好かれるのは難しいです!
「あの、良かったら手伝いましょうか」
「ひぃっ!来ないで!」
「あ、ちょ、ま」
「これで30連敗だな。もう諦めた方が良いんじゃないか?あいつらはお前の良さがわからない馬鹿ばっかりなんだし、な?」
「うぅ、なんでぇ」
話し掛けただけで短い悲鳴を上げて逃げられてしまったので、肩を落とす。
私は熊かなんかか?こっちは幼女だぞ?ああ?
あまりの連敗具合にお兄さまもからかうことを忘れ、慰めだす。その優しさが今は猛烈に痛いです。優しさって人を傷つけるんだね……
「もういい。今日は部屋に帰って作戦会議するし」
「まだやるのか?明日はついに泣くことになるぞ」
「うぐぐ、否定出来ない……」
今日は諦めて、素直に部屋へ戻ることにした。お兄さまは少しうんざりしながらも、大人しくついてきてくれている。この修道院には何十人もの修道女がいるはずなのだが、廊下を歩いていても人っ子一人いない。誰ともすれ違わない。好感度を上げるどころか逆に下げてないか。
はぁぁぁと長いため息をついてしまう。そのせいか後ろでお兄さまがオロオロしてるのがわかって、さらに申し訳なくなる。
「重いもの持っている人のところへそっと行って優しく声をかける、も失敗か。もー、どうやったら人に好かれるわけ!?」
「俺に聞くな」
「お兄さま、冷たい!」
部屋に戻り、お兄さまの淹れてくれる蜂蜜入り紅茶を飲みながら、愚痴を溢す。
「そうは言っても俺が提案した『警戒心を抱かれず近づく』方法は全部試してダメだったんだから、仕方ないだろ」
「やっぱりお兄さまみたいになんて無理だったのかな」
「そんなことない。ちゃんと出来ていたぞ。ただ、俺の方法は『無関心な人間』が『警戒心を抱かれず近づく』方法だからな。あの事件の後じゃ逆効果なのかもな」
「そんなぁ……」
お兄さまも蜂蜜入りの紅茶を飲みながら、渋い顔をしながら答える。完全に万策尽きたわ。お兄さまの言う通り諦めるしかないのかな。
「なんで、私はいつもこうなんだろうね。私はただ、嫌われたくないだけなのに、皆に嫌われていく」
公爵家族に嫌われ、追い出された先でも、誰一人寄ってこない。前世も似たようなものだった。
『お前は嫌われて当たり前だわ』
『だから、あんたなんて連れていきたくないのよ!!なんでこうなっちゃったのかしら……』
私はどこ行っても邪魔でしかないのかな……
「……俺はお前が好きだ。みんなじゃない、訂正しろ」
「お兄さま?うわっ」
お兄さまがいきなり後ろから抱きついてきた。最近、抱きついたりしてこなかったから、驚いて固まってしまう。
え、急に、なんで?眠くなったの?このタイミングで?いやいやいや、訂正しろって言ってるから寝るわけじゃない?じゃあなんで抱きついてんの?え?え?
「お前が俺を見つけてくれた時から、俺を選んでくれた時から、堪らなく好きなんだ。お前が居てくれるから、俺は人でいられる」
「お兄さまは、最初から人でしょ?」
「違う、俺はお前に会うまで道具だった。いつか捨てられる日が怖かった。でも、お前が俺を見つけてくれたから人になれた。嬉しかった。本当に嬉しかったんだ」
「そっか。喜んでくれて私も嬉しいよ」
お兄さまが自分の気持ちを吐き出していることで、やっと何を伝えようとしているか気づく。
お兄さまは本当に優しいなぁ。
「あの日、お前が、俺は何もおかしくない、と言ってくれて救われた。普通になりたくて、でもなれないって思ってたから」
「元々、お兄さまは普通だよ。怒ったり、笑ったり、食べたり、寝たりしてる。ほら、何も変わらない」
「ああ、そうだ。俺は他の奴らと何も変わらない。人よりちょっと育った環境が違うだけ。それに気づかせてくれたから、救われた」
「そっか。お兄さまが救われたなら良かった」
うんうん、とお兄さまの話を聞いていると、椅子ごとお兄さまの方を向かされる。
お兄さまが泣きそうな顔で、こっちを見る。傷つけてしまったことに酷く罪悪感を抱く。でも、それと同時に悲しげなお兄さまもすごく綺麗だなぁと感心してしまう自分は、やっぱり最低だなと思う。これを言うとお兄さまは本当に泣いてしまうから言わないけど。
