私のチートは怪力じゃないそうです!
いくらシスが冒険者となったとはいえ、無一文の状態では旅行どころではない。ヴァルハラを離れた後は公爵が所有する使われていない別荘を拠点としてのんびりと依頼をこなして旅行資金を貯めることになる。
そのため、一先ずは馬車でミッドガルド帝国へと帰還する。
見送りにきたユリシアは、シスに告げる。これまでも何度も言っていることではあるが、不安は拭えない。
「シス、何度も言っているけれど、貴女の能力は私たちだけの秘密よ?貴女が明かしたいと思った相手が出来たら、必ず私に手紙を寄越してね」
「お姉さま、大丈夫だよ!そんな相手出来るわけないって!」
「そんなのわからないでしょう?シスは騙されやすい性格だもの」
「えー」
シスの能力とは何か。それは2年前にさかのぼる。
「うーん、これも持てない……」
シスは水桶を両手で持ち上げようとするもののまったく持ち上がらない。
10歳の誕生日以降から、軽々持てていたものが徐々に持ち上がらなくなり、ついには年相応の腕力へと戻ってしまったのである。
これにはキルも首を傾げる。ちなみにこの水桶、キルは軽々と持てていることから、常識的な重さだろう。
「何かの病気だったらまずい。あの女に看てもらえ」
「お兄さま、いい加減名前で呼んでよ」
「はっ、あんな腹黒女、呼ぶ必要ないだろう」
ユリシアはシスの身体や身体に纏うマナについて調べた。その結果、
「女性というのはね、大人になると力が弱くなって胸や身体がふっくらしてくるものよ。力が弱くなったならそれは大人として成長している証なの」
「わー、そうなんだー。よかったー、とはならないよ!?いやいや!!あの怪力は身体の成長とかそういう問題じゃないでしょ!?」
一度納得しかけたシスであったが、いくらなんでもあの常軌を逸した怪力が成長したからといってなくなるなんておかしい。
ユリシアがクスクスと楽しそうに笑っているため、からかわれたことに気づいて、シスは不満げに彼女を見る。
「あら?あながち間違ってもいないのよ?シスのあの力はこの世界の身体と向こうの世界から来た魂が上手く混ざり合っていなかったから起こったことなの」
「はえ?どういうこと?」
「だってそうでしょう?『来訪者』の前世にマナも世界樹もないのよ?だったら身体の造りだって私たちとは違って当然じゃない?」
「それは確かに」
見た目にはわからないが、そう言われれば進化の過程が少し違うのに、向こうの世界と同じなはずはない。シスたちにはわからないレベルで違っていても何ら不思議はない。けれど、
「なんで混ざり合っていないと怪力が出るの?逆では?」
「混ざり合っていないからこそ、力の加減がわからなかった、というわけ。本来シスが使っていた怪力は貴女が何十年も身体を鍛えた末に扱える人間の限界の力だったのよ。でも、魂はこの世界の常識がわからず、無計画に最大限の力を使いまくっていたの」
「なるほど。じゃああの怪力は別にチートじゃなかったんだ。なら、異世界から来た人はみんな怪力になるの?」
「怪力になるのが最も多いみたいだけど、そうじゃない人もいるわ。文献だと確か、あらゆる魔法を完璧に使いこなしたり、精霊や聖獣たちに異常に懐かれるなんてのもあったわね」
「そうなの!?」
「ええ、それも次第に落ち着いていったそうよ」
ユリシアの言葉にショックを受け、肩を落とす。
「チートなんてこの世にはなかったんだ。所詮、ゲームと現実なんてこんなものよ」
「良いじゃないか、シス。怪力なんかなくても、シスは充分に愛らしいぞ」
「そんなことは聞いてないので、今すぐ脳外科行ってきて」
「ノウゲカ?」
キルは可愛い妹を慰めたつもりなのだが、また異世界語でいなされてしまった。ノウゲカとはどこだろう?遺跡みたいな名前だな。とキルは首を傾げる。
「あら、『ちーと』がないと決めつけるのはまだ早いわよ」
「ほんとっ!?」
ユリシアの言葉にシスは食いつく。一度、がっかりした分、期待は高まる。
「ええ、シスが言う『ちーと』って神から授かる超人的な能力、を指すのよね?それならこの世界にもあるわ。『来訪者』はすべからく、女神からこの世界を変えるために贈られると言われているの」
「この世界を変える?」
「ええ。『来訪者』がこの世界に来る理由はこの世界を変えるために女神が『来訪者』を選び派遣していると教会では伝わっているの。だからこの世界を変えるために必要な能力を女神から授かることが出来る」
「変えるって言われても」
そんな深い意図があってこの世界に来たとは思っていなかったシスは、臆してしまう。自分はただ、冒険者になってゲームのような暮らしがしたかっただけで、ゲームの主人公になりたかったわけではない。
前世で自分の環境すら変えられなかった人間が世界を変えるなんて出来るはずがない。
「大丈夫、別に救世主になれ、なんて女神さまも思ってないと思うわ。そもそもシスには無理よ。『障壁』もまだ完璧に発動できないのに」
「うう、ひどいぃぃ」
「黙れ、女!シスは飲み込みが絶望的に悪いだけだ!出来損ない扱いするんじゃねぇ!」
「お兄さまのがもっとひどいぃぃ!!意地悪!!馬鹿!!」
「なんでだ!?誉めただろ!?」
「誉めてないわよ?トドメを差しただけ」
シスはユリシアの背中に隠れてキルの悪口を言う。ユリシアの背に隠れてしまったのでショックを受けるキル。呆れるユリシア。この場面だけ見れば可愛い子どもの戯れだ。
「話を戻しましょう?変えるなんて言っても解釈はそれぞれよ。この世界から魔族を排除する、国を文化的に発展させる、もしくは新種の種を作って食を豊かにするなんてのも、ある意味この世界を変えているわよね?」
「なるほど……、でもなおさら私には出来ないよ。私、前世では家から出なかったから、経験も知識もないし、魔法だってそんなに使えないし」
「だから『ちーと』があるんじゃない。それに女神は貴女に望んでいることは経験でも知識でも、ましてや魔法でもないみたいよ?」
「じゃあ、私のチートって、なに?」
経験でも知識でもないというなら女神は自分になにを望んでいるんだろう。
「シスの『ちーと』は……」
ユリシアがいよいよシスの授かった能力について触れる。シスはごくりと生唾を飲んだ。
「『幸運』よ」
「はぁ……?」
え、幸運?ラッキーセブン?うーーん??どういうこと?




