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ヒロインにしか見えない悪役令嬢?物語  作者: 松菱
三章 婚約者編
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ついにこの日が来ました!!







聖ヴァルハラ教国の中心部に位置するヴァルハラ大聖堂。

華美な装飾はされてないにも関わらず、美しい彫刻の数々と黄金率で建てられた神殿は大きさも美しさも厳かさも全てが圧倒的である。


ミッドガルド帝国の建国者アレキサンドルが女神フレイアへの敬意と信仰の意として建造した由緒正しき神殿であり、そして近代まで続く聖女が国を守り治めるための施設として活用している場所だ。


そんな素晴らしい大聖堂の朝に、似つかわしくない陶器の割れる音が響き渡る。

それはヴァルハラの当主、ユリシアの耳にも届くほどだった。羽ペンの手を止めてため息を吐く。



「もう、本当に仕方ない子だわ」



執務室から出て、音の聞こえた方向へ歩き出す。そこには必死で割れた花瓶の破片をかき集めようとするシスの姿があった。



「シス、何してるの?お止めなさい」


「お、お姉さま、ご、ごめんなさい!!これくらいの花瓶なら持てると思ってそれで!」


「そうじゃないわ、破片を集めようとするのはお止めなさいと言ってるの」


「でも、片付けないと皆さんの迷惑になっちゃうから」


「ホウキで集めればいいだけよ、何故手で集めようとしているのかしら」


「あ!そっか!」



シスは言うが早いか、ホウキを取りに廊下を走っていった。


廊下は走ってはいけないと何度も言っているのに。


ユリシアは再びため息を吐く。本当に前世を経験しているのかと疑問に思うほど、シスは子どもっぽい。『休憩の導入』案がなければ、いくら女神のお言葉とは言え、半信半疑になったかもしれない。



「まぁ、そこが可愛いんだけれど」



3年前と変わらず、子犬のように自分を慕ってくれる可愛い『妹』。シスが戻ってきたら、手が怪我してないか看てあげないと、なんてのんびりと考える。




何故、シスがアースガルズ修道院ではなく、ヴァルハラ大聖堂にいるか。それはもちろん院長が裁判へ連行されたことにより、アースガルズは一時閉鎖となり、アースガルズにいた修道女たちはそれぞれが別の修道院へと収容されたためだ。

シスも本来なら、別の修道院へ収容されるはずだったのだが、シスが『休憩の導入』案の発案者だから、という名目で、ユリシアは自分の手元へと置くこととした。

ただ、予想より使い物にならなかったことだけは想定外で、アースガルズ修道院一時閉鎖から3年経ったというのに未だに大聖堂の掃除すらまともに行えない。



そう、あの誘拐事件から3年の歳月が流れた。9歳だったシスは12歳になり、ずいぶん背が伸びて、少し大人っぽくなった。しかし、それは見た目だけである。中身はご覧の通り。


この3年の間、シスはユリシアの手伝いをしながら、神官として彼女の教えのもと、修行を続けた。結果、シスは『治癒(ヒール)』、『障壁(バリア)』、『解毒(アンポイズン)』の3つを習得した。むしろ、それしか習得出来なかった。


武器に女神の加護を与え強化する『勝利の剣(レーヴァテイン)』や不信心な者へ裁きを与える神聖魔法唯一の攻撃魔法『神罰(ジャッジメント)』など、女神への信仰が不可欠となる魔法についてはどうしても使用することは出来なかった。


しかし、シスは魔法が使えるだけで喜び、女神の信仰へはあまり興味を示さなかったのでユリシアもあまり強制は出来ず、魔法についてはこの3つのみを極めることに方向転換した。


そうしてシスとユリシアは交流を続けていく内に、さらに仲良くなったことで、シスはユリシアを『姉』と慕うようになり、ユリシアもシスを『妹』として可愛がるようになった。



「3年間、あっという間だったわね……」



つい感傷に浸ってしまうのは、シスが今日から、ユリシアのお付きを辞めて、宣教師の名目で冒険者となるからだろう。

もう少し、ここに居てもらいたい気持ちはあるが、修行はもう完了しているし、それにこれ以上ここに居てもらうとユリシアにとっても少々都合が悪い(・・・・・)



