必要とされるって嬉しいです。
「シスのちーとは『幸運』よ」
「はぁ……?」
シスはユリシアの言うことが理解できず、悩む。
まぁ、公爵家に生まれて自慢の兄も出来て、この世界の最推しも見つけた。今は可愛いユリシアさまのお手伝いをしている。確かに幸運といえば幸運だが。
世界を変えれるかと言われたら、うーーーん???
「厳密に言うなら『貴女の大好きな人の望みを叶えるだけの幸運を授ける』能力ね」
「ほうほう?つまり、どういうこと?」
「例えば、キルのこと大好きよね?」
「うん!大好き!」
「シス……俺も大好きだ。結婚しよう」
キルが感極まって危険なことを言っているが、いつものことなので、二人は無視することにした。でないと話が進まない。
「もし、キルがお金が欲しいと望めば、欲しいと望んだ分だけのお金がキルの元に届くというわけ」
「なるほど。お兄さま、何か願ってみて」
「じゃあ、シスとけ」
「当たり前だけど、人を操るなんてことは出来ないわよ。『幸運』であり『洗脳』ではないんだから」
「あー、特に欲しいものは……じゃあ、シスが今欲しいものが欲しい」
「そうじゃなくてお兄さまが欲しいものだってば!!」
すると、扉がノックされ、お付きの人が現れた。そしてキルの方を見ると、
「やはり、ここにいたのですね。貴方が昨日助けた行商人からお礼にこれを、と預かりました」
「わー、ぬいぐるみだ!もこもこだ!!」
1メートルはある大きな犬のぬいぐるみにシスの目がキラキラと輝く。ユリシアは貴方、善行出来るんじゃないと言わんがばかりに微笑みながら、キルを見る。キルは恨めしそうにユリシアを睨み付けながら、シスにぬいぐるみを渡した。
ぬいぐるみを受けとるとぎゅっと抱き締めてはしゃぐ。
「ふかふか!すごい!はー、幸せ」
「偶然だ。確かにシスが欲しいものだが、これだけでシスの『ちーと』だと決めつけるのは早計じゃないか?」
「じゃあ、もう一度、試してみましょう」
ふかふかのぬいぐるみに顔を埋めているシスにユリシアが声をかける。
「シスは私のこと、好きかしら?」
「うん!優しいし、遊んでくれるから、好き!」
「ふふ、私もシスのこと好きよ。さて、なんにしようかしら?雪が見たい、なんてどう?」
「は?この暑い時期に雪なんて降るか」
しかし、ユリシアが口にした途端、身を切るような寒さが部屋一帯を包む。やがて、窓の外ではちらほら雪が舞っている。
「嘘だろ……」
「すごい!私もやりたい!」
目の前で起きたことが信じられず、キルは絶句し、シスはさらに喜ぶ。
「シスはダメよ。この『ちーと』は貴女以外が対象だもの。貴女が何を願っても叶わないわ」
「私のチートなのに!ケチ!」
「私に言われても……授けたのは女神だから」
やがて雪が止み、部屋もいつもの温度へ戻っていく。少量だったため、雪が積もっているなんてこともない。先ほどまでの風景が嘘のようだ。
「私が女神から教えていただいた『ちーと』に関する情報はここまでよ。シスの『ちーと』が対象の願いをどの程度叶えられるのか。もし、魅了魔法や惚れ薬などで人為的に惚れさせた場合も対象に入るのか。その辺りは一切不明なの」
「もし、本当にさっきの現象をシスが起こしていたなら厄介だ。ただ、シスが好きだと思うだけで相手は願いの全てが叶う。しかも代償もマナの消費もなしでだ。確かにこれは人智を越えた力、『ちーと』だな」
「あ、ごめんなさい。代償はあるわ。シスが誰かの願いを叶える度にシスの幸運が消費されていくの」
「はあ!?おい、ふざけんな。女、わざとだな?わかっててわざと言わなかったな?」
「ごめんなさいね、つい、うっかり」
キルはユリシアの胸ぐらを掴み、睨み殺さんばかりの勢いで詰め寄る。ユリシアは変わらず微笑みながら謝ると、その手を払いのけた。
今度はぬいぐるみに埋もれて楽しそうなシスに詰め寄る。
「シス!俺はもう何も願わないから、あの女の願いも叶えるなよ!?わかったな!」
「う、うん」
「それは無理よ。今のは『ちーと』が存在することを証明するために口に出してもらっただけで、叶えたい願いがあれば思うだけでもシスの『ちーと』は発動するの」
「シス!俺以外誰も好きになるな!」
「無理だよ!そんなの!」
ついには両肩を掴んで、揺さぶってくる。
ユリシアは二人のやり取りを見て楽しそうにクスクスと笑っている。ここまで全てが彼女の計算なのかもしれない。
「くそっ!よりによってなんで女神はこんな能力をシスに与えたんだ!?そんな能力、シスには何の得もない!俺たちが女神を信じないことへの当て付けか!?」
キルはシスの能力に納得が出来ず、忌々しげに吐き捨てる。ユリシアが抗議の声をあげる前に、
「それは違うよ」
「シス……?」
シスがキルの言葉を否定した。キルはもちろんのこと、ユリシアもシスから否定の言葉が出るとは思わず、驚く。
「女神さまは私の願いをチートって形で叶えてくれたんだよ。だから当て付けなんかじゃない」
「願いって、お前の望みは何も聞き入れられないこんな能力がか?」
「私ね、昔から何をやってもダメで、誰からも必要とされなかった。変人だから友達も離れていってさ、最終的に親からも見放されてそれが辛くて死んじゃったんだ」
シスの口から紡がれる重い話に、誰も何も言えなくなる。言葉で慰められるようなそんな軽い話ではないからだ。
「だからいつも頑張ってたよ。せめて大好きな人たちには必要とされたい、役に立ちたいって。でも、やっぱりここでも上手く出来ないし、お兄さまやユリシアさまに頼ってばかりで悔しかった」
「だから、だからね、二人が幸せになれる能力なら私の得でしかないよ。ただ、存在するだけで大好きな人の役に立てるって、本当に幸せなことだと思わない?」
キルは何も言わず、シスを見る。シスの言い分はわかる。わかるが、どうしてもシスの能力を認めたくなかった。これまでのシスの苦労を思えば、あまりにもシスが報われない。
しかし、ユリシアはシスの言葉に賛同した。女神に仕え、自己を律し、他者を慮る聖女だからだろう。
「シスの言う通りよ。この能力はとても素晴らしい力だと思う。だからこそ、ここでの修行が終われば、シスには宣教師として世界中を旅してほしいと思っているわ。貴女の『ちーと』がきっと世界の苦しむ人たちの力になるはずだから」
「私、出来るかな」
「シスに出来ないことはシスの『ちーと』が叶えてくれるわ。貴女は思うまま、自分の正義を貫けばいい」
大好きな人の役に立てるのは嬉しいが、世界の、となると規模が大きすぎて、不安になってしまう。シスは縋るようにユリシアを見る。
ユリシアは変わらず優しく微笑んでいる。けれど、その言葉はいつもよりもシスの心を勇気づけた。
「女神さまの正義とは違うかもしれないのに、それでもいいの?」
「違わないわ。シスのことを見てきて、女神から貴女の能力を教えていただいて確信したもの。貴女の正義は女神の正義と同じ。だから大丈夫よ」
「わかった。それなら私、精一杯頑張る。世界が変わるかはわからないけど、私に救える人は必ず救ってみせるよ!」
「偉いわ、シス。さすが私の『妹』ね」
ユリシアの言葉に最初は意味がわからず、目を丸くして固まっていたシスだが、言葉の意味がわかると、途端に笑顔になった。
「ユリシアさま、お姉さまになってくれるの?」
「ええ。だって私はシスの名付け親だもの。家族になるのは当然でしょ?」
「わーい!ユリシアさまがお姉さまだ!やったー!家族が増えた!!」
「当然なわけねぇだろ、誰がお前みたいな腹黒女……ぐっ!」
文句を言っていたキルが見えない壁に押し潰されたかのように遠くへと弾き飛ばされる。
シスは、懲りないなぁとでもいうかのように呆れた目でキルを見る。もはや恒例行事である。
「ただ、シス。約束してほしいの。私たち以外に『ちーと』のことは話さないでね。貴女の能力については私が調べてはみるけれど、調査結果によっては貴女の『ちーと』だけで戦争が起きてしまう可能性だってある」
「た、確かに。いくらでもお金が貰えるとか、金のなる木みたいなもんだもんね」
「理解してもらえて嬉しいわ。約束してくれるかしら?」
「うん!約束する!」
シスは小指をユリシアに向ける。一瞬だけ、ぽかんとしていたユリシアだったが、思い当たることがあったようで小指を出してシスの小指と繋ぐ。
「確か『来訪者』の世界での約束の証だったかしら?」
「そうだよ!これをやると約束は絶対叶うの!」
「私が聞いた話と少し違うような……」
「ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます!ゆびきった!」
疑問に思ったものの、シスが満足そうにしているので深くは追及しないでおいた。
そして現在。
「それじゃあ、シス。気をつけてね。手紙、忘れずに書くのよ?」
「はーい!お姉さま、いってきまーす!」
馬車の窓から顔を出し、大きく手を振る。キルが、危ないから止めろと穏やかに静止する声が微かに聞こえる。
やがて、馬車が動き出すとさすがに顔を出すのを止めて馬車の中へと入っていく。
馬車の姿が見えなくなるまで見送った後、心配そうに呟く。
「大丈夫かしら。シスは本当に抜けている子だから……」
その予感は命中する。流石は聖女と言ったところだろうか。
ユリシアとの約束はわずか数時間で破られることとなる。まぁこれもお約束かもしれない。




