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ヒロインにしか見えない悪役令嬢?物語  作者: 松菱
二章 修道院編
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お茶会をしましょう!







山の麓にて、修道女たちは、林檎の木々の手入れを行っている。

不必要な枝を取り除くため、剪定を行うのだが、何十年も前から植えられている林檎の木は高く、梯子を用いても女性だけでは届きにくいことも多い。それでも梯子の上から背伸びをしたり、梯子をさらに重ねて使おうとするから、落下する事故が相次いでいる。この修道院での死因No.1と言っても過言ではないだろう。



「それをわかっていても、男手を増やすとかもっと安全な梯子を用意するとかしないんだから、院長が私たちをどう思っているかがわかるわよね」



梯子に登り剪定しながら修道女の一人が言う。他の修道女も同調しながら、手が届く範囲の枝の剪定を行う。



「むしろ、私たちの落下死が減ってきたから、あの化け物を連れてきたのかもね。最近、怪我した子がいたけど、あいつが原因なんじゃないの?」


「ちょっと、やめなよ。あいつに聞こえたらどうするの」



愚痴を溢す彼女に別の修道女が慌てて制する。気がつくと、近くで例の少女が何かしているのが見えた。剪定した枝でも拾いに来たのかと思ったが、そうではないらしい。

なにやら机を持ち出してテーブルクロスを被せている。いったい何をするつもりなのか。



「貴族の娘は悠長でいいわね。こっちは生きるために必死でやってるのに、ろくに手伝いもしない」


「手伝いなんてされて近づいてくる方が厄介よ。あーあ早くどこかにいってくれないかしら」



ゆっくりと少女から離れた先でさらに小声で怨み節は続く。やがて、遠くからいい匂いが漂ってくる。

嗅いだことのない匂いに首を傾げていると、梯子の上で作業していた修道女が呟く。



「この匂い、紅茶ね」


「コウチャ?」


「飲み物よ。東方から伝わったお茶で、万病に効くってことで貴族が愛用しているわ」


「お茶がこんなに甘く香ばしい匂いがするの?これじゃあ焼き菓子みたい」


「そうね、紅茶っていい匂いだけど、こんなに薫るものではないから何か入れてるのね。蜂蜜かしら」



食事といえば燕麦を引いたオートミールか水分の少ないパンを主食に、味のない野菜スープのみ。菓子類全般は貴族しか食べることが許されていない。そんな彼女たちにとって、お茶といっても甘く香ばしい匂いについ引き寄せられてしまう。

匂いの元は、先ほど何やら準備をしていた少女だった。テーブルにはいくつもティーカップが並び、そのカップから甘い匂いが立ち込めていた。

少女は修道女たちが来たのに気づいて、声をかける。



「お疲れ様です、休憩にしましょう?皆さんの分も用意したので良かったら飲んでください」


「あ……」


「いや、私たちは別に」



匂いの元が怪力少女だとわかり、退散しようと思うものの、およそ初めて嗅ぐ匂いに魅入られてしまい、動くことができない。



「そうですか、残念です。とっっても美味しいのに」



少しだけ悲しい顔を見せると、また何処からか用意した椅子に座って飲む。さすがというか、所作が美しく、それがさらに紅茶を美味しそうに見せている。

ごくりと喉を鳴らしたのは誰だったか。



「せ、せっかくだからいただくわ」


「ちょ、ちょっと!」



引き留める声も届かず、おそるおそる、少女を警戒しながら席につく。少女は彼女にそっと紅茶を差し出すと、一気に飲んだ。



「お、美味しい……それになんだかほっとするような……」


「毒が入ってたらどうするのよ!」


「毒なんて入れてませんよ。もったいない」



目を輝かせて空になったカップを見る彼女を制止していた修道女が忌々しげに言う。

しかし、間髪いれず少女は否定した。先ほど少女自身が飲んでいることからも明らかだった。



「もう少し、飲んでもいいかしら?」


「構いませんよ、どうぞ」


「ああ、美味しい……」



カップに再び、紅茶を注ぎ蜂蜜を足らすそして2,3回かき混ぜると再びあの匂いが鼻を掠めた。



「わ、私も飲んでもいい?」


「私も、飲んでみたい」



他の修道女たちも徐々にテーブルへと集まってくる。少女はテーブルに集まる全ての人にお茶を振る舞った。













ふふふ、計画通り



と、どこぞのノートを持った高校生のようなことを思いながら、私は紅茶を飲む人たちを見る。



公爵の娘というボンボン中のボンボンに産まれたから気づいていなかったが、紅茶というものは存在自体が非常に珍しい飲み物なのだ。

そして『清貧』を重んじる修道院ではあまり用いられない蜂蜜という甘味の香り。過労とも言えるこの環境ではふと懐かしさを感じるような魅惑的な香りのはずだ。

紅茶にはリラックス効果があることは以前伝えたと思う。このリラックス効果を使って警戒心を解き、ついでに彼女たちの疲れもとってしまおう、と目論んだ。そして見事成功したのである。

彼女たちは今まで飲んだことない深みと香ばしさのある味わいと、どこか懐かしさを感じる蜂蜜の香りに、まるで蜂のように群がり、その美味しさに舌鼓を打っている。



やっぱり世の中、胃袋掴んでこその交渉だわ。食は世界を救う!



