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ヒロインにしか見えない悪役令嬢?物語  作者: 松菱
二章 修道院編
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魔王『憤怒』のガンマ







オーガの国、ガストロー。王宮の玉座に若い男が座っている。男は血だらけ、腕や足は欠損し、今にもその命の灯は消えかけている。

またその男の姿と比例するように王宮もまたボロボロで、かつては荘厳かつ堅固な造りであったことの名残はあるものの、壁は円形にえぐられ、血が飛び散り、床は真っ二つに巨大な亀裂が走っている。天井はいっそ開放的なほどに破られて若い男を照らしている。


若い男ーーガンマーーは、そんなボロボロの状態にも関わらず、満足していた。口から血を吐きながらも、聖女の一行との戦いを思い出し笑っていた。



「あー、はははっ、楽しかった。二度と味わえないのだけが心残りだ」



要塞としても機能するこの王宮をここまでボロボロにするなど、自分と彼らでなければなし得なかった。それに一種の誇りさえ抱いてしまう。

一行との戦いを思いおこしていると、聖女が何度も自分に争いを止めるよう説得していたことも思い出してしまい、満足そうな顔から一転して眉をしかめ、嫌そうな顔をする。



先に俺たちを襲ったのは人間のくせに、余所者が被害者面して割って入ってくるなんてな。



ガンマは極度の人間嫌いである。

彼は幼い頃に人間に捕まって魔物との戦いの見世物にされてきた。抵抗すれば酷い拷問にあい、しかし死ぬことは許されなかった。


そして何年か経ってガンマが魔物すら相手にならなくなると、人間はガンマの姉も捕らえ、姉弟同士で殺し合いをさせた。死闘の末、姉を殺すことでなんとか勝利を収めた。が、すぐにそれは間違いだと気づく。姉との戦闘の際に彼に付けられた首輪が壊されていたのだ。


姉はそもそも殺し合いをする気はなく、弟を助けるためにわざと捕まり、そして文字通り命を賭して弟を救ったのだ。


しかし、気づいたときには既に姉は事切れており、彼は自分を救おうとした姉をこの手で殺したことへの罪悪感に心を埋めつくされてしまった。

彼は『自責』の怒りを抱え切れず、その場にいた者全てを皆殺しにした。観客も魔物も。そして建物すら粉々に壊しつくした。それでも彼の『憤怒』は収まらない。


原因はそもそも人間ではあるが、手にかけたのはガンマ自身である。それに向き合わない限り、収まるはずなどないのだが、彼はそれを認めることが出来なかった。

だから『憤怒』を全ての人間へと向けた。人間を全て殺すことが彼の目標となった。


そのために彼はまず、人間と和平を結ぶ消極的な国王を、自らの父親を、決闘により手にかけて新たな王へとのしあがった。

ガンマは王子としては末弟で、兄王子たちが彼の非道に怒り、次々と決闘を申し込むも全てを皆殺しにしていつしか彼の周りに逆らうオーガはいなくなった。

あまりの強引さに多少の動揺はあったものの、元々『強さこそが正義』な種族であったため、王族全てを一人で皆殺しにしたガンマは国民から高い支持を集め国の結束は確固たるものとなる。


それでもまだ彼はここまではただの人間嫌いであった。


彼を極度の人間嫌いにした事件は隣国、ドラゴンの国ティルナノグ。ドラゴンと共生し、友好関係であったはずが突如としてガストローへの侵攻を開始したためである。

ガンマが指揮を取り、ドラゴンを殲滅したことでなんとか戦争は終結したのだが、ヴァンパイア王子ナルヴィによりガストロー侵攻の原因は人間が仕向けたことだと判明する。

人間の思惑どおり双方に甚大な被害が出て、かつまた彼は大切な存在を自分の手で殺してしまった。


復讐の『鬼』と化してしまったガンマは兵を強化したのち、聖ヴァルハラ教国への侵攻を開始。元々、和平に反対していたヴァンパイアの国フリージとウェアウルフの国リングヴィもそれに参加。



魔族と人間の戦争が再び幕を開けた。



ヴァルハラは突如の侵攻に混乱が生じ、劣勢となり、国民を逃がすために今代の聖女ユリシアが単身戦場へと赴き、ミッドガルド帝国の援軍が来るまで耐えしのいだ。

しかし、ナルヴィが人質を取ったことにより彼女は自らの命を散らした。

ナルヴィは人質を殺そうとしたが、ガンマがそれを咎め、人質を解放し聖女は手厚く葬った。

この件でナルヴィとガンマの仲にも亀裂が入る。


聖女を失ったヴァルハラは、この世界に彼女の代わりとなる者がいないことを知ると、異世界から次代の聖女を召還することとした。



そうして現れたのが『世界を越えても君といたい』の主人公○○○であった。



異世界から来た聖女はユリシアを遥かに越える魔法の才能を持ち、天真爛漫で優しい性格と見目麗しいその姿にミッドガルド帝国と聖ヴァルハラ教国は熱狂的に支持し、優勢だったはずの戦争はあっという間に覆えされ、リングヴィ国とフリージ国は陥落。


