられなかった我々に、食糧を分け与えただけでなく!護るという存在意義も与えてくれた!彼らがいたから我々はこうして国として発展することが出来たんだ!」
兄上たちは俺より何年も長く彼らと付き合い、その恩恵を受けているはず!なのに、何故平気でそんなことが言える!?
「俺たちが彼らを信じなくてどうする!?兄上たちはいつからそんな恩知らずへと成り果てた!?」
「それは……」
「すまなかった。言いすぎた」
「謝るのは俺に対してではない。それにオーガは実力が全て。行動で示してもらおう」
兄上たちは一瞬俺を睨んだのち、すぐにドラゴンの元へと向かっていった。
なるほど。さっきのドラゴン批判はバハムートを親友にもつ俺への当て付けか。くだらん嫉妬で自身の品格を下げるとは同じ王族として恥ずかしい。
俺もドラゴンの捕縛に向かおうとすると、ヒルダと鉢合わせる。
悲しそうな悔しそうな顔をしていたが、覚悟を決めたように俺に言伝を伝える。
俺が想い焦がれるシスからの言葉を。
「ガンマ王子!あの人間の娘が、兄がドラゴンたちが暴れた理由を突き止めてみせるから時間稼ぎをしてくれ、と言っていました!それまで必ず私がこの国を守るから、って!」
ああ、君は本当に……。兄上たちですら、信じなかったことを人間の、しかも数日前に会ったばかりの君が信じるのか。
そうだ、シスはそういう人だ。初めて会ったあの時も君は魔族である俺を当然のように信じて、救ってくれた。いくら一人で逃げられないとはいえ、人間とは違う俺を信じるのは容易いことではないだろうに。
俺はシスのその『強さ』に惹かれたんだ。
ーーーああ、そうか。何故あの時、言葉に出来なかったのか、ようやくわかった。
俺はシスを弱いと思っていなかった。だから弱くても構わないか、と問いかけるシスに答えることが出来なかったのか。
シスはこの世の誰よりも『強い』。そしてその強さは『優しさ』であり『信頼』であり、『理解』である。
それは一見すると『弱い』ように見えるかもしれない。けれどその真価はこうして必要な場面において『強さ』として遺憾なく発揮される。
そんなシスに俺は何度も救われて、何度も惚れ直してきたんだ。昔も、今も。
シスは、本当に残酷なことをする。振っておいて何故また惚れ直させるんだ。何度俺に失恋の痛みを味合わせれば気が済むのか。
本当に、君は強くて、残酷でーーー最高だ。俺にはやはり君しかいない。
「シスが、時間稼げ、国を守る、と言ったんだな?」
「は、はい!」
「シスは出来ないことは言わない。そのシスが守ると言うならきっと国はもう大丈夫だな」
あとは、バハムートを見つけ捕まえることだ。
ドラゴンで俺と張り合えるのはバハムートしかいない。あいつさえ捕まえてしまえば、あとは俺でなくても捕まえられる者ばかりだ。
「ヒルダ!ラミルダや他の『争奪戦』の連中に伝えろ!黒いドラゴンを探せ!見つけたなら、俺に報告しろ!」
「かしこまりました!すぐに伝えてまいります!!」
ヒルダと別れてすぐに数頭のドラゴンが俺の目に飛び込んでくる。これは丁度良い。
「バハムートと闘り合う前の準備運動がしたいと思っていたところだ。角や牙の2、3本折れても笑って許してくれよ?」
ドラゴンは俺の殺気に気づいて少し後退りしたものの、威嚇に吠えた。それを合図にドラゴンたちが一斉に襲いかかる。
さぁ、狩りの始まりだ。