「よし!片付けたぞ!」



どうやら感傷に浸りすぎたようだ。いつの間にかシスが帰ってきて花瓶の破片を片付け終わっていた。



「シス」



ユリシアが微笑み、手招きすると、何の疑いもなく近寄ってきて嬉しそうにユリシアを見る。


不細工な小型犬を飼う人の気持ちがわかるわ。この整っていないところが逆に猛烈に可愛いのよ。


なんて失礼なことを思いながら、掌を上にして両手を開く。シスも真似するように両手を開いた。

ユリシアの想像どおり、シスの掌は細かい破片がところどころに刺さっていた。


ユリシアはシスの手に自分の手を重ねて、にっこりと笑った。シスはユリシアのこの表情を見て固まる。この顔は怒っているときの顔だ。



「シス、どうしてすぐに治さないの?」


「いや、破片で怪我したら大変だし、片付けてからでいっかなぁって」


「魔法は万能ではないって何度も教えたでしょう?傷口が塞がったら『治癒(ヒール)』は使えないの。そしたら痕が残ってしまうわ」


「私の手だし、痕が残っても誰も困らないよ」


「キルが悲しむわ。いいの?」


「うぐっ」



ユリシアはシスを説得しながらも『治癒(ヒール)』でシスの手を治す。


シスは自分のことはいかんせん無頓着なところがある。

他人のことになると、自分のことのように悲しんだりするくせに、自分の悲しみや痛みにはまったく気づかない。気づいても興味を持とうとはしない。


それだけがユリシアは気がかりだった。キルーーシスが兄と慕う少年ーーがいるから、大丈夫だとは思うが、キルも同様に自分の痛みには無頓着なため、さらに不安は増す。



「シス、自分を大事にしてちょうだい。貴女が傷つくと悲しむ人はちゃんといるのよ」


「うーん、そうかなぁ」


「シスが痛いと私は痛いわ。シスもそうでしょう?」


「うん、お姉さまが痛いと私も痛いよ」



治癒が終わり、手を離す。シスの手から破片は消え、傷一つない手に戻っていた。

ユリシアはシスの頭を優しく撫でる。



「なら、自分のことを大事にしてね。貴女は冒険者になるんでしょう?戦場では小さな傷一つが致命傷になり得るんだから」


「うーん、うん、わかった!お姉さまが痛いのはいやだからすぐに治すようにする!」


「少し違うけれど、今はそれでいいわ。じゃあ約束ね」


「うん、約束!」



シスの前世の文化である『ユビキリ』をかわす。この文化については少し眉唾ものではあるが、シスはこの『ユビキリ』を信じているのでユリシアも信じることにしている。



「あ、そうそう。この花瓶、結構高かったから。弁償よろしくね」


「ひぃっ!いやだ!」


「これで弁償金額の合計は50万Gね。まぁ、すごい。お屋敷が建ってしまうわ」


「無理です!まけてください!冒険者が薄給なの知ってて言ってるよね!?」


「そういえば、異世界には『利子』というものがあるらしいわね?私も参考にしていいかしら?」


「いやだああああ!!お姉さまの意地悪ぅぅぅ!!」



ちなみにこの世界の通貨単位はG(ゴールド)であり、この通貨単位は$(ドル)とほぼ同価値と思われる。

ちなみに何故かどこの国へ行ってもGが通貨単位であるので為替という言葉はこの世界には存在しない。



「ふふふ、シスは本当に泣き顔が一番可愛いわ。もっと見せてちょうだい?」


「ううっ、お姉さまが意地悪モードになったぁ。花瓶割ってしまってごめんなさいぃぃ!!」



恍惚とした表情でとんでもないことを言っているユリシアに怯えてさらに泣きそうになるシス。

さっきまでの良い流れが嘘のような光景だ。



「おい、女!またシスをいじめやがったな!」


「あら、もうそんな時間?まだシスとお話したかったのに」


「黙れ、さっさと仕事しろ。俺は準備で一緒にいれなかったのになんでお前だけ……」


「キルは『兄』である前に使用人だからじゃない?」


「ならお前も『姉』である前に聖女だろうが。さっさと執務室にこもるなり、女神に祈りを捧げるなり、してこい」


「まぁ、キル知らないの?『休憩』は大事なのよ?」



3年経とうともこの二人の関係は変わらないようだ。

シスはこれは長くなりそうだなぁなんて思いながら、割れた花瓶の証拠隠滅に取り組んでいた。


当たり前だが、ユリシアにはバレており、請求書がシスのもとに届いたという。







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