ハッピーエンドが一番です!
お姉さまが呪いをすぐ取り除いてくれたけど、病み上がりの身体に呪いが入り込んだので、治っても身体が動かず、アルファくんたちのご厚意に甘えて泊まることにした。
そして翌朝。
なんとか身体が動くようになったので、お兄さまに連れられて食堂へ行くとお姉さまやアルファくんたちがすでに席についていた。その中に見たことのないダンディーな男性が座っていた。
赤茶色の髪をオールバックにして、切れ長の目が今は緩んでいるが睨まれたら怖いだろうな。目以外はアルファくんに似ていて、アルファくんの20年後ってこんな感じなのかも。
私が席に座ると男性が明るく声をかける。
「これで全員かな。では改めて、うちの家内が世話になりました。聖女さまやシスさまには深く感謝申し上げます」
テーブルに両手をつけ深く頭を下げる。お姉さまが頭を上げるよう促す。
「頭を上げてください、ムスペル伯爵。むしろ私たちのせいで伯爵夫人の身を危険に晒してしまったこと深くお詫びいたしますわ。呪いをかけた犯人はすぐに割り出して必ず罰を受けさせますから」
「ありがとうございます」
お姉さまの言葉に伯爵が顔を上げる。分かってたけど、この人がアルファくんたちのお父さんなんだ。
「聖女さまは噂に違わぬ優しいお方なんだねぇ。しかもえらい別嬪さんだし、うちの娘も見習ってもらいたいもんだわ」
「は、はい、ソウデスネ」
お姉さまの怒った姿を知っているエスリンちゃんはお母さまの言葉に目を背けながら同意する。
初対面であれだからね、仕方ないね。だからお姉さま、エスリンちゃんにその笑顔の圧止めてあげて!
エスリンちゃんまだか弱い子どもだよ!?
「朝だからあまり種類を用意出来ませんでしたが、私から心ばかりのご馳走を用意しました。どうぞお召し上がりください」
伯爵が手を叩くと、和洋中、様々な料理がテーブルに並ぶ。懐かしい料理の数々にテンションが上がる。
「やったー。おいしそー」
「ありがとうございます。女神に感謝しながらいただきましょう」
「遠慮なく召し上がっておくれよ。腕によりをかけてたくさん作ったんだから」
「え!?アルファくんのお母さまがこれ全部作ったの!?身体大丈夫なんですか!?」
「なに言ってんの!病気は治ったんだろ?なら大丈夫に決まってるじゃないか!」
「俺と父さんは止めたんだが、動いてないと落ち着かないって言うから」
お母さまの言葉にびっくりして、改めて料理を眺める。だからこんなに懐かしい料理ばっかり並んでたのか!病み上がりとはとても思えないぞ。
私なんか病み上がりの時はふらふらしてたのに。さすがアルファくんやエスリンちゃんを育てただけはあるね。
「そんなことはいいから!料理が冷めちゃうからさっさと食べましょ!」
「はーい、いただきまーす」
「いただきます」
「女神の慈悲と恵みに感謝いたします」
料理を口に運ぶ。私やアルファくんは慣れ親しんだ味だが、お姉さまやお兄さまには未知の味だったらしく、一口運ぶ度に驚いたり不思議そうに首を傾げたり忙しそうだ。
「これが異世界の料理の味なのですね。実に興味深いわ」
「ふむ、シスはこういうものを食べて育ったのか。つまり、これを覚えたらシスと結婚出来る……?」
「出来るわけねぇだろ。馬鹿か」
「あ?」
「こら!食事中に喧嘩するんじゃない!はしたない!!」
アルファくんが冷ややかにツッコミを入れて、お兄さまが睨みつけたのを見つけてお母さまが怒る。
アルファくんはもちろん、お兄さまも逆らえなかったらしく二人とも静かになった。
お兄さまってば、全ての物事と私を結びつけるのは止めてほしい。恥ずかしいでしょうが。
お姉さまも同じことを思っていたらしく、食事中とは思えないほどに嫌そうな顔をしていた。今が食事中じゃなきゃ壁に叩きつけてたね。
「結婚と言えば、シス嬢、どうかね?うちの息子とは?そろそろキスの一つくらいしたかな?」
「はぁ!?うっ、ゴホッゴホッ!!」
「父さん!!何を言ってんだよ!」
せっかく美味しい料理を楽しんでいたのに、伯爵の爆弾発言で喉に詰まって苦しい。
お兄さまが気づいて水を飲ませてくれた。アルファくんが私の背中をさすりながら、伯爵に抗議する。
しかし、伯爵は笑顔のまま爆弾発言を続ける。
「ん?まだなのか?情けない。私がお前のくらいの年頃には恋人とキスの一つや二つしていたぞ」
「それは父さんがただの商人だった頃だろ!貴族のご令嬢にキスを一つ二つやったら大問題だっての!!」
「アルファ、俺の息子のくせに奥手か?いいか、恋愛ってのは押して押して押しまくるんだ。そうやって俺は世界一綺麗な嫁さんをゲットしたんだ」
「泣きながら、見よう見まねの土下座でプロポーズされたらなんか可哀想になるでしょ、そりゃあ」
「おい!それは言わない約束だろ!」
「はいはい、口についてるよ」
いつの間にか伯爵夫妻のイチャイチャを見せつけられる。というか土下座のプロポーズは伯爵直伝なんかいっ!
