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ヒロインにしか見えない悪役令嬢?物語  作者: 松菱
四章 大戦勃発!?編
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ガストローにやってきました!









ムスペル伯爵のお屋敷にて。


伯爵が防衛大臣に就任してからは、ムスペル領の統治が手薄になるため後継者の育成という名目でアルファがムスペル領の統治を担っている。

もちろん、最終的な判断は未だ伯爵の指示を仰がねばならないが、幼い頃より父親の仕事振りや領民の生活に寄り添ってきたアルファの仕事振りは未熟な所も多いものの、概ね領民から高い支持を得ている。


だが、今は……



「お坊っちゃま、旦那さまからこの書類全て直すようお預かりしてきました」


「最初から全部やり直しか」



ギルが机に天井まで届きそうな高さの書類を置く。アルファがうんざりした目でそれを眺めて深いため息をつく。



「私も拝見しましたが、ところどころの書き間違えが多かったように思われます。お坊っちゃまらしくありませんね」


「そりゃあこんな量やらされてたら、少しくらい書き間違えるだろ」


「おや、旦那さまはこの量に加えて、畑の見回りに、王族の社交パーティーの参加、近隣諸侯との交渉までやっておられましたが?この程度の量で書き間違えていては領地運営など夢のまた夢ですよ」



にっこりと微笑みながら告げると、アルファは乱暴に頭を掻いて、



「上等だ!今日中に直してやるから、寝ないで待ってろよ!」


「御意に」



一礼して、その場から姿を消した。アルファが書類に手をつけたのとエスリンがアルファの部屋にやってくるのは同時だった。



「お兄さま、らしくありませんわ」


「何がだよ。俺はいつも通りだ」



悲しげなエスリンの声に、アルファはそちらに視線も向けずに答える。



「全然いつも通りなんかじゃありません。食事中もぼーっとしていますし、かと思えばヴァルハラの方角を向いて考え込んでいらっしゃるし、書類仕事だってこんなに返ってきたことなんてこれまでありませんでした!」


「シスの任務を手伝ってたから、ここまで溜まってただけだ。食事中にぼーっとなんてしてないし、ヴァルハラの方角なんてこじつけもいいところだ」


「……どうしてお義姉さまについていかなかったのですか?お兄さまは自称とはいえ婚約者ですよ?それならば、正々堂々とガンマ王子とやらと相対するべきです。どうして自分から身を引くような真似をなさったのですか!」



こちらを見ずに答えるアルファに苛ついたのか、書類が積まれた机を乱暴に叩いた。

紙の束でしかない書類はあっという間に崩れて舞い散る。書類で隠されていたアルファの顔がエスリンの目に写る。

何かを堪えているような、それでいて諦めたようななんとも言えないアルファの表情に息を飲んだ。

しかし、それも一瞬で書類を崩されて呆れるアルファの顔がエスリンを見る。



「エスリン、この量でわかるだろ?俺は父さんの後を継ぐためにやらなきゃならないことがたくさんあるんだ。手に入らないとわかってるものを一々追ってる時間なんてない」


「そんなことわかりませんわ。お義姉さまがその方に好意を抱いているのは私も知っています。でも!お兄さまのことだって、ちゃんと!」



エスリンの必死の説得もアルファのため息を増やすだけだった。

忘れてるようだが、と前置きをして、



「俺がシスに婚約を申し込んだのは好意を抱いているからじゃない。シスの『ちーと』と王族に入るという目的のためだ」


「それはわかっておりますわ。ですからお父さまがこの婚約を実現するためにここまで努力なさってたのでしょう?」


「シスの『ちーと』を使うための条件は俺がシスと友人になったことで達成された。王族に入るという目的も父さんが防衛大臣となったことで、公爵の推薦で何人か王族の娘の見合い話が舞い込んでいる。シスと結婚しなければならない理由はもうないんだ」



もちろん、それもエスリンは知っている。シスが何度もアルファにそう説得していた。自分よりもっといい人がいるだろうから婚約者と名乗るのは辞めてはどうか、と。

それでも兄は何かと理由をつけて婚約者と名乗るのを辞めなかった。それはそういうことではないのか。



「それでも父さんがシスとの婚約を頑なに推し進めようとするのは、母さんを救ってくれた恩を自分達の手で返したいというこちら側の都合だ。その都合にシスを巻き込めるわけがない。シスに好きな奴がいるならなおのことだ」


「でも!じゃあお兄さまの気持ちはどうなるんですか!」


「俺の気持ち?お前もいい加減目を覚ませ。俺はシスのことは大切な友人で世話のかかる妹としか思っていない」



何度目かわからないアルファのため息が聞こえるが、エスリンからすればこちらがため息を吐きたい気分だ。

まさか、あんなにお義姉さまと行動したがって、お義姉さまの役に立とうと仕事も斡旋して、お義姉さまの約束の相手にあんなにも嫉妬しておいて、まだ自分の気持ちに無自覚だなんて。



