ナンパはされるよりしたいです!
この赤茶イケメン野郎に出会ったのは、酒場の掲示板に貼られた害鳥駆除の依頼を引き受けたのがきっかけだ。
畑を荒らす害鳥の退治なんて簡単そうだし、楽勝じゃん!なんて思い、依頼書を掲示板から剥いで依頼主の元へ向かったんだが、
「こんなに数いるとか聞いてないんですけど!」
見渡す限りの広大な畑。害鳥だって雀のような小鳥だと思いきや150cmを越える巨大なカラスたち。それが何十羽も空を漂い、作物を狙っている。
お兄さまに頼んで鷹とか鷲に変化して、適当に追い回せば依頼達成できると思ってたのに。
依頼主さん曰く、畑の所有者は鷹や鷲を飼育しているのは当たり前で誰でもやってるから冒険者に依頼なんかしないんだって。
まさか世間知らずが仇となるなんて!本だけの知識じゃ何の役にもたたないね。人間は経験だよ経験。
というわけで、お兄さまと協力して害鳥退治を行っています。
けど、進まねぇ!あいつら降りて来ないんだもん!!
お兄さまが飛び道具投げて倒してはいるものの、本職は退治屋ではなく諜報員だからね。中々、当たらないんだわ。私?私は言わずもがなですよ?こんなことなら弓も習っておくんだった!
しかもあいつらカラスだから賢いの!十数羽倒したら、あとはまったく当たらなくなってしまった。
「よりによって、一番受けちゃダメな依頼引き当てちゃった。ごめんなさいお兄さま」
「俺も引き留めなかったから、シスだけのせいじゃない。まさか害鳥退治がここまで厄介だとは俺も知らなかったから」
「はい、初心者がやっていい依頼じゃなかったよ」
ゲームみたいに初心者用、上級者用がわかるようにしてくれたらなぁ。駆除専門のプロって本当にすごいなってしみじみ思うよ。
「お兄さま、なんかこう魔法でこう一気に駆除出来ないの?炎で全部燃やすとか!雷落として倒す、とか!」
「出来るわけないだろ。広範囲の魔法を使いこなすには、赤ん坊の頃から魔法の修行をして、かつ、天才的な魔法の才能の二つを合わせ持つ必要がある」
お兄さまはカラスを睨みながら、呆れた口調で説明してくれる。
「特に、雷を落とすなんてのは攻撃魔法の中でも最も難しい部類に入る。雷を落とすための雲はどこから持ってくる?仮に雲を呼べたとして、雷なんて強大な力を人間が制御するのは天才的な才能の他に緻密な操作技能が必要になる。並みの人間じゃ出来ない」
「そ、そうなの?竜殺しゲームではぽんぽん唱えてたのに」
「異世界は雷をそんなに簡単に制御出来るのか?すごい世界だな」
なるほど、通りで魔法という概念があるのに、使ってる人を滅多に見ないのはそういうことか。私だって数年間修行して、ようやく初級魔法3つだもんな。
「くそー、こうなったら私の『ちーと』で」
「断る」
「なんで!?もう疲れたよ!全然当たらないし!まだ何十羽もいるし!」
「あんなカラスどものためになぜ、大事な妹の幸せを使わなきゃならない。俺一人で充分だ」
「こんな所で無駄に時間使ってる方が幸せの消費だってぇ」
お兄さまとやいやい言い合っていると、突如雲行きが怪しくなる。さっきまで雲一つない快晴だったのに、今や、真っ黒な曇天が畑一帯を包む。
カラスたちも天候が急変したことに動揺しているのか、騒がしく鳴き喚いている。
「伏せろ!」
言うより早くお兄さまが私を覆うように、抱き締めて、地面に伏せた。と、同時に雷鳴が轟く。
地面が地震でも起きているのかと思うくらい揺れている。それは雷は一度ではなく、何度も鳴り響き畑に落ちているからだろう。
こんな平地の広い畑になんでそんなに何回も落ちるんだよ!!おかしいやん!!
やっと雷鳴が収まり、お兄さまが様子を確認してから、私も頭をあげる。
そして驚きで声が出なくなる。
あれだけ雷鳴が轟いていたのに、畑は傷一つついていないのだ。焼け焦げた跡は一切なく、何事もなかったように風に揺れている。
空を見上げた。あれほどうようよと漂っていたカラスはきれいさっぱり居なくなっており、視界の端で赤茶色の髪の若い男が焼き焦げた何かを掴んで束ねている。
依頼主は50代くらいのおじさんだ。依頼主ではない。じゃあ、あの男の人は?
じっと赤茶の男を見ていると、男と目が合う。人好きのする笑顔を浮かべてこちらへ近づいてきた。
薔薇の香りがほのかに漂う。香水かな。うう、臭い。
「お困りのようだけど、これで解決したかな?」
「え、はぁ、ありがとうございます」
男はそういうと、束ねていた焼き焦げた物体を渡してきた。それはどうやらカラスのようだ。畑を傷つけず、カラスだけを駆除したってこと?わー、すごい。
「可愛いお嬢さんが困ってるのを見過ごせなかったからさ」
「はい?」
冒険者として活動するために確かに変化魔法を使って大人になってはいるけども、別に美女になっているなんてことはない。どちらかと言えば地味で平凡な女性だと思うんだけど……。
器用にウインクしてみせる気障男が怖かったので、お兄さまに隠れる。なんかずっと隠れてる気がするな?なんでだろう。
「助けていただいてありがとうございます。でも、駆除したのは貴方なので、私たちは結構です。帰ろうお兄さま」
「ああ、そうだな。まさか依頼をこなしているだけでナンパされるとは盲点だった」
「あ!ちょっと!」
お兄さまが気障男へカラスを戻し、私たちは別の依頼を受けるため、酒場へ戻ることにした。気障男の呼び止める声が聞こえたが、あまりに怪しすぎたので無視した。
私が美女なら信じたけどさ、どう考えても美女じゃないのに口説かれたら怖すぎるよ!放置に限る!
で、これで終わったと思っていたのに、気障男は酒場まで追いかけてきていたらしく、座ってエールを飲んでいた私に懲りずに話しかけてきたのだ。
「美しいお嬢さん。俺と一緒にパーティー組まない?出来れば人生のパーティーも一緒に組みたいんだけど」
なんて甘く囁き、段々顔を近づけてくる。怖い!怖い!無理!!お兄さま、助けて!!
なんて心の中で叫んでいると、お兄さまが気障男の背後まで回り込んで首筋を切った。
「ま、待って!それはさすがにやりすぎだよ!」
「くそっ、殺り損ねた」
苦々しげに呟きながら、私と気障男の前に立つ。気障男の首筋を見ると傷一つついてない。あれ?お兄さまは確かに迷わず首を狙ったと思うんだけど?
よくよく首筋を見ると、透明な何かがボロボロと崩れ消えていくのが見えた。
あ、そっか!『障壁』か!
え!?神聖魔法も使えるの!?いや、攻撃魔法使えてるんだから当たり前だけど!私なんて神聖魔法だけ覚えるのに3年もかかったのに!!天才じゃん!!
「攻撃魔法は大した才能だが、神聖魔法はそうでもないようだな。さっさと消え失せろ。次は『障壁』ごとその首、かっきる」
「わかったよ。今日はこれで止めておく。また来るからパーティーの件、考えておいてよ。シス嬢」
「へ?なんで私の名前……?」
私、あいつに名乗ったっけ??
気障男は確かに一度は引き下がったけれど、それから何度も依頼中に現れては、手助けして自分の有能さを見せつけながら口説いて来るので、お兄さまの苛立ちは増すばかりのようだ。
悪い人じゃないみたいだから、殺さないように伝えたからね。
そんなにイライラするなら『ちーと』使えば良いのに、それはしたくないみたい。お兄さまが望むならそれくらい別に良いのにな。
しっかし、いくら断っても逃げても諦めないんだもんなぁ。これはどうしたもんかねぇ。