うん、仲良しなのは良いことだと思うよ。羨ましいとも。
だから、エスリンちゃん、キラキラした目で伯爵夫妻たちを見た後に私とアルファくんを見るのは止めていただけませんかね?
やらんよ!?絶対やらんからね!!
お姉さまに助けを求めるも、お姉さまもエスリンちゃんのように期待するような目でこっちを見ている。
ブルータス、お前もか!これだから乙女は!!
アルファくんが気づいてないのだけが救いだよ。頼りのお兄さまはむしろ自分にやってほしそうに口に色々つけまくってるし。無視しよ。
視線に気づかないふりをして久しぶりの餃子に口に入れる。
んー!堪らない!!これよ!これこれ!!
箸が止まらず、ぽいぽいと口に放り込んでいると
「おい、ついてんぞ」
頬にタレがついていたらしく、指で取ってくれた。あまりに自然に取ってくれたものだから、私もうまく反応できず、固まってしまった。
「あ、うん、あり、ありがと、う……?」
「は?なんでそんな」
「良いですわ!お兄さま!これが青春ですのね!?」
「はい!?」
エスリンちゃんがアルファくんに詰め寄ったのを皮切りに女性陣が騒ぎ出す。
今度はアルファくんが理解出来ないのか、固まってしまった。よりによって取ってくれたままの格好で。
「映画のワンシーンかと思ったよ。さすが!やれば出来るんだね!」
「いった!!なんで叩くんだよ!」
「まぁまぁ、良かったわね。貴女でも嫁の貰い手があって」
「お姉さま!言い方!!」
「シス嬢はウェディングドレスとシロムクどっちがいい?どちらでも任せなさい!金はいくらでもある!」
「なんだ!?なんでそんな盛り上がってるんだ!?おい、シス!なにしたんだよ!」
アルファくんからしたらいきなり騒ぎ出したので、私にすがりたくなるのはわかるんだけど。
「アルファくんがしでかしたんだから、アルファくんが責任取るといいよ」
「なにもしてねぇよ!背中か?背中擦ったのが悪かったのか!?」
「まぁ、それもあるかもしれんな」
乙女ってのは男女が触れあうだけで喜ぶ生き物だからな。私も当事者じゃなきゃ喜んでたよ。イケメンとブスのイチャイチャなんて誰得だし。それならエスリンちゃんとアルファくんの兄妹仲が見たかったよ!
「盛り上がるのは勝手ですが!」
女性陣+伯爵が騒ぐ中、お兄さまが伯爵を睨み付ける。あ、良かった。ちゃんと口の回り拭いてる。
「公爵家はそちらのご子息と婚約をさせていませんし、ましてや結婚なんてもっての他ですので」
「わかっていますとも。流石にまだ私と公爵様とでは身分差がありますから。認められなくて当然でしょう」
伯爵がまだの部分を強調して挑発するようにお兄さまを見る。お兄さまは睨み付けたまま、眉だけをぴくりと動かした。
展開がはやい!!さっきまでのラブコメ展開どこいった!?
この不穏な空気にどうしたらいいのかとオロオロしていると、伯爵が宥めるようにふっと優しく微笑んだ。
「心配することはないよ。すぐにこの国の重要な地位について、この身分差問題を解決しようじゃないか。楽しみに待っているといい」
最後の言葉は私とお兄さま、はたしてどちらに言ったのか。どちらにせよアルファくんのお父さまとは思えないくらいのお人だよ。893みたいだ。
「お前、今色んな意味で失礼なこと思っただろ?」
「お前まで個人情報保護法違反か!警察呼ぶぞ!!」
「異世界語でまったく通じないがとりあえずそれは肯定の意味でいいな?」
「はっ!しまった!」
お兄さまと伯爵は睨みあってるし、女性陣は恋話できゃーきゃー盛り上がってるし、私にいたってはアルファくんに叱られてるしで、カオス極まる朝食だけど、こんなに楽しいのは久しぶりかもしれない。
終わりよければ全てよしってことで!
「シス?聞いてるか?お前はもう少し令嬢としての自覚をだな」
「すいませんでした!!」
「こいつ、本当に土下座だけは完璧なんだよな……」