「だから、だからっ!皆に嫌われてるなんて言うな!お前を好きな人間はここに居る!みんなじゃない!」
「うん、そうだね。私もお兄さまが大好きだよ。だから泣かないで」
「泣いてない。俺はお兄さまだから泣かない」
「うん、私のお兄さまだもんね。慰めてくれて嬉しかったよ、ありがとう」
「他のやつのことなんかもう気にするな。あいつらより俺の方が大事だろう?お前には俺がいればいいんだ」
「お兄さまの方が大事だけど……」
今の状況だと先生すら、修行以外声をかけてくれないからちょっと困るんだよなぁ。でも、もうどうしようもないし……
「もし、どうしてもあいつらが気になるなら、俺に命じてくれ。そしたらもう二度とお前の目の前には出てこなくなるから」
「お兄さま、またそんなことを」
「俺は本気だ」
完全に目が据わったお兄さまを見て、私は一つだけ、思い違いをしていたことに気づく。
お兄さまは傷ついて、悲しんでるんだと思っていた。私がお兄さまの存在を蔑ろにしてしまったから、悲しんで俺がいるんだよと訴えてるんだと。そう思ってた。
でも、違う。お兄さまは本気で怒ってるんだ。私を悲しませた彼女たちのこと。彼女たちのせいで自分が蔑ろにされたと怒ってるんだ。
ただ、お兄さまは根っからの使用人だから主人の命令がないと動けない。だから、そんなに傷ついたなら俺を使えよ!って訴えてきてるんだ。
「命令はしない。これは生きるために必要なことじゃないから」
「必要でなくてもいい。こんなに悲しんでいる妹のために何も出来ないなら、人である前に兄である資格がない」
「私は兄に人を殺して欲しいなんて微塵も思わない。お兄さまが生きるために殺すならば理解出来るけど、私を守るために人を殺めることは理解出来ない。彼女らを殺さなくても私は生きられる」
「殺さなければ、お前の心が死ぬ。ならやっぱり俺は殺すべきだと思う」
「死なないよ。さっきみたいにお兄さまが守ってくれるから、私は大丈夫」
兄の手に視線がいくと、怒りでなのか、拳が震えていた。ずいぶん我慢してくれてるんだな。
お兄さま、あんなに人殺しの自分を嫌悪してたのに、私のために人殺しになろうとしてる。それが嬉しくて、嬉しいからこそしてほしくない。
「そもそも怒る相手が間違ってるよ。彼女たちは自分の身を守るため、生きるために私から離れてるんだから。もし、怒るならお兄さまを蔑ろにしてしまった私だよ」
「お前は何も悪くない」
「なら、誰も悪くないんだから、殺しをする必要はないよね?」
「………………」
納得のいってない顔で、お兄さまがこちらを見てくるが、私が自分を責めろと言ってしまった以上、蒸し返すことも出来ないだろう。
私はその視線に気づかないふりをして冷めてしまった紅茶を飲む。冷めてもお兄さまが淹れてくれたから、とても美味しい。
「お兄さまも残り飲んじゃおうよ。美味しいよ」
「ああ」
渋々、お兄さまも紅茶を飲みだした。苛立ちが少しは収まったのか、表情が少し緩む。
やはり甘いものは素晴らしい。甘味は気持ちに余裕を与えてくれるし、疲労を取る効果もある。さらに紅茶はリラックス効果もあるから併せて効果はバツグンだ。
そのおかげか、誰よりも小さな身体でありながら、過酷な修行にも耐えられる。
彼女たちもこうやってゆっくりお茶すれば、あんなにイライラすることはないのに、なんでしないんだろう。
ん?ゆっくりお茶すれば?
「それだっ!!」
「うぉっ!どうした、急に大声を出して」
お兄さまが驚いて、こちらを見る。わー、驚いたお兄さまも超美少年じゃん。ズルい。
「お兄さま、最後にもう一つだけ。やってみたいことがあるの」
「次、失敗してお前が悲しむようなことがあれば、俺は自分の気持ちを抑えられる自信はない。ーーーそれでもやるか?」
お兄さまは目を細め、低い声が出る。他の相手に言ってるのは聞いたことあるけど、私に向けて言ってるのは初めてで少し緊張感する。
「うん、やらせてほしいの」
「……わかった。話を聞こう。俺に何を望む?」
「えっとねーーー」
成功するかどうかはわからない。けど、ダメでもともと。最後の足掻きを見せてやる!