こうなったら正面突破です!
「なんで、あの気障男さんは私のこと諦めてくれないのかなぁ。姿形変えても変わらず迫ってくるしさ」
別荘のテラスでお兄さまが淹れてくれた紅茶を飲みながら、一息つく。
どんなに断っても逃げても甘いフェイスで愛の言葉を囁いてくる気障男を思い出してうんざりする。
あれで私が靡くとでも思われているのだろうか?逆に胡散臭くて堪らないのだが。
「ねぇ、お兄さま。彼のこと調べられないの?」
「俺も探ってみたんだがな、何も解らなかった」
「え?わからないの?」
妹の贔屓目を抜きにしても凄腕諜報員のお兄さまが調べてわからない相手ってどういうこと?
ますます怖いんですけど。
「だから、恐らくムスペル伯爵の関係者だろう。あれほどの広範囲の魔法の使い手だ。伯爵子息のアルファ・ムスペルとみて間違いない」
「え?さっきわからないって言ったよね?」
「ああ、俺が調べて何も解らなかった。そんなことが出来るのはミッドガルド帝国ではムスペル伯爵家だけだ」
お兄さまにも敵わない相手がいるんだね。当たり前の話だけど、驚いてしまう。上には上がいるんだよ。やっぱり。
「ムスペル伯爵って確かここ数十年で急成長した成り上がり貴族だよね?確か荒れ果てた土地を緑豊かな土地に再生した功績で、成り上がり貴族としては異例の伯爵の爵位をもらったっていう」
「ああ、だから公爵様が警戒して探りを入れているんだが、伯爵の名がガップであること。息子のアルファと娘のエスリンがいるということ以外何もわかっていない」
「それほぼ全てわかっていないのでは?」
「仕方ないだろ。俺も含め、ムスペル伯爵家には何度も侵入しているが、情報を持ち帰ることが出来ずに屋敷から追い出される。だから俺たちの間じゃあムスペル伯爵が知りたいなら王宮の資料漁る方が確実ってことになってる」
「王宮よりセキュリティ高いお屋敷って尋常じゃないね」
思わず遠い目をしてしまう。これが成り上がりの実力ってやつか。もし、気障男が本当にムスペル伯爵子息なら、あれだけの魔法を使いこなせても納得かも。
「私を狙う目的ってやっぱりチート、だよね」
「まぁ、シスほど可愛くて『ちーと』持ちなら口説いても当たり前だな」
「可愛いかはさておき、利用価値はあるもんね」
私に好かれなきゃいけないっていうデメリットはあるけど、実質、回数制限なしのランプの魔人みたいな能力だからなぁ。
だから諦めたくないのはわかるんだけど、それにしたってしつこすぎない?
伯爵っていう考えうる限りの最高の爵位までもらってるのに、まだ幸運が欲しいか?
私だったら、もう充分だからこの現状に満足するのに。
あーもう、考えてても埒が明かない。こういうときは行動あるのみ!!
「よし!決めた!ムスペル伯爵家に殴り込みだ!」
「はあああああ!?」
「シス、そんなに気になるから俺が行くから馬鹿な真似はよせ」
「お兄さま、ここまで来てまだそんなこと言ってるの?」
ムスペル領、伯爵家のお屋敷前までやってきたのだが、お兄さまは終始私を説得しようとしてくる。
「大丈夫だよ、ちょっと覗いてくるだけだから」
「素人がそんなこと出来るなら俺たちが苦労してない!頼むから帰ろう。後は俺がなんとかするから」
「ダメだよ、もう行くって決めたもの。それじゃあお邪魔しまーす」
「し、シス!」
しかし、お兄さまから前評判を聞いたからだろうか。いたって普通のお屋敷に鉄製の門なのに、何故か威圧感を感じるような気がする。そして常に誰かに見られているような居心地の悪い感覚。
これは確かに素人が軽々しく入っちゃいけないお家だわ。なんとか気配を消して、あの気障男さんを探さないと。
「お兄さま、ちゃんとついてきてね」
振り返ってそう告げるもお兄さまの姿はない。嘘!?門を開けてから数秒しか経ってないんだけど!?そんな早くはぐれることある!?
