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ヒロインにしか見えない悪役令嬢?物語  作者: 松菱
四章 大戦勃発!?編
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だから知りたい(ユリシアside)









ヴァルハラ大聖堂には二つの顔がある。


一つは女神を崇拝し、女神の偉大さを世界に広めるための宗教的な顔。

もう一つは、女神が悪と定めた『七つの大罪』。大罪を犯した咎人を裁くための裁判所としての顔。


そのため、ヴァルハラ大聖堂の地下にはまるで似つかわしくない地下牢があり、罪人はここに収容される。

それは人間も魔族も同様だ。


私は地下へと降りる階段を下っていく。カツンカツンと、高い音が階段の中で響く。

就任したての頃はこの音が怖かったのよね。まるで地獄に向かって響いてるようだから。そんなわけないのに。

やがて、階段が終わり、錆びた鉄製の扉を開けた。



牢屋は魔族も収容出来るように鉄格子に触れると雷の魔法が触れた者を攻撃する。罪人がかけられる手錠も実力のある司祭が数人が協力して作り出した強力な『障壁(バリア)』がかけられ、決して壊せないようになっている。

鉄格子がついているとはいえ、広さは個室ほどでベッドや洗面所、トイレもある。

罪人たちは、私を見ると大声で喚き出す。うるさいので魔法で壁に叩きつけると静かになった。

それと同時に他の罪人も静かになる。

まぁ、根性がない。キルなら、壁に叩きつけられても吠え続けるわよ?

罪人たちを一瞥すると、短い悲鳴を上げて震えている。


彼らに用はない。私が用があるのは()だけだもの。






とある牢屋の前に立つ。

そこにはベッドの端に座り、両目を閉じているガンマ王子がいた。



「ごめんなさい。就寝かしら?」



ガンマ王子は目を開け、私を見るとあの時と同じ穏やかな笑みを浮かべた。



「これはユリシア殿。いいえ、瞑想をしていただけです。お気遣いいただきありがとうございます」


「瞑想……確か東方に伝わる祈り方でしたわね。オーガでは一般的なのでしょうか?」


「いえ、ミッドガルド帝国に来ていた商人から学びました。瞑想は神への祈りだけでなく、自分への悩みや強さを問い正すものであると聞いたので、オーガの文化に合っていると感じて実践しています」


「本当によく人間を勉強なさっているのですね。国王陛下や他の王族からは反対されなかったのですか?」


「ええ、まあ。ですが、ご安心ください。反対していた者は全て力で黙らせておいたので、納得していなくても王族で私に逆らうものはいませんよ」



微笑みながら、事もなげに言う彼に背筋がゾッとする。

彼は末子。確か今年14歳だったはず。14歳の少年が年上ばかりの王族を逆らわないと断言できるほどの実力を示したというの。

シス、貴女いくらなんでもとんでもない人に惚れたのね。キルといい、ガンマ王子といい男運が悪いわよ。



「どうしてそこまで人間に傾倒するのですか?婚約者(シス)が人間だから?」


「もちろん、それが一番の理由であることは否定しません。彼女が人間を教えてくれたのですから。けれど、人間を知る内に知識の深さや情け深さ、そして己を戒める強い精神に肉体的な強さ以上の強さを感じて、もっと知りたくなったんです」


「変わったのですね……」



私が未来予知で見た彼とは大きく異なっている。


全てに対して怒り、壊すことでしか自分を保てない。まるで『孤高の王』だった彼とはまるで違う。


ガンマ王子が、やや照れくさそうに笑う。



「そうでしょうか?自分では自覚がないのですが。これで少しでも彼女に相応しい男になれていれば幸いです」


「シスに婚約者がいても、ですか?」


「え?」



ガンマ王子の人間への理解は嬉しく思うわ。けれど、私はあの最後に見た人々の幸せそうな顔が忘れられないの。

だから無駄かもしれないけれど、王子の人間への好意を失わせたい。



「シスには人間の婚約者が既にいます。ガンマ王子はシスに騙されていたんですよ。あの子はガンマ王子を愛してなどいない」



ガンマ王子から微笑みが消える。そうよね。心の支えであり、人間への好意の原点だもの。



「今回のオーガの襲撃は、和平に反対する枢機卿の自作自演です。この国は、人間は、貴方を歓迎などしていなかったのです」



胸が痛い、苦しい。お願い、これで憎んでほしい。そして出来れば、そのまま私を殺して。



「そうですか。今までの歴史を考えれば当然でしょう。次回は(・・・)人間のマナーだけでなく、この国の人々と友好を深めてから、来訪するようにします。教えていただきありがとうございます」


「え?」



ガンマ王子は何を言ってるの?言われたことが衝撃的過ぎて理解出来なかったのかしら?

何をどうすれば、その発想になるの!?



「私の言うこと聞いていたの!?だから!人間は魔族なんて歓迎しないって言ってるの!!」


「『一部だけの人たちだけで、人間を決めないで』」


「は?なに?」


「シスの言葉です。奴隷商人たちしか知らなかった頃、人間は接するに値しない種族だと思っていました。獣や魔族、ましてや同族である人間すら金に変えようとする唾棄すべき存在だと、そう考えていた私にシスは違うと教えてくれました」



どこか遠く見ながら、幸せそうにシスとの思い出を語る王子。いやよ、話さないで、聞きたくない。



「人間とは、相手が誰であろうとその人自身を尊重して、話を聞く。それが当たり前だと、人間なんだと教わりました」


「そんなの理想よ、現実は違うわ」


「ええ、シスと別れて人間を知る内に当たり前ではないと学びました。どちらかと言えば魔族というだけで、話しすらさせてもらえないことの方が多かったです」


「なら!」


「けれど、シスのようにガンマという存在を尊重して、話を聞いてくれる人たちはいました。彼らは魔族である私にも同じ人であるかのように、シスが言った通りそれが『当たり前』として生きている人は確かにいたのです」



ガンマ王子が私の目を真っ直ぐ見てくる。いつも私が罪人にするように。まるで、私が裁かれているよう。


そんなはずはない。だってこれは女神のご意志で。女神のご意志が間違ってるはずなどあり得ない。


これは正しいの。正しいことなの。



「だから、ヴァルハラ教国の当主である貴女の言葉とはいえ、それを信じることは出来ません。貴女の言葉はヴァルハラの一部に過ぎず、全員の意見ではない。オーガにも私の意見を反対するものや賛同してくれるものがいるように、きっと魔族を受け入れてくれる人間もいるはずだ」


「そんな少数のために、また来るというの?今度は貴方が暗殺されるかもしれないのに」


「それでも、いや、()()()()()()()()()()()()()。あなたがた人間が魔族をどこまで受け入れられるか。俺たち魔族が人間をどこまで受け入れられるか。シスが俺を受け入れてくれ、俺がシスを受け入れたように」






こんなことがあるの?



ガンマ王子はまるで、私が望んでそれでも叶うはずがないと、諦めていた未来を歩もうとしている。



世界中の人々が幸せになる世界。争いがない世界を。



それは魔族を全て殺さなければ、叶わないと思ってた。だから、悪女と呼ばれても私がやらなきゃ、って。覚悟を決めてここに来たのに。



殺さなくてもいいの?魔族たちとも理解し合える日が、誰も死なず幸せになる世界が来るの?



こんな『幸運』があっていいの?これもシスの『ちーと』?



いいえ、シスの『ちーと』は洗脳は出来ない。全ては私たちのやってきた因果応報の結果に幸運がついてくるのがシスの能力。

ガンマ王子がこう考えるのは、ガンマ王子自身の意思。シスは変えるきっかけを作っただけ。



女神よ、貴女はとんでもない者をこの世界に『来訪』させましたね。



あの子のお陰で私は、私の望んだ世界を諦められなくなってしまったわ。

本当にあの子なら、この世界を変えてくれるかもしれない。



戦争も病もない全ての人々が幸せに暮らしていける世界に。



なんて考えていると、ガンマ王子が残念そうながらも、楽しそうにシスのことを話し始める。



「シスのことですが、貴女もわかっているはずです。彼女はそんな器用なこと出来ませんよ。数日一緒にいましたが、嘘もまともにつけないほどの不器用なんですから。おそらく俺が角を渡した意味も解らなかったんでしょう。だから、シスに婚約者がいたとしても俺を騙しているはずがない」


「どうして、そう言いきれるの?どうしてそこまであの子を信じられるの?」



ガンマ王子のシスへの愛が余りにも深すぎて、困惑する。確かにそう。その通りすぎる。

でもそれは何年も一緒に居たからわかることよ。たった数日一緒に居ただけでどうしてそこまでシスを信じられるの?



「好きだと、言ってくれたから。それがシスにとって友人としてだとしても、好きな子がまた会いたいと、大好きだと言って約束してくれたんですよ。信じるに決まってる」



本当に彼は魔族なのかしら?あまりに純粋過ぎるし、優しすぎるんだけど。いくら好きな子が言ったからって普通は婚約者がいるって聞いたら憤慨するものだと思うわ。

あまりにもいい人過ぎて心配になるくらいよ。

むしろここまで来ると、シスくらいの疑うことを知らないお人好しが相手じゃないとお嫁さんがかなり苦労しそう。それはそれで国として成り立たなくなるからダメね。



「今まで意地悪を言ってごめんなさい。ガンマ王子の言う通りよ。あの子はオーガから角を受けとる意味を知らなかったの。人間にはそんな習慣はないから」


「そうでしょうね。あのときの自分は好きだと言われて完全に舞い上がっていたのでそこまで気が回らなかったのです。シスほどの美しく強く優しくて賢い女性なら婚約者がいるのは当然のこと。せめて彼女との約束を果たし、正々堂々と告白して気持ちにケリをつけることにします」


「そのためには、ここにいてはダメ。反対派がいつ毒を盛るかもわからないわ。手錠と鉄格子の鍵を開けるから逃げて」



こっそり持ってきていた鍵を差し込もうとすると、ガンマ王子に止められてしまった。



「反対派が多いのなら、ここで俺を助けることはユリシア殿の立場を危うくすることに繋がりましょう。俺は大丈夫ですからご自分の身を案じてください」


「そんなのいけませんわ。私は貴方に助けてもらっておきながら、騙していたのに、自分の身だけ考えるなんて出来ません」


「あれは俺が勝手にしたことです。そのことに対して恩義を感じることはありません。もし、それが納得できないということであれば、俺のために御自身の身を案じてほしいのです」


「ガンマ王子のため?」


「はい、俺にとって貴女が失脚することは痛手です。せっかく進めてきた和平交渉をまた一からしなければならなくなる。そしたらシスを迎えにいく日がまた遠退いてしまう。それは困るのです」



いっそ清々しいほどにシスのことしか考えてない所がキルと重なって見える。シスに惚れるとシスしか考えられないように洗脳されるのかしら?

そういえば伯爵夫人も『来訪者』で伯爵との仲は良好と聞いたわ。異世界出身はみんなそうなのかもしれない。



「それに100年経って忘れてしまいましたか?オーガに毒は効きませんよ。肉体強化魔法により常時毒や痺れを中和できます。オーガを殺したいなら正々堂々、正面から挑むしかない」


「そうでしたね」



彼らが魔法を使うところを見たことなかったから、忘れていたわ。

魔法が使えない代わりに肉体損傷以外での死因では死ににくくなっているんだったわね。



「なので、どうかお気になさらず。俺はここで逃げる手筈を整えてから、部下と脱出させていただきます。シスに会えたらよろしく言っていたと、お伝えください」


「わかりました。どうかあなたに女神の加護がありますように」




ガンマ王子のために祈りを捧げてから、一礼してその場から立ち去る。


女神の望む運命に持っていくことも出来ず、かといってガンマ王子の助けにもなれず、ただ立ち去ることしかできない。


王子は新たな希望を見せてくれたのに。






私は無力だわ。









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― 新着の感想 ―
[良い点] シスの発言が??と思いきや、気持ちの奥深くにストンと落ちてゆく感覚が気持ちが良いし、主人公以外のこの物語の住人達もキチンと個性があってとても好きな作品です。 これからの展開が凄く楽しみで…
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