プロポーズなんて聞いてません!!
「大変申し訳ありませんでした!!!」
アルファの放ったギルさん直伝の拘束魔法で身動き取れないにも関わらず、息をぴったり合わせて謝罪してくるオーガさん。すごいやん。
「つまり、お前らは王子の婚約者であるシスを探すため、アースガルズ修道院の者だってのは突き止めたけど、当時名前のなかったシスは名簿に載ってなかったから、しらみ潰しに拐って聞いてたと?」
「はい、そうです。本当は王子が自ら捜索するはずだったのですが、急遽ティルナノグとの会談が決まって断念することになったんです。そんな王子が余りにも哀れだったので、私たちが代わりに探すことにして会ってもらえるよう説得しようと思いたちまして。王子の婚約者なら王子の角を持っているはずだから、いつか見つかるだろう、と」
「なら、なぜ違うとわかった修道女は元に戻さなかったんだ?」
「これは私たちが悪いんですが、人間の区別がつかなくて、どこまで調べたかわからなくなっては意味がなくなってしまうと考えたんです。それに変に噂になって婚約者殿を怖がらせたくなかったので」
アルファが頭を抱えながら、オーガさんたちに尋ねる。私と戦ったオーガさんが終始私をちらちら見ながら申し訳なさそうに答える。
ほんと、見ないで。恥ずかしい。
いつもならお兄さまの背中に隠れるんだけど、さっきからお兄さまの
『だから、言ったよなぁ?やっぱりあのくそガキ、お前に惚れてたんじゃねぇか。俺は間違ってなかったよなぁ?』
と言わんばかりの鋭く痛い視線を感じて、申し訳なさでただでさえ私がこの中で一番小さいのにさらに小さく縮こまってしまうよ。潰れちゃう。
「なんで、シスが王子の角を持っていたら、婚約者なんだ?」
「え?それはそうでしょう?異性に角を渡すのはプロポーズです。そんなのオーガなら赤子だって知ってますよ。なんせ本能に刻み込まれてますから」
「なるほど、わかった。ちょっと待ってくれ」
アルファが私の方を振り向く。私にはギギギギと金属音を立てて振り向いているように感じる。
ひぃっ!こっち向かないで!
「だそうだが?シス?いい御身分だな?オーガの王子と婚約しておいて、俺とも婚約か?さすが公爵令嬢は違うなぁ?ああ??」
「し、知らない!私はこの角があればガンマくんとまた一緒にいられるって!故郷に連れてってくれるって言ってくれただけだよ!?プロポーズなんてされてない!!」
「はぁ!?どう聞いてもプロポーズだろ!馬鹿か!?」
「そうなの!?」
「俺は再三言ったよなぁ?シス?」
アルファとお兄さま両名に諭されて、あれがプロポーズだったとわかり、血の気が引いていく感覚がする。
でも、認めたくない、というか信じられない。
だってガンマくんだぜ?あの、優しくて、カッコよくて、強いっていう完璧超人ですよ?どこをとっても非の打ち所のない彼が、よりによって私にプロポーズ?
「ないないない!あり得ないって!」
「あり得てるんだよ!いい加減に現実を見ろ!」
依然として認めようとしない私に、業を煮やしたアルファがお母さま直伝のチョップを食らわせてくる。
痛いぃぃ。ひどいよ。
「だって私だよ?お世辞にも可愛いと言えないし、性格だって我が儘だし、不器用だし、アルファが結婚の決め手にしたチートだって、ガンマくんと別れてから身に付いたものだし、あの時点で私にプロポーズするメリットは皆無だよ?」
「それは、確かに……」
「でしょ!何かの間違いじゃないの?あ!私を案内してくれるために婚約者ということにしてくれたとか!」
私がこんこんと婚約があり得ないことを説明すると、アルファも同意してくれた。そうでしょ?無理だよね?
アルファが納得しかけてくれたのに、
「いえ!それはあり得ません!姿形こそはっきりと仰られませんでしたが、毎日毎日毎日毎日!!こちらがうんざりするほど、いかにシス殿が可愛く賢く優しくてそして強いのか、家臣である私たちに語ってくるんですよ!自慢じゃありませんが、うちの王子は生真面目を絵に描いたようなオーガです!そんな器用な真似出来ませんから!」
と爆弾発言かましてきやがった!なんだよ、お前!そんなに私が嫌いか!?さては、さっき殴ったこと根に持ってんな!?
「そんなに惚れさせておいて?そんなつもりありませんでした、って?最低だな、お前。男を手玉に取って楽しいか?ん?」
「痛い!痛い!痛い!!ごめんなさい!!」
「許すわけないだろ!!」
アルファが私の頭を鷲掴みにして、締め付ける。
死ぬ!死ぬって!!
私はガンマくんのファンとして活動してただけなのに、なんでこんな二股してた彼女みたいな状況になってるの!?
いや、結果だけで言えばそうだけど!なんで!?頭がこんがらがりそうだよ。
この人たち本当にガンマくんの知り合い?いや、そもそも私の知るガンマくんとは王子のガンマくんは別人なのでは?うん!そうだ!そうに決まってる!
「ほぉ?アースガルズ修道院に所属していて?シスっていう名前で?どんな攻撃も片手で受け止められる天才的な反射能力の持ち主がお前以外にいると?」
「ぐぬぬぬ!!」
せっかく納得しかけてたのに、今度はお兄さまからはっきりと否定された。
仕方ない。認めるしかないのか。ガンマくんが私のこと好きなことを。
ん?好き?ガンマくんが?あんな素敵な人が私のことを好き!!?
顔へ急速に熱が集まってくるのが、わかる。心臓が高鳴ってうるさい。今まで意識したことなかったのに、いきなりそんなこと言われても。
ーーーううん、嘘だ。本当は心の隅で、ガンマくんのこと気になってた。だって、優しかったから。家族以外で男の人にあんなに優しくされたことなんてなかった。
男の人は私が好きになったら困るから、どんな男性も友達以上に見ないようにしようって決めてた。
だから、気になってたことに蓋をしてファンと言えば誤魔化せるから、ファンだって思い込んでたんだ。
でも、これがガンマくんと同じ気持ちかって言われてもわからない。だって恋なんてしたことないのに、け、け、結婚なんて。そんな、だって、えっと。
「で、ガンマ王子はどこにいるんだ?」
「はぁ!?おい、アルファ!」
アルファがオーガさんたちにそう切り出す。お兄さまが信じられないものでも見るようにアルファを見る。
「ガンマ王子は今、ヴァルハラ大聖堂で聖女さまと数日かけて会談されているはずです。目的は確かフレイヤ教の理解と、ガストローとヴァルハラの恒久的な和平に向けての話し合いだったと思います。そうすれば、ヴァルハラにいるシス殿を嫁に迎え易くなりますからね」
「あ、もう私関係は情報に入れないでください。申し訳なさで死にそうなんで」
その追加した情報、絶対今要らないじゃん!確信した!あの人、私のこと絶対大嫌いだわ!わざとだろ!今の!!
「ヴァルハラ大聖堂だな。馬車の手配してやるから、さっさと行ってこい」
「アルファ!貴様!何を勝手に!」
「諦めろよ!死神!シスの今の顔見て、ガンマに会うなって言えんのか!?」
アルファが叫ぶと、お兄さまがチラッと私を見て、悔しそうに唇を噛む。
え?なに?どんな顔してんの!?
って言いたい!!お兄さまとアルファにあんな顔させてるとかどうなってんの!?
「シス、ガンマ王子に会ってきて、ちゃんと本人の口から真実を聞いてこい。聞いてきてそれからどうするかしっかりと考えてこい」
「ど、どうするか、って」
「ガンマ王子のプロポーズを受け入れるかどうかに決まってんだろ」
ですよねー!え、でも、それだともし、受け入れた時、アルファが……。
「で、でも、私……」
「俺との関係をガンマ王子と向き合わないことの言い訳にしようとすんなよ」
「っ、」
アルファの言葉に息を飲んだ。図星を突かれて何も言えなくなる。
「そりゃあ、俺だってお前と結婚出来た方がメリットが大きいから、したかったよ。でも、それより俺はシスに幸せになってほしいんだよ。俺の大事なもん、守ってくれたお前に」
「私は何もしてないよ。雨だって私が降らせたわけじゃないし、お母さまのことだって、私じゃなくてお姉さまだし」
「わかった、言い方を変えてやる。友達に幸せになってほしいと思うのは当たり前だろ?俺は友達のシスに幸せになってほしい。だから、今逃げて大事なもんに目を背けてほしくない」
確かに、私また怖いことから逃げようとしてた。逃げるのはもう飽きたって思ってたのに、この逃げ癖は生まれ変わっても治らないとは参ったね。
「わかった、ガンマくんとちゃんと決着つけてくる」
「よし!じゃあ馬車が到着したらすぐに行けよ。俺は父さんに頼んで、兵隊が来るまで、こいつら見張ってるから」
「え?一緒に来てくれないの?」
「お前なぁ。いくら地位目当てだって言っても一応俺はシスに求婚してた立場だぞ?俺にフラれるかもしれない惨めな思いしろって?」
「あ、ごめんなさい……」
やってしまった。最低だ。なんてこと言ってしまったのだろう。
アルファをまともに見れず、俯いてしまう。すると、頭をぽんぽんと叩かれる。
「このことに関しては俺は忘れて自分の気持ちに正直になってこい。ただ、婚約解消になったときは俺と一緒に父さんに土下座してもらうからな!覚悟しとけよ!」
「土下座なら任せとけ!得意だよ!」
「偉そうに言うことじゃないんだよなぁ」
アルファは本当に優しいな。わざとじゃなかったとは言え二股してたってのに、私のこと考えて言ってくれたんだから。
アルファと友だちで良かった。
「アルファ」
「ん?」
「ありがとね」
「どういたしまして。お前は本当に世話が焼けるよ。案外本性バレて捨てられるかもな」
「うっ、心当たりがありすぎて否定できない」
ガンマくんに呆れたら、死ぬ自信があるわ。だって、何をやったら怒るの?ってくらい優しい人が呆れるとか相当だぜ。
やがて御者さんがやってきて、乗るように勧められる。
「じゃ、行ってきます!」
アルファに見送られて、馬車に乗り込んだ。2年振りの大聖堂へ出発だ!