下手なお化け屋敷より怖いぞ。どうしようか、これ。
少し考えて、やはり進むことにした。お兄さまがいないと不運が怖いけれど、もし彼がここの家の者なら私のことを殺しはしないはず。いくら私が制御出来ないとはいえ、私のチートなんだから、私が死ねば発動しなくなるからね。
それよりは彼の真意が知りたい。そして可能なら諦めてもらう。確かにイケメンだけど胡散臭すぎてタイプじゃないのよね。
やがて、生け垣に囲まれた広い庭に出た。庭には白いテーブルが置かれており、老執事さんと私と同い年くらいの少年が何か話している。
少年は赤茶色の髪をしており、目は猫目のように丸く、瞳は綺麗な琥珀色。顔立ちはまだ幼さを残しながらも美しく、どことなくあの気障男の面影がある。
そして極めつけはあの薔薇の香り。あの気障男で間違いない。やっぱり伯爵家の人だったんだ。
生け垣に隠れて彼らの会話に耳を澄ませる。
「坊っちゃま。諦めて素直にお話されてはいかがですか?」
「はぁ?あのブスが好きにならなきゃ願いが叶わないって言ったのはギルだろう!?素直に言ったらそれこそ嫌われるだけじゃん!」
どうやら老執事さんはギルと言うようだ。そして私のチートを彼に話したのもギルさんのようだ。
確かに、佇まい一つとっても気品があって格好いい人だもんな。ただものじゃなさそう。
「あのブス、全然俺に靡かねぇし!この俺が口説いてやってるんだぞ!?普通は俺に惚れて好きになるところだろ!」
「坊っちゃまは旦那様に似て容姿だけは端麗でいらっしゃいますのに、唯一の長所が効かないとなると、最早絶望的ですね」
「唯一の長所って言うな!!魔法だって頑張ってるだろうが!」
「そうですね。全ての魔法を扱えておられるのは素晴らしい才能でございます。魔法の範囲が狭いことに目を瞑れば」
「うるせぇ!まだ発展途上なだけだわ!!」
なんだこのどこぞのドラマで見たような主従関係のやり取りは。あれかな?漫才かな?
「早くあのブスに好かれて婚約を結ばないといけないのに!そうすれば領民達の幸せはずっと保証されるし、お母様の病気だって治してやれる」
「その代わりにシス様は不幸になるようですが?」
「そうならないために、ギルがいるんだろ。ムスペル家の財力とギルがいれば、彼女一人の不運ぐらいなんとか出来る。違うか?」
「左様でございます。考えうる限りの最高の警備を持ってシス様をお守りいたしましょう」
「あとはあのブスが俺に惚れたらいいだけなのに!なんで惚れないんだよ!今までの女は甘い言葉を吐けば、一発で俺に惚れた!なのに何が悪い!?」
「それはご本人様に聞けばよろしいかと」
「は?」
ギルさんが言ったと同時に身体がふっと浮いたかと思うと、気障男さんの目の前の椅子に座らされていた。
目の前には美味しそうな焼き菓子と紅茶が。
え?え?転移魔法って自分以外無理なんじゃないの?というかなんで目の前にお茶菓子が用意されてるの?
混乱してギルさんを見ると、優しく微笑んでいる。お茶を飲むよう勧められたので大人しく従うこととする。
わ、この紅茶メロンの香りがする。おいしー。
「ギル!!?何してんだ!お前!誘拐だぞ!?元の所に戻してこい!!」
「シス様は捨て犬ではありませんよ」
「ギルさん、お茶のおかわりください」
「気に入っていただけて何よりにございます。少々お待ちくださいませ」
「お前も人の執事ちゃっかり使ってんじゃねぇよ!!」
うわ、すごい。ボケを全て拾ってツッコミ入れてるじゃん。異世界の人ってお笑いに向いてる人多いのね。
「まぁまぁ落ち着いて気障男さん。いつもの甘い言葉はどうしたの。惚れさせるんでしょ?」
「誰が気障男だ!ん?甘い言葉?惚れさせる?ま、まさか聞いてた?」
「うん、ギルさんが諦めて素直にお話されてはいかがですか?って言った所から聞いてたよ」
「全部じゃねぇか!!」
白いテーブルを苛立ち紛れに叩く。食器達が一瞬だけ浮いて気障男さんの紅茶が溢れる。
あーあ、もったいないな。せっかくの紅茶なのに。
「ギル!このブスをいつから呼んでたんだよ!言えよ!!」
「いえいえ、いくら私でも公爵領から淑女を強引に呼び寄せるなど致しません。シス様がお坊っちゃまに逢うため遠路はるばるいらっしゃったのです」
「だってさー、しつこいもん。いやだって言ってるのにずっと誘ってくるからお断りしようと思って」
「お坊っちゃまいけませんよ。淑女を強引に誘うなんて。奥様が知ればそんな子に育てた覚えはないと悲しまれるでしょう」
わざとらしくハンカチを持って目頭を覆うふりをするギルさん。これは乗っかるしかない。このビッグウェーブに。
私も懐から扇子を取り出して口の前に添える。
「しかも、やっぱり私の身体目当てとか。紳士の風上にも置けぬ男だよ、君は」
「言い方考えろ!お前ら!それだと別の意味に聞こえるだろ!!ちゃんと『ちーと』って言え!!」
「シス様、お茶でございます」
「わーい、お茶だ。美味しそう」
ギルさんが紅茶のおかわりを出してくれたので、紅茶とお菓子を楽しむ。
「急に飽きるな!いじるだけいじって放置すんのやめろ!!」
「お坊っちゃま、話がズレております。本題に入った方がよろしいかと」
「誰のせいでズレたと思ってんの!?」
「お坊っちゃまのせいかと」
「気障男さんのせいだよね」
「ああああああ!!!」
私とギルさんが顔を見合わせてから答えると、気障男さんは発狂した。やば、この人むっちゃ面白いやん。
「まったく仕方ないな。私が話を戻してあげるよ」
気障男さんが恨みがましそうな目でこっちを見ているが、なんのことかわからないなぁ。
「で?私にどうしてほしいのかな?全部素直に吐けよ、伯爵子息さま?」
交渉といこうじゃないか。受けるかどうかは保証しないけどね。