なんて一人で感動していると、



「シスター!」


「あ、マイヤーさん」



院長先生がスカートの両端を掴み、すごい勢いでやってきた。



「貴女は勝手に何をしているのですか!!」


「お茶を飲んでます」


「そういうことではありません!!」



ヒステリックにそう叫んではいるが、林檎の木々の影に隠れて言ってるので台無しである。



いや、あんたもかい!仮にもこの修道院のトップでしょうが!威厳は大事にしようぜい……。



「美味しいですよ、マイヤーさんも一口どうぞ」


「院長先生です!いりません!そんな得たいの知れないもの!」


「えー、美味しいのに」


「とにかく!すぐに片付けなさい!でないと」


「でないと、どうするのですか?」


「ひっ!」



ただ聞いただけなのに、短い悲鳴をあげて、木々に完全に隠れてしまった。さすがに情けなさ過ぎないか?本物はまだもうちょい根性あったぞ。



「仕事の合間に飲むのが、疲労回復にいいんですよ。マイヤーさんも、さぁ、どうぞ」



と、近づいてみると、来たときと同じくらいの勢いを後退った。こんな状況でも、両端を持ってるのさすがだな。私だったら忘れてるよ。



「ふふ、ビビりすぎでしょ」



先に飲んでいた修道女さんが笑ったのを皮切りに他の人たちもクスクスと笑い出した。

院長先生の顔は真っ赤に染まる。



「ま、また見に来ますから!それまでには片付けしておくように!いいですね!」


「はーい」



居心地が悪くなったのか、片付けるように念を押すとふん、と鼻を鳴らして毅然として戻っていった。

と、本人は思ってるかもしれないが、左右にフラついていたのが惜しかった。



「ふは、いい気味。いつも偉そうにしてるくせに、ざまぁみろだわ」


「あー、すっきりしたー!」



マイヤーさんの姿が完全に見えなくなると、修道女さんたちが口々に笑い合っている。おっと、あの人偉い立場の割には人望ないな。



「あんた、若いのに中々やるじゃん。将来は大物の悪女になるよー」


「え、あ、その」



最初に紅茶を飲んだ修道女さんが笑顔で話しかけてきた。

まさか、こんなに気さくに話しかけられるとは思っていなかったので、咄嗟に声が出なかった。こ、これだから陰キャは!

修道女さんが我に返ったようで、視線を外してまた紅茶を飲む。


うう、せっかくのチャンスだったのに。


私とその人の周りにだけ気まずい雰囲気が流れる。



「これ、お茶だっけ?これってまだあるの?」


「ひゃい!あ、あります!」



先に沈黙を破ったのは修道女さんの方だった。今度はちゃんと応えようと慌てたので、最初は変な声になってしまったが、応えられた。



「なら、また明日も飲ませてよ。もし、約束してくれるなら、明日の神聖魔法の鍛練。付き合ってあげてもいいよ」


「ほ、本当ですか!?」


「ちょ!近寄らないで!怖いでしょ!」


「あ、ごめんなさい」



願ってもないお誘いについ身を乗り出してしまい、怖がらせてしまった。慌てて、席に座りなおす。



「で、どうなの?約束するの?」


「はい!約束します!」


「よろしい」



こうして、お茶を飲んで仲良くやろう作戦、通称『お茶会作戦』は見事大大大成功を修めたのであった。

正直、初日は飲み逃げされると思ってたから、嬉しい。餌付けっていいね。









「紅茶を飲むために利用されてるだけな気がするがな」



紅茶がなくなったので、机や椅子の片付けを行っていると、お兄さまが不満げに呟いている。



「それでもいいよ。円滑なコミュニケーションが取れるならそれはそれでありでしょ。別に親友を作りたいわけじゃないし」


「お前がいいなら、いいんだが」


「そういえば、勝手に約束しちゃったけど、紅茶って高いんだよね?」



胃袋を掴むために、湯水のように紅茶を使ってしまったが大丈夫だろうかと心配になり、お兄さまに尋ねる。



「ああ、それは大丈夫だ。公爵家のルートでこっちにも紅茶を横流ししてもらっているから、どれだけ使っても問題ないぞ」


「え?それ、大丈夫?横領になるんじゃ?」


「特に何も言ってこないから大丈夫だろ」


「ええええ」



そんな軽い感じで良いのかな。むしろ、公爵はなんでお兄さまに好き勝手させているんだろ?謎は深まるばかりだ。

机と椅子を運びながら、そんなことを悶々と考えていた。















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