ガストローも万全の策で挑んだものの、聖女の力により兵たちは弱体化させられ、聖女の護衛による奇襲作戦と兵力差により敗北を期した。


そして玉座の間までやってきた聖女はガンマに降伏を迫った。



「貴方はとても優しい人だわ。本当はこんなこと望んでないはず。もう止めましょう。お願いだから降伏してください」


「貴様が私を語るな、忌々しい人間が。私が剣を下ろすときはお前たちが全て死に絶えた後だと知れ!」



それでも彼女は最後までガンマを説得し続けた。

どうして彼女がそこまでするのか。


それはナルヴィとの仲が決裂した決定的な出来事。

ナルヴィは人間たちの勢いを削ごうと、ミッドガルド帝国に放っておいた内通者を使い、聖女を拐った事に起因する。


ガンマは先代の聖女を人質を使って殺したことがオーガの誇りに反していて気にくわなかった。

なのに、一度ならず二度までも卑怯な手で聖女を排除しようとすることが我慢出来ず、ナルヴィの部下から聖女を奪い取りミッドガルド帝国へ戻すために少しの間だけ彼女と行動を共にした。


彼女は異世界から来たためか、この世界の人間とは違う価値観を持っていた。そして敵であるガンマにも聖女に相応しい優しさを持って接した。

彼女と行動している間は不思議と『憤怒』が和らぐのを感じた。不思議な女性だと思う。惹かれる部分がなかったと言えば嘘になるだろう。


だがしかし、それだけだ。


人間の道楽に使われた姉の無念やかつての同志であるドラゴン達を思えば、人間たちを許せるはずがない。ましてや降伏しろだのと、今さらそんなこと出来るものか。


勝敗が決した後、それでも彼女は諦められなかったのか、ガンマに手を伸ばし、救おうとした。まだ諦めない彼女が腹立たしかったので、最後の力を振り絞り彼女らが来れないよう床を真っ二つに切り裂いた。

その影響か、城の崩落を引き起こしたようで揺れが徐々に大きくなっていく。



今さら救おうなんて全てが遅い。

せめて捕らえられたあの時、彼女が側についていたら話は違ったかもしれないが……。

いや、幼い頃の俺には強さが全てだった。優しいだけの人間など相手にしなかっただろう。



もし、俺より強くて(・・・・・・)聖女のように優しい(・・・・・・・・・)人間がいれば俺も考えを改めただろうか。



すぐにくだらない考えだと自嘲する。そんなオーガの理想のような女性がこの世界、いや異世界捜したっているはずがない。あの当時でさえ誰も敵う者がいなかったのに、そんな俺より強い女などいるはずがない。夢物語も甚だしい。


揺れがさらに酷くなっていく。もうすぐ自分は瓦礫の下敷きになるだろう。


姉を殺し、親兄弟を殺し、親友すら殺した自分にはこれ程相応しい末路はない。


そう思うと妙に胸がスッキリとする。あれほどまで胸を焦がした『憤怒』はとっくに消え去っていた。


きっとこれで良かったのだ。これが俺の最善の結果だった。


抗えない眠気が襲ってくる。そういえば、人間たちへの復讐で夜もまともに寝ていなかったのを思い出す。

不死王の封印は解けている。後は彼に任せ、自分は休むことにしよう。


ガンマは目を閉じて、眠気に身を委ねる。戦闘により角が折れ、穏やかに眠る彼は、彼が最も嫌悪していた『人間』にそっくりだった。







『憤怒』の魔王、ガンマ。


『世界を越えても君といたい』の敵キャラクター。

4つの魔王子の中でラスボス前に立ちはだかる最強の武人。2メートルを越える体躯と彼の身長ほどある大剣はあらゆる物を叩き切る。

人間をこの上なく憎み嫌っているが、実は誰よりも優しい性格。だからこそ自分に姉や親友を殺させるよう仕向けた人間が許せず、『鬼』となった。

正々堂々を好むが故に人質を取ろうとするナルヴィの作戦に賛同できず、ヒロインを助ける。

彼を敵と思えなくなったヒロインが彼の親友である『ドラゴン』の王子、バハムートの元を訪れて、彼の過去を知り、助けようとするが彼が説得に応じることはない。

敵キャラクターとは思えないほどカッコいいキャラクターデザインと孤高の悪役というコンセプトが人気を博し、人気投票では攻略対象を差し置いて、上位にランクイン。

王子の焼き増し入れるくらいなら彼を攻略対象にしろ!!と抗議する熱狂的なファンもいるほどだ。






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