奪還作戦開始です!
「おい、しっかりしろ!シス!!」
「ううん、あれ?アルファ?」
アルファくんに起こされて目を開けた。背中に重い衝撃を受けた気がするが、どこも痛くない。
「痛くないか?『治癒』は得意じゃないから、どこかまだ残ってるかもしれない」
「大丈夫!むしろ気絶する前より元気かもしれない!ありがとう、アルファ」
「よかった、それならいいんだ」
元気です、アピールをすると、アルファが安心したようで表情を緩める。
しかし、得意じゃなくてこの威力か。本当にズルいわ。コツとかあるのかな?
「そういえば、ジュリアさんはどうなったの?オーガさんは?」
「俺が起きた時はもう光は見えなくなってたからな。かなり遠くに行ったんじゃないか」
二人でどうやってオーガさんたちを追いかけようか、と悩んでいると、暗闇の空に白い蛍のような光が集まり、文字となって浮かびあがる。
これはお兄さまからかな?
文字にはこう書かれていた。
『アースガルズ修道院に在籍していた修道女が数名のオーガによって元アースガルズ修道院に集められている。これからオーガを確保し、修道女を元の修道院へ戻す』
「オーガ、ってやっぱり行方不明事件の犯人はあいつらだったんだな」
「でもアースガルズ修道院に集めてどうするんだろ?もうあそこは廃院になってるのに、集めても意味なくない?」
「だから俺に聞くなって。魔族の考えなんか俺にわかるわけないだろ」
オーガさんたちの目的がわからず、首を捻る。奴隷商人さんに売るならあんな交通の便がない山奧に隠す必要があるだろうか?
いや、そう思うからこそなのか?不思議だなぁ。
アルファはオーガの仕業とわかってから、露骨に機嫌が悪い。魔族差別が根強すぎないか?
今になってガンマくんとそのお姉さんがあそこまで過剰反応していたことの納得がいく。確かにこれは相当ですな。
「死神が確保してくれるなら、この任務は解決だろ。帰ろうぜ」
「うん、そうだね」
最後は呆気なかったけど、行方不明事件解決かぁ。家に帰ったら何を食べようかな。
ペンダントに触れようとして無いことを思い出す。
「アルファ、馬車手配してくんない?」
「ん?だから、帰りの馬車なら今」
「違う!アースガルズ修道院に行ける頑丈な馬車!」
「はぁ!?なんで俺たちが行く必要があるんだよ!」
アルファが信じられないといった様子で言ってくるが、それどころではない。
「角のペンダント!ジュリアさんが持ってるの!返してもらわなきゃ!!」
「なんだ、そんなことなら死神に持って帰るよう伝えておいてやるぞ?」
「ダメ!お兄さまには言わないで!!お兄さまにバレたら壊されちゃう!!」
お兄さまはガンマくんのことは蛇蝎のごとく嫌ってるけど、特にあの角に対する憎しみはすごい。
この5年間、何度うっかりと称して壊されそうになったか!理由を聞いても『お前は知らなくていい』っていって教えてくれないし!
もし、ペンダントが私から離れてることがバレたら、嬉々として壊すに決まってる!
お兄さまが何をしてても許すけど、あれだけはダメなの!!
「アルファ、お願い!嫌なら私だけ行くから!馬車を手配してほしいの!」
「そんなにそいつが大事かよ」
「はい?」
「わかった、俺も行く。迎えに来る馬車を変えるように頼むから、少し待て」
一瞬、意味のわからないことを言ったかと思えば、すぐにいつものアルファに戻った。あれ?見間違いかな?
ま、いいか。今はそれどころじゃないし!どうか間に合いますように!!
あの後すぐに馬車がやってきて、アースガルズ修道院まで連れて行ってくれた。
偶然にもジュリアさんのいた修道院はアースガルズ修道院がある山の麓近くに構えていたから、さほど時間がかからなかった。
馬車から降りて、脇目もふらず修道院の中へと入り込む。一年近くここで生活してたから、道は覚えてる!
人をたくさん収監出来るのは一階の鉄格子が連なるあそこの廊下だ!!
アルファが呼び止める声が聞こえてくるけど、ごめん!今だけは無視させて!
目的地へ着くと、何やら言い争う声が聞こえる。どうやらジュリアさんとさっきのオーガさんのようだ。
さっきのオーガさんたち以外に三人のオーガがいる。なんでこんなにオーガさんがいるの?
「だから私じゃないって言ってるでしょ!」
「だが、あれは間違いなく王子の角!それを持っていたということはあなたが王子の婚約者ではないのか?」
「そんなわけないじゃない!いくら王子でも魔族なんて死んでもゴメンよ!!そもそも私のじゃないし!!」
「そんな、やっと見つけたと思ったのに、いったいどこからあの角を持ってきたんだ!」
「それは……あ!私を助けに来てくれたのね!こいつらに説明してちょうだい!あれはあのお坊っちゃんに貰ったもので王子の角なんかじゃないって!!」
ジュリアさんが私に何か言ってるが今はそれどころじゃない。だって、角のペンダントを持ってるのは、オーガに変装したお兄さまなんだから!!
最悪!!なんでよりによってお兄さまが持ってるの!!神様の意地悪!!!
「お前、さっきのガキか?なんでここがわかった!?」
「お兄さま、それ返して」
お兄さまに向けて手を伸ばす。お兄さまはシラを切ろうと何のことかわからないという顔をしているが、私がお兄さまの匂いを間違えるわけないでしょうが。
「は?何を言ってる?お前の兄なんているわけないだろう!」
「お兄さま、とぼけないで。早く返して。嫌いになるよ。いいの?」
さっきのオーガさんがごちゃごちゃ言っててうるさい。黙っててくれないかな?
私の本気を感じ取ったのか、お兄さまが変化を解いて、機嫌を取ってくる。
ペンダントも返して貰いました。
「し、シス、違うんだ。今の流れ見てただろう?あいつらの油断を誘うためにやってただけで、角を壊そうとなんてしてない。ほら、見ろ。傷一つついてない」
「今までの積み重ねでしょ。疑われることする方が悪い」
「シス!悪かった!謝るから!!」
「なんだ!?お前ら!角を返せ!それは王子の」
私に伸ばしてきた手はお兄さまの短剣で落とされる。オーガさんの絶叫が響く。あー、うるさ。
「シスに近づくな。次は首を落とすぞ」
「ふざけるな!いいからそれを返せ!!」
オーガさんが私たちを取り囲む。ジュリアさんは姿見えないので逃げたか隠れたんだろう。
「さっきは油断したが、人間がオーガに肉弾戦で敵うわけない!王子の命令で殺せないからと調子に乗りやがって!!」
「あー、俺もお前らを殺さずに捕まえなきゃならん。手加減はお互いさまだ。御託はいいから来い」
「なめやがって!!」
首や肩を回しながら、飄々と言うお兄さまにオーガさんが怒って、剣を振り下ろそうとして、急に火だるまになって倒れた。
オーガさんの背後にアルファがいた。
「はぁ、お前、お前なぁ!!俺はここ!初めてなんだぞ!!置いてくんじゃねぇ!」
「だってそれどころじゃなかったし」
「限度ってもんがあるだろ!しかも勝手に戦闘してるし!いい加減にしろよ!こんの馬鹿兄妹!!」
次々と出てくる新手にオーガさんは混乱したようだが、各々が武器を構えて、一人ずつ私たちに向かってくる。
私に向かってくるのは、ジュリアさんを拐ったオーガさんだ。
「それをどこで入手したかは知らんが、お前のような醜く、弱い人間が持っていい代物じゃない。返してもらうぞ」
「は?知らんし。これは私のだから。誰であってもこれだけは奪わせないから」
持っていい代物じゃない?返せ? はぁ??
それはそうかもしれない。あんなにカッコよくて完璧なガンマくんの角だ。ファンサだとしても不釣り合いだろう。
でも、それを言っていいのはガンマくんだけ!!お前じゃねぇんだよ!!!
オーガさんが拳を繰り出す。片手で受け止める。驚き、再び拳を繰り出すが、こちらも片手で受け止めた。
オーガさんが気持ち悪そうに手を振り払った。
「馬鹿な!?こんなヒョロガリのしかも女が俺の拳を受け止める!?俺はオーガだ!魔族だぞ!?」
「だから?」
「何かの間違いだ!!次はその顔にぶちこんでやる!!」
何度やったって同じだよ。魔法込みで止められる攻撃が私に通用するわけないじゃん。
拳も蹴りも全てを片手で受け止めてみせると、
「お前、本当に人間か!?あり得ない!人間が俺の攻撃を受け止めたことなんて、しかも全て片手でなんて……ん?片手?」
「打つ手がないなら、もういいよね?」
ペンダントを奪おうとしただけでも腹立たしいのに、てめぇの価値観まで押し付けてきやがって。絶対許さない。
「確か、王子の婚約者は修道女の姿をしていて、王子の攻撃を全て片手で受け止めるほどの怪力の持ち主……。まさか、この女が!?」
「じゃ!永遠におやすみなさい!!」
まだごちゃごちゃ言っててうるさかったので、顎にアッパー食らわせてやった。すると、なんかいい感じに廊下の突き当たりまで飛んでいった。
おお、すごいデジャブだ。
殴ったことで落ち着いてきた。辺りを見ると、お兄さまもアルファもオーガさんをやっつけてた。
これで終わりか。ペンダントも回収したし、よかった、よかった。
安心すると、両手にすごい激痛が走る。
「いってぇぇ!!」
え?なんで?どうした?
両手を見ると、18禁になってました。いや、エロじゃなくてね、グロの方ね?18禁Gになってた。
ここは健全だから詳しくは言わないけど、もうぼろぼろよ。指が全て繋がってるのが不思議なくらいのやばさ。
そうだった。あの芸当が出来るのは怪力ありきだったわ。怪力を失った私が同じことすれば、こうなるわ。怒りで忘れてた。
これでは『治癒』を唱えられないので、アルファに唱えて貰いました。グロ過ぎて魔法に集中できない。
アルファに見せたら、卒倒した挙げ句、めちゃくちゃ怒られたけどね。ごめんて。
「信じらんねぇ。シス、忘れてるかもしれないが、公爵令嬢だからな?お前一歩間違えたらこの国のお姫様だったかもしれないんだからな?それが、それがお前、はぁぁぁぁ」
「もー、ごめんってば、だってあのオーガさん、私が角持つのに相応しくないって言うんだよ!?ひどくない!?そこまで言うことないじゃんね!?」
「だからって、お前なぁ。こんなになるまで怒るんじゃねぇよ。心配する身にもなれ」
「うっ、すいませんでした」
アルファの説教が終わると同時に、手が元通りになる。
おー、治った。ピカピカよ!さすが、アルファ!お父さまの息子だけはあるわ!
「ま、待ってくれ!」
声に振り返ると、
あれ?永遠におやすみしたはずのオーガさんがよろよろとふらつきながらこっちに来たぞ?殴り方が足らなかったかな?もう一発いっとくか?
拳を握るとアルファにすごい勢いで睨まれた。
嫌だなぁ、旦那。じょ、冗談ですって。
「先ほどは大変失礼しました!貴女はガンマ王子の婚約者、シス殿とお見受けいたしました!どうか王子に会いに行って貰えませんか!?」
「は?え?なんて?ガンマ、王子?王子!?はいいい!!?」
「お前!婚約者ってどういうことだよ!?やっぱり恋人だったんじゃねぇか!」
「ええええ!!?いや!知らない!知らないよ!?何のこと!!?」
このオーガさん、とんでもない爆弾落としてきやがった!!
え!?ガンマくんが王子!?しかも婚約者!?意味わかんないんですけど!?