「お兄さま、いつかこのことを絶対に後悔しますわ。断言いたします」


「そりゃあ顔以外は好条件の相手だったからな。いつかは後悔するだろうが」


「そうじゃなくて!もう良いです!知りません!お兄さまの馬鹿!阿保!!」


「は?おい!エスリン!!せめて散らかした紙は片付けていけよ!!」



しかし、エスリンは振り返らずに部屋から立ち去った。


アルファはうんざりしながら、床一面に広がった書類を片付け始める。

妹がシスを気に入っているのは知っているが、自分とシスが恋人同士だと思っている部分だけはいただけない。

いくら王弟殿下の娘で、誰よりも心優しい性格の持ち主でもあんなに醜い女に恋愛感情など抱けるはずがない。

そう考えればいくら魔族とはいえ、シスに恋心を抱く男がいたと思う。


書類を拾っていると、服屋からの書類が目に入る。そういや、あの緑のワンピースはここで買ったんだったか。

緑の無地でシンプルなデザインなのに、まるでドレスでも買ってもらったかのように喜んでいたことが思い出されて思わず笑みが溢れる。



あの笑顔だけは、本当に悪くなかったなぁ。



それだけ考えるとすぐに書類集めを再開し、仕事へと取りかかる。


笑顔を思い出した時に感じた胸の痛みは気づかない。気づきたくなどないから。













「ここがオーガの国、ガストローかぁ。すごい!みんなおっきい!建物も服も全然違う!!」



空以外、建物も地面も人々も全てが茶色一色。かろうじて食べ物は果物や野菜が市場のように店に並んでいるが、それも僅かでほとんどが砂のような茶色で囲まれている。

建物は一見すると砂を固めてところどころ穴を開けた2階建ての巣のように見えるが、よく見ると茶色いレンガが積み重なって出来ていた。

さわると砂のようにサラサラとした触り心地だが、がっちりと硬い。アスファルトによく似た白黒の粒も入っているため、複数の岩を切り取りレンガとして加工したものなのかもしれない。

ミッドガルド帝国のレンガと形こそは似ているが、赤茶色や白のレンガとはまったく色も素材も違う。

変わっているのは建物だけじゃない。服装も違う。

ガストローの人々は薄着が多い。まるで水着のような格好をしている人が大半だ。そして多くの人が黒い刺青を身体の何処かに刻んでいる。

刺青なんて前世以来見たことなかったからこの世界には存在しないんじゃないかって思ってたのに。

あれ?でも、ガンマくんや迎えに来てたオーガさんたちって刺青あったっけ?服で隠れてただけかな?

それともガンマくんたちとこの人たちには何か違いがあるとか?



「シス、喜んでくれるのは嬉しいがあまり離れないでくれ。いくらオーガが人間に比較的友好的でも、どうしても受け入れられない者もいる。だから側にいてくれ」


「あ、ごめんなさい、ガンマくん」



ガンマくんに窘められて興奮が冷める。しまった、やりすぎちゃった。






あれから私たちは話し合って、ガンマくんについていき、ガンマくんのご両親に挨拶にいくことにした。

最初は一度帰ってアルファに婚約を受け入れることを伝えようと思ったけど、暗殺未遂事件から数日経過したこともあって信徒さんたちからオーガの襲撃があったことがヴァルハラ国内に広まってしまった。

ガンマくんたちを連れてミッドガルドへ向かうことは困難だから、いっそお姉さまが騒動を落ち着かせてくれるまでガストローに行ってご挨拶したほうが良いんじゃないか、となったのです。



「夢みたい。まさかオーガの国に来れるなんて。本当にありがとね、ガンマくん!」


「シス、ガンマと呼んでくれ。もうすぐ夫婦になるんだから」


「あ、うん。そうだったね」



ガンマに案内され、ガストローを巡る。ふと、闘技場のような円形の建物にドラゴン達が入っていくのが見えた。



「あれはなに?」


「ああ、あれはティルナノグから食料を運んでもらってるんだ」


「ティルナノグって、確かドラゴンの国だったよね?ドラゴンがなんで食料を運んでくれてるの?」


「この国は見ての通りの砂地だろう?食物が一切育たない。だから昔からオーガは人間に化け、冒険者になって食い扶持を稼いでいた。ある時、ティルナノグが目をつけて自分たちの食料を分けるから人間や他の魔族から自分たちを守ってほしいと要請を受けたんだ」


「え?あんなに強そうなのに?」



空を悠々と飛ぶドラゴンを見ながら、不思議に思う。あんなに大きくて強そうなのに意外だな。



「確かに彼らは強い。だが、数で囲まれたらいくらドラゴンでも敵わない。ドラゴンは何故か他の魔物の何倍もマナを身体に溜め込みやすい性質を持っていて、そのせいで鱗を1つ持つだけで万病が治るだとか、牙で武器を作るとあらゆる物を斬ることのできるようになるとか、真偽不明の噂が出来上がってしまい狙う者が後を立たない」


「え!?そうなの?でも、私はそんなの初めて聞いたけど」


「俺たちがドラゴンに関する情報が漏れないように監視してる。だから、人間がドラゴンを狙うのはだいぶ少なくなったが、ヴァンパイアの密猟者は未だに多い」



魔族同士でもそういう小競り合いみたいな問題はあるんだなぁ。いや、人間同士だってあるんだから当たり前だけど。通りでドラゴンの情報がこっちに漏れてこないわけだ。



それにしても、次々とドラゴンが円形の建物へと入っていく。まるで吸い寄せられているようだ。



「それにしたって運びすぎじゃない?いつもこんなに運んでもらっているの?」


「いや、いつもはこの半分くらいだな。これではまるで何か催しでもあるかのようだが。お前たち何か知っているか?」



ガンマが部下の人に声をかけると私たちを見ながら、にやりと笑って、



「なにを言ってるんですか!ガンマ王子が婚約者を連れて帰って来たんです!『争奪戦』が開かれるに決まってるじゃないですか!」


「『争奪戦』?」



『争奪戦』と聞いて、ガンマの表情は険しくなったが、私にはまったくわからない。


わからないけど、なんか嫌な予感がするなぁ。









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