買いかぶりは困ります!
「父上!『争奪戦』はやらないと再三申し上げたはずですが!!」
『争奪戦』が開かれると聞いたガンマが案内を中断して、石造りの堅固な建物へと連れていかれた。形こそは要塞に似ているが、中は高級そうな家具や二つの剣が交差する紋章が描かれた色とりどりのタペストリーなどが並び、ここが王宮であることがわかる。
ガンマが玉座に座る初老の男性に抗議している。
そうだ、そうだ!『争奪戦』なんて反対だ!
部下の人に『争奪戦』とは何かと聞いたところ、オーガの弱肉強食の精神は男性だけではなく、女性にも当てはまっている。
だから、次の王になる者のお嫁さんは王に見合う強さでなくてはならないため、複数のお嫁さん候補が王妃の座を賭けて争うバトル・ロワイアルのことを『争奪戦』というらしい。
いやいやいや!!無理です!!私、まだ小娘ですよ!
見る人全て私より一回り以上大きい人たちの中に放り込まれて勝てるわけない!
「お前が人間の娘に惚れ込んでいるのは知っているが、古くから続くしきたりを止めることは出来ん。ましてや、相手が人間ならなおのこと、『争奪戦』は開くべきだ。その娘の強さを示せば、人間嫌いの連中も認めよう」
「時間の無駄です。シスが勝つとわかっているのに、戦わせるなんて」
ん?ガンマ、私のこと買い被ってないか?
自慢じゃないが、相変わらず攻撃は当たらないし、当たってもへなちょこなんだが。
「あの、私」
「ガンマの言う通りよ、父上。この娘は私より遥かに小さい身体で、たった一撃で私を倒したの。その辺の女が勝てるわけないじゃない。やるだけ無駄」
慌てて訂正しようとすると後ろからやってきた女性がガンマに同調したことで、訂正出来なかった。
なんでみんなそんなに私のこと買い被ってくるの!?
「くどいぞ。お前たちの言い分はわかるが、もう決定したことだ。『争奪戦』なしの結婚は認めない」
「父上!」
話は終わったとばかりに玉座から立ち上がり、何処かへと消えていった。
ガンマは納得がいかないと国王を追いかけていった。
わかってはいたけど、まったく少しも歓迎されてないな?国王は挨拶しないどころか、一度も私を見なかったもんね。
最近、優しい人たちばかりだったから、久々にグサッと来ましたよ。ええ。
「久しぶりね。相変わらずむかつく顔してるわねぇ」
「ひゃーやめふぇくだしゃひー」
女の人が私の頬を両手で挟んでこねくり回している。しかし、この美人さんって、多分ガンマくんと初めて会ったとき見たお姉さんだよね?相変わらず別嬪さんでなにより。
しばらくすると、満足したのか離してくれた。
「お久しぶりです。えっと……」
「あら?名乗ってなかったかしら?私はモニカ。モニカ・ガストローよ」
「シスです。あのときはどうも」
お姉さんが名乗ったのでとりあえず私も名乗ったのだが、一言多かったようで嫌な顔をされた。
ごめんなさい。
「私もこんな無駄な大会する必要ないって父上に言ったんだけどねぇ。父上はガンマへの期待度が高い分、国一番の女性と結婚させたいみたいで」
「勝てなかったら、どうなるの?」
「はぁ?あの動体視力と怪力があって、勝てないわけないでしょ?身近に見てきたオーガが私とガンマだからそう思うんでしょうけど、私もガンマもオーガの中ではかなり強いのよ。普通にやってたら負けるなんてあり得ない」
なんでそんなにプレッシャーかけてくるんですか。普通って言われても……。
「仮に負けたら、自分の才能に溺れてまともに鍛練して来なかったってことでしょ?そんな怠け者を弟と結婚させるわけない。ガンマだってそんな軟弱者は嫌いだと思うけど」
心臓がバクバクする。勝てないと嫌われちゃう?そんなせっかく始まったばかりなのに。
泣きそうになっていることに気づいたお姉さんが励ましてくれる。
「心配性ね!大丈夫よ!あんたは強いから!多少変人なところはあるけど、強いことだけは保証してあげる!!オーガは強さだけが正義よ!今は人間だから冷たいだけ!強さを示せばきっと心を許してくれるわよ!」
なんて背中を叩いてくるが、追い討ちをかけられているだけ。
堪らなくなって、玉座の間から飛び出した。
「あれがガンマの婚約者らしいぞ」
「俺たちを負かせてまで妻にしたい女があれか」
「あいつはいったい何を考えているのか。気味が悪い」
気づけば知らない部屋にいた。客間か何かだろうか。
「シス」
振り返ると、お兄さまがいた。心配そうにこちらを見ている。
「どうしよう。私、ガンマが好きだけど、勝てる自信はないよ。だって私にはもうあのときの怪力はないのに」
「シス、帰ろう。やはり人間と魔族が相容れることはないんだ。文化も価値観も違う。挨拶からこんな調子でお前が幸せになれるはずがない」
お兄さまはそう言ってくれるけど、このまま逃げたら、ガンマに恥をかかすことになってしまう。
それなら、戦った方がまだ恥をかかさずにすむのかな?
「どうせ帰るなら、正々堂々戦ってから帰る。私はガンマに相応しくないのかもしれないけど、好きだって気持ちは本物だし。もし、逃げたら本当にガンマの嫌いな軟弱者になっちゃう」
「……わかった。それでシスが後悔しないなら」
お兄さまは何か言いたげな表情をしていたけど、 すぐに優しく微笑んでくれた。
頬を叩いて気合いを入れる。よしっ!やるだけやってやる!
部屋から出ると、私を探していたらしいガンマと鉢合った。
「すまない、シス。どうしても父上の意見を変えることが出来なかった。俺からプロポーズしておいて、君を試すような真似をするなんて侮辱もいいところだ。本当に申し訳ない!」
「謝らないで。大丈夫だから」
本当は全然大丈夫なんかじゃない。『争奪戦』なんてやりたくない。もっとガンマと一緒にいたい。
でも、それがしきたりなら仕方ないよね。
「ガンマ、私、頑張るからずっと見ていてね」
「?ああ、俺はシスしか見ないよ」
私の言葉に一瞬首を傾げるも、すぐに優しく微笑んでくれた。
私、最後まで彼の期待に応えられるといいのにな。
その頃の聖ヴァルハラ教国。執務室にて。
「もうシスたちはガストローに着いたのかしら」
ユリシアは窓の外を眺めながら、呟く。
彼らがヴァルハラを出発してすぐ、国中に散らばった司祭たちを集めて、この暗殺未遂事件の首謀者がロダン枢機卿であること、未遂事件以降自分に女神のお告げが聞こえなくなっていることを説明した。その上で、責任を取って聖女の座を辞することも話した。
ユリシアとしては混乱はあるものの、賛成してもらえると、そう思っていたのだが。
「悪いのはロダン卿でユリシア様のせいではありません!」
「あなたはこの国に必要な方だ!女神に選ばれたから、ではなく貴女のこの国を思う心や身分に関係なく悪を裁く公平さが必要なんです!」
半数以上に引き留められて、後任の聖女が一人前になるまでは聖女代理として、今まで通りこの国を支えていくこととなった。
もちろん、その内の何人かは現状を変えたくない保守的な思想ゆえだとはわかっていた。
それでも女神のお告げがない自分でも必要だと言ってくれることは今まで聞いたどんな賛辞よりも心に届いた。
「女神のいない私でも、ちゃんと必要とされていたのね」
キルやシスが言っていた言葉がユリシアの脳裏に浮かぶ。なんだかんだあの兄妹には一生敵わない気がする。
シスがガンマ王子と結婚したら、ヴァルハラに里帰りしてくれるのかしら?キルもきっとガストローまでついていくんでしょうね。
ガンマ王子なら、ついていってもそれが人間の文化だと思って受け入れた挙げ句キルを天然で振り回しそう。
想像するだけで面白くて思わず笑ってしまう。ただ、すぐに懸念材料を思い出し、その笑みはすぐに真顔に変わる。
懸念材料、それはガンマ王子が人間不信へと変わるもう一つの理由。
『ティルナノグによるガストロー襲撃事件』
女神が見せた未来では、人間がドラゴンの子どもを人質に取ったことによるガストロー襲撃事件が起きて、人間に疑いを持ち始めたところでの暗殺未遂事件により、ガンマ王子は完全な人間不信となっていた。
しかし、彼と話している様子では襲撃事件が起きている気配はなかった。
出発直前にガンマ王子にも伺ってみたが、
「そういえば、ガンマ王子はドラゴンのお友達がいらっしゃるようだけれど、お元気かしら?」
「バハムートのことですか?はい、彼はいつも元気ですが」
「そう、それは良かったわ」
特に何も起こってはいないらしい。ということは襲撃事件も私とガンマ王子のせいで、なくなったのだろう。
そもそも人間がティルナノグからドラゴンの赤子を連れ出して、さらにそれをネタに脅すなんて不可能に近い。
ティルナノグはガストローにより隠匿されて、その場所はミッドガルドの図書館にだって記載された本はない。唯一、聖女や枢機卿だけが入れるヴァルハラ地下の古文書をまとめている書庫には地図が載っているが、そこへたどり着くには高度な転移魔法が絶対不可欠なのだから。
転移魔法が扱える枢機卿という責任ある立場の人間がわざわざ危険を犯してティルナノグに足を運ぶなんてことあるはずない。
オーガやドラゴンに対して深い恨みがあるなら話は別かもしれないが。
「転移魔法が扱えて枢機卿で、オーガに深い恨みがある人物?」
先日投獄した男の顔が浮かぶ。彼は確かに当てはまるが、彼の屋敷にドラゴンの子どもなどいなかったし、そもそも彼は投獄されている。ドラゴン達に指示を出して襲撃させるなど不可能なはず。
「杞憂に違いないわ。もう大戦の火種は消えたんだもの。何も問題はなくなったのよ」
ユリシアは自分を安心させるように口に出すが、胸騒ぎは収まるどころか大きくなるばかりだ。
突如、執務室の扉が開かれて、司祭が慌てて入ってくる。
「どうされたのですか?」
「大変です!ロダン卿が地下牢から脱走しました!どこにもいません!!」
「ロダン卿がいない……!?」
胸騒ぎがさらに増す。心臓が高鳴り、最悪のシナリオが頭に浮かぶ。
まだ女神の『運命』は終わっていない?
「すぐにロダン卿の捜索をお願いします。あと、『治癒』の得意な司祭を十人ほど礼拝堂に集めてください。私からお願いしたいことがありますので」
「わかりました!すぐに集まるよう伝えます!」
司祭が部屋から去ったあと、ユリシアは書庫へと向かい、ガストローが載っている地図を取り出した。
今から向かえばそんなに時間はかからずガストローへ到着出来そうだ。
「この準備全てが無駄骨になればいいのだけれど」
女神の『運命』通りになんてさせはしない。




