因縁あるあの人は優しい人でした!
これはキル達が来る少し前のこと。
しばらく抱き合ってたんだけど、ふと、まだ二股のこと謝ってないってのを思い出して、離してもらった。
残念そうに眉を下げてしょげるガンマくんに変わらないなぁなんて微笑ましく思ってしまう。
「あの、ガンマくんに謝らないといけないことがあって」
「そうか、俺もシスに謝らないといけないことがある」
「あ、じゃあ先にどうぞ」
「いや、シスが先に」
お互いに譲り合っていて進まなかったので、私から彼に伝えることにした。
「ガンマくん!ごめんなさい!私、ガンマくんにプロポーズされてるって知らなくて、他の人の婚約を受け入れてしまって……二股してごめんなさい!!」
「ああ、ユリシア殿から聞いた。俺もそれを謝ろうとしていたところなんだ。シスに大好きと言われて舞い上がってしまった。だから、シスは二股なんてしていない。大丈夫だ」
ガンマくんは悲しげに目を細め、無理に笑おうとしているようだった。張り裂けそうなくらい胸が痛い。そんな顔、してほしくないのに。
「シス、角はまだ持っていてくれているか?」
「うん!可能な限りずっと持ってたよ!」
懐から角を見せると、ガンマくんが手を出した。
「ありがとう。もう約束は果たされたんだ。角はもう必要ない。君の婚約者殿のためにもこういう誤解されるものは持っていない方がいいだろう」
「……………」
今までの私なら渡してたと思う。今はいやだ。都合の良いことはわかってるけど、渡したくない。
渡そうとしないことを訝しんだガンマくんが私を宥めるように、
「シスが俺の国を訪問したいと思っているのは知っている。君にそのつもりがないとしても、人間のシスが俺の国を訪れることは意味のある行為なのだから案内しよう。だから返してほしい。それを持って俺の国へ行くと勘違いされてしまうから」
「やだ、渡したくない。信じてもらえないかもしれないけど、ガンマくんのこと好きだから返したくない」
ガンマくんの顔が悲しげに歪む。やっぱりもうダメなのかな。
「残酷なことを言わないでくれ。角を渡す意味は聞いたんだろう?なら、俺の気持ちもわかってくれているはずだ。シスが俺を友として好いてくれるのは嬉しいが、これ以上は辛い」
「違う!友だちとかじゃなくて!私もお嫁さんになりたい意味の好きなの!だから返したくない!」
「は?」
伝えたのはいいが、自分はとんでもないこと言ってるんじゃないか?
「待ってくれ。シス、意味をわかって言っているか?それとも俺がまだ人間の文化を理解出来ていないせいか?お嫁さんになりたいと聞こえたんだが。そんなわけないよな?だって今、婚約者がいるって」
「えっとまだ婚約者じゃなくて!それに好きで婚約した、とかじゃなくてお兄さまの負担を減らしたくて婚約したというか」
「負担を減らしたくて婚約?好きでもない男と君は子どもをつくるのか?」
うう、話せば話すほどドツボに嵌まっていく。どうせ私と結婚したい人なんて誰もいないだろうと思って、安易に許可だしたのが悔やまれる。
ガンマくんの中で私って男なら誰とでも結婚する女になってるよ!?
「えっと、そうじゃなくてその!」
とにかく全部何もかも話さないと!ダメかどうかはその後だ!
「ーーーつまり、シスは『来訪者』で不思議な力があるから、その力を使ってもいい代わりにその婚約者に守ってもらおうとして婚約しようとした、と。互いに惚れていたわけではない。こうで良いんだな」
「はい、そうです」
立ちっぱなしも疲れるので、礼拝堂に備え付けてある椅子に座って話をした。
ガンマくんが私の話を繰り返すと、もう言い訳感がひどい。
「『来訪者』の噂は魔族でも広がっている。人間達が召還したり、女神の気まぐれなどでこの世界に現れる異世界の住人だと。なるほど、通りでたまに話が通じなかったのは俺たちとは違う世界の言葉だったからなのか」
「ごめんね。以前『来訪者』だって話して大変な目に合ったことがあったから言わないようにしてたんだ。ガンマくんを信用してなかったとかじゃないんだよ」
「ああ、わかってる。『来訪者』というだけで目の色変える者はいるだろう。特に魔族は『来訪者』を強く警戒していることが多い。シスの対応は間違っていない」
こんな状況でも慰めてくれるなんて相変わらず優しいんだなぁ。それに比べて私は……。告白したのなかったことにしてガンマくんのこと諦めようかな。色々な意味で釣り合わないよ。
「ガンマくん、あのね」
「シス、本当に婚約者を愛してないなら、俺がその役目に立候補してかまわないか?」
「へ?」
突然言われて驚く。その役目って、なに?
「シス、俺は君が好きだ。君と結婚したい」
「え!?な、なんで」
こんな私なのになんでまだそんなこと言ってくれるの?
「俺は魔族で君は人間だから、苦労はかけると思う。もちろんそうならないよう努力はしたつもりだが、きっとまだまだ課題は多い。けど、必ず幸せにする。だから、俺と結婚してください」
「本当に、私でいいの?後悔しない?」
「シスがいい。君は俺が知る中で最も強く優しく賢い、オーガの理想のような女性だ。君と結婚することを後悔することなど一生来ない」
なるほど、そういうことか!民族や時代の遷移でモテる女性が違うように、オーガでは私のような人がモテるってことなのかな?
え、そんなラッキー起こっていいの?幸せすぎるんだけど。これってドッキリ?
いや、もうドッキリでもいい!
「あの、こんな、私で、良いなら。その、ガンマくんのお嫁さんに、してください」
言葉が詰まりながらもなんとか最後まで言いきった。ガンマくんに再び抱き締められる。
「本当に良いんだな?また勘違いしていないな?今度こそ俺は婚約出来たんだよな?」
「うん、大好きだよ、ガンマくん。ずっと一緒にいようね」
「ああ」
「あ、お兄さまを置いてきちゃったから、心配してるかも!」
あの後、5年ぶりの再会ということでガンマくんと話をしていると、ふとお兄さまとの約束を思い出して慌てる。
きっとすごい心配してるよ!早く戻らないと!
辺りを見回すと御者さんはまだうずくまってぶつぶつと何か唱えていたので、声をかけようと近づく。
「あのー、すいません。馬車まで戻りたいんですけど」
返事は帰ってこない。未だぶつぶつと何か言っている。
ガンマくんが御者さんを見て、少し驚いたような素振りを見せた。
「こいつ、確か俺を捕まえた奴隷商人じゃなかったか?それがなんでここに?」
「え?そうなの!?」
この人が私とガンマくんを拐った犯人!?うわ!全然気づかなかった!あー、地位も金もってそういうことね!
ガンマくんの声に反応した御者さんはバッと顔を上げて叫ぶ。
「そうだ!お前だ!お前のせいだ!!お前が来るまで俺はそいつで順調に金を稼げていたのに!お前を捕まえたら、全てが全部台無しだ!!」
そうなのかー。確かにあれだけ暴れまわったらなぁ。
でも仕方ないよね。私たちも逃げたかったし。
ガンマくんは叫び続ける御者さんに向かって、
「ずっと、伝えたかった。貴方に感謝している」
「は?」
御者さんはガンマくんを見て、ぽかんと口を開けている。目はこれでもかというほど開かれて、なんだか蛙みたいだ。
「捕まった当初は貴方を恨んだし、復讐してやろうと思った。だが、貴方が捕まえてくれなければ、俺はシスと出会うことはなく、人間の素晴らしさを知ることもなかった。ただ、肉体の強さだけを追い求めて、その力を何のために役立てるかなど考えもしなかっただろう。ーーーもしかしたら、ただ強い相手を求めて戦争を起こしていたかもしれない」
「ガンマくんは自分の都合だけでそんなことはしないよ!」
「そうだな。今ならそう断言できる。でも出会う前の俺はそうじゃなかったんだ」
ガンマくんは自分を卑下してるけど絶対そんなことない。だってガンマくんは出会った時から優しい人だったし!
「だから貴方には本当に感謝している。ありがとう」
「やめろ!感謝!?俺に!?俺はお前を拐って金儲けの道具にしたんだぞ!?なのに感謝!?憎んでくれた方がまだマシだ!!いいか!?お前の女を拐ってあの檻に入れたのは俺だぞ!?それでも感謝するのか!?」
顔を真っ青にして、私が入っていた檻を指差す。え!?あれに入れたの御者さんだったんだ!
「わざわざ私たちのために、初めて会った時を再現してくれたんだ!?ありがとう!おかげで感動的な再会だったよ!」
「はぁ!!?」
「ああ、確かに。おかげでシスにしてもらったことの借りが返せた。そうか。そんなことまで気を遣ってもらってむしろ申し訳ない」
「違うだろ!!なんでそうなる!!俺は!俺はああああ!!!」
二人で感謝の言葉を伝えると、また叫びだした御者さん。うーん、再会させてもらっておいて申し訳ないけど、情緒不安定すぎるよ。
「ねぇ、この人、さっきからずっとこの調子だし、どこか具合が悪いのかもしれないよ」
「そうだな、先ほどもうずくまっていたし。医者を連れてくるべきだろうか」
私たちが話し合うと叫び声はさらに大きくなる。
あーもう、うるさい、近所迷惑だってば。
礼拝堂にお兄さまとお姉さまが入ってきた。御者さんはお姉さまの姿を見ると一目散にそちらへと向かって、お姉さまにすがりつくかと思うくらいの勢いで祈りを捧げるように告げた。
「あ!あんた!聖女さまか!?聖女さまなんだな!?早く俺を捕まえてくれ!このままだとあいつらのせいでおかしくなる!!」
いやいやいや!貴方がおかしかったの最初からじゃん!失礼なやつめ!